5話 悲しみの記憶
女将さんは言葉をつまらせるように間を開けると話し始める。
「久保田さんはあなたのお母さんが病気になって入院した後、あなたが中学生の頃かしらねぇ。よくこの村に来ていたのよ。」
「どうしてですか?」
「恐らくだけどあなたの実のお母さんに頼まれて、あなたの様子を見に来てたんだと思うわ。」
「私のお母さんが、」
「でもそれだけじゃない、」
「?」
「久保田さんはこの村に来るとこの宿によく泊まってくれていたの。その時に話していたわ。
あなたのお父さんと話に行くんだって。」
「私の父と?」
「ええ、きっとあなたの事を心配してだと思うわ。
久保田さんはお父さんのこと、あまりよく思ってなかったみたいね。」
「その後、私の実の父と母はどうなったんですか?」
「あなたのお母さんは入院先の病院が変わり、大きな病院に移ったと聞いてから、その後はわからない。
あなたも中学2年の頃にはこの村の家にはもう住んでいなかったと思うわ。あの家にはお父さんが1人で住んでいると聞いていたから。おそらく久保田さんのところに行ったんじゃないかしら。
お父さんもしばらくするとこの村を出て行ったみたいね。
ごめんなさい。その後ご家族がどうなったかはわからないわ。」
「いえ、とても助かりました。色々なことがわかりました。」
話が終わると女将さんは私の肩に手を置いて私に頑張ってと声をかけた。
「ちなみに今夜はどうするの?」
「これ以上お邪魔するわけにもいかないので今日中には帰ろうか思っています。」
「えっ、今から帰っても東京じゃ夜になっちゃうわよ。
今日ゆっくりして、帰るのは明日にしたら?」
女将さんは私を心配しそういってくれた。
確かに時刻は14時になろうとしている。今から準備して帰ったとしても自宅に到着するのは20時〜21時頃だろう
「・・・お邪魔じゃないですか?」
「全然大丈夫よ。部屋ならたくさん余ってるんだから。」
「それじゃあお言葉に甘えさせていただきます。その分の宿泊代はお支払いしますので。」
「いいえ、お代は大丈夫よ。元々彩芽から連絡があった時にそう言ってあったから。」
「そんなわけにはいかないです!」
「本当に大丈夫よ。気にしないで。その分この子に使ってあげて。」
女将さんは寝ている彗花に微笑みかけてそう言った。
「・・・わかりました。本当に何から何まですみません。ありがとうございます。」
女将さんはにこりと笑うと部屋から出て行った。
私は少し遅めの昼食をとり、その後、周辺散歩しながら頭の中を整理した。
今では歩くこの道がどこに繋がっているか。そんなことまで思い出していた。
「私はここで生まれて育ったんだなぁ..」
そして私は気持ちを整理し、母親に電話をかけてみることにした。ここで聞いたことや幾つかの記憶を思い出したことを話してみようと思った。
母は私の父親に会いに来ていたことや、私が不登校になっていたことなど、話さなかった部分はあったが、全ては私のための行動であることはわかっていた。
そのため、母と話をして、その時の事やどう思っていたかなど話し合えると思っていた。
しかし、母との電話は私の期待通りにはいかなかった..。
私は母に電話をし、私の故郷に来ている事、記憶の事、女将さんから聞いた事を話した。
すると、母は取り乱した。
「ごめんなさいごめんなさい。私が悪かったの。」
「お母さん大丈夫。どうしたの?」
「私があなたを1人にしたの」
「どういう事?」
「・・・」
私には何がなんだかわからなかった。
私が故郷に来て、実の父や母のこと、お母さんが私のためにこの村まで来ていたことを話すと、母は取り乱し、私に謝り続けたのだ。
「ごめんなさい。少し整理してから電話してもいいかしら。」
「うん。それは大丈夫だけど。お母さん大丈夫?」
「ごめんなさい。それじゃあまたね。」
母との電話は何も聞くことができず終了した。
彗花も泣きながらぐずぐずしている。
「なんだか疲れたなぁ」
私は一度部屋に戻り休憩することにした。
彗花のおむつを取り換え終わり、少し横になった。
幸い、彗花も落ち着き、静かに寝てくれている。
気がつくと私は暗い部屋に座っている。
「これはまたあの夢の中・・?」
なぜ電気がついていない部屋で座っているのかわからなかった。
そして私の隣には成長したいつもの女の子。
それはきっと記憶の中の私自身。
「ここはどこ?」
私が女の子に話しかけるといつもは無反応の女の子が私に反応した。
「ここは私の家」
「私が生まれ育った家?」
「そうよ。」
「今は何をしてるの?」
「何もしていないの。」
「なんで?」
「・・・」
「れいちゃんがここに来ることはとても簡単かもしれない。でも、よく考えてから来て欲しい。
ここはれいちゃんにとって悲しみの記憶。」
女の子からのその言葉を最後に私ははっと目覚める。
「最後の記憶の欠片..」
きっと私の家の跡地に行けば私の残り最後の記憶、中学生の頃の記憶を思い出せるかもしれない。
この宿から私の家までは10分くらいの場所にある。
でもあの女の子が、私自身が言っていた。
ー悲しみの記憶ー
私はその後も色々な事を考えた。私の頭の中の私がよく考えろと言ったのだ。それは私自身が思い出したくない記憶なのかもしれない。
だが、私は悲しい過去があるかもしれないとわかったうえでこの村に来たのだ。
ここに来て行かないという選択肢はなかった。
私は決心し、宿を出る。
外に出ると山の向こうに夕陽が見えた。その景色すらもこの目で見るまでは忘れていた神秘的な景色。
「行こうけいちゃん」
私はそのまま私の家まで向かった。
私は家の跡地に到着する。
彗花が私の不安を察した様に泣き出す。
「けいちゃん。私は大丈夫よ。」
家の跡地の目の前で私は目を閉じる。
そこには中学時代の私の姿。
「来たのねれいちゃん、この記憶は辛くて悲しい。それでも大丈夫?」
「うん、色々なことがあって、頭の中はいっぱいいっぱいだし、お母さんとの電話もうまくいかなかったけど、
この村に来てわかったことがあるの。
どんなに辛くても悲しくても、それ以上に私のことを心配してくれる人達、私を愛してくれた2人のお母さんの愛情があった。
きっと昔の私は辛いこと悲しいことにしか目を向けられなくてその記憶を閉ざしてしまった。」
記憶の中の私はそれを聞いて俯くと、一筋涙を流した。
「れいちゃん来てくれてありがとう。私をこの辛い記憶から救い出して..。」
私は記憶の中の私を抱きしめる。
すると私の頭の中に記憶が蘇ってくる..。