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前編




―――可哀想に―――



シャノンというその娘が来た時、

屋敷の誰もがそう思った。


王命で主人の妻となった娘。

実家は、そこそこの家柄だが貧乏。


国王が娘の実家を救済する為に、婚期を逃していた主人に娘を押し付けたのかと疑う婚姻だった。

(事情を知る家令以外の屋敷の者の話)


その証拠のように主人は結婚式を途中で抜け、王宮へ行ってから戻らない。

おまけに妻となった娘に《奥様》としての仕事をさせないと言うのだから、主人が娘をどう思っているかなど察せるというものだ。

(家令以外の屋敷の者の話)



似たような年の娘を持つ侍女長のソニアなど、シャノンに同情した。


成人したばかりの18歳だと聞いていた。

だがシャノンはずいぶんと小さく、幼く見える娘だった。

小柄で童顔。せいぜい14、5歳にしか見えない。


それが8歳年上の格上貴族である主人のところに王命で嫁がされて、

《奥様》としての役割も求められない。

それではただの《お人形》になりに来たようなものだ。


不憫だとしか思えなかった。


持ってきた荷物が小さな小箱ひとつだったことも涙を誘った。

《身ひとつで嫁いできなさい》と言う主人の言葉に従ったものだ。


ただ、小箱は父親の物。着てきたドレスは母親の物。

帽子と手袋は兄妹達より贈られた物。


そして首飾りは主人からの贈り物であると知って少し心は軽くなった。



さて。


そんなシャノンに、一番最初に落ちたのはヘンリーだった。

自他共に認める偏屈な庭師の爺さんだ。


彼は裏庭の一角にじっとしゃがんでいたシャノンを見つけて声をかけた。


「どっからきた、娘っ子。新しく入った下働きか?」


……仕方がない。

簡素なドレスを着てしゃがんでいたシャノンを誰が奥様だと思うだろうか。


シャノンはそれには答えず、ヘンリーを見て興奮気味に言った。


「見て!ユキノシタビラメが咲いているの!すごい!」


「……おう?」


ヘンリーは面食らった。

娘っ子、と話しかけた相手が主人の奥様だと気づいたからではない。

(全く気づいていなかった)


シャノンがその花の名前を言ったことに驚いたのだ。

デイビッドにラスにビクター。他の庭師でも知らなかった花の名だったから。


そんなヘンリーは置いといて。

シャノンは花を見ながら話し続けている。


「難しいのよ、この花を咲かせるの。

日が当たり過ぎても駄目、当たらなくても駄目。

肥料は品も質も量も選ぶし、水もあげ過ぎても、少なくても駄目。

なのに凄いわ!

こんなにたくさん綺麗に咲いているところ、私、生まれて初めて見た!」


「……わかるのか……?」


「ええ、家に少しあってお母様が大切にしていたから。

でもね、頑張って世話をしても毎年咲くのは3つほど。

こんなにたくさん花をつけたことはないわ。

ああ、本当に見事だわ。このお屋敷の庭師さんはよっぽど腕が良いのね」


へっと、ヘンリーは笑った。


「若い娘っ子には表の庭の、色とりどりの花の方がいいんじゃないのか?

こんな小さな白い花よりそっちを見に行けよ。綺麗だぞ」


「見たわよ?」とシャノンは言った。


「もちろん、表の庭も素晴らしかった。

脇の小道も、隅々までものすごく丁寧にお手入れがされていた。

でもきっと、この花が一番手間がかかってると思うの。

裏庭の一角の花がよ?

……このお屋敷の庭を作っているのが、どんなに植物が好きな人か。

この花を見たらわかるわ。

ふふ、嬉しくなっちゃう。

このお屋敷ではずっとこの庭が見ていられるのね。なんて素敵」


「―――――」


ヘンリーは動けなくなっていた。


気づいたら

「この花を咲かせるコツを教えてやるから母ちゃんに知らせてやるといい」

なんて柄にもないことを言っていた。



そこからは早かった。



小さなシャノンを見て「もっと食べないと出るとこ出ないよ!」と言わずにはいられなかった厨房の古参ダエラと、

いつも綺麗に何も残さず戻ってくるお皿に「美味しいお料理をありがとう」というカードが乗っていたのを見たオスカーとジミーとゲイリーとサニー。


気難しくて手を焼いていた馬、サンダー号がシャノンに懐いたのを見て驚いた馬丁のウィルにセドリックにフレッドと、御者のリック、ジョイ、デリック。


目をキラキラさせて訓練の様子を見つめられた兵士のエマ。

エドガー、キース、ニールたち。


声をかけられ何事かと思えば一緒に掃除をして良いか聞かれ、

一人増えたことで掃除が早く済めば「一人で食べるのは味気ないから一緒に食べて欲しいの」とお菓子を渡された掃除係のステイシーとシンディー。


同じように一緒に洗濯をしたかと思ったら、「手荒れに良いのよ」と次の日、手作りのクリームを貰った洗濯係のイレーヌとエイダ。


そしてもちろん、シャノンの一番間近にいる侍女アンナ。



家令のアーネストはそんな様子をただ見ていた。



主人のルカスはシャノンに《奥様》としての務めをさせず、ただ屋敷で楽しく過ごして欲しいと言ったが、アーネストは納得していない。


それはシャノンを《お人形》として置くだけとすることに他ならないのだ。


ルカスの、シャノンへの想いは知っている。

だからこそ、シャノンを《お人形》にするわけにはいかない。


ルカスが戻れば説得し、シャノンに主人の妻としての務め――屋敷の使用人を仕切る《女主人》と家の顔となる《社交》をしてもらうつもりだった。


もちろん、完璧でなくて良い。

足りない分は自分や、主人が補えば良いのだから。


ルカスに《短時間でも戻られたし》と手紙を送っているが、ルカスは戻らない。

(実は二週間の長期休暇を取るために必死だった、と知るのは後のこと)


毎日、シャノンに花を贈ってくるだけだ。

それだけでも珍しいのだが、とにかく戻ってはこない。


ルカスの仕事人間ぶりは嫌というほど知っている。

ならばルカスが戻るまでに、シャノンがどんな娘であるのかを見極めよう。


アーネストはそう考えて、屋敷の者にはシャノンを好きに過ごさせるようにと言っておいた。


毎日、寝て過ごすか、食べて過ごすか、着て過ごすか、街にでも出かけるか。


見ていれば、シャノンはどれもしなかった。

毎日、屋敷のどこかで誰かといる。



これにはアーネストも口角を上げた。


不貞腐れて過ごすのでもなければ、散財をするわけでもない。

そして人を惹きつける才能がおありになる、と。


だが同時に心配にもなった。


シャノンは使用人に接している、のではなく人に寄り添っている。

それが家族と離れた寂しさからの、一時的なものではないと良いのだが。



夕刻、シャノンは窓際に立つ。

夕日を見る。



そしてその胸には主人ルカスが贈った首飾りや花ではない。


唯一、実家からシャノンが持ってきた父親の小箱がある。



それをいつも、シャノンが微笑みながら愛おしそうに抱きしめているのをアーネストは知っていた。




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