2 転生した先はゲームの世界だった
「聖女を連れてきたぞ!」
私の手を引いている兵士が大声で叫んだ。
敵兵がいる戦場でそのような声を上げれば、私は格好の標的になるのではないかと素人ながらに思った。だが、兵士は将軍を救うために必死で、後先のことを考えていないようだった。
「こっちだ!」
右の方から声がした。
その声の方に連れてゆかれた。
立派な甲冑に身を包んだ男が倒れていた。横たえている体の下は血の池になっていた。
「将軍!」
「早く聖女を」
ここまでひどい出血だと助からないのではないかと思った。傷口は回復魔法で塞ぐことはできるが、失われた血を戻すことはできない。
(駄目、弱気になっては)
私はヒールを唱えた。
将軍の体が黄緑の温かい光に包まれる。
「させるか!」
敵が私に向かってきた。
私を連れてきた兵士がとっさに守ろうと間に入った。
敵の剣が一閃して、その兵士の胴体と下半身が二つになる。
思わず、私は魔法の発動を止めた。
「次はキサマの番だ」
敵が剣を振り上げる。
何人かの味方の兵が私を守ろうと駆け寄るが間に合わない。
走馬灯のように過去が脳裏をよぎった。
(えっ!?、何?)
脳裏に浮かんだのは、日本で中国武術のインストラクターをしたり、ゲームをしていたりしていた過去の自分だ。
(私、日本人? 転生者?)
子どもの頃から剣道教室に通い、高校生で二段を取得し、インターハイの個人部門で全国8位になったこと。高校の剣道部の部活の引退と同時に剣道をやめて、格ゲーの世界にあこがれて中国拳法を学び、中国武術のインストラクターになったこと。ヘビーゲーマーだったこと。
そして、何よりも今、私がいるこの世界は、ジャンヌ・ダルクの生涯を原案にした中世ファンタジーのゲームの世界であり、私がその主人公であることだ。
そして、そのゲームの主人公のジャンヌの戦闘シーンのアニメーションは、私がモーションキャプチャーをつけて動いたものをもとに作られていた。中国武術の剣の部門で優勝した私にオファーが来たのだ。
一瞬で過去の自分を取り戻した。
顔を上げた。
目の前に敵の剣が迫っている。
上から一直線に振り下ろしてきた。
私は体を横に開き、紙一重でかわした。
そのまま踏み込み手刀で相手の首を打った。
頸動脈を潰された敵は気を失った。
私はその兵が落とした剣を拾った。
軽く振り、体を動かしてみる。
(うん。これならいける!)
ジャンヌは農奴出身だ。そして修道院の生活は水道も電化製品もなく、毎日の水汲みや掃除は重労働だった。基礎体力は十分だった。
それに中国武術で身につけた技がある程度使えそうだった。
私は剣を握り直した。
敵兵が来た。
相手の剣の軌道を読み、避けた後、一歩出て相手を刺した。
青龍出水だ。
碧い龍が水の中から現出する姿をイメージした中国武術の剣技である。
「うがあああがあるら」
剣を引いて抜くと、兵士は言葉にならないうめき声をあげて倒れた。
「聖女様! 後ろ」
後ろから剣で突いてきた。
私はとっさにしゃがみ込みながら、後ろに向けて下から上へと半円を描くようにして、斬り上げる。
切っ先が相手の喉元に刺さる。
展翅点頭だ。
しゃがんだ状態から後ろに剣を下から上に斬り上げる姿が蝶が羽を広げる姿に似ているとして名付けられた技だ。
「聖女様……?」
味方の兵士たちが彼らが見たことのない剣技を用いた私に驚いている。だが説明は後だ。
(この世界があのゲームだとすると……)
私には今すぐにやらなくてはならないことがある。
主人公のジャンヌは今はただの聖女だ。回復魔法しか使えない。魔力は多い方だが、もちろん有限である。
でも、ゲームではジャンヌは実在のジャンヌ・ダルクのように救国の戦士となり敵を撃退する。
では、どうやって?
それがこのゲームの特徴であり、ゲーマーたちからクソゲー、死にゲーと酷評されたところだ。
ジャンヌは今のままでは最弱である。
ところがこの冒頭のイベントで、大天使ミヒャエルの祠にゆき、そこで得るアイテムの剣を握ると、本来の能力が開花し、万能チートキャラになる。物理攻撃と魔法攻撃の双方が可能で、魔法は全属性が使え、さらに魔力は大天使ミヒャエルの加護で直接大天使から供給を受けて無限大となる。
どういうことかと言えば、通常の魔道士や回復術士はバッテリー駆動のPCと同じだ。バッテリーすなわち魔力の残量が尽きれば終わりだ。しかし、ジャンヌは電源コードで電力の供給を受けている状態と同じで魔法が使い放題なのだ。
それだけチートな魔法使いであるにもかかわらず、物理攻撃のスキルもすごく剣の扱いにも長けていて剣聖レベルだ。
しかし、多くのプレイヤーはそんなことは知らず、攻略サイトを見なければオープニングのこのイベントで99%死ぬ。なのに、祠で能力が開花するとゲームバランスを崩すチートキャラになる。
極端から極端なのだ。
まさにクソゲーであり死にゲーだ。
だが、今はそんなことを言っている場合ではない。
(どこ? 大天使ミヒャエルの祠はどこなの?)
私は辺りを見回した。
白い雪に覆われた大地はどこも同じように見えた。
(近くになにか目印になるものがあったはず)
思い出した。
3本杉だ。
私は杉の木が3本並んでいる場所を探した。
「あった!」
私は駆け出した。
「「「聖女様! どちらへ? そちらは危険です!」」」
寄ってくる味方の兵士を無視して走った。
(早くあのアイテムを取って力を解放しないと)
力を開放しなければ待ち受けているものは死しかない。だが一度力を得れば、私一人でこの戦局を逆転することができる。
吹雪く平原を私は疾走した。
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