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恋愛成就の神社で好きな子と付き合いたいと願ったら、叶いすぎて怖くなった件──神様、元に戻してください

夕暮れの柔らかな光が神社の鳥居を朱く染めていた。

人影のない境内は静寂に包まれ、まるで時間がゆっくりと流れているかのようだった。

少年はゆっくりと歩みを止め、少しだけ緊張した表情で賽銭箱の前に立つ。

手に持った小銭をじっと見つめてから、静かにポケットから取り出した。


「……なんだか、雰囲気あるな」

小さな声で呟く。心の奥底では、誰にも言えない願いがぽっと灯っている。


「まぁ、せっかくだし──お願い、してみるか」


硬貨はカランと軽やかに賽銭箱の中へ落ちた。

少年は息を飲み、目を閉じて静かに願いを込める。


「好きなあの子と、付き合えますように──とか?」

自嘲気味に笑うが、その言葉に自分でも違和感を覚えていた。

「……んなわけ、ないよな」


ふと、境内を渡る風が木々を揺らし、鈴の音が優しく響き渡った。

それは、まるでこの場所の精霊たちが耳を傾けているようだった。


すると、どこからともなく、低くて優しい声が響く。


「──その願い、聞き届けたり」


少年は思わず身体を震わせ、目を見開いた。


「……え?」

「気の所為、だよな……?」


──


翌日。放課後の学校の廊下は、夕陽の残照でほんのり赤く染まっていた。

彼女は少し恥ずかしそうに目を逸らしながらも、はっきりと言った。


「あの、放課後、ちょっと屋上来てもらえる?」


少年の胸は激しく鼓動を打つ。


「う、うん。分かった。必ず行くよ」


「必ずよ、待ってるから」


その言葉に少年はほんの少しだけ疑念が湧くが、胸の高鳴りは止まらなかった。

頬は熱くなり、手のひらには緊張の汗がじっとりと滲んでいる。


教室の外では、女生徒たちのざわめきが小さく聞こえてくる。


「え、なんでアイツに? なんで? 意味が分かんない」

「おい、お前、どうやったんだよ! 結果分かったら、教えろよな!」


少年は恥ずかしそうに笑みを浮かべながらも、心の中は幸せで満たされていた。


「ただの冗談かもしれないだろ。からかうなよ」


翌日の屋上。淡く冷たい風が髪を揺らし、二人だけの世界を包む。

彼女は少し顔を赤らめながら、震える声で告げた。


「……君のこと、好きでした。ずっと前から。だから、私と──付き合ってください」


少年は息を呑み、涙が滲みそうになるのを必死に堪えた。


「……はい、俺もずっと好きでした。付き合って下さい」


その瞬間、時が止まったかのような幸せが二人の間に流れた。


「え、ウソ。嬉しい。夢みたい」


彼女の笑顔はまるで太陽のように暖かく、少年の胸は喜びで満たされた。

まるで現実ではなく、夢の中にいるかのように。


だが、少年は小さな不安も感じていた。

「本当にこれは、現実なんだろうか?」


それでも、今はその疑念を押し殺し、彼女との時間を大切にしたかった。

「このままずっと、この瞬間が続いて欲しい──」


そう願いながら、少年は彼女の手をそっと握り締めた。


──


昼休みの屋上は、柔らかな春の陽射しが穏やかに差し込んでいた。風はほんの少しだけひんやりとして、校舎の屋根と空の青さを繋ぐように吹き抜けていく。


彼女は少し照れたように目を伏せながら、そっとお弁当箱を差し出した。


「あーん……ふふっ、恥ずかしいね」


その笑い声はいつもと違う、どこか甘く柔らかい響きを帯びていた。少年はその声に心を掴まれ、頬が熱くなるのを感じた。


「こんなお弁当、もったいなくて食べられないよ……でも、嬉しい」


彼はゆっくりと口を開き、彼女の差し出したご飯を大事に受け取った。ほんの少し、恥ずかしそうに視線を落としながらも、嬉しさで胸がいっぱいだった。


「ねえ、俺も弁当作ってみたんだ。食べてくれる?」


彼女の目がぱっと輝いた。


「ほんと? うん、楽しみだな」


彼は次の日、朝早く起きて一生懸命弁当を作った。小さな卵焼きやおにぎり、彼女が好きなものを詰め込んで。彼女が喜ぶ顔を思い浮かべながら、そっと蓋を閉じた。


教室の放課後、彼らは手を繋いで廊下を歩いた。


「このあと、公園に寄っていこうか。……手、つないでもいい?」


彼女の声はほんの少し震えていた。


「うん、繋ごう」


少年も照れくささと高揚感が入り混じる中、彼女の手を優しく握った。二人の指先が触れ合うだけで、心臓がドキドキと速く打つのがわかる。


「えへへ……手を繋ぐと、なんだか緊張しちゃうね。ドキドキする……」


彼女は小さく笑った。その笑顔はまるで太陽のように温かく、少年の胸の中に幸せの種を蒔いていった。


公園のベンチに座り、夕暮れのオレンジ色の光に包まれながら、彼らは語り合った。未来の夢や、好きな音楽、どんなことでも。時間があっという間に過ぎていった。



夜、ベッドの上で彼はひとり、天井を見つめていた。


「……でも……あいつ、あんなキャラだったっけ? ‘ふふっ’とか’えへへ’なんて、あの子は笑わなかったはず……」


どこか違う。彼女の柔らかな笑い声が、どこかぎこちなく響いた。まるで別人のような気がして、胸の奥がざわついた。


翌日、学校が終わってから二人はファストフード店で軽く食事をした。彼女は楽しそうに話しながら、少年に向けてにっこり微笑んだ。


「今日は楽しかったね。私、とっても幸せ。次は遊園地とか……行ってみたいなぁ♪」


少年はその言葉に驚きと戸惑いを隠せなかった。


「……違う、彼女は『とっても幸せ』なんて言葉は使わなかった」


内心でそう呟きながら、少年は自分の心の乱れを抑えきれなかった。


彼女は不安そうな目を少年に向けて続けた。


「……今日は、ずっとこのままいよう。わたしを一人にしないで……?」


その言葉が、まるで重い石のように胸にのしかかる。


少年の視界が歪み、吐き気が襲った。


「う……うぅ、気持ち悪い……っ」


慌てて学校の裏手にある草むらに駆け込み、嘔吐した。


苦しくて、涙がぽろぽろこぼれていった。



その夜、少年は再び神社の境内に立っていた。


夕暮れの空は星の兆しを見せ始め、冷たい風が木々を揺らす。静まり返った境内の中、少年は切実に祈りを捧げた。


「お願いだ……神様! あの子を、元に戻してくれ……!」


静寂の中、鈴の音がかすかに響き、風が木漏れ日を揺らす。


そして、またあの声が、低く優しく響いた。


「──その願い、聞き届けたり」


少年は息を呑み、心が震えた。ただ願いが叶うことを信じることしか出来なかった。


──


翌朝の教室には、いつもと変わらぬざわめきが流れていた。けれど、少年にとってその日常の空気は、どこか少しだけ遠く感じられた。


彼女は教室の扉を開けてゆっくりと歩み寄ると、少年の前に立ち止まった。そして、ほんの一瞬、躊躇うように視線を落とし、静かに口を開いた。


「あの、ごめん……」


彼女の声はかすかに震えていた。目を伏せたまま、絞り出すように続ける。


「なんか……気持ちが、冷めちゃって……ごめんね。もう、別れたい」


その言葉は、まるで薄氷のように淡く、けれど確かに胸に落ちた。彼女の瞳には、決意とも後悔ともつかない揺らぎが浮かんでいた。


少年はしばらく黙っていた。


時計の針の音が、やけに大きく響く。

周囲の声が、どこか遠くの世界の音のように聞こえた。


そして、ゆっくりと顔を上げ、優しく微笑んで答えた。


「……うん、わかった。ありがとう」


彼はそう言ったあと、少しだけ間を置いて、最後の言葉を添えた。


「……付き合ってくれて、本当にありがとう」


その言葉に、彼女は驚いたように目を見開いたあと、ほんのわずかに唇を歪めた。泣き出しそうな表情を堪えながら、小さくうなずく。


「……ごめんね。これからも、友達でいられるといいなって……」


少年は応えることなく、ただ微笑んだ。


その笑顔の裏で、胸の奥にあった違和感が、静かにほどけていくのを感じていた。


少年は心の中でそっと呟く。


「(ありがとう。これで……よかったんだ)」


──


夕暮れの光が、朱色に染まる鳥居を照らしていた。

放課後の人気のない神社。すべてが静まり返り、ただ風だけが木々を揺らしていた。


少年は、ひとり、あの神社の境内に足を踏み入れる。かつての“奇跡”が始まった場所。

鳥居をくぐる瞬間、わずかに胸が痛んだ。それでも、足は止まらない。


境内の奥、小さな賽銭箱の前に立つ。

夕日に照らされるその木箱は、何も語らない。ただ、静かにそこに在る。


少年はゆっくりとポケットに手を入れ、小銭を取り出した。

その動作ひとつにも、今日という一日が、どれほど特別だったかがにじんでいた。


「……神様、ありがとう」


ぽつりと、声が漏れる。

喉の奥が詰まりそうになるのをこらえながら、少年は視線を落とした。


「ほんの少しだけだったけど……夢みたいな日々でした」


震える指先で、小銭を賽銭箱に投げ入れる。

コインが木箱の中で転がり、乾いた音を立てて静かに止まった。


「次の願いは……ちょっと難しいかもしれないけど」


少年は空を見上げる。

柔らかく薄紅色に染まった雲が、風にゆっくりと流れていく。


「今度は、“本物の彼女と笑い合えるように”──ちゃんと自分で頑張るから。だから……どうか、見守っててください」


言葉を終えたその瞬間だった。

どこからともなく、風が吹いた。


木々が揺れ、社の奥に吊された鈴が、風に応えるように小さく鳴った。


──カラン……カラン……


そして、再び、あの声が響く。


「──その願い、聞き届けたり」


少年の瞳がわずかに揺れる。

だが、もう驚きはなかった。


風はすぐに止み、再び神社を静寂が包み込む。


彼は静かに頭を下げると、ゆっくりと境内を後にする。

その足取りには、もう迷いがなかった。


──たとえ幻の恋が終わっても、心の奥に残った温もりは、消えない。

それは確かにあった。確かに、存在していた。


あの恋は夢だったかもしれない。けれど、その夢に出会ったからこそ──


少年は歩き出す。今度は、神様の力ではなく、自分の想いで誰かと向き合うために。

願いではなく、言葉で。

逃げるのではなく、伝えるために。


静かな神社の背後で、夕陽がゆっくりと沈んでいく。

その先には、まだ見ぬ未来が、確かに続いていた。

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