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シルバー・カーネーション

 ☆シルバー・カーネーション


 ’0’

 アジアン・ビューティの少女は無敵だった!。

 といきなりこんな事を言われても何の事やらであろうが、まさしく僕がこれから語ろうとしている事は、そのことに尽きる。

 そうこのお話は僕こと貴望幸洋が、カフェ経営のかたわら副業でやっているアニメ関連物仲介の仕事にとって、彼女こそ必要不可欠でなくてはならない存在である事を日々納得する、そんな日常の話だからである。


 僕の名前の読みは'たかのぞみ・こうよう'。

 名は訓読みで'ゆきひろ'だが親の意向でそうなった、まぁそれは良い。

 仕事はカフェのオーナー兼、’仲介人’。

 と言っても、派遣社員をどこぞの現場に送り込む派遣営業とかでは無く、不要になった物を、必要としてる人のところへ届ける。

 いわば、物と心の仲人とでも思っていただければ、当たらずとも遠からずだろう。但し、仲介物はアニメ関連のみ!。これだけは譲れない!。なぜかって事についてはおいおい語るとして、今は目の前の仕事に取り組む方が先だろう。

 と、偉そうに語り初めながら、いきなり時間を4時間ほど飛ばさせてもらい、ある出会いそうアジアン・ビューティの少女との出会いから語ろうと思う。

 なぜならその出会いは、僕の人生において、転換点と言っても過言じゃないほどの出来事だったのだから。

 と言っても、その事に僕が気付くのはまだずっと先の事なのだが・・・。


 ’1’

「すみましぇーん。かふぇ こはくって、ここですかぁ」

 僕が店の開店準備をしていると、普段はけして聞くことの無い子供っぽい声が、ドアの方から聞こえてきた。

 机に置いてある椅子を、床に置き直すため背中を向けていた僕が、振り返った視線の先には、子供っぽいではなくまさしく子供。

 水色のランドセルを背負った黒髪ポニーテールの少女が、その大きな瞳をランランと輝かせてこちらを見ていた。

『因みに、髪をとめてるやや大きめのリボンの色は青だ』

「?えっと、確かにここはカフェ琥珀ですよ」

 カフェと言ってもそれほどフードは無く、どちらかと言うとバーと言った方が適切かもしれない。

 最近はスタッフ兼助手の翌檜あすなろ君が腕前を上げ、そこそこメニューも増えているが、彼もまだ高校に上がったばかりとなれば。そうそう遅くまで居させる訳にもいかず、深夜になるともっぱらドリンクのみだ。

「よかったですぅ」

 店の事に思いをはせていると、少女が話だした。

「わたしのなまえは、きぐらいミリナ、と、もうします。っと、ペコリ」

 と言うと頭を下げた。

「きぐらいミリナ、を、かんじで、書くと、こうなります、が、ミリナは、かんじがまだ、む、むず・・・ドンット・イージーでっす」

『ドント・イージー?・・・難しいのかな』

 まぁ10歳ぐらいだかろうから、仕方ないとは思うが。

 と、考えていると、ミリナと言う少女は、自分のランドセルの横にぶら下がってる名札を見せた。

「木俱頼未李菜。成る程こうゆう字なんだね」

「オン!、じゃない、イエス、じゃない、はい!です」

 いちいち横文字が入るのが気になるが、それよりなにより当面の問題が先だろう。

「で、その未李菜ちゃんの御用はなんですか?」

「ご・よ・う?」

『・・・御用を簡単にすると・・・えっと・・・』

「えっとお、何をしに琥珀に来たのかな?」

「あっ!はい。ダディからのメールで、かふぇこはくで、まってる、や、やく、プロミスしましたっ!」

「ダディってお父さん?」

「イエス!!」

「お父さんがここに来るんだね」

「イエス!。そうです!」

 何となく様子が解ってきた。どうやらこの子のお父さんは、琥珀を待ち合わせ場所に指定したようだ。

「こんちわー」

 と、何となく事態が飲み込めてきたタイミングで、これは聞き覚えの有る声とその主がドアを開き店に入って来た。

「やあ翌檜君、今日はいつもよりちょっと遅めだね」

「えー、実は例の二年生の先輩女子がやけに諦め悪くて、ちぎるのに手間取ったものですから・・・」

「例の陸上部への勧誘かい?。話が長くなったとか・・・?」

「いやいや、まさに’ちぎる’です、リアルにちぎる。短距離では歯が立たないんでロングランに変えて、校庭を10周ぐらいして諦めてもらいました」

『確か翌檜君は中学の時に、1500メートルでインターハイに出場した経験があったはずで、その翌檜君に10周もついていくとは、俊足とは聞いていたがその子もたいしものだ・・・。律儀に追いかけたのか、追いかけさせたのか・・・』

「!!!って、ここに存在する少女は何者ですかぁああああ!。いやいや少女なんておこがましい!。童女!そうまさしく童女!!!・・・きったぁあああああ、童女降臨!!!」

 少し大げさ過ぎると思うが、この反応はいつもの事なのでそこは流して状況を説明した。

「成程そうゆう事ですか。でも未李菜ちゃんは、よくここが分かったね」

「ダディがマップをセンドしてくれたので、あとはイージーでした」

「センド?」

「貴望さん、送信の事です。英語で送信はSENDです」

『なるほど横文字ね』

 と感心していると翌檜君が話を続けた。

「ところでダディの名前は?」

「木俱頼ゆきひろともうします」

『今度はやけに丁寧な日本語だ』

「木俱頼ゆきひろ?、貴望さん知ってます?」

「名前だけじゃ、ちょっとぴんとこな・・・あっつ、もしかしたら僕と同じぐらいの年の人で、眼鏡を掛けた優しげない雪さんの事かな?」

「はい、アコのダディはメガネでやさしいダディユキです!」

『いきなり背筋を伸ばして、わが意を得たり!。得意満面だ!』

「・・・アコ?・・・」

「・・・俺を見ないで下さい」

『アコってなんだ』

 と、大人と高校生が悩んでいると。

「お兄様のお名前は?」

 と、小首をかしげて未李菜は翌檜君を見つめた。

「お兄様って!あはは・・・’あすなろあきと’と申します!」

『翌檜君!!!!!満面の笑顔!!!。満面の笑顔って表現をよく耳にするが、今の彼の笑顔はまさしくそれと言えるだろう』

「中二病はとっくに卒業した高校一年生だよ」

「ちゅうにびょう?・・・びょうきですかぁ?」

「そうだね、もしかしたら未李菜ちゃんもかかるかもしれないから、もし困ったら俺に相談してくれ!」

「はい、その時は相談します!シュタ」

『!敬礼って・・・』

 小さな指をしっかりそろえて敬礼をする未李菜に、翌檜君も返礼。

 この二人はどうやら、既に互いを理解しているようだ。

「ところで、立って待ってるのもなんだから、そこに座っていいよ。翌檜君もね」

 うなづいた二人はカウンターの椅子に腰をおろした。

 ランドセルをおろし背もたれにかけ椅子に座ったが、当然ながら足は床につかずぶらぶらしている。

「何か飲むかい?」

「クリームソーダがいいです」

「あっつ、俺も同じもの下さい。払いはバイト代から天引きでよろしくです」

「了解!」

 そう告げると僕はカウンターの奥に入り、二人分のクリームソーダを作り始めた。


「クリームソーダはまず何もしないで一口飲む!ズズ」

「ひとくちのむズズ」

「そしてアイスを少し食べる」

「すこし食べゆ」

「ここで少し待つ・・・幸せを抱きしめる・・・」

「だきしゅめるぅー」

『おいおい、二人して目を閉じて恍惚の表情って、なんの儀式なんだか』

「から、混ぜる!」

「まぜう!!!(ビシッツ)」

『未李菜ちゃぁん(ビシッツ)って音!しましたよねって、まだ続くのかい!』

「そして一気に飲む!!!!!」

「のみゅ!!!!!」

『クリームソーダの一気飲みって、そこは勝負なんだね』

 半分ぐらい飲んだところで二人は頭を抱えてストローから口を離した。

『おそらく。’頭キーン状態’なのだろう』

「こんばんわー」

 いいタイミングで未李菜ダディの雪さんが来店した。

「ダディ!」

 言うが早いか未李菜は雪さんの元へ走り出した。

 近寄ってきた娘を抱き上げた雪さんは、そのおでこに軽くキスをした。

「仕事で遅くなった、ごめんね」

「イッツ・オーケー。ダディがんばってるの知ってる。ミリナはダディユキのチアリーダーでしゅから!(ビシッツ)」

『また(ビシッツ)っ音が聞こえた気がしたのは僕だけかな?・・・いや違う、翌檜君の表情・・・君にも聞こえているんだね』

「何かすみません、娘がご迷惑とか、お掛けしませんでしたでしょうか?」

 未李菜を抱えたまま申し訳なさそうに頭を下げた。

「いえいえ全然です。ところで雪さんの本名って’木俱頼ゆきひろ’さんなんですね」

「あ、はいそうです・・・。えーっと」

「僕は貴望です、こちらの若者は翌檜明人君です」

「どうもこれからもよろしく、ちなみに明人君は琥珀のバイト君ですか?」

「えーまあ、バイト兼スタッフって感じで色々手伝ってもらってます」

「手伝う?」

「えー、僕がカフェ以外の仕事もしてまして、そちらの方のサポート言うか・・・」

「貴望さんの仕事の補完要員って感じです」

 僕が説明に窮していると、翌檜君が助け舟を出してくれた。

「俺アニメ通なんです、いわゆるオタクですね。で、そっち系の事で不足があれば穴埋め。そんな感じの、まあ、助手兼相棒ですかね」

「なるほど」

『うん、最近は’オタク’というのもしっかり市民権を得てる。

 だから最初からはっきり伝えればいいはず。へんに気張ったり言葉を選んだりするから、逆に相手に不信感を抱かせてしまう事になったりする。

 胸を張って堂々と語ればいい!。翌檜君!。また一つ勉強になったぞ』


 そのご雪さんはクリームソーダの代金を、世話になったからと翌檜君の分も払いたいと申し出られたが、そこは次回来店時にたくさん呑んで貰うことで手を打った。

 店のドア前、翌檜君と二人で親子を見送った時。通りを曲がり見えなくなる寸前、振り向き手をふる未李菜の笑顔がとても愛らしく、代金以上のお支払いを頂いた様に感じた。

『至福』

 そう言えば「アコ」とはフィリピンの言葉で「私」の事だそうだ。

 未李菜は元々はフィリピン人なのだが、四年前に縁あって雪さんの養子になったらしい。

 外国人の子供との養子縁組は、おそらく簡単な事では無いと思われるが、経緯についてあれこれ聞くのも失礼なので、詮索はせず話を終わらせた。

 実はその経緯について、後日詳細を知る事となるのだが、それはまた別の話である。

 因みに、第二母国語が英語なので横文字(英語)を多用するようだ。ついでに伝えておくと。「あなた」は「イカウ」というらしい。

 そんな事を考えながら横を見ると、翌檜君も『至福!!!』の表情になっている。

『いやいや、君の分は天引くよ』

「・・・と、俺のは天引きっすよねえ」

『読心術でもあるのかい』

「まあ、いいよ。僕も楽しませてもらったからね」

「ありがとうございますっ。・・・ところで今日の’物’は何だったんです?」

 店内のカウンターに戻りながら、翌檜君が聞いてきた。

「うん、これなんだけどね」

 カウンターの奥から古びた大学ノートを持ってきて、翌檜君の前に置いた。

 彼はノートが破れたりしないよう気を付けながら、丁寧にページをめくっていった。

「サイン帳?ですね。20人ぐらいですかね」

「うん、さっき依頼主を訪ねて預かってきたよ」

「ざっと見ですが有名な漫画家のサインもありますね、他は・・・あーっとこれは声優かな?。詳しく調べてみないと分かりませんが。どんな謂れ《いわれ》があるんですか」

「うんまあ、開店までまだちょっと時間があるから、軽く飲みながら説明するね。何がいい?」

「飲み物ですか?」

「ああ」

「では、アイスティを下さい。・・・ガムとレモンは多めでお願いします」

「了解!」

 僕はアイスティと、自分用のバーボンソーダ(レモンは入れないのでハイボールでは無い。十年来の常連客の飲み方で、最近真似させてもらっている)を作り。数時間前の出来事を翌檜君に語り始めた。


 ’2’

 僕の目の前に、そろそろ90歳を超えると思われる品のいいおばあ様が穏やかにたたずんでいた。

 その手には1冊の古びた大学ノートが握られている。

「これがお願いしたい物になります」

『これまた、見かけにたがわず品の良い声だ』

 などと感心していると、ノートをパラパラとめくり中身を見せながら、椅子に腰かけるようにと促した。

 書き込まれているのはどうやらサインの様である。僕はノートを丁寧に受け取ると1ページづつ静かにめくった。

 1ページに1人のサイン、後ろの数枚は白紙だが書いてあるのはそれだけである。

「失礼ですがこれは?、お見受けしたところサイン帳の様ですが」

「はい、3年前に先にいった主人の宝物です」

『’いった’これは’逝った’。つまりお亡くなりになったって事だろう』

「夫は無類の漫画好きでして、若いころから漫画家さんを訪ねてはサインを書いてもらい、それを集めるのを生涯の趣味としておりました。全部で10冊ほどあったのですが、こちらの1冊だけは価値があるからと託されました」

「ほかのノートは整理されたのですか?」

「はい、死期を悟ったのか否かはわかりませんが。本人が終活だと申しながら整理していきました」

「因みに価値があるとは?。何か聞いている事とかございますか?。うちに頼まれるということは、なんらかの根拠がおありになると思うのですが」

『厳密に言えばアニメと漫画は別物であるが、ただし作家のサインとなれば、アニメ関連といえるだろうが』

「はい、なかに幾人か漫画の声の人のサインがあるそうです。それが人によっては貴重なものであると主人は申しておりました」

「なるほどそうゆう事ですか、それでうちに依頼された訳ですね」

 おばあ様は安心されたように穏やかに微笑まれた。

「しかしよくうちを見つけられましたね」

「孫が調べてくれました。漫画の声の人って声優さんとおっしゃるそうですね。私はそのあたりの事にまったく不調法でして、どうしたものかと悩んでいたところ、そちらを知る事が出来ました」

『本当に穏やかに微笑まれるお人だなあ』

 話の終わりは必ず笑顔で、その笑顔になんとなくいやされているのをしり目に、彼女は話を続けた。

「主人の宝物が、その価値をわかる人の手元に残る。きっとその方が主人も喜ぶのではないかと思っています。とは言っても本当に価値があるのか分かりませんので、まずは調べていただければと・・・」

「そうですね。一度持ち帰って調べさせて頂きたいと思います」

「お願いします」

「では、お預かり証をお渡ししますので、調査依頼書にサインをいただけますでしょうか」

 僕はごく簡単なA4サイズのお預かり証に名前を書き、同じくA4サイズの調査委依頼書を手渡した。

『’山河さち’。おー達筆!』

「失礼ですが。こちら読みは’やまかわさん’でよろしいですか?」

「いえ、’さんが’と申しますのよ」

「あーそうでしたか、失礼しました覚えておきます」

 そう告げながら席を立ち玄関へ向かった。

「ところでノートについてですが、他に伺っておいた方が良い事とかは、ございませんでしょうか?」

「あーそうです、一つ忘れておりましたわ」

 靴を履きながら伺うと、山河夫人はそう告げてノートを受け取ると、少し中ほどのページを開きさし示した。

 それはサインではあるのだが、但し書きのような横文字と日付が書かれていた。

 日付は「1950年8月13日」になっている。

「こちらは?」

「’ベルタジーニ・ブロワインチ’というロシアの漫画家さんのサインだそうです」

「べ・ベ・・・ブロ・・・」

「ご、ごめんなさいね」

 言うと夫人は別のメモに名前を書いてくれた。

「’勝一郎かついちろう’は・・・あっとえー主人の事ですが。若いころ捕鯨船ほげいせんの船員をやっておりまして、ノルウェイに寄港した時にたまたま飲み屋でその方と知り合い、意気投合したそうです。

 当時その方が書いていた漫画を読んだそうですが、大変に良い作品だったそうです。

 その作品は後に出版もされたそうですが、世間一般とくに日本ではそれほど知られる事もなかったようです。

 ただしその作品と作者さんは’知る人ぞ知る’という感じらしく。’わかる人には解る’とよく申しておりました」

「その作品名はなんというのですか?」

「それが、教えてくれませんでしたのよ。

 何かいたずらっ子のような、けぶっているような不思議な表情を浮かべて’わかる人には解る’とだけ言っておりました」

「そうでしたか、ではそちらも調べてみますね」

 そういうと再びノートを受け取り山河宅を辞去した。


「成程、歴史が染みついてる感じですね」

 黙って話を聞いていた翌檜君は、ノートを手に取ると店の奥に向かった。

「調べてみます。PCお借りしますね」

「よろしく。・・・あーどうも、いらっしゃいませ」

 ドアが開き本日最初のお客さんが来店した。時間も夕食の時間に差し掛かりつつあった。

 その後何人かのお客さんの対応をし、翌檜君の帰宅時間が迫ってきたころあいを見て声を掛けると。

 翌檜君は少し興奮した様子で、自宅で’A_インタメディアリ(仲介人)’のサイトを更新する事を告げた。

「ノートお借りしますね」

「それはいいけどどんな感じなの?」

「それぞれのサイン、確かに価値ありだと思います。

 特に最後の方に’富田さん’のサインが有るんですが、それ、俳優デビューのころのサインなんです、これは人によってはめちゃ価値が有ると思われます。

 と言っても人に寄るんですが」

「えーっとすまない、その’富田さん’て?」

「あーえーとですね。

 もうお亡くなりになった方なんですけど。

 声優会のレジェンド的な人で、時代を変えたと言っても過言じゃない宇宙物のアニメで主役をやって、世間一般にも名前が知れ渡った方です。

 貴望さんも知ってるあの有名な作品の主人公です」

「時代を変えた宇宙物って、銀河を往復するやつかな?」

「はい、それです」

『成程。あの作品で主人公の声を演じた人のデビュー時期のサインとなれば、人によってはお宝だろうな』

「既にいくつかのサインはサイトにUPしてあります。反応があるかもしれませんので、コメントやDMのチェックよろしくお願いします。

 残りは今夜中に紹介文とあわせてUPしておきます。

 それとロシアの作家さんですが、確かに存在します。出版もされているようですが発行部数も少なく、時代背景的にも作品が現存するかは怪しいです」

『時代背景・・・成程』

「1950年ごろのロシアは確か、ソ連に代わっていく背景の思想統制の名目で多くの文学作品を焼却などして処分してた時期だね。

 翌檜君、時代背景って、それにまつわる事かい?」

「年代と時代背景ってだけでそこを言い当てるって、さすが貴望さんです。作品名は’BOCXOA’ボスコート。和訳だと’日の出’。’自由・平和・希望’がテーマのようです」

『’自由・平和・希望’・・・当時のソ連なら問題になりそうなテーマだ』

「でここから先は都市伝説に近いのですが。KGBに捕縛されて収監のち獄死したようです」

『!このノート、ますます歴史的な重みを感じる!』

「山河さんが、価値ある1冊としてご夫人に託した気持ち、何となくわかる気がします。

 でも作品名を伏せていたのはなぜでしょう」

「それも時代背景じゃないかな。

 1950年代から1980年代は’鉄のカーテン’とか冷戦とかで東西関係はすごく緊張していたし、キューバ危機なんかもあった。

 日米関係だって60年安保でごたごたしてたし、アメリカはアメリカで共産思想を敵対視する’赤狩り’なんかもあり世情は騒然としてた。

 そんな時代に思想犯に類する作品を知ってたりしたら、奥様や家族に迷惑がかかるかもしれない。

 それを危惧して勝一郎さんは、自由に語れる日が来ることを信じて。’わかる人には解る’と言い続けたんじゃないかな」

「・・・なんか・・・かた苦しいと言うか’好きな物を好き’って言えない・・・。不自由な時代だったんですね」

 この依頼は慎重かつ大切に扱う必要があるものだという事を、レジェンド声優とロシアの作家の件で改めて感じた。

 『ある人のところで不要になったものを、必要としてる人のところへ届ける。

 確かにそうではあるが不要では無い。

 ・・・必要だが・・・。より必要としかつ、大切にしてくれる人のところへ届ける』

 身支度を整へ琥珀を後に帰宅する翌檜君と入れ替わるように、十年来の常連客が入ってきた。

「どうも、こんばんわ!。いつもありがとうございます」

「いえいえ、こんばんわ。いつものやつを下さい」

「はい。ソーダはどうします?」

「今日は喉が渇きぎみなので、ソーダたっぷりで」

「了解です」


 ’3’

「こんにちゅわ」

 店の開店準備をしていると聞き覚えのある元気な声と、はじけるような童女が琥珀に来店した。

『おや』

「お兄さま。いないのでしゅか?」

『お兄さま?』

「翌檜君ならもうすぐ来るはずだよ」

「ダディユキから、おしごとのおじゃまをしてはいけませんと言われました。でもチェアが上にあるから、まだいいですか?」

『チェアが上?。あー、テーブル席の椅子が上に乗せてあるから、開店前って判断かな?』

「もちろん良いよ。昨日の席にへどうぞ」

「サンキューです」

 そう言うと未李菜は、昨日座ったカウンター席に移動した。

『むろん足はぶらんぶらんだ』

「今日は翌檜君に会いに来たのかな?」

「学校かえりにこはくのまえとおる、チェア上だし貴望さんみえたから・・・」

 何か他に言いたいことがある様な感じがしたので話を継いだ。

「寄り道して大丈夫なの?。雪さんはまだ仕事だろうから仕方ないけど、ママは心配してるんじゃない?」

「だいじょう。マミいない・・・」

 そう言うとそれまでの笑顔に影が落ち、黙り込んでしまった。

『い・いかん!。これはもしかしたら、触れてはならない事に触れてしまったかもしれん!。話題を変えねば!』

「昨日のクリームソーダは美味しかったかい?」

『えーい、ジュースでごまかそうとするとは、我ながらなさけなし』

「イェス!。おいしかったよ!」

 少しの間があった。それは強く意識しなければ感じることの出来ない程の小さな間ではあったが、この小さな少女の中にとても大きな悲しみが存在する事を、しっかり感じることができる間だった・・・。

『おー満面の笑み!。それでこそ!』

「では、またご馳走しようかな」

「!それはうれしいです。ありがとうです!。でもダディユキに、おこられてしまうかもしれません」

『言葉では遠慮深い事を言ってはいるが、その瞳はらんらんと輝いている』

「ちょっと待っててね」

「オーケー!。アイム・ウエイティング」

『’わかりました。待ってまーす’かな?』

 僕は椅子を片付けるとカウンターの裏に入り、クリームソーダ用のグラスを1個・・・いや2個出した。

「こんにちわー」

『翌檜君、ごらいて~ん』

「あっ’クヤアキト!’。ミリナだよ」

「くやあきと?」

 未李菜は右手を挙げて翌檜君に手を振った。近づいてきた翌檜君はその右手に軽くハイタッチをしてカウンターに付いた。

「こんにちわ未李菜ちゃん。と、貴望さん。’クヤ’はお兄さんって意味ですよ。なので、’クヤアキト’は’明人お兄さん’もしくは’アキトにい’って感じです」

「ほー成程ね。って、フィリピン語おぼえたの?」

「覚えるなんてレベルじゃないですよ、休み時間に軽く調べただけです。ちなみに’ありがとう’は’サラマッポ’だそうです」

「うん、’サラマッポ’。サンキュー。ありがとう。です」

 楽し気に未李菜が話に割って入ってきた。

「ほー、その言葉は覚えておこう」

『翌檜君とは以前から楽しく絡んできたけど、未李菜もいると更に上がるな』

 そんな風に内心微笑みながらクリームソーダを用意していると、翌檜君はノートを取り出しカウンターにおいて、UPした内容の出来について感想を聞いて来た。

「うん、とても良いと思う。全員分上がっているようだし、ロシアの作家の紹介文も都市伝説的なミステリアスを感じるし良く書けてると思う。昨日だけで仕上げたんだよね。

 いつも思うけど、仕事早いね感心するよ」

「いやまあ20人ぐらいでしたし、8割は誰もが知っているアニメの原作者だったりしたんで」

「それでも夜は遅くなったじゃない?」

「2時ぐらいですかね・・・。ところで何か反応ありましたか?」

「うんあったよ、コメントとDMも入ってた。そのDMの人は早速物を見たいからと今日見に来る予定になってる」

「もうですか!。それはまた早いですね!」

「そのノートはなんでしゅか?」

 クリームソーダをひと口のんだ未李菜は、古びたノートが気になったらしく聞いてきた。

「これは色んな漫画家さんやその仲間さんたちのサインが書かれてるノートなんだよ」

 僕はそういいながら何ページかめくって未李菜に見せた。

「・・・」

「とてもおだやかで素敵なおばあ様から預かったおじい様の宝物だよ」

「グランマとグランパのトレジャ・・・」

 おそらく半分も意味を理解できていはずなのだが、その言葉が心に響いたのか、可愛らしく微笑んだ。

 すると店のドアが開き、小太りの中年男性が来店した。

「いらっしゃいませ」

 黙ってたたずんでいる客に声をかけると、DMを送った者であると客が告げた。

「そうでしたか。確か多貫さんでしたね、こちらにおかけください」

 僕は彼を店のドアよりのカウンター席に案内して、とりあえずミネラルウォーターを差し出した。

「’だぬきひでやす’です」

 カウンターに腰かけた彼はそう言うと彼は名刺を差し出した。肩書は’エージェントサービス’とだけあり他に’多貫秀保’の名前と住所と電話番号eメールが記載されていた。

「ぶしつけかもしれませんが’エージェントサービス’とはどの様なお仕事しょうか?」

「絵画のバイヤーとかと似たようなもんですよ」

 何が気に入らないのか彼はぶっきらぼうにそう答えた。

「そうですか。では申し訳ありませんが、どのような経緯でアニメに興味をお持ちになったのかをお聞かせ願えませんでしょうか?」

「・・・」

 多貫秀保は不信そうな眼つきをして僕を見返した。

「あっとえーっとすみません。一応の確認をどちら様に対しても行ったおりまして、アニメに対する造詣を伺っております。

 大切なものを取り扱っていると自負しておりまして、安易な転売などを避けるためでもあります。

 むろん商談成立の後であればどのようにされようと個人の自由です。

 そのようなわけでアニメに興味をお持ちになった経緯や現状の思いを、簡単でよろしいので伺わせていただきたいのですが・・・」

「そうですか・・・」

 多貫秀保は不承不承というていで話しを始めた。

「まあいわゆる子供のころのテレビ番組が入り口かな。

 で、中学で知り合った知人がアニメ好きで、そいつから好きなアニメを語られているうちにこっちも興味が出てきた、ファンクラブなんかもそいつと立ち上げたりしたさ。

 大学以降は投資とかそっちの方が面白くなって少し離れてたけど、気になるアニメは見てた。

 そうこうしてるうちに最近カードゲームと出回りだしてアニメ熱が再燃。

 カードの価値はアニメのストーリーやキャラ設定に大きく左右されたりするから、ある程度は本編や周辺情報を押さえておく。まあそんな感じですよ」

 多貫秀保は唐突に話を切った。

『・・・当たり前と言えばあたりまえのアニメ好き、って解釈でいいのかな・・・』

 判然としないものを感じつつ僕が黙っていると。 

「もういいでしょう!。そんなことよりまずは物を見せてもらえませんかね?」

『苛立っているな・・・』

 不遜な態度が気になりはしたが、興味を持ち見に来てくれたのだからむげにはできないと思いノートを見せた。

「ホームページにも記載してありますが、依頼主は大変大切にされていました。そこそこ古い物ですので扱いは丁寧にお願いします」

「・・・」

 彼はポケットから白い手袋を出すとおもむろに両手にはめ、1ページづつノートを見だした。

『そこは丁寧なんだな・・・』

「ほーこれはなかなか」

 ページをめくりながら興奮気味に語り始めた。

「おーこの人もある、この人もかあああ、これなんてイラストが添えてあるし、これなんかは色まで入ってる!。

 これは、えーっと・・・一枚につき・・・いやいや・・・これは・・・50とか・・いやこれは色が入ってることを考えればへたすると・・・うん100万・・・・」

 最後まで見終わると興奮した面持ちでゆっくり顔をあげ、店内をぼーっと眺めた、そしてその視線がある点で止まった。まるで’ピタ!’と音でもしたように。

「えっつと、その子は・・・ど、どのような・・・ご・・・ご関係・・なのでしょうかっ・・・」

 あんぐりと口を開けたまま多貫の動きが止まっている。

「あー、バイト兼助手をお願いしているスタッフです」

 明らかに翌檜君を見てるようだったのでそう告げた。

「いやそこのどこにでもいるような若造ではなくっ、その隣の少女と・・・と言うか美少女の方です」

 どう言ったものか一瞬戸惑ったが。

「うちの常連さんのお子様です」

 と、ありのまま返答した。

「本当に生きた人間ですか!?!?!。

 いくつです!?。

 お名前は?。

 小学生かなぁ!?、そのリボンもランドセルと色を合わせてあるのかな?、かわいいねえぇ。

 足・・靴のサイズはいくつ?、16?15かな?。

 なんならお兄さんが可愛い靴を買ってあげようか?、どんな靴がすきなのかなぁ~~。

 髪の色もつやつやの黒なんだね。

 肌は少し褐色だけど健康的でいい色合いだねぇ~。

 色と言えば瞳の色も暗褐色って感じだねぇ・・・。

 背はどれくらいなんだろう・・・そんなに高くないのかな?足、ぶらぶらしてるもんねぇ~。

 !!!美少女・・・そう!まさしくぅぅ美少女!!!。

 こんなにも美しく人形みたいな生き物がこんなに近くに存在するなんて!。

 信じられんんん!!!。で、で、も・・・もう少し近くで、見せてもらってもい・・・いいかなぁ?」

 恍惚の表情を顔いっぱいに浮かべて、多貫はカウンターから降りて未李菜に近づこうとした。

「多貫さん!!!」

「・・・・・・・」

「すみませんがお客様が戸惑っておりますので、その辺でお止めになっていただけませんか!」 

 僕は慌ててカウンターを出て、多貫と未李菜の間に割って入った。

 見ると翌檜君もポジションを変え未李菜を奥にいざなっている。

『さすがだ!翌檜君!』

 多貫は慌てたように居住まいを正しコップの水を一息に飲んだ。

「・・・い、い、いや、申し訳ない・・・お、お代わりをくれ」

 氷をかじりながら空になったコップを差し出し落ち着こうとしている様だが、それが出来ていないのは明らかだ。

『これはちょっとヤバい人かも・・・。

 いやオタクなら翌檜君も最初の反応はちょっとオーバーだった、いやしかし翌檜君のそれはもっと穏やかで感じが違った・・・。

 これは何か粘着質的な嫌なものを感じる・・・とにかくノートの話に専念しよう。

 場合によっては、翌檜君に未李菜を連れ出してもらった方がいいかもしれないな』

 みると明らかに翌檜君も警戒態勢をとっている。

『翌檜君もある種の特定人物と感じているのかな・・・まああの態度なら当たり前か・・・』

 僕は空になったコップに水を継ぎ足しながら、話題をノートに振った。

「えーっと多貫さん、うちのスタッフやお客様の事はとりあえずおいといて、ノートの話を進めたいのですが・・・」

「の・・・ノート?・・・ですよね」

 さっきまでのノートへの興味をまるで覚えていないかのような反応たが、視線をノートに戻した。

「どうですか?。ノートはお気に召しましたでしょうか?」

 僕は敢えて冷静な態度で問いかけた。

「えぇ・・・そ・そうですね。貴重な物で有るのは、わ・わかったのですが・・・」

 落ち着こうとしてるようだが、未李菜が気になっていてその努力は明らかに報われていない様子のまま、多貫は話をすすめた。

「ブ・ブ・ブロワインチのサインが有りますが、これは本当に本物ですかぁ?」

「依頼主さまからはそのように伺っています」

 いちいち気に障る言い方だが、取り敢えずそう答えた。

「証明しようにも証拠もないでしょうしね。むろんロシアの奇特な収集家とかが見れば判別できるかもでしょけどね」

 多貫は嫌味にもにた表情を浮かべて続ける。先ほどの未李菜ショックから、別の事案に意識を向けることで冷静さを取り戻そうとしている様だ。

「こういったものはパチもんとか出回るのが常ですしねぇ、ひと儲けとか考えるやからもいたりする。糞を掴まされたらたまったもんじゃない」

『なんとも粘着質で皮肉たっぷりな言い方だ!。

 この商談は無にした方がいいかもな。山河さんの思いを叶える・・・難しい気がする』

 そんな事を考えながらも話を進めた。

「因みにお伺いしたいのですが。商談が成立したのち多貫さん所有になった場合、ノートはどのように扱われるおつもりでしょうか?」 

「パウチだね」

「パウチ?」

 一瞬意味が解らず聞き返した。

「ビニールコーティングだよ!!、そんな事も知らないの!?」

 人を小ばかにする上から目線で話を続ける。

「価値のありそうなのはプラのハードケースに入れる。

 まあパウチなりハードケースにすれば現状の保存状態をキープできる、大切にするってそうゆう事でしょ、なのに雨ざらしとまでは言わないまでも、ほとんど何もせず引き出しにでも入れてたんでしょ、紙もすすけてるしシミもある、元の持ち主は保存の意味をまったく理解していない!。

 ったく嘆かわしい!」

「いや、大切に保管されていましたよ」

 山河さんがノートをどの様に保管されていたかの詳細を、ご本人から伺っていた訳ではないが、多貫の言葉をそのまま受け止める気にはなれず、僕はそう答えつつ言葉を続けた。

「パウチとかハードケースと言うことは、1ページづつノートから切り離すのでしょうか?」

「他にどうやるの!?」

 お前は馬鹿か?!って表情をしつつ多貫は続けた。

「1枚1枚にしないと誰のサインかわからんだろ、仮にノートの解説をつけてオークションにかけたところで、その1冊ではたいした利益も期待でない、だから小分けにして付加価値をつける。

 とは言ってもこの’富田’ってのは無価値だな誰だかわからん」

「はっつ!?」

 小さな声ではあったが、翌檜君が舌打ちした。

『富田さんを誰だかわからんって!。初期の頃のサインとはいえ、超有名なアニメの主人公の声の主をわからないのは、翌檜君でなくても’!?’だ』

「他の無名なやつらは放置。有名どころは結構な利益を生むだろから更に価値を上乗せして出展すれば・・・数百万とか・・・これは結構おいしいぞ」

「ちょっと待って下さい、オークションにかけるとおっしゃいましたか?!」

 後半は独り言にも似た多貫の言葉を遮ってそう告げる。

「先ほど転売を避けたいお話をしましたよね。

 むろん心ある取引において所有者が移ることはあるかとは思いますが、はじめから利益ありきでは、お譲りいたしかねるのですが・・・」

「いやいや」

 多少怒気を含んだ僕の言葉に慌てたように。

「も・もしもの話ですよぉ。本当に欲しがる客が現れたらそんな方法もあるかと・・・もちろん大切に保管します」

「客?!・・・」

「ヤダ!!」

 客という言い方が気になり更に問いただそうとしたら、未李菜が割って入ってきた。

「ノート、ばらばら、ヤダ!!!」

 その小さい身体からは想像もつかないほどの大きな声で未李菜はそう告げた、目には涙さえ浮かべている。

「未李菜・・・ちゃん」

 翌檜君がやさしげに未李菜を見つめた。

「ノートはファミリ、家族です!、それ、ばらばら、家族ばらばら、とおなじ!、グランマ、かわいそう、です、かなしく・・・なります!、ミリナ、そゆうのいや・・・です、家族いしょが・・・いい・・・です、ファミリ・・・は・・・いっしょ・・・が・・・いい・・・(グシュ)」

 後半はほとんど涙声で聞き取れなかったが、未李菜の言いたいことは充分に理解できた。

「ノートが、家族う~~!?」

 未李菜の言葉に一瞬たじろいだが、そんな未李菜を見て、また先ほどの変態ちっくな表情に変わっていった。

『こいつはダメだ、流石に僕も生理的にも受け入れられん』

「多貫さん。

 このノートには思いと歴史が詰まっています。

 つまり。1ページ1ページに年月が積み重なって、一つの物として成り立っているのです。

 ページごとに出てくる人々に繋がりはなくとも、ノートの中で、歴史とともにひとつになっている。

 それはまるで世代を超えた家族の絆の様にです!。

 それをばらばらにする行為は、思いそのものと、積み重ねた年月を切り離すことと同意です!。

 それはつまり、家族の絆を切り離すことと同義と言えるでしょう!」

「・・・」

 僕のきっぱりとした口調に多貫は気押され黙り込んだ。

「なので僕としては、あなたにノートをお譲りすることは、出来かねます!」

 強い口調できっぱりと拒否した。

「ゆ、譲れないって!えっとまだ商談さえしてない・・・幾らです、それなりの額を出しますよ、1万?、3万?、5万?。

 いい値を言ってくださいよ~、と言ってもたかが古いノート一冊、5万は高すぎるかなぁ」

「たかが古いノートって!!!。あんた何言ってんの!!!」

 翌檜君が食ってかかる勢いで割って入ってきた。

『うん翌檜君、それ!その通りだ!』

 今にもくってかかりそうな勢いの翌檜君を制して言葉を継いだ。

「いや、申し訳ありませんが」

「そう言わず、まずは話をすすめません?」

 多貫は諦める様子を見せず、しつこく食い下がってきた。

「いえ、こちらの件はここまでとさせて頂きます」

「い、いや・・・」

「明らかに依頼主の思いに沿わないと感じられましたので」

「そこを、なんとかぁ」

 しつこく食い下がって来る。

「どこまで行っても当方といたしましては。

 ’物と心の仲人’心の橋渡しをしたいと願っております、それにそぐわないと思われますので、申し訳ありませんがお引き取り下さい」

 そういって不本意ながら、カウンター越しに頭を下げた。

「そ、そうですか・・・」

 さっきまでの執拗さが嘘だったかのように黙り込むと、カウンター席から立ち上がりノートに目を落とした。

『どうやら諦めてくれたようだ・・・って、えっつ!』

 多貫はカウンターに置いてあったノートを手に取り、こちらに返すような素振りをみせた瞬間、そのままノートを持ち店の外へと駆け出して行った。

 渡してくれると安心した油断をもろにつかれた感じである。

 そのうえ小太り中年らしからぬ素早い動きだった。

『しまった!ってこれ、ひったくり!!』

「貴望さん!自電車で追いかけてきて下さい!」 

 虚を突かれた僕は茫然として反応が遅れたが、翌檜君のそれは早かった、おそらく一秒と掛らず動きだし多貫を追い始める。

「左側から川の方へ追い詰めるんで、先回りして’夢追い橋’の辺りで挟みうちにしましょう」

 そう言いながら店を飛び出していった。

 その川は幅3~4メートルぐらいの小さな川だが、海が近いこともあり水量はそこそこあって、深さは大人の腰ぐらいはある。

 その川にかかっている’夢追い橋’は琥珀から徒歩10分ぐらい離れた場所にあり、翌檜君が言うとおり左側から追い詰めれば川沿いに遠回りすることとなり、自転車で右側から行けば先回りして挟み撃ちに出来る。

『とっさの判断でそれを思いつくとは、翌檜君!さえてるぞ』

 僕は取り急ぎ店の前に置いてある自転車に向かった、その視線の先に青いリボンが揺れている!。

『えっつ!?!』

 翌檜君も早かったが、未李菜のそれも充分に早かった。

『これが、若さと言うものか・・・やれやれ、年は取りたくないものだ・・・と言って、仮に若くても、この反応速度はそもそも僕には無いだろうけど・・・』

 と、やや自嘲気味に自転車にむかうと、ちゃっかり未李菜が後ろに座っていた。

『えっと未李菜ちゃぁん。絶対に一緒に行くて闘志あふれる目で僕を睨むの、やめにしてもらっていいですか~』

「ちょっと危ないかもだから、琥珀で待っててくれない?」

「ファミリばらばらする、きらいです!!!(ブンブン)」

 ブンブンって聞こえるぐいに首を横に振って、ついて行くと訴えかけてきた。

『ブンブンって・・・説得に時間かけるわけにもいかんし、仕方ない連れて行こう』

「わかった行こう。しっかりつかまっていてね」     

「イエス!」

 満面の笑みでそう言いながら自転車の上で背筋をのばした。

「クヤアキトは、タヌキにおいつけますか?」

「(タヌキ!!)あー、それは大丈夫!。翌檜君はね、かけっこのチャンピオンだから」

「Oh!!チャンプ!!。OK!アイ・シー!、レディゴー!!!」

 そう言うと小さな拳を握りしめ、高々と腕を突き上げた。

「少し飛ばすよ!ちゃんとつかまって!」

「オン!」

 未李菜は僕を羽交い絞めにするかのように、後ろからしがみついてきた。

『信頼されるって素で嬉しいな。ちょっと役得って思った事については、このさいずう~っと黙っておこう、特に翌檜君には’最重要極秘事項!’だ』

 そんな不遜な事を考えつつ自電車をこぎはじめた。

 いくつかの角を曲がりものの5分程度で’夢追い橋’を望む交差点に着いた。

 交差点の影から上流の方を除き見ると、こちらに向かって走ってくる多貫が見えた。

『走ると言ってもヨレヨレだ』

 翌檜君は少し後方から余裕の表情で追いかけている。

『追いかけるというよりは並走だな。 

 走りながら掴みかからないのは、へたに絡んでケガをされたり、勢いでノートを破損したりするのを気遣っての事だろう。

 うん良い判断だ!』

 そんな事を考えてるうちに、顔中汗まみれの多貫がすぐそこまで近づいてきた。

『よし今だ!』

 と思った瞬間、僕の背後から未李菜が交差点に飛び出していった。

 キリっとした表情で多貫の前に立ちはだかると、思いっきり両手を広げて。

「!!フリーーーズ!!!」

 小さな体からは想像もつかないようなしっかりとした声で’フーリズ!’、つまり、’動くな!’と叫んだ

「ふぉ、ふぇー!!!」

 角から突然あらわれた未李菜を見て、声にならない声をあげながら多貫は急停止した。

 勢いあまって両手を振り回しバランスもくづれ、よろよろと橋から川の方に重心が傾いていく。

 その手から翌檜君がノートを素早く奪い取った。

「ぶっふぇふぇ~~!」 

 想像もつかないような事が立て続けにおこったからか、再び声にならない声あげながらバランス(心身とも?)を崩した多貫は、そのまま川に転落した。

「あっつ!」

 ちょっと驚いて。手を口に当て、お目めぱちくりの未李菜。

「ふーん」

 冷ややかに行方を追う翌檜君。

「ほー」

『まさにドボン!。まあ自業自得』

 と僕。

「ぶっふぁ~。な・な・な!・何をするんだぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 全身ずぶ濡れになった多貫が勢いよく立ち上がり大声で叫んできた。

「何をするんだはこちらのセリフです!。あなたの行為はひったくり。つまり、犯罪です!」

「だ・だからと言って川に突き落とすのはやりすぎだろっ!」

 多貫の声は金切り声を思わせる。

「突き落としてないです、あなたが勝手にバランスを崩して川に落ちた。それだけの事です」

 多貫の言葉をさえぎって翌檜君が、至極当然の言葉を投げかけた。

「・・・」

 自覚があるのか多貫も押し黙る。

「どうします、こちらとしてはこのまま警察に突き出してもいいのですが」

「け、警察!・・・いや・えっつ・それは・・・」

 何か後ろ暗いところがあるのか、そのワードは多貫をいたく慌てさせた。

「警察はちょっとぉ・・・」

「そうですか、では・・・」

「・・・」

 不安そうにこちらを見ている多貫を少しじらして。

「今回の事は不問、お互い何もなかった。

 そしてこのノートには二度と近づかない。

 この2点で手を打ってこの場で解散って事でいかがです?」

 翌檜君はそれほどでもないが、未李菜はムスーっと睨んでいる。多貫は3人の顔を順に眺めて、不承不承のていで僕の提案を受け入れた。

「じゃあ、未李菜ちゃん翌檜君、店に戻ろう」

 まだ何か言いたそうな多貫の相手をするのも面倒なので、二人を促し帰路に就いた。

 しばらく行くと川から這い上がった多貫が何かを叫んだが、一切かまわずスルーした。

『覚えてろ・・・かな』


 店に着とドアのところで雪さんが待っていた、丁度ついたところだったようだ。

「ダディユキ~~」

 そう叫びながら未李菜は雪さんの胸に飛び込んだ。

『本当に大好きなんだな』

 そんな事を考えながら、店を離れてた件をかいつまんで雪さんに語った。

 話を聞き終えた雪さんは、未李菜の頭を優しくなでて。

「頑張ったね」

 と、微笑みかけた。

「エッヘン(ビシッツ)」

『’エッヘン’って得意満面だ。ビシッて音も聞こえたぞ・・・。

 自電車や川落ちの件は省いたけど、このあと親子の会話で盛り上がるだろう』

 その後二人は帰っていった。


「さっきの多貫だけど、未李菜ちゃん見て急停止とかって、そこまで驚くものかい?」

 その姿があまりに滑稽だったもので、翌檜君ならどう思うのだろうと開店準備をしながら聞いてみた。

 翌檜君は軽く笑いながら。

「’アジアン・ビューティの少女’ですからねぇ。

 いわゆる、童女で少女で人形みたいな生き物。

 そんな 未李菜ちゃんが目の前に突然飛び出して来たら、あのての奴らは大抵は思考停止でしょうね」

『オタクと言うのはそんなものなのか?』

 とこれは口に出さす。

「でも、そのままぶつかったり、いきなり抱え込んだり、って事にもなったかもしれない・・・今回はとっさの事で対応出来なかったけど・・・」

「ハハ、そんな事がもしあったら、奥歯カチッで瞬殺しますよ」

『翌檜君、それって随分古いアニメのゼロゼロなんたらの技だよね』

 翌檜君はにやついている。

「なるほどね」

 そう言いながら僕の顔も、翌檜君同じようににやついていた。 


 ’4’

「こんにちゅわ」

『未李菜ちゃんご来て~んw』

 翌日の夕方、開店準備を終わらせて’お預かり物’をしまっておく戸棚のタグを作っているところに、未李菜が入ってきた。

「なにをしてるんですかぁ」

 いつもの席に着いた未李菜が、僕の手元をのぞき込んでくる。

「おばあ様のノートをしまっっておくロッカーに、名前を付けようとしているんだよ」

 お預かり品で引き取り手が未定の物は、店の奥の鍵付きの戸棚にしまうようにしているのだが、木製のそれは中身が見えないため引き出しにタグ貼って、中身が分かるようにしていた。

「シルバー・ノート・・・でしゅか?」

「うん。おばあ様からお預かりしたノートだからね」

「なんか・・・LOVE、みえない・・・」

「LOVE?。愛が見えない・・・ていうか、感じない?」

「イェス・・はい・・」

「う~ん、そっか。未李菜ちゃんならどうしたい?」

「シルバー・・・グランマ・ノート・・・LOVE・・・グランマはマミのマミ・・・」

 凄く真剣な顔で一生懸命考えている様子も、それはそれで可愛らしくていいのだが、そんなに真剣に考えなくても・・・と思ったあたりで、瞳を大きく開いて満面の笑顔で僕を見つ返してきた。

「シルバー・カーネーション!って、どうですかぁ」

「シルバー・カーネーション?」

「はい!。グランマはマミです、マミのLOVEはカーネーション・・・マザーズディです!。

 LOVEいっぱいの日です!」

「ほーなるほど、ノートより全然いいね。よしそれにしよう!」

「グラッド・・・えっと、うれしいです!」

『またも笑顔、この微笑は何度見てもいいな。

 タグネームの件は山河さんにもお伝えしておこう。

 無論、未李菜の大活躍も多少色を付けてお話ししたら、きっと、お喜びになるだろうな』

 そんなことを考えながらタグネームを書き、引き出しに取り付けるために店の奥に向かった。

『・・・ん?』

 タグを付けているとスマホが震えた。見るとそれは’A_インタメディアリ’のメール受信のお知らせで、メールのタイトルは英語表記だった。

『ん?・・・読めないぞ・・・ブロ・・ワイン?・・・かな?。まあいい、あとで翌檜君と考えよう』

『それにしても。’シルバー・カーネーション’・・・うん、いい響きだ』

 カウンターに戻ると未李菜がいたづらっ子の様に瞳を輝かせて、僕を見てきた。

『ハイハイ、クリームソーダですね。またまた翌檜君と勝負するのかな?』

 昨日と打って変わって穏やかな時間が到来する。

 そんな素敵な予感が、僕の心を満たし始めた。


シルバー・カーネーション・・・end

   


  

 

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