4. 前世の記憶
クロエは教会から帰る途中に馬車の中で気を失い、その夜から高熱を出して3日を過ぎても意識が戻らず、辺境伯城の者はみな心配して側に付き添っていた。
クロエはふと気が付くと真っ暗な暗闇の中にいた。夢の中なのか?しかし、しっかりと自分の足が地面についているのが感じられる。
「クロエ」
後ろから自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。
「だれ?」
「クロエの魂の片割れだよ」
優しい声の主が目の前に移動した。
「魂の片割れ?」
「そう。僕とクロエの魂は、今世で1つの身体に一緒に入るはずだった。しかし僕たちの魂は別々の身体に入ってしまったんだ」
「どういうこと?」
「今は詳しいことを伝える時間がないから、前世の僕たちを見せてあげるね」
優しい声の主は、クロエのおでこに人差し指で触れると、クロエの目の前にスクリーンが現れ映像が流れた。
こことは全く違う異世界で、見たこともないような高等技術で作られた建物や乗り物がある世界の映像だった。建物は超高層で、レールの上を高速で走る乗り物や馬なしで自走する乗り物、空の上にも鳥が翼を広げたようなものが規則正しく飛び交っていた。
映像が切り替わると、クロエと思われる女の子と少年が手をつないで孤児院で遊んでいた。少年はクロエの双子の兄だった。2人は孤児院から別々の里親に引き取られたが、それぞれの里親は連絡を取り合って双子の兄妹を会わせて近況報告をしてくれていた。成長したクロエは警察官になりたいと警察学校に通っていた。双子の兄は妹が無事に警察学校を卒業したお祝いにと妹を食事に誘い、その帰りに二人が信号待ちしていたところへトラックが突っ込んで事故に合い前世が終了したという映像だった。
「貴方は、双子の兄?」
「そうだよ。僕たちは元々は1つの魂だった。だけど前世で2つに分かれて生まれてしまった。今世では、また1つの魂に戻るはずだったんだけど、また分かれてしまったんだ。」
声の主がもう一度クロエのおでこにツンと触れると、前世の記憶が溢れるように流れ込んできた。
「哲兄さん?」
「栞、思い出したかい」
「哲兄さん!私達は、あの時の事故で死んでしまったの?」
「あぁ、二人とも即死だったみたいだ」
「哲兄さんは、今どこにいるの?」
「今はまだ、俺の居場所は教えられないんだ。俺たちを狙っている奴らがいるから」
「私も狙われているの?」
「あぁ。栞の力を狙っている奴らがいるんだ。まだ奴らは、栞がその力をもっていることは知らないが、見つけるのは時間の問題だろう。あちこちに密偵がいるからな。そいつらに掴ってしまったら、栞の力が悪用されて、いくつかの国が消滅するかもしれない」
「えっ?そんな力が私にあるの?」
「ある。今の俺と同じ力を、クロエが持ってる」
「あっ!あの真っ黒な力のこと?神官長が暗黒魔法って言ってた、あれ!?」
「そう、暗黒魔法だ。すべてを無にする……。ん~、ブラックホールみたいなものだよ」
「ブラックホール!?」
「危険な魔法だよ……。今はまだ使えないから大丈夫」
「哲兄さんには、会えないの?」
「うん。会わないほうがいい。まだ、栞と俺のつながりに気づかれないようにしなくちゃいけないからね。今は、クロエを守るためにみんなが色々と動いているからもう少し待ってて」
「わかった。哲兄さんが迎えに来てくれるまで待ってる……」
クロエが目を開けると、ベッドの側に涙を浮かべたダンとロイが見えた。
「……ロエ、……クロエ!気が付いたか!」
「ダン兄様、ロイ兄様……」
「クロエが目を覚ましたぞ!母上を呼んできてくれ!」
部屋にいたメイドは急いで辺境伯夫妻を呼びに部屋を駆け出して行った。
「クロエ、お水飲むか!」
ロイは、水差しからコップに水を入れてクロエに渡そうとしたが、クロエの手が震えているのに気がつき、そっと手を添えてコップをクロエの口元にあてた。
「ロイ兄様、ありがとう」
廊下をバタバタとかけてくる音が聞こえると、バタンッとドアを開けてレーナが入ってきた。
「クロエ!大丈夫?気分はどう?」
レーナはクロエの手を取って涙を流しながら抱きしめた。
「私、馬車の中で気を失って......」
「そうよ、もう3日間も目を覚まさなかったのよ......。本当に良かった」
「お母様、お兄様、ご心配おかけしました。もう大丈夫です」
クロエはみんなの顔を見ながら震える手をギュッと握って笑顔を見せた。
((んっ?なんかクロエの雰囲気変わってないか?『さしすせそ』も言えてるな?))
ジョンも辺境伯騎士団の訓練場から走ってきたのか、汗だくで部屋に飛び込んできた。
「クロエ!目を覚ましたのか!」
「お父様!私はもう大丈夫です。ご心配おかけして申し訳ありませんでした」
「良かった!目が覚めなかったらどうしようかと……。お腹はすいていないか?」
クロエは3日間何も食べていなかったことを思い出すと、腹がグゥ~っと鳴った。
「あら、お腹が鳴るぐらいならもう大丈夫ね。安心したわ。胃に優しいスープをもってきてもらいましょう」
野菜をクタクタに煮込んだ優しい味のスープを平らげた後、クロエはベッドに入って、夢の中で会った哲兄さんとの会話を思い出して頭の中を整理することにした。
前世の記憶を思い出したこと
この世界に哲兄さんも転生していること
哲兄さんと私が同じ暗黒魔法をもっていること
私の暗黒魔法が狙われていること
今世では哲兄さんと私の魂は一つになるはずだったこと……
(魂のことは、よくわからないけど……。でも、私の力が誰かに狙われているのよね……。もしかしたら、辺境伯の家族にも迷惑をかけることになるかもしれない。3歳の私の力だけでは身を守ることは難しいわ。夢の話を信じてもらえるかどうかは分からないけど、すべてお父様達に話をして今後の対策を相談したほうがいい……)
翌日、辺境伯夫妻と兄達は、クロエを心配して朝からクロエの様子を見に来ていた。
「クロエ、体調はどうだ?」
ダンとロイは、心配そうにクロエのベッドの側にきてクロエの頭を撫でていた。
「はい、体調はもう大丈夫です。あの……、お父様、お母様、お兄様。私、お話したいことがあるのですが……」
クロエの真剣な表情から重要な話であることを察した辺境伯は、夕食後に皆でクロエの話を聴こうと言ってクロエに優しく微笑んだ。
夕食後、談話室のソファに全員が座ると、クロエは大きく深呼吸してから話始めた。
「実は私、気を失っていた時に、こことは全く異なった世界で暮らしていた前世の記憶を思い出したんです。夢の中に前世の双子の兄が出てきて教えてくれました」
「「「「前世の記憶!?」」」」
「はい。前世では日本という国に住んでいたのですが、高度な技術がある世界でした。例えば、馬を使わずに自走する乗り物や、人を何十人も乗せて空を飛ぶ乗り物や、何十メートルもある高層の建物などがありました。他にも色々と便利な物がたくさん……」
「クロエ!詳しく話を聞かせてくれ!」
ロイは、パッとクロエの手を握りしめると目をキラキラさせながら叫んだ。
「ロイ、まずはクロエの話を聴いてからよ」
レーナはロイを抑え込んで、クロエに話の続きを促した。
そしてクロエは辺境伯の家族に、夢の中で前世を思い出したこと、暗黒魔法を持つ自分が狙われていること、前世の兄のことなどを話した。
クロエの話が終わると、全員が唖然となった。暗黒魔法を持つクロエに、そしてこれから降りかかるかもしれない危険に、皆が無言で思案していたが、レーナが「ふぅー」と息を吐くと、クロエを抱き上げ膝の上にのせた。
「クロエ、よく話してくれたわね。話すのに勇気がいったでしょう。私達の娘が前世持ちだったことはびっくりしたけど、前世の記憶を持っていたという人達は過去にもたびたび現れているの。たしか、ヴァンパイア国の魔具研究所の初代所長もそうだったとマックスが言ってたわ。それよりもクロエの力を狙っている者への対策が必要ね。それにクロエが大きな魔力と2属性を持っていることが王都の神殿に申告されたら、クロエを引き入れようと、あちらこちらから狙われるわ。クロエ、自分を守るために強くなる覚悟はあるかしら?恐かったら無理をしなくてもいいの。私達が全力でクロエを守るわ」
クロエは、真剣な表情でレーナの目を見つめた。
「お母様、私の話を信じてくれるのですか?……私、強くなりたいです。どんなに厳しい訓練にもついていきますので、お母様、私に魔法を教えてください!お願いします!」
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