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 前回おとずれたときと同様、いや、それ以上にデスヘイムにはどんよりとした空気が充満していた。不気味な音色を奏でる寒風が鳥肌を立たせる。空をあおげば、星の光をさえぎる暗雲が立ち込めていた。町の夜よりも、デスヘイムの夜はなお深い。


 別働隊は灰色の荒野を迂回して進み、魔城の裏手にまわりこんで待機していた。


 別働隊に配置されたハリスはラッキーだ。正面から荒野を突っきって魔城に進攻する陽動隊は激戦必至。敵の戦力が集中するぶん、疲労も大きい。といっても別働隊だって楽ではない。こっちはネミアを討ち取らねばならない。だが盗賊のハリスには、こっちのほうが向いている。


「合図が打ちあがったぞ」


 別働隊を率いる壮年の戦士が夜空を見上げて言った。


 真っ暗な夜空のなかを一筋の火の玉が昇っていく。簡単な炎系の魔術だ。そして陽動隊が正門に到着した合図だった。


 次の瞬間、夜空そのものを震撼させる喚声が裏門のほうにまで響いてきた。正門を攻める陽動隊の雄叫びだ。


 ついに始まった。ネミアとの決戦が。


「よしみんな、気張っていくぞ」


 壮年の戦士が突撃を命じる。あくまで別働隊は奇襲が仕事なので、声はおさえめだ。


 密集した八十人の冒険者たちは黙って頷いた。なかには「おっしゃあ!」と大声をあげる馬鹿もいた。敵に見つかったらどうすんだよ? ったく、どこのどいつだ……カイトだった。カイトが馬鹿だった。もしくは馬鹿がカイトだった。周りのパーティから睨まれているが、カイトはどこ吹く風だ。シルフィアはとても恥ずかしそうに顔を赤くしている。


 別働隊は焦らず急がず慎重に動きだす。慌ててはいけない。慌てず確実に仕事をこなす。大事なのは平常心だ。


 もはや残骸と化している裏手の門をくぐりぬけて、八十人の冒険者たちは城内に侵入する。ぞろぞろと大所帯で通路を進んでいく。


 さぁここからだ……というときに、別働隊に動揺が走った。


 前方に人影が佇んでいる。


 アンデッド? いや、違う。あれは……。


「やっぱ裏からこそこそ忍び込んでくる連中がいたか。張っといて正解だったぜ」


 スレインだ。スレイン・バース。原初の勇者が黄金の剣と黄金の鎧を装備して、通路の先で待ち構えていた。


 いきなりスレインとか最悪だ。こいつは三人の勇者のなかでも特に危険だ。


「どうしたガキども? 怖気づいてないでかかってこいよ。それとも何もせずに無駄死にするつもりか?」


 スレインは光龍剣の鍔で自分の肩を叩きながら挑発してくる。余裕しゃくしゃくだ。


「落ち着くんだ、みんな。こちらは八十人もいる。圧倒的に有利なのはこちらだ」


 壮年の戦士の掛け声で、冒険者たちの動揺がしずまっていく。さすがは別働隊の指揮を任されただけはある。


「回復術師は支援魔術の準備を。光系の攻撃魔術が使える魔術師も準備を頼む。狩人たちは矢で牽制してくれ」


 壮年の戦士の指示が飛ぶ。それぞれのパーティが戦闘準備にとりかかった。狩人たちが一斉に矢を番えて射掛ける。「オラオラッ」とカイトも矢を撃ちまくった。


「んな豆鉄砲じゃかすりもしねぇよ」


 スレインは光龍剣を水平に一閃。飛来する無数の矢をソードフラッシュで焼きつくす。


 ぐっ、と壮年の戦士は一瞬だけ顔に焦燥を浮かべる。


 これは……なにか変だ。おかしい。ハリスは疑念を覚える。


「妙だな」


 エヴァンスは眼鏡の奥にある両目を細めた。どうやら気づいたらしい。


 さっきからスレインの姿勢は受け身だ。あの好戦的なスレインが猛獣のように襲いかかってこない。他の冒険者たちはこの異常に気づいていない。当たり前だ。彼らはスレインと戦うのは今回が初めてなんだから。


「戦士は突撃。盗賊も一定の距離をとりつつ隙を見て攻めろ」


 壮年の戦士が剣を抜いて駆け出した。他の冒険者たちもそれに続いた。怒涛の勢いでスレインに大挙して突撃を仕掛ける。


 高揚している冒険者たちのなかで、ハリスはどうすべきか当惑する。止めたほうがいいか? 止めるってもどうやって? ……無理だ。大きな声とか出せないし。


「そろそろだな」


 雪崩のように押し寄せてくる冒険者と相対するスレインは会心の笑みをたたえると、光龍剣の切っ先で地面を叩いた。


 キン、と音が鳴る。


 通路全体の地面が、水色に光沢しはじめた。浮遊感がハリスをつつみこむ。足が地面についてない。本当に浮いてる。ほんの数センチだが体が浮かんでいた。ハリスだけじゃない、他の冒険者たちも浮遊している。みんな宙に浮きながら毒気を抜かれていた。


 まさかこれは……トラップ。敵の狙いはこれで、スレインは冒険者たちの警戒心を引きつけるためのおとりだった。


「んじゃあな。奥で待ってんぜ」


 スレインはニヤリとして呼びかける。その言葉は、まちがいなくシルフィアに向けたものだ。


 浮遊感が上昇する。天井に頭をぶつけるかと身構えたが、そんなことはなかった。一瞬だけ視界が暗転すると、風景が切り替わる。切り替わるといっても、さっきまでと同じ城内の風景だ。ただし、さっきまでとはぜんぜん違う場所にいた。


「くぅ~、尻が痛てぇぜ」


 カイトの声がする。


「ここは……?」


「さっきの通路じゃありませんね」


「どうやら違うところに強制転移されたらしいな」


 シルフィア、キヨミ、エヴァンスも一緒だ。シルフィアと愉快な仲間達が勢ぞろいだ。


 地面に尻もちをついたハリスは、シルフィアと目があう。


「あっ、ハリス……」


 なにその「あっ、いたんだ」みたいな反応。いたよ。いて悪いかよ? こっちだって好きでいるわけじゃないし、気まずいよ。これなら一人のほうがマシだった。


 尻についた埃を払って立ちあがり、辺りに視線を配ってみる。


「他のパーティは見当たらないな」


 一番近くにいるキヨミに言ってみたつもりだったが、キヨミは無反応だ。ん? あれ? もしかして無視された? キヨミンに無視されちゃったこれ?


「あの……ひょっとして今のって、わたしに言ったんですか?」


 キヨミがムッとしながら問いかけてくる。そんなまじまじと見つめないでほしい。


「べつに……誰にってわけじゃねぇけど」


「そうですか」


 あっさりとキヨミは視線をそらしてくる。ハリスのことなんか、どうでもいいらしい。二人のやりとりを見ていたシルフィアが微妙な笑顔を浮かべていた。……ほんと、一人のほうがよかったよ。精神的な意味で。








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