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あるレイプ犯に起こった異常な心理

 ついていない。

 ここ最近、ずっとついていない。

 仕事で手痛い失敗をして、出世の道が閉ざされてしまった。そこで諦めていれば良かったのかもしれない。出世はできなくても、そこそこに収入はあったんだから。しかし、俺は野心を捨てきれず、転職して上を目指そうと考えた。それが失敗だった。次に入った会社はブラックで、しかも収入が大幅に減ってしまったのだ。

 俺は自分のやらかしを、付き合っていた彼女に伝えた。優しそうな女だったから、きっと慰めてくれると思ったのだ。ところが彼女は俺を見下し、「収入が減ったなら付き合う価値はない」と俺を見捨てたのだった。

 騙されていた。

 あんな女だとは思っていなかった。

 

 ――その日、俺は苛立っていた。仕事は2、3日行っていない。かかってきた電話は全て無視をした。もしクビになったって別に構わないと思って。つまりは自棄になっていた訳だ。

 夜中、家で酒を飲んでいたが、どうにも閉じこもっているのに我慢ができなくなった。何処かで発散がしたい。俺はどす黒い衝動を抱えたまま外に出かけた。

 特に目的があった訳じゃない。苛立ちを吐き出せればそれで良いと思っていた。だが、歩いても歩いても気持ちは楽にならない。そこで俺は女が一人で歩いてるのを見かけた。OLでお洒落な格好をしている。俺をフッたあいつにどことなく似ている。

 優しそうな顔立ちをしているが、どうせ醜い蛇蝎のような本性を隠しているに違いない。俺は思い知らせてやりたくなり、その女を尾行した。そして、公園の近くの人気のない道に通りかかった時だ。俺はこう思ったのだ。

 “そうだ。レイプしてやろう”

 ああいう女に思い知らさせるのには、それが一番なんだ。俺の方が上だと分からせてやる。

 俺は公園の出入り口の前を通ろうというところを見計らって、その女に後ろから襲いかかった。口を塞ぎ、体を掴み、無理矢理に公園の中に引きずり込む。

 女は激しく抵抗したが、力で男である俺に敵うはずがない。俺は女を公園の芝生の上に押し倒した。

 さあ! 俺に恐怖しろ!

 しかし、そこで異変が起こった。女は俺を凝視すると、急に脱力したのだ。そして、抵抗を止めた。

 ……なんだ?

 俺は殴って大人しくさせてレイプしてやろうと考えていたのだ。予定が狂った。戸惑いを覚えた俺は、恐る恐る女の口を塞いでいた手をゆっくりと離した。

 すると、女はこう言ったのだ。

 「したくなっちゃったの? いいよ」

 俺は大きく目を見開いた。そんな言葉が出て来るとは少しも思っていなかったのだ。この女は俺を見下していない。俺を拒絶していない。何故だ。何故だ何故だ何故だ。

 そして、怖くなった。

 この女に嫌われたくないとそう思ったのだ。今の俺は酒を飲んでいるし、体も臭いだろうし、酷い顔をしているはずだ。

 「うわあぁぁぁ!」

 気が付くと、俺はその女の視線に耐え切れず逃げ出していた。

 

 「――レイプされかかりました」

 彼女は交番を訪ねると、そう警官に証言をした。警官はその言葉を信じなかった。きっと彼女がとても落ち着いていたからだろう。

 「それ、本当?」

 間延びした妙な口調でそう返す。

 「本当です。こんな事で嘘をついてどうするのですか?」

 彼女はとても淡々とした様子だった。警官はまだ疑っていたが、よく見ると彼女は土で汚れていた。襲われたというのは本当なのかもしれない。「何があったの?」と尋ねる。呑気な口調だった。まだ半信半疑なのだ。

 「公園で襲われて、押し倒されました」

 「でも、無事だった?」

 「はい」

 「どうして?」

 警官はまるで彼女が悪い事でもしたかのような口調でそう問いかけた。

 「レイプ犯に襲われた時、抵抗すると殺されてしまう場合もあるって話を聞いていたのを思い出したんです。ですから、力を抜きました」

 「そうしたら、襲うのをやめた?」

 「はい。その人は私の口を塞いでいた手を離しました。その時に表情がよく見えたんです…… まるで怯えているようだった。それで私は可哀想になって、“したくなっちゃったの? いいよ”って言ったんです。そうしたら、彼は悲鳴を上げて逃げて行ってしまって」

 「へー」と警官は頭を掻く。

 「それであなたはその人をどうしたいんですか? 強姦未遂で被害者届を出す?」

 「いいえ」と彼女は首を横に振る。

 「できるのならケアをした方が良いと思って」

 警官は不思議そうな顔を見せる。

 「ケア?」

 「そうです」

 一呼吸の間の後に彼女は言った。

 「レイプ犯の多くが、実は性欲の解消を目的にしているのじゃなくて、傷つけられたプライドの回復を目指しているのだと聞いた事があります。多分、あの人は傷ついていて、救いを求めているのだと思うのです。だから、必要なのはケアだと思うのです」

 警官は顔をしかめる。彼女の言いたい事が理解できないのだ。

 「多くの人が、“男は強くあるべきだ”みたい主張をして自己責任を追及します。でも、男も女もそんなに強い人はいないと思うのです。そして弱さから犯罪に走ってしまう。だから必要なのはケアなんです。多分、その方が犯罪は減るだろうし、きっと世の中全体にとっても良い事だと思うのです」

 そう彼女は警官に真摯に訴えたが、それでも警官は顔をしかめていた。きっと伝わってはいないのだろう。

 彼女は溜息を漏らした。

 

 彼女をレイプしかけた彼は、今でもきっと何処かで苦しんでいる。

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