76.会談前
76.会見前
アインの説明を聞き、いくつか疑問点を質してみた。
「地球からの自力脱出は今の地球の技術力では無理なのか?」
「いいえ、脱出することは技術的には可能です。しかし、八十億を超える人類を全て脱出させることはできません。脱出可能人数は、多く見積もっても近交弱勢や遺伝的多様性を考慮した、長期間にわたる種の保全を保証する最低限度の人数、いわゆる長期的最小存続可能個体数に届くかどうかというところです。
そういった、人類の選別がまた社会不安を助長させることは言うまでもありません。
さらに、太陽系から脱出するには、脱出速度を上回る速さまで宇宙船を加速する必要がありますが、近未来に開発されるであろう地球の技術力を考慮しても、それには大量の推進剤を必要とします。推進剤は減速時にも使用しますのでさらにその量は大きくなります。これも脱出可能人数を少なくする要因の一つです。
また、太陽系周辺の恒星系の内惑星は全てゼノにより破壊されると予想されます。そのため、人類が生存可能な惑星まで到達するには数千年単位の宇宙船内での生活が想定され、脱出宇宙船内での秩序維持が不可能になると思われます」
「シミュレーションでの人口減少の速度が速すぎるような気がしたが」
「最初にご説明した内容は、現在見積もられている各種のパラメーターの推定値を用いて人口減少速度のピーク時を計算しています。使用したパラメーターの内、最も影響度の高いパラメーターは虚無主義的思想の蔓延速度と強度ですが、現在の推定値からもう少し下方に修正すれば、人口減少速度のピーク時が後方に少しずれ、全体の社会的変動はより後ろにずれていきますが、どれも内容に変化はありません。早いか、遅いか、それだけです」
「社会インフラの崩壊は?」
「最初に、警告のインパクトにより経済活動の混乱が発生します。最終的には強襲揚陸艦ブレイザーが地球に現れた時とは比べ物にならない混乱が発生するものと予想します。前回は収束しましたが、今回の場合この混乱は収束できません。
シナリオ的には、金融、不動産、投資関連といった特定の業態の株価の暴落が引き金となり、世界的な株式市場の暴落が発生します。金価格などは、工業的価値まで暴落するため、金融不安を増大させます。これにより、為替等の裏付けもなくなるため、貿易が滞ります。
こういった要因により、企業の倒産、失業者の大量発生、年金基金の破綻、公共サービスの停止、さらなる信用不安の増大からのインフレなどが先進各国でスパイラル状に発生し、社会インフラの維持が困難になっていきます。
また、社会インフラには、医療システム、教育システムも含まれていますが、これらの維持も困難になることにより、社会の復元力が失われて行きます。この結果、さらに社会インフラの崩壊速度が加速していきます」
結論から言って、ゼノによる地球の破壊が迫っていることを各国に警告した場合、アギラカナが積極的に関与していかなければ、破壊の前に地球人類は自滅の道をたどるということが分かった。
「本筋には触れず、日本政府に移民について了解を取るだけが限度か? 情報を小出しにして様子を見たいが、小出しといってもな。まあ、日本政府の首脳とは一度会って話をした方がいいだろう」
「艦長、それですが、今の日本国政府は客観的に見て若干問題を抱えているようです」
「問題とは?」
ここで、日本国の政治的現状をアインが説明してくれた。以下がその概略である。
昨年、われわれアギラカナが、ゼノの主星である中性子星を破壊したころ、この日本では、聡明党が連立与党から離脱して、その後野党連合に合流した。内閣不信任案可決を受け、解散総選挙が行われた結果、政権与党である民自党が僅差で、野党連合に敗れ下野した。そういった理由で、今の日本政府は旧野党連合により運営されていた。
新政府は、これまで友好的な関係を続けていた同盟国の合衆国と距離を置くようになり、現在は大陸中国、民主朝鮮に急接近している。
アギラカナ在日大使館、つまりここに出向中の官僚たちにも動揺は走ったようだが、アギラカナ派と呼ばれる、アギラカナ大使館出向経験者が、軒並み各省庁の次官クラスに抜擢されている現状のため、すぐに落ち着きを取り戻したようだ。
とはいえ、大臣クラスの無意味なパフォーマンスのためだけに奔走させられる霞が関の官僚と政権との間にはかなりの溝があるようで、ほとんどの政策案件が暗礁に乗り上げており、内閣支持率は低下を続けている。
日本はこの政権で大丈夫なのかとは思うが、いまや選挙権もない名誉国民が何を言っても始まらないので、そこは目をつむり、アインに日本政府首脳とのアポを取ってもらうことにした。日本の政治などには全く興味がなかったため、アインの説明を聞くまでそのような状況に陥っているとは全く思いもしなかった。
「とりあえず、アポだけは取っておきます。会談相手は、現総理大臣でよろしいですか」
「その方が手っ取り早いだろう」
アインが、当方が総理大臣との会談を早急に望むむね、首相官邸に連絡したところ、総理大臣の多忙を理由に会談の日程を来週以降とするよう求めて来たそうだ。
一条から後日きいたのだが、彼女の部下の外務省からの出向者によると、外交日程など全く入っていない総理がそこまで多忙であるはずもなく、われわれに乞われて忙しい日程を調整して会談を行った態にしたかったのでは、ということだった。しかもあわよくばアギラカナとの外交成果を政権の支持率上昇につなげようとしているのだろうということだった。
アインの心配通り、問題のある政権のようだ。
こういった相手の出方を考えると、今回の会談では移民についての申し入れを行うだけにしようと思う。
さて、会談までの一週間することがなくなった。第一次の移民について受け入れ施設の建設でも進めておくとするか。一次以降も使用するものだからある程度のものを用意しよう。
「一条、おまえだけには言っておこう。このことは下の連中には今のところ秘密だからそのつもりで聞いてくれ。
……、一条、そういうことで、二百、二、三十年後にはこの地球が破壊される。おそらく、核の部分は白熱化して残るだろうが、地殻はもちろん、マントルもかなりの部分が宇宙空間に吹き飛ばされるだろう。一条へ頼みたいことは、うん? 一条どうした?」
一条に今回の件について説明をしたのだが、固まってしまった。
「一条、地球がなくなると言っても、まだまだ先の話だし、そのころには俺もおまえも寿命で死んでるんだ。心配しても仕方ないぞ」
「はっ! そうだったんですか。アギラカナでもどうすることも出来ない、そういったことがあることが理解できなくて。これから、いくらアギラカナが強くなっても、どうしようもないんですね」
「迎撃については、そういう計算のようだな。俺としても、できれば地球をゼノによって破壊されたくはないが、アギラカナの連中の多大な犠牲を容認することはできないからな」
「そういうってことは、可能性はあるってことですか?」
「可能性はな。アギラカナの九割の戦闘員を消耗すれば五割の確率で撃破できるそうだ。だといって、恩も義理もない他人のために死んでくれとは俺は部下に対して命令できない」
「それはそうですよね。わかりました。それでわたしは何をすればいいんですか?」
「なんだか、はじめて一条からその言葉を聞いたような気がするな」
「先輩、茶化さないでくださいよ」
「悪い、悪い。それでだな。アギラカナへ地球人を受け入れていくことのテストケースとして、移民をこの日本で募ろうと思っているんだ。
現状、アギラカナの第二層の一区画を移民のために開放しようと思っている。
それで、日本の主要都市内に、アギラカナへの移民の受け入れのための施設を作ってもらいたいんだ。その施設では、検診や一時的荷物の預かりとかすることになるのかな。この大使館でもできなくはないだろうが、ある意味ここは不便だし、大人数に対応できる広さはないからな。おまえの持ってる企業の中に使えそうな土地を持っているところがあるだろ? 当面、年間五万から十万人をめどにアギラカナへの移民を募りたいんだ。それ用の施設だな。調子が出てきたら、その人数はかなり大きくなっていくと思う」
「わかりました。手配しておきます。詳細はアインさんと詰めればいいですよね」
「ああ、一条、頼む」
頂いた感想の中に、いくつか前話のシミュレーションについてのご指摘がありました。本作は娯楽を目的とした小説ですので、そういったものだとご理解していただければそれまでなのですが、それではここまで読んでいただいた読者の方に不親切なので、冒頭部分を付け加えました。
複雑化した金融システムの中で発展した先進国は、信用の基盤を失ってしまうと非常に脆いという結論にしています。
政局については、適当です。




