2話 生まれ育った場所へ
数日が立ち、私は母に連絡してみようと決心する。
数日の間、連絡するか否か迷っていたが、落ち着いて話ができると思ったからである。
両親は私に養子であることを隠していたが、何らかの理由があってのことだとわかっているし、実の母でなくても関係は変わらないと考えているからだ。
私は母に連絡する。少しの間呼び出し音が鳴り、母が電話に出る。
最初はいつもと変わらない会話をした。母も体調のことや彗花のことを気にかけている様子だった。
そして、養子について聞いてみる。
「お母さん、実は私、戸籍の書類を見たの」
「えっ」
母の声色が変わる。
「最初はびっくりしたけど、でも大丈夫、私のお母さんはお母さんだし」
「そっか、ありがとう。ごめんね。」
母は戸惑いを見せているが、異変は見られない。
「私を生んだ両親はどうしたの?」
「・・・それは」
実の両親のこと聞くと、母は口ごもる。
「・・・お母さん?」
母は少し間を開けると話し始める。
「あなたの本当のお母さんは病気で亡くなったの、そして親戚だった私があなたを引き取ったのよ..」
「私の記憶はどうして無くなったの?」
「嘘をついていてごめんなさい。実のお母さんを亡くしたショックによるものよ。」
「そうだったんだ。お父さんは..」
「父親はいない。あなたのお母さんはシングルマザーだったし、父親のことは私はよく知らないわ。
あなたはお母さんを亡くしたショックで記憶を失ってしまった。そして私があなたを引き取ったの。」
「・・・そっか、教えてくれてありがとう。」
「伝えられなくてごめんなさい。」
「うん、大丈夫。お父さんにもよろしく伝えておいて。」
そんな形で母との電話は終了した。
私はふぅと一息つく。
そして私は母が話した内容に違和感を感じていた。
精神的ストレスから一部の記憶を喪失する話は聞いたことがあるが、母を亡くしたことで、それまで生きてきた全ての記憶を無くすことがあるんだろうか。まだ交通事故と言われた方が理解ができた。だが戸籍の移動日から考えると、母親の死亡と交通事故が同時期に起こったことになる。そうは考えにくい。
だが私はそれ以上、母に問い続けることはできなかった。
私はその後、普段と変わりない日々を過ごしていたが、やはりなにか引っかかるものがあり、私がもともと住んでいた住所地へ調べに行くことにした。
私はそうと決まればすぐに準備を始めた。幸い仕事は育休中の為、時間はある、旅費は苦しいが、子供の将来の為と貯めていた貯金から少し切り崩した。
「けいちゃん移動大変だけどごめんね。」
彗花も最近はおとなしく、外出も好きな方で楽しそうにしているので大丈夫だろう。
翌日、私は朝から背中にはリュックサック、腹側には彗花を背負い電車に乗った。
子供のお世話のセットが重いが、目的地までいろいろなことを考えながら向かう。
名古屋駅までは新幹線で行くことにした。高いが彗花の負担を考えるとそれが一番良い。
思えば覚えている限りでは初めての新幹線だったので少しあたふたしてしまったが順調に進んだ、
名古屋について、そこからは地元を走る電車に乗り換える。
景色も打って変わり、山の中を走っていく。
「すごいなぁ」
15歳以降は千葉にいて、遠出もしてこなかったので、私にとっては初めて見る山景色だった。
千葉にも山はあるだろうが、実家は東京よりの北西部だったので田舎と都会の混合、そんな地域だった。
一時間程電車に乗り、バスに乗り換え30分、目的地の駅に到着する。
「着いたよーけいちゃん。」
そこは山間部にある小さな村。思っていたよりは住宅が建っている。
周りを取り囲むように大きな山々、雲間からのぞく青空。空気が気持ちのいい場所だ。
私はそこから携帯のナビを頼りに戸籍謄本の住所地に向かった。
15分ほど歩き、近くまでたどり着く
「ここらへんなんだけどなぁ」
ナビが指し示す位置まで来てみたが、それらしき家は見当たらない
再度、ナビを確かめてみるがやはりその場所を指している。
「ここ..?」
そこは道路沿いの空き地で草が生い茂っている。
だが、よく見ると、生い茂った草の間にブロック塀や柵の跡など、建物が建っていた形式が見て取れた。
「ここだ..」
私は建物が立っていないことに落ち込んだ。
だがよく考えれば当然だ、母の話ならここに住んでいた人は亡くなっていてもう10年が立っている。きっと住む人がいなくなった家なので取り壊されたのであろう。
私は私が住んでいたであろう家の周りをよく見て回ったが思い出すことは何もなかった。
ここまで来て収穫を得られなかった落胆と、疲れが一気に出てきたので、私は近くの喫茶店で休憩をすることにした。
紅茶を頼み、抱っこ紐で揺られて疲れたであろう彗花を少し横にさせる。
一息ついていると、お店の壁に川の写真が飾られていることに気付く。
「あの、すみません、この川ってここの近くですか?」
「そうよ、バス停通りを下ったところに川があったでしょう?そこの写真なの。」
私はその写真をみて、夢に出てきた川に似ていると感じた。川なんてどれも似ていると言われればそれまでかもしれないが、よく考えれば山の景色、住宅の感じ、この街の雰囲気が夢で見た川の周りの景色と何となく似ていたのだ。
私は紅茶を飲み干しお店を出る。
「すみませんありがとうございました。おいしかったです!」
そしてバス停通りへ早歩きで戻る。
バス停通りに戻り、通り沿いに少し歩いていくと川が見えてくる。
「この川だ..。」
降りれる場所はないかと、川沿いを歩く。
少し歩くと、車道から川へ降りれる場所があったので、河原へと降りる。
私は周りを見渡す。
その川は幅は広いが浅く、水は透き通っている。
大きな川から小さな小川に分岐し、小川に沿うように住宅が並んでいる。
水のせせらぎ、鳥の声、風が心地よい。
―この川で間違いない―
そう確信し、私はゆっくりと目を閉じる。
「あ..」
これはおそらく私の記憶..
小学生の私はこの川で同じ年頃の友達とよく遊んでいた。
ちいちゃん..?
あの夢に出てくる女の子が言った名前。ちいちゃんは私が小学生の頃、最も仲が良かった女の子だ。
あの夢はきっと..私の記憶の欠片
私は私の過去のほんの一部分だが思い出す。私はこの街で生まれた、小学校2.3年生くらいの頃は友達も多く、この川でよく遊んでいた。
そんなことを考えると、後ろから声が聞こえる。
「吉永..?」
振り返ると、一人の男性がこちらを向いていた..。