31. その後... (ジルバ)
ジルバのその後...です。
ジルバが転生した世界は、次作「(仮)ときめかないものなど、捨てておしまいなさい」と同じ世界線となります。次作に登場する人物もあちこちでジルバに関わりを持ち...。伏線ありありです。
魔王をロアからクロエに引き継いだ俺は、異世界へ転生して行った母親に会った後、愛するロアーナのいる世界に転生するべく、無限に広い真っ暗闇な空間をロアーナの魂を探りながら延々と歩いていた。
どのくらい時間が経ったのか?いや、ここには時間という観念もないのだろう。俺は、上か下かもわからない真っ暗な闇を通り抜け、かすかな光が見えてきた方向へ向かっていった。
「あっ、ジルバが目を開けたわ」
(んっ、ここは?転生したか?俺を見ている優しそうな夫婦が俺の今世での両親か……)
俺はロアーナの魂が存在する世界に転生してきた。
この世界で俺はシャーロット公爵家の3男として生まれた。両親は優しく、兄2人も年は離れているが末の弟の俺を可愛がってくれている。父は財務大臣で、長兄は最年少で騎士団長に就任、次兄は来春から文官として王宮に入ることが決まったらしい。やり手の母は領地や事業経営も上手く回していて財政も潤っているようだ。3男の俺は、兄達のお陰で将来は自由にしても問題ないようだし、ロアーナを探す旅に出ようと1歳を過ぎた頃から準備を始めた。
まず俺は、転生したこの世界を知るために公爵家の図書室で知識を得ることにした。魔力量も前世と同じ量をキープしていたので、夜に皆が寝静まった後に図書室に転移し、世界情勢や地理そして宗教など、この世界の知識を読み漁った。朝方になるとまた転移で部屋へ戻って日中は爆睡した。そのため、親や乳母は、俺が大人しくて手のかかからない赤ん坊だと思ったらしい。
そんな日々を過ごし、俺は3歳になった。1歳を過ぎた頃から大人と同じように会話する俺を「天才かもしれん!」と両親は勘違いし、3歳になると早々に家庭教師が付けれらることになった。
「ジルバ坊ちゃま、今日から家庭教師としていらっしゃるグレイス様です」
執事は、俺が籠っている図書室へ20代後半ぐらいの眼鏡をかけた詰襟の地味なドレスを着た女性を案内してきた。
「ジルバ様、グレイスと申します。今日からジルバ様の家庭教師を務めさせていただきます」
女性は眼鏡をくいっと上げると、俺を値踏みするかのような視線で見ていたので、少しムカついた俺は、彼女に少し意地悪な質問をすることにした。
「貴方に俺の教師が務まるかなぁ?いくつか質問させてもらうよ」
俺は隣国の帝国語で、彼女に世界情勢や法律、税に関することなどをいくつか質問してみたが、まったく答えることができず、執事に不採用だと言ってそのまま帰宅させた。
執事が戻ってくると、俺には家庭教師はいらないから、王立学院の試験を受けて飛び級で卒業資格を取ってしまいたいと、両親に伝えてくれと指示した。
両親は俺の申し出にびっくりしていたが、執事から俺についての話を聞いていた公爵は、「試しに……」と言って、王立学院の入学試験を受けさせてくれた。そして満点で試験を合格した俺を、公爵家の力を使って、研究論文と魔術の実技試験だけで、学院に通うことなく卒業資格取ることを学院に承諾させた。通常6年通う王立学院をほとんど学院に通うことなく、約4年で卒業した。本当はもっと早く卒業出来るはずだったが、じっくりと時間をかけて卒業したのは、思いのほか学院の研究室の教授が面白く(レイに少し似ていた)、研究室に入り浸ることが多くなってしまったからだった。
学院を卒業し8歳を過ぎた俺は、この身体を鍛えるために、魔獣がいる森へ毎夜通って体力をつけていった。屋敷の皆が寝静まった後に転移で森に入り、日の出前に屋敷に戻る生活を始めた。前世の魔術レベルを保ったまま転生できた俺は、魔術の技量を上げることが目的ではなかったため、体の身体強化のみで、素手で魔獣達を倒していった。家族には表向き、魔法薬学の研究をしていると伝え、たまに前世の日本にあったような薬の論文を発表して特許を取りながら、近い将来ロアーナを探しに出る旅の費用を稼いでいった。
そして16歳になる頃には、身長も体格も騎士団長を務める長兄とほとんど変わらないぐらいになった。
長兄は、「最近、魔獣の被害が少なくなっているんだが……」と、俺をチラリと見て「まさかな……」と呟いていた。最年少で騎士団長に任命されただけはある。長兄は、『カン』がいい。
そんな生活を続けて、そろそろロアーナを探す旅に出ようと考えていた頃、父から執務室に呼ばれた。
「ジルバ、王立魔術医療院から新しく立ち上げる魔法薬部の部長として来てくれないかと誘いがきている」
(これからロアーナを探しに行こうと思ってたのに面倒な話が入ってきたな……)
「父上、その話は断ることは出来ますか?」
「あぁ、断ることは可能だ。しかしお前が唯一交流を持ってた教授が、王立魔術医療院の院長になったんだよ。それでお前もちょっと興味があるかもしれないと思ってな」
「バルモア教授ですか……」
(この国では魔力を持つ者は、国に貢献しなくてはならないという法律がある。父が俺の盾になってくれているが……。公爵家の面子を立てるために国の機関で少し働いておくか……)
王立魔術医療院で働くことを決めたジルバは、数日後に院長のバルモアに呼ばれて医療院を訪れることになった。門前で馬車を下りると、担架に乗せられた急患に走り寄る看護師が目の前を横切った。彼女は担架の側に付き添い、「聞こえますか!声が聞こえたら瞬きをしてください!」と患者に声をかけていた。
ジルバは何気に看護師を見ると、目が釘付けになり動けなくなった。看護師の女性と前世のロアーナの姿が重なって見えたのだった。容姿は違うが、魂はロアーナだった。
(こんなに近いところにロアーナがいた!)
担架が院内に入っていくのを見送った後、ジルバは鼓動が高鳴るのを抑えきれないまま、院長のバルモア伯爵に会い、魔法薬部の部長に就くことを了承したことを伝えた。
翌日からジルバは魔法薬部の仕事に赴いた。バルモア院長が、新しく立ち上げた魔法薬部で働く者は、ほとんどが院長自ら誘いをかけた若者達で、魔法薬の第一人者であるジルバを心酔している者達だった。
「シャーロット部長、看護部から不足している薬のリストが届いています。在庫があるので、届けに行ってきましょうか?」
「いや、ちょうど看護部長に話があるから、私が持っていこう」
ジルバが看護部に向かうと、中庭で昼食をとっているロアーナを見かけた。今世での彼女の名は、ルイーゼ・バルモア。バルモア院長の次女として転生していた。
ルイーゼの隣には、穏やかそうな青年が一緒に座っていた。ジルバは魔法薬部に来てから3か月になるが、まだルイーゼには話しかけることが出来ないでいた。
ある日の午後、ジルバは院長から大至急で院長室に来てくれと呼び出しがかかった。ジルバは急いで院長室に入ると、騎士団長の長兄が苦い顔をしてソファに座っていた。
「兄上まで……、何があったんですか?」
「昨日、メナード辺境伯領で魔獣のスタンピードが起きた。先に第一と第二騎士団が向かったが、騎士団の殆どの者達が重傷を負っていると報告が入った。先発隊で医療班と看護部の者達が同行していたが、重傷者が多すぎて対応が間に合わないらしい。お前は治癒魔法も攻撃魔法も特級レベルだ。すぐに俺と一緒に辺境伯領へ向かってくれないか」
バルモア院長も、昨夜は寝ていないであろう青白い顔でジルバを見上げた。
「実は、儂の娘のルイーゼも、医療班に同行して現地にいっておる……」
(えっ、ロアーナも!)
「兄上、俺はすぐに転移で現地に向かう!兄上は後から来てくれ!」
「「はっ? 転移?」」
そういえば転移出来ることは誰にも言ってなかったなと、固まっている長兄と院長を横目に、俺はすぐにメナード辺境伯領にいる医療班のテント前に転移した。
現場は多数の重傷者が毛布の上に寝かされていた。しかし治癒魔法が使える者が魔力切れで倒れてしまったらしく、怪我を負っているものは応急処置のみされて寝かされていた。
ジルバは、医療班のテントの中に入ると皆を見渡して声を上げた。
「ここの管理者は誰だ!私は医者だ!現在の状況を教えてくれ」
ジルバの声に気が付いた看護師が「えっ……」とジルバに振り返った。ルイーゼだった。
(ロアーナ!無事で良かった)
「シャーロット部長、私が説明します!」
ジルバは、ルイーゼがトリアージした急を要する重傷者から次々と治癒魔法をかけて治していった。何十人もの患者に治癒魔法をかけた後、ジルバは医療班と看護師達にも回復魔法をかけて、テントの側にあった切り株に腰をかけた。
(ふぅ~っ。俺の魔力がほぼ無限だとはいえ、さすがに疲れたな……)
「シャーロット部長、お疲れ様でした」
ルイーゼが、淹れたてのコーヒーの入ったマグを持ってジルバの前に立っていた。
ジルバは(冷静になれ~と)表情を動かさないようにマグを受け取り、ルイーゼを見上げた。
「他の場所の医療班はどうだったか情報は入ってるか?」
「はい。他は怪我人も少なかったらしく大丈夫だったようです。しかし辺境伯城に流れて行った魔獣に辺境伯夫人が襲われて亡くなられたと報告が入りました。治癒魔法が使える者は全て魔獣討伐に出ていたので、夫人はすぐに治療できなかったようです」
「辺境伯夫人が……」
「辺境伯夫人はグルフスタン伯爵家から嫁がれた方で、剣豪夫人とまでいわれる方でした。辺境伯城を魔獣が襲った際に、庭にいた夫妻の御子息を庇うように魔獣と戦われたそうです」
「そうか……。母となる女性は強いな」
ジルバの前に立っていたルイーゼは、ジルバに何かを言いかけたが、俯いて口を結んだ。
「ルイーゼ嬢、どうした?」
「いえ、部長があまりにも昔の知り合いにそっくりなので、その方の名前を呼んでしまいそうになりました……」
「……」
「ジル様と……」
ジルバは、前世での呼び名でルイーゼから名前を呼ばれた瞬間、今までの思いが溢れ出し、鼓動が高鳴り、体中の血液が沸騰しそうになった。そしてジルバは、ルイーゼの手を取りぐっと引き寄せると、腕の中にギュッと彼女を閉じ込めた。
「ロアーナ……!いつ前世を思い出した?」
「……貴方がここに現れた時に、ジル様の姿と今の貴方が重なりました」
「ずっと会いたかった!しかしロアーナを見つけても、声をかけることが出来なかった……。ロアーナ、今世でも俺の側にいて欲しい……!」
ロアーナは、ぐっと下唇を噛みしめると首を横に振った。
「ジル様、申し訳ありませんがそれは出来ません。今世の私は幼い頃に魔獣に襲われました。体中に深い爪痕が残っていて、下腹も抉られ子も産めない体です。そのため、私は結婚することを諦めました。当時は自暴自棄になりましたが、父に諭されて医療人として一生を過ごすことを決めました……」
ジルバは、今世でのロアーナの悲劇を知って茫然となった。
前世で俺の王妃とならなければ、命を落とすことは無かった……。
そしてこの世界に転生して、酷い過去を持つことも無かった……。
「ロアーナ、今世で私達に子供はいらない。私達にはロアがいる。ロアーナが命を懸けて生んでくれた子だ。ロアは良い息子に育ったよ」
「ロア……。ロアと名付けられたのですね……」ロアーナは前世で産んだ子を思い、泣き崩れた。
ジルバは声を上げずに泣くロアーナを固く抱きしめていたが、ロアーナはジルバから離れると涙を拭い、覚悟を決めたかのように夜空を見上げながらジルバに言った。
「ジルバ様、今日で前世の過去を手放して、自由になってください。私はルイーゼとして、看護師としての今世を生きます」
「ロアーナ、何故……」
「私、今世の傷だらけの体をジル様に見せたくないんです。前世の綺麗だった私だけを貴方の記憶に残したい……」
「えっ……」
「シャーロット部長、失礼いたします」
ルイーゼはそう言い残すと、踵を返して駆け足で医療班のテントへ戻って行った。
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メナード辺境伯領でのスタンピードから半年後、ジルバは隣国へ行く船の上にいた。
あれから、ジルバはルイーゼと一度も顔を合わせていなかった。ルイーゼは医療院でもジルバを避けるようにしていたため、ジルバが看護部を訪れても、ルイーゼを見かけることはなかった。
バルモア院長は、魔獣討伐から帰ってきた娘とジルバの様子を見て、二人の間に何かがあったと察した。バルモア伯爵は、ルイーゼの父として、ジルバなら娘を支えてくれるのではないかと以前から考えていた。彼にも何故なのかはわからなかったが、ルイーゼの相手にはジルバしか思い浮かばなかった。しかし幼い頃に傷物となってしまった娘をジルバに勧めることは出来ず、娘のことは運命の流れに任せようと唯々見守ってた。
魔獣のスタンピードから暫くして、ジルバは隣国のガーラ王立魔法薬研究所から、新しく立ち上げた研究チームのリーダーとして来てほしいと誘いを受けた。ジルバは、このままここでルイーゼを影から見つめているだけでは何も前に進まないと、隣国からの誘いを受けることにした。
ジルバは隣国に向かう船の甲板で、ボーっと水平線を眺めていた。
背後に気配を感じたので振り向くと、同じく隣国へ向かうという背の高い紳士が声をかけてきた。
「海はいいですね~。船に乗って広い海を見ていると、些細なことに執着していた自分が恥ずかしくなる」
グリモード伯爵と名乗った彼は、ジルバの隣に座り、二人でのんびりと海を眺めた。グリモード伯爵は、爵位を分家に譲り、平民となって隣国のガーラ王国へ移住する旅の途中だと話した。
「爵位を譲って平民になるんですか……」
「いや~、娘から断捨離というものを勧められましてね。屋敷中に溢れていた物の大半を処分したら、憑き物が落ちたように執着心がなくなってしまいました。挙句に爵位にも興味が無くなってしまって、自分の大切なものは、家族だけだったなぁと気がついたんですよ。それで、子供たちが将来に向けて本気を出し始めたので、私達夫婦も全力で子供たちを支えようと思い、ガーラ国への移住を決めました。不思議なもので、すべての執着を手放したら、物事は簡単に進みました」
(断捨離?グリモード伯爵家の令嬢は転生者か……)
「シャーロット公爵令息、お節介かもしれませんが、年長者から一言……。今あなたが解決できない悩みを抱えているならば、一旦それを置いておくといい。そして、今あなたの目の前にあるものに全力を注いでいるうちに、悩みが熟されて一年後の貴方には解決できるようになっているかもしれない。隣国に船が着く頃には、スッキリとした顔になっているといいですね」
「えっ、何で私の名前を?」
俺は、先ほどの自己紹介で家名を名乗らなかったのだが……。
グリモード伯爵は、ジルバの背中をポンポンと叩くと船内に戻って行った。
なんか他人にまで心配されるような顔してたのか、俺は。
断捨離か……。
俺の大切なものってなんだろう……
ロアーナ
前世ロアーナとの思い出
前世の息子ロア
そして、……ああ、俺には今世の家族がいたんだったな。
俺の大事なものってこれだけか……。
なんだ、意外にシンプルだったな。これだけを大切にしていったらいいのか。
あと、今の俺の悩み……
前世から追いかけてきたロアーナに振られてしまったんだから落ち込みもするわ。
あれっ?でも、俺、本当に振られたのか?ロアーナは俺のことを嫌っているんじゃなくて、傷を俺に見せたくないから俺と結婚は出来ないっていう理由だったよな……。ってことは……。
ガーラ国の王立魔法薬研究所で、ジルバは研究チームのリーダーとして再生細胞医療に取り組んでいた。今までの医学では、過去に治癒魔法で治療しきれず残った傷跡は、後から治癒魔法をかけても細胞が治癒完了と記憶してしまっているため治癒魔法を上掛けしても消すことは出来なかった。しかしジルバの研究チームは、再生細胞の記憶を用いて昔の傷跡まで消してしまうという実験を成功させた。そして、たくさんの研究者が新しい治療法を学びたいとガーラ国以外の国からも集まり、再生細胞医療はさらに発展していった。
実はジルバの研究の治験者はルイーゼだった。ジルバはルイーゼを説得し、どんな姿になってもルイーゼのみを愛すると制約魔法を勝手に自分にかけて、ルイーゼをを口説き落とした。そして、バルモア伯爵から背中を押されたルイーゼはジルバの秘書としてガーラ国の研究所で働くことになった。
ジルバのチームの研究は大成功し、治験者のルイーゼの傷跡は跡形もなく消え去った。その後、ルイーゼは、同じような傷跡を持つ令嬢や令息の悩みを聞きながら再生細胞医療のアドバイザーとして患者と研究所を支えていった。
気持ちの良い春の日差しが差し込む研究室で、ジルバが隣に座るルイーゼの耳元に囁いた。
「ルイーゼ、ロアがね、この世界に転生したみたいだよ。ロアが大きくなったら、こっそり会いにいってみよう」




