拳で戦う男
エドラムを倒したすぐ後、私たちはギルドの戦士の悲鳴を耳にした。私たちより先にデリートボンバーを見つけ、守る騎士と戦って返り討ちにされたようだ。急いで現場に到着すると、そこには倒れているギルドの戦士たちの姿があった。
「おや、次の相手ですか」
倒れている戦士たちの中央にいた男が、私の方を向いてこう言った。武器は持っていないが、奴の右手から血が垂れている。それをみて、奴がすぐに格闘技を使って戦う男だと把握した。
「ぐ……うう……」
下の方で戦士の声が聞こえた。戦士は苦しそうに手を伸ばしながら、私にこう言った。
「奴の拳は……鉄のように固く、剣のように敵を刺す……気を付け……ろ……」
そう言って、その戦士は力尽きた。どうやら、最期の力を振り絞って私たちにあの男の攻撃方法を教えてくれたようだ。
「よくもやってくれたわね。これはやりすぎじゃないの?」
「私たちの目的を邪魔するのであれば、容赦はしません。これも正義のためです」
「あんたらがやってるのはただの人殺しとテロ行為よ。正義って言っておけばいいってわけじゃないわよ」
私は睨んでこう言ったが、ソセジさんが剣を持って前に出た。
「ここは私がやる。仲間の仇討ちだ」
私は驚きのあまり声を出した。だが、ソセジさんは私の方を見てこう言った。
「君は連続で戦っている。少し休んでくれ」
「まだ本気を出していないので余裕ですが」
「それでもだ。まだ敵はいる。戦いはこれだけじゃない」
と言って、ソセジさんは敵の方へ向かって歩いて行った。ティノちゃんは私の方に近付き、声をかけた。
「ソセジさんの言う通りですよ。体力を温存しておかないと」
「そうなんだけどねぇ。さっきの二人、あまり強くなかったから手を抜いて戦ってたのよねー。だからまだ体力はあるんだけど……」
「こういう時は甘えましょうよ」
うーん。どうしよう。そう思っていると、ヴァーギンさんの声が聞こえた。
(あの男とこの子の言う通りだ。少し休んでも罰は当たらない)
(そうですね。少し甘えます)
皆の言う通り、ここは甘えよう。そう思った私は近くにあった椅子の上に座り、ソセジさんとあの男の戦いを見届けることにした。
ソセジさんはあの男の前に近付き、剣を構えた。男は右腕を前に出し、口を開いた。
「私はデリートボンバーの守り手、ナグテ。私と戦う以上、死ぬことを覚悟してください」
「私はバッハの町のギルドに所属するソセジ・ハムベーコン。お前を斬る男の名を覚えておくがよい」
二人はそう言った後、少しの間をおいて動いた。同時に動いたように見えるが、最初に攻撃を仕掛けたのはナグテと言う男だった。
「おおおおお!」
ナグテは右肘でソセジさんの鼻に攻撃を仕掛けた。攻撃を予測していたソセジさんは剣を下から振り上げ、反撃を行った。
「チッ!」
剣が降りあがると同時に、走っていたナグテは速度を落とし、後ろに下がった。それに合わせ、ソセジさんは前に走り出し、降り上げていた剣をナグテに向かって振り下ろした。
「仲間の仇討ちだ! 覚悟しろ!」
「仇討ちですか。憎しみがこもった剣では私を斬ることはできませんよ!」
そう言うと、ナグテは振り下ろされる剣に向かって右手の裏拳を放った。勢いがあったせいか、裏拳が当たった剣は攻撃の軌道を大きく外してしまった。
「何!」
「鍛えていれば、どんなに早く動く剣でもこの目で追うことができます。言ったはずですよ。憎しみがこもった剣では私を斬ることはできないと!」
隙だらけのソセジさんに向かって、奴は左手の手刀で攻撃を仕掛けた。奴の攻撃はソセジさんの急所を狙っている。それに気付いたソセジさんは防御をしているが、完全に防御できるはずもなく、時折奴の攻撃が命中していた。
「グウッ!」
「降参などと考えない方がいいですよ。私に戦いを挑んだ以上、死ぬ以外の道はありませんからね!」
とどめの一撃のつもりだろう。奴は左手を後ろに引き、勢いを込めてソセジさんの腹に向かって突き出した。これが当たればまずいだろう。そう思ったが、この攻撃が始まる時直前に、ソセジさんは反撃の用意をしていた。
「勝ったつもりで思うなよ、若造が!」
ソセジさんは両手で剣を持ち、飛んでくる奴の左手に向かって剣を振り上げた。この一閃に相当な力が込められているだろう。剣を振るった際の音がここまで聞こえた。
「す……すごい風でしたね」
「うん。あの一撃に相当な力を込めたんだよ」
剣を振るった際に発した風を浴びたティノちゃんも、ソセジさんが渾身の力で反撃したと察したようだ。この攻撃で、奴の左手が斬れたといいんだが……そうはいかないか。
「危なかった。引くのがもう少し遅かったら、私の左手はなくなっていた」
奴は剣が左手に命中する寸前、攻撃を察して左手を引っ込めたのだ。剣先は奴の左の手の平に命中し、そこから血が流れていた。斬り落とせなかったが、これでしばらく奴は左手を使うことはできないだろう。
「残念。エクスさんみたいに敵の手を斬り落とすことはできなかったな」
「恐ろしいことを言いますね、あなたは」
「フッ。お前も人のことが言えるか? 泣く子も黙る恐ろしいテロ行為をやっているんだぞ?」
「テロ行為ではありません。正義のために必要で大事な仕事です。訂正してください」
「ヤダね。誰がお前たちの言うことなんて聞くもんか」
「そうですか。では、死んでください」
話を終えた後、奴はソセジさんに向かって接近し、攻撃を仕掛けた。だが、すでにソセジさんは奴の攻撃を見切っており、奴の動きを封じるために奴の左足に剣を突き刺した。
「ガッ! ガアアアアアアアア!」
「どうだ? これで片足片手は使えないだろう」
そう言ってソセジさんは奴の左足から剣を引き抜き、剣を構えた。
「とどめだ。悪いが、俺はエクスさんみたいに優しくはないぞ」
「く……クソッたれェェェェェェェェェ! と、私が言うと思ったのか!」
奴はそう言って、右手に魔力の塊を発していた。追い詰められた時に奥の手を使うだろうと、私は予測していた。だから、すぐに魔力の塊を作って奴の右手に向かって放った。私が放った魔力の塊は奴の右手を貫いた。
「ガッ……」
「エクスさん……」
ソセジさんが私の方を見たため、反射的に私は頭を下げた。戦いの邪魔をしたからだ。ソセジさんはそんな私を見て小さく笑い、すぐに奴の方を向いて剣を振り下ろした。
「無駄な悪あがきだったな」
攻撃を終えた後、ソセジさんは持っていた剣を鞘に納めた。しばらくして、奴の体から血が流れだした。
「そ……ん……な……」
奴は悔しそうに呟いた後、その場に倒れた。
戦いが終わった後、私とティノちゃんはソセジさんに近付いた。
「ソセジさん……傷が……」
奴の攻撃を受けたソセジさんを見て、ティノちゃんはおどおどとしながらこう言った。奴の手刀の攻撃は剣のように鋭いため、ソセジさんの体に突かれたような傷ができたのだ。
「ああ。大したことないよ」
「大したことではありません。血が流れています。すぐに治療しますので、大人しくしていてください」
そう言って、ティノちゃんは慌てながら治療を始めた。そんな中、私は奴の体を調べていた。
(あの男、かなりの剣の腕だ。俺が生きていれば、手合わせお願いしたかったな)
(ヴァーギンさんって結構戦い好きですね。強い人を見ると嬉しそうに言葉を発しますね)
(剣士として生きていたから、強い剣士と戦うことがいつの間にかよろこびにかわったんだろう)
私はヴァーギンさんと脳内で話をしながら、デリートボンバーの鍵を探した。そして、奴のポケットから鍵を見つけた。




