46.アーセンの末裔
46.アーセンの末裔
――探査艦J01-002より帝国探査省に報告
――ジャンプアウト成功
――探査対象星系、第3惑星にレベル3知的生命体の存在を確認
――レベル3知的生命体接触プログラムに従い詳細調査を行います
――惑星探査機1号から4号、第3惑星に向け射出します
……
「これが太陽系に突然現れ、天王星軌道付近で超空間通信を行っていた小型宇宙船ですか?」
現在、アギラカナ代表代理、アギラカナ駐日大使代理を務めているアインが、アギラカナ大使館八階のアギラカナ代表執務室にあるオペレーションデスクのスクリーン越しにH3級強襲揚陸艦AA-0001-ブレイザー艦長ブリュース・タリムテ大佐に確認しているところだ。
スクリーンに映った宇宙船の形状は、紡錘型の本体に、球状の膨らみに棒状をした多数の突起や付属物が取り付けられ非常に複雑な形状をしており、ところどころにスラスターのものと思われるノズルが付いている。アギラカナの艦船を見慣れたアインから見ると非常に無駄も多く旧式に見える代物だった。何より被弾を全く考慮していない形状に驚いている。
「木星にいる工作艦SII-001の艦載機が鹵獲したものだ。自爆されては困るので慎重に対応したそうだ。その鹵獲作業中に小型宇宙船が地球に向けたと思われるドローンを四機ほど射出したが全て捕まえている。用心はしたがこの宇宙船には最初から自爆機構が搭載されていなかったようだ。われわれと違ってあまり荒事にはなれていない文明の産物かも知れないな。射出されたドローンの内部をブレーザー内で解析したところ、いずれも惑星調査用のドローンのようだ。本体の発した通信内容についてはまだ解析中だが、おそらく太陽系に居住可能惑星を見つけたか、十分発展した知的生命体を見つけたとでも報告したのだろう」
「その宇宙船がどこに向かって超空間通信を送っていたか解析できましたか?」
「宇宙船内部の超空間通信装置を調査したところ、可能性の高い星系は、この太陽系から300光年ほど離れたG型の恒星を持つ星系だった。星系名は、とりあえずDT-01とした。DT-01には、惑星が複数存在しており、地球型の惑星も存在することを確認している」
「それほど遠くない位置に、宇宙船を建造できる文明を持つ知的生命体がいてアギラカナが探知できていなかったことは驚きですが、鹵獲した宇宙船の技術的な特徴はいかがでした?」
「アギラカナと同じ水準のジャンプドライブを持っていることはわかった。要するに光速の一千倍で進むやつだ。通信装置の能力は半径約2000光年。船内には超高密度素材は一切使われていなかったところを見ると、われわれの持つ船殻技術は持っていないと思われる。それと、推進装置に重力スラスターも使われていない。すべて推進剤を用いた旧式のスラスター技術しか無いことからも船殻技術を持たない傍証と言える。
動力関係も、水素から一段の核融合しかできない反応炉を積んでいるのみで、反物質もなければ対消滅反応炉などは積んでいない。全体的に言って非常に旧式かつ鈍重であるということだけは分かった。武装艦を見たわけではないので何とも言えないが兵器技術も高くないだろう。ジャンプドライブ以外の技術はアーセンの技術の非常に古いタイプのものに酷似したものが使用されている。
アギラカナが遠征より帰還するまでわれわれは、宙間戦闘用の戦闘艦を持たないが、この鹵獲した宇宙船の技術の延長線上の戦闘艦から構成された艦隊が現れても本艦の攻撃機隊だけで十分対処できそうだ」
「わかりました。脅威度は低そうですが太陽系外周部の哨戒の強化をお願いします。あとは念のためブレイザーでの対消滅型反応炉と対消滅弾用に反物質製造を急がせていただけますか。
おっしゃるように、技術体系がアーセンに酷似しているとなると、失われたアーセンの末裔の可能性もありますので少し厄介ですね」
「了解した。アーセンの末裔がどうのといった難しい話は君に任せるよ。そういえば、現在運航中の太陽系クルーズ宇宙船にも護衛を付けた方がよさそうだな」
「そうですね、クルーズ船にはこちらから連絡しますので、できれば護衛の方は早めにお願いします」
「攻撃機のパイロットたちのいい訓練になるから問題ない。地球の静止軌道上にあるファームステーションの方は自衛も出来るしこのブレイザーからも近いから問題ないだろう」
ゼノの発生源の中性子星を破壊し二月ほど経ったいま、予定では、アギラカナが太陽系に現れるのは十二年もの先の話であるのだが、その時アギラカナのコアを構成するプライマリー・コアが新たにアーセンの末裔が現れたと考えた場合、どのような判断をするのか不明でありアインにとって不安である。
鹵獲した無人小型宇宙船をその後も引き続きブレイザーで調査した結果、アーセン滅亡の一千年以上前に使われていた無人探査宇宙船に酷似していることが判明した。アーセンの末裔なのか、その技術を踏襲しただけなのか確認はできていない。
宇宙船の形状やごてごてした付属物から推測される製造者の姿は、人型でやや好戦的というものだった。宇宙船に自爆装置を付けていなかったところを見ると同等の文明との闘争はあまり経験していないものと推察されている。後日判明した鹵獲した無人宇宙船が発した信号の解析結果は、ブレイザー艦長のブリュース大佐の推測通り『進歩した知的生命体を発見した』というものだった。
重装甲かつ高速の探査艦は偵察、調査任務に最適なため、無人宇宙船が信号を送ったと思われる星系の調査に探査艦を送り込みたいところだが、アインには現在作戦行動中の探査艦を呼び寄せる権限がないため、すぐにできることは手持ちの探査機を送ることしかない。そのため、ジャンプ前のアギラカナからブレイザーに積み込まれていた二基のジャンプドライブ付き探査機を当該惑星に送ることにした。相手側の探知網にかかり自爆する前になるべく多くの情報を太陽系で待機中のブレイザーに送ってくれることを期待している。
六日後、便宜上DT01星系と名付けられた星系にジャンプアウトした探査機はすぐにステルスモードに移行し、各種の信号を発している第3、第2惑星へ接近しつつ情報収集を開始した。星系内には複数のハイパーレーンゲートを確認したほか、多数の宇宙船が当該星系を航行中であることが判明したが、相手側には探査機程度の小質量を探知する技術がないようで、二基の探査機は最終的には発見されることもなく、第3惑星上空の衛星軌道上に侵入を果たし、映像の他に言語、文化、科学水準などのデータをブレイザーに中継し、駐日アギラカナ大使館にいるアインの元に送り続けている。
今回送り込まれた二基の探査機から送られてきた映像には、DT01星系の主星をめぐる第3惑星の静止衛星軌道上に複数の軌道エレベーターが建設され、その中の一つの軌道エレベーターのプラットフォームから伸びる桟橋付近に戦闘艦と思しき宇宙船が集結して小規模艦隊を形成しつつあるようだ。
最終的に集結した艦船の内訳は、アギラカナの駆逐艦相当の小型艦が四隻、更に小型の艦が十二隻。輸送船らしき中形宇宙船が二隻。その十八隻からなる艦隊がスラスターの青白い光を輝かせながら星系外縁部に向け遠ざかって行った。
DT01星系には、自らをアルゼ人と名乗るアーセン人に酷似した人型知的生命体が、第3、第2惑星に各々数十億単位で生息し、大アルゼ帝国という名で星間国家を作り上げていた。星系内には他に人工天体も複数存在し、活発に星系内を宇宙船が往来しているようだ。
ブレイザーから送り込まれた探査機が傍受した通信の内容から、大アルゼ帝国は十二の有人恒星系および複数の開拓中の星系から構成され、人口も三百億を超えることが分かった。各星系はハイパーレーンゲートで結ばれているようだ。データを解析した結果、アルゼ人の科学力は、ジャンプドライブを除けばアーセンと比較するとその滅亡の千五百年前から一千年前の科学力を持つようで、ジャンプドライブといった突出した技術がどういった経緯で突然大アルゼ帝国で生まれたのかは不明である。
大アルゼ帝国はDT01星系の中心に輝くG型恒星をハミラピラトラ、首都惑星である第3惑星をアゼーンと呼称している。その主都惑星アゼーン近傍から、星系外縁部に向かった小艦隊は、そこで超空間ジャンプを行ったようで、もしその艦隊が太陽系を目指すのならば、三カ月後に太陽系にジャンプアウトすると考えられる。
アインは残ったジャンプドライブ付きの探査機を改造し、それを使ってブレイザーに搭乗する陸戦隊特殊戦部隊から抽出した工作員を大アルゼ帝国の首都惑星アゼーンに潜入させるかと考えたが、アギラカナが不在のためバックアップ体制の構築も困難ではあるし、こちら側の工作員がアゼーンに到着するころに、大アルゼ帝国側の先遣部隊が太陽系に到着するタイミングとなるため、大アルゼ帝国の先遣部隊への対応を待ってから検討することとした。
[補足説明]
ファームステーション
地球と太陽とのラグランジュ点L1、L2上、および地球の静止衛星軌道上にファームステーションと呼ばれる農業・漁業用の宇宙ステーションが複数建設されている。主に飼料用作物、漁業飼料用プランクトン、小魚などを栽培、養殖している。
船殻と重力スラスター
船殻を持つ艦船は超重量のため、重力スラスター以外の推進剤を使用したスラスターでは加速が難しく実用的でなくなる。




