水鏡の告白
鏡に映る姿、それは本当に“あなた”か?
光の筋を頼りに深林を駆ける。
喉は砂漠に晒されたかのように乾き、息は荒い。
暗闇に纏わりつく蔦を振り払い、薄明の道を抜けた先には、広大な湖が広がっていた。
どこまでも続く悠然たる青が、静かに私を誘う。
思考する間もなく、身体は自然と動いていた。
擦り切れた身体を震わせ、吸い寄せられるように水面へ顔を沈める。
冷たい水が喉から全身へ浸透し、足先にまで乾きが癒えてゆくのを感じる。
その瞬間ーー
何かが、こちらを見ている。
…。
振り返っても、森はただ静かに佇むだけ。
遠くを泳ぐ魚たちの跳ねた音に、鳥たちの甲高い声が耳をくすぐる。
だが、彼らではない。
木々の間から獲物を狙うような静けさが辺りを包み込む。
再び水面に視線を落とすと、息が止まった。
映っているのは私ではない。
誰だ?この男は。
動く影ーー。いや、その所作は私のものではない。
まるで別の命が宿っているかのようだ。
思わず叫ぶ。
「お前は誰だ!」
水面の男は、冷ややかな笑みを浮かべ、囁く。
「お前だよ」
どこか懐かしさを感じるその声は、胸を鋭く切り裂いた。
冷たい雨が頬を打ち、水面を揺らす。
波紋は歪み、溶け込むように形を失い、やがて湖を赤く染める。
血のように濁る水の中に彼は消えた。
文字通り消えた。声も、体も、影も。
雨は滲み、大地には溶け込んだ足跡だけが残された。
ひとときの休む暇もなく、仕事の日々に追われていた男は、煌びやかに賑わう繁華街に目をくれることもなく、足早に直帰する。
そんな帰路の途中、誰かが私の名前を呼ぶ。
呼びかけられた方を振り向くと、そこには旧友の姿があった。
そのまま道中の焼肉屋へと足を向けることになる。
――旧友と別れ、再び帰路につく。
何を話したのかは朧げだが、その時間が楽天的だったことだけは覚えている。
…。いや、違う。
あれは本当に私だったのか。私は、その光景をただ蚊帳の外から眺めていただけではないのか。
身体が震え始める。俺は、自分を嘲笑うように呟いた。
「お前も私だったか」