003 ヴィンテール
「な、なんだこれ… 」
「なかなか良いお家でしょ。あんたにもちゃんと広い部屋、用意できるわよ」
「ここで暮らす気はねぇよ!」
「あら〜残念。ここなら美味しい食べ物も食べられるし毎晩ふかふかのベッドで眠れるのになぁ」
5年間ホームレス生活を送っているバールにとってふかふかベッド。この言葉は魔法の言葉だった。
「ふかふかの、ベッド…? 」
「決まりね。でももちろんタダってわけじゃないわよ」
得意げな顔をするディープ。ゴクリと唾を飲むバール。
「これから、私の身の回りのお手伝いをしてもらうわ」
「はぁ?!そんなんするわけないだろ!」
「あら、だったら逃げる? 」
バールはなんとなくだが察していた。この女からは逃げられないことを。逃げること自体が無駄なことなのだと。
「そういえば、まだ名前聞いてなかったわね」
「バール……バール・ヴィンテールだ」
「ヴィンテールって…… 」
「なんだよ」
「な、なんでもないわ。よろしくね!バール!」
(そうだ、思い出した。この匂い、そして名前。そのギラついた目。間違いない、この子は師匠の… )
ディープはかつての自分の師匠とバールの姿を重ね合わせていた。
「ん?なんだ?その壁にある動物の顔」
「あぁこれね、実は私、5年前の戦争参加してたんだ」
「5年前の… 」
「そ。私が生き残れたのは戦いを教えてくれた師匠のお陰。これはその師匠と初めて仕留めた動物の剥製よ。」
「気持ち悪りぃ、よくこんなの置いてるな」
「きっ気持ち悪いはないでしょ!とりあえずもう子供は寝る時間だから寝なさい。あんたの部屋、あっちに用意しといたから」
納得した様子ではないが、バールは自分の置かれている状況を受け入れたかの様に、素直に言われた通りに部屋に向かった。