66.帝国
66.帝国
アギラカナによる強制的緊急放送が行われたことを受け、帝宮内の枢密院会議室において緊急枢密院会議が開かれた。簡単に通信機能が奪取された上での放送だったことも重大な問題ではあったが、それ以上の問題が発生している。
「あと十時間ほどでアギラカナがこの星系に現れるようですが、帝国としてどのように対応すべきか早急に詰めていきましょう」
元宰相カントールが枢密院会議をいつものように取り仕切る。
「自分たちの出現場所を告げているんだから、そこに機雷を撒いておけば撃破可能ではないか?」と、宇宙軍元帥グラーフ。
「閣下、十時間では作業時間が圧倒的に不足しますし、もしも宇宙軍が有する全機雷を敷設できたとしてもあの大きさのものを完全破壊することは難しいと思われます。もし取りこぼして、シノーを破壊したあの攻撃がアーゼーンに向けられますと、われわれに防ぐ手立てはございません」
今回も緊急枢密院会議に陪席している宇宙軍軍令部総長が額の汗をふきながらグラーフ元帥に説明した。
二人の皇弟も、
「グラーフ、そもそも最初からアギラカナはわれわれに敵対していなかったわけだから、何も攻撃や戦闘を前提に物事を考える必要はないんじゃないか? 今回の放送もいたって友好的なものだったと私は思うがね」
「国民に対する情報の秘匿は最早意味をなさなくなってしまったのだから、現在拘束中のマルコ中将を早期に解放しアギラカナとの交渉に当たらせるのが得策ではないか?」
「適任でしょう。中将一人を解放するわけにもいきませんから、全将兵を同時に解放することになります。その際、反政府的な言動を押さえるためにも、アメを与える意味で全員一階級は上げてやる必要が有りますな」
「マルコが大将か」
「うーん」
二人の宇宙軍元帥は何か言いたそうだったが、はっきりとした発言は控えたようだ。今回の交渉が失敗さえしなければ、マルコ中将は大将から現存する三人目の宇宙軍元帥に若くして昇進する可能性が非常に高い。
「先の放送に現れたアギラカナの山田代表という人物は温厚な人物であるということですし、派遣艦隊が投降後、アギラカナでかなりの厚遇をマルコ中将以下の将兵が受けていたという話です。おそらくですが、先方から帝国に対して、星系の割譲のようなとんでもない要求が行われることは無いと思いますよ」と、カントールが軽い口調で楽観的意見を述べた。
「先方との話し合いというが、帝国側としてはアギラカナへ対して、早急に帝国領域から撤収してもらいたいと言うことくらいかな? 実際は要求できるような立場ではないのだから要望になるのか」
「アギラカナとの交渉についてどう臨むかも大切だが、その宇宙生命体への帝国としての対応はどうする? それが決まらなければ交渉も何もないだろう」
二人の皇弟がそれぞれ思っていることを口に出したのを受けたカントールが、
「こちらからは強い要求など出せませんから、相手側の主張なりを踏まえた上での交渉になるでしょうな。
それで、軍令部ではその宇宙生物への対応をどう考えている?」
「はい。まず、先年失陥した星系も、これまで秘密としていた関係で調査も進んでいませんでしたが、ゼノなる宇宙生物により失陥したものとみて間違いないと思われます。対応につきましては、ゼノをなるべく遠方にいるうちに見つける必要が有ります。これには多数の観測機を飛ばして広大な帝国領域の周辺をしらみつぶしに調べて行くより手立てはなさそうです。それか、アギラカナに頭を下げて情報を貰うか」
ほとんどの列席者が軍令部総長の最後の言葉に渋い顔をする中、カントールが次の質問を続ける。
「先の放送でアギラカナ側はわれわれにはあれを撃破することはできないと言っていたが、本当のところどうなんだ」
「光速の15パーセントで飛行するというのはシノー壊滅前にわれわれが得た観測値からも事実のようです。前方から迎え撃つ形ですと誘導弾などで対処できる可能性が有りますが、光速の15パーセントで惑星に突っ込んで問題のない外装を持つとなると、おそらくアギラカナの言う通り、われわれの融合弾では命中したとしても撃破不能と思われます。また、側面から後方にかけての攻撃は誘導弾では捕捉が難しいと考えられるため光線兵器に頼らざるを得ませんが打撃力、貫通力の面で融合弾に大きく劣る光線兵器での撃破は難しいと考えられます」
「要するに、今後帝国内にゼノが現れた場合、われわれにはできることが何もないと言うことかね?」
「要約するとそのようになるかと」
軍令部総長が額の汗をぬぐいながら答えた。
「シノーがアギラカナによる何等かの攻撃で爆発した後、アギラカナの戦艦らしき巨大艦が火を噴いたような攻撃を行っていたがあれはどういった攻撃だったのかわかるかね?」
「マルコ中将によりますと、最初の攻撃は、アギラカナから直接の攻撃だったそうです。攻撃はアギラカナの軸線上に設けられた超大型加速器により反物質を大量に充てんした巨大砲弾を超高速で撃ち出したもので、砲弾は惑星中心部まで貫通後、対消滅反応を起こしそれで惑星を跡形もなく破壊したようです。その後アギラカナから出撃した巨大艦は、これも反物質を充てんした誘導弾を無数に撃ちだして個別にゼノを撃破していったようです。どのような物質であれ対消滅反応からは逃れませんから反物質弾はゼノへの有効な攻撃手段なのでしょう」
「反物質か。帝国にはそもそも反物質は有るのか」
「もちろん有りますが、攻撃に使うにはほど遠い研究室レベルの量しかありません」
「あまり帝国がアギラカナに対してみっともない様子をさらすと近年併合したハルマイネなど動揺するのではないか?」
「ハルマイネに駐留する陸軍部隊の増員を行った方がいいか? 時間はないが早急に対応しなくてはならないな。ここアーゼーンについては警察部隊で何とかなるだろう?」
ころあいとみたカントールが軽い調子で座を締めくくった。
「みなさん、結論としては、マルコ中将他現在拘留中の将兵を解放し一階級昇進させる。マルコ提督にはアギラカナとの交渉で領土的野心の有無を確認させる以外は一任する。これでよろしいでしょうか」
誰からも発言はなかったため、
「では、陛下、そのようにいたします」
ハイネ4世が、頷くことで会議は閉会した。
◇◇◇◇◇◇◇
「提督、ハミラピラトラに帰り着いたとたん、こうやって監視されながら艦内で軟禁状態にされるとは思いませんでしたね。これならアギラカナにいた方がよほど自由でした」
「スヴェン、滅多なことは言うな。粛清されなかっただけ良しとしようじゃないか」
「提督、まだわかりませんよ」
「粛清されるなら、間を開けずに執行されただろう」
「誰か来ました。提督これまでお世話になりました」
「スヴェン、何をバカなことを言っている」
「マルコ中将はいらっしゃいますか? 軍令部の者です。これまで、艦内にお引き留めして申し訳ありません。中将以下全将兵に対し、辞令が出ています」
「マルコは私だが、辞令? 判決でなく?」
「申し訳ありません。辞令です。現時点を持ちましてマルコ中将以下艦隊全将兵の階級が一階級昇進します。また、提督には別途命令が出されておりますので、至急準備をお願いいたします。これが命令書です」
「ここで中をあらためてもよろしいですか?」
「どうぞ」
「……。アギラカナとの交渉役? 全権使節。……、分かりました」
 




