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後編




そんな日々が一ヶ月ほども過ぎた頃。


客を見送り屋敷に戻ろうとしていたアーネストのところに、シャノンが侍女のアンナを連れ大慌てでやってきた。


「アーネストさん。ハンカチ見ませんでした?」


「ハンカチ?」


「ええ。あの。古いハンカチなんですけど。失くしてしまって」


シャノンの後ろでアンナが半泣きになりながら頭を下げた。


「すみません。私のせいです。私が、小箱を落としたから」


「小箱?」


アーネストは首を傾げた。


シャノンはアンナの両肩に手を置き優しく言った。


「気にしないで、アンナ。窓際に置いておいた私が悪かったの。

それより、一緒に探してくれる?」


「はい」と、アンナが目をこすった。


アーネストは顎に手をやりながらシャノンに聞いた。


「小箱とハンカチがどう関係するのですか?」


「あの……私が実家の父から貰った小箱の中には、ハンカチが入っていて。

さっき二階の、私の部屋の窓からその小箱が落ちてしまったのです。

それで、小箱はすぐに見つかったのだけれど……」


「ああ、中に入っていたハンカチだけがどこかに飛ばされてしまったんですね?」


「そうなんです」


「うう。すみません」


再びアンナが目をこする。

シャノンが今度はアンナを抱きしめて言った。


「アンナ。言ったでしょう?窓際に置いておいた私が悪かったのよ。

それに大丈夫。きっとすぐに見つかるわ。ね?」


「はい……」



「なるほど。

二階のお部屋から落としたなら木に引っかかっているのかもしれませんね。

手の空いている者に声をかけて皆で探しましょうか」


アーネストがシャノンの部屋の窓を見上げて言えば、シャノンが頷いた。


「ええ。申し訳ないのだけれど、お願いします」


「はい。では人を集めます。

――ああ、そうだ。ちなみにどんなハンカチですか?」


「……どんな?」


「ええ、色は?」


「…………黒……?」


「黒色ですね」


「……いえ。茶色……というか……白でもあるというか……」


「……はい?」


シャノンはアーネストの視線を感じて顔を伏せ、

そして気まずそうに言った。


「その。古くて……綺麗な物じゃないんですけれど……」


「……はあ」


「でも。私の、とても大切な物なんです。だから……」


「わかりました。とにかく、人手を集めて手分けして探させます」


「ごめんなさい。でも、お願いします」


シャノンは頭を下げた。




ほどなくして御者のリックに女性護衛のエマ、そしてコックのオリバーたち。

十人ほどが集められ、ハンカチ探しが始まった。


皆で木の上や、屋敷の屋根。

植木の根元など、考えられるところを手分けして見ていく。


もちろん、シャノンとアンナも必死で探した。


―――が。


ハンカチは見つからなかった。


シャノンが肩を落とす。

一緒に探していた皆も項垂れた。



そこへ、庭師のヘンリーがやってきた。

探し疲れた皆の顔をぐるりと見て、首を傾げた。


「どうしたんだ?皆で何してるんだ?」


「……ヘンリーさん……」


泣きそうな顔でヘンリーを見たシャノンだったが、その目がヘンリーの手元を見て急に輝いた。


「ヘンリーさん!それ!」


「おう?」


「そのハンカチ!」


シャノンの視線を追って、ヘンリーはようやくシャノンが言うハンカチは自分が今、持っている物なのだと気づいた。


「ハンカチって……このボロ布のことか?

庭の隅に落ちていたんで、捨てようと思って拾ったんだが。

なんだ?これは娘っ子のモンだったのか?」


「はい!とても大事な物なんです!落としてしまって、探していたんです」


「このボロ布が?いや。そ、そうか。ならほら、返すよ」


「ありがとう!ヘンリーさん、ありがとうございます!

みんなも。探してくれてありがとう。本当にありがとう!」


何度も頭を下げながらヘンリーからハンカチを受け取り、

そしてそれを握りしめ泣き出したシャノン。



皆は……正直引いていた。



え、何?

俺たちあのボロ布探してたの?



そんな顔だった。


皆、突っ立ったまま動かない。


しばらくして


皆の様子に気づいたシャノンは恥ずかしそうに、ぼそぼそと語り出した。




―――シャノンの話はこうだった。



8年前。

王宮で、お茶会が開催された。


第一王子殿下――現在の王太子殿下のお妃候補を決めるお茶会だ。


殿下が諾と言わず、結局お妃候補が決まることのなかったお茶会だったが、爵位、年頃。

殿下に合う令嬢が集められ行われた。


貧乏ではあったが爵位、年頃。

ぎりぎりお妃候補の条件を満たしていた10歳のシャノンも参加させられていた。


だが初めての王宮に、恐ろしいほどの熱狂ぶり。

恐れをなしたシャノンは義務だった殿下への挨拶を済ませた後は、もう帰ることしか考えられなかった。


一緒に来た父親も同意してくれた。

そこで帰れば良かったのだが、緊張からお花摘みに行きたくなったシャノン。


場所は聞いていたので何も考えず一人でお花摘みに行き、そして迷子になった。


そして、うろうろと父親を探すうちに派手に転んで手を擦りむいた。

大して痛くはなかったが、ドレスに血がついてしまったのを見てシャノンは青くなった。


その日のお茶会の為に、作られたドレスだった。

貧乏な家にとって、どれほど負担になったか。幼くともシャノンは知っていた。


お茶会が終わればもう着る機会などない。

あとは―――売ろうと思っていたのだ。それを汚してしまった。もう売れない。


シャノンはもう父親を探せなかった。

大切なドレスを汚してしまった。合わせる顔がない。

消えてしまいたいとすら思った。


王宮の、どこだかわからない庭の端。

シャノンはへたり込んでただ、ぼろぼろ泣いていた。


そこへ人が通りかかった。


変わった人だった。

何も聞かずシャノンにハンカチを渡し、横に座っただけ。


けれどシャノンは何故か許されたような気がして、もっと泣いた。

泣いて、泣いて……。そして打ち明けた。


「大切なドレスに血をつけてしまったの。もう帰れない」と。


その人は―――


立ち上がったかと思ったら、柱の前に行き――なんと顔をぶつけた。

変な音がした。

シャノンは動けなかった。

ぼたぼたと鼻から血を垂らしながら、その人が戻ってきても動けなかった。


ドレスにぽとりとその人の血が落ちた瞬間、

シャノンは弾かれたように、それまで涙を拭いていたハンカチをその人の鼻にあてた。


ハンカチを押さえながらシャノンは震えていた。

何が起こったのか、何故その人がそんなことをしたのか、全くわからなかった。


わかったのは父親がようやくシャノンを見つけやって来た時。


その人が


「ご令嬢のドレスを汚してしまい申し訳ありません。弁償致します」


と、言った時―――。


驚いて泣き出したシャノンには首を左右に振る以外、何もできなかった。

「違う」と言うことも。握りしめたハンカチをその人に返すことも。



「……その時のハンカチが……これなのです……」



真っ赤になって俯いたシャノン。


聞いていた者達は―――



笑いをこらえるのに必死だった。



そこ何故、鼻血?

ちょっと手を切るだけで良くない?


いやいや「怪我をさせたのは私です」と言うとかさ。

もっとスマートに助ける方法、いくらでもあったよね?



―――なのに何故、鼻血?―――



ある者は唇を噛み。

ある者は爪が食い込むほど手を握りしめ。

ある者は自分の腕をつねって。


皆、必死で笑いをこらえた。



《その人》が誰かなんてわかりきっているのだ。



シャノンが握りしめているボロ布――いや、

古いハンカチには紋章らしき物の一部が見えたから。


8年前。

屋敷の主人は王宮から何故か鼻を《折って》帰って来たことがあったから。


鼻を折った理由を主人は頑なに言わなかった。


何故か赤くなるだけで。


それが……

その理由が……これ?



「あの……旦那様には絶対に言わないで下さいね。

その。お礼も言えなかった情けない子どもが私だと知られたくないので」


おずおずと言ったシャノン。


―――いや。知られているというより、絶対に忘れられてませんよ。


とは誰も言えなかった。



「……お願い……」


目を潤ませ耳まで真っ赤にしたシャノンに懇願され、皆、コクコク頷いた。



誰も声を出せなかった。

口を開けば笑ってしまうから当然だ。


皆、思いは同じだった。




ええ、言いませんとも。


旦那様には。




皆が皆、微笑んだ。


その話はもちろん、瞬く間に屋敷の者たち全員に伝わった。


聞いた者は皆、笑った。

涙が出るまで笑った。



どうしようもなく情けないけれど、どこか誇らしい主人の話と共に


血のついた古いハンカチ一枚を持って

王命で嫁いできた娘は、皆の心を掴んで離さなくなった。




粋なことをなさると屋敷内で国王陛下の株が爆上がりしたのは、ほんのおまけ。




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