40. 宇宙戦艦アギラカナ1
40. 宇宙戦艦アギラカナ1
いつものように俺はまったり大使館の執務室の自席で、コーヒーを飲みながら、秘書室のみんなが、オペレーションデスクでなにやら作業しているところを眺めていた。順風満帆な会社のお偉いさんモードだ。ゼノの撃退必殺技?が見つかりだいぶ肩の荷が下りた気がしているのも事実だ。
アギラカナでは、これまでアーセン憲章の制約により、それまで手の付けられていなかった実験設備や、研究施設の整備が新憲章のもと探査部主導で徐々に進んできていた。
「艦長、探査部のドーラ少将より通信が入っています」
「つないでくれ」
机の上のモニターにドーラ少将の顔が映る。
「司令長官閣下。おはようございます」
「おはようございます。ドーラ少将、何かありましたか?」
「閣下、さっそくですが朗報です。ジャンプドライブの実証実験が成功しました。アギラカナが実験段階中のジャンプドライブを使用した結果、ジャンプドライブ機関を破損喪失して以来、多くの技術も同時に喪失していたジャンプドライブですが、先ほどテスト機による実証実験が成功しました。
現行技術では、ジャンプドライブの能力が小質量の非船殻船までしか対応できませんが、船殻艦への対応のための技術的問題点はあらかた解決していますので後は時間の問題だけです。小型の探査機ならばすでにいつでも指定した座標に送り込むことが可能です。
ただ、今回の実証実験でのジャンプは、アーセンで研究していたジャンプドライブのいわば劣化版です。理想ですと、ジャンプインからアウトまでの実空間での所要時間はほぼゼロなのですが、今回の実証実験では0.1パーセントの遅れが生じています」
「遅れというのは?」
「たとえば、1000光年先にジャンプしますと、目の前で消えた宇宙船は本来ならば一瞬で1000光年先に現れるのですが、われわれのジャンプドライブですと一年後に宇宙船が1000光年先に現れることになります」
「1000光年で一年ですか。それでも無人機なら問題ないですよね」
「今回の実証実験は、ジャンプ中の宇宙船内で生物が生命活動を維持できることを考慮した物でしたので、それを無視しますと、時間の遅れを四十分の一まで短縮できます」
「思っていたジャンプドライブとは違うので驚きましたが、そのジャンプドライブを搭載した無人機なら実質、光の速さの四万倍の速度を持つと考えればいいわけですね」
「はい、その通りです。現在ゼノの発生元の可能性のある対象天体は百二十ほどありますので、そのジャンプドライブを搭載した無人機でそれらを片端から調査し、ゼノが発生したと思われる天体を特定します。その発生元の天体を破壊できれば、現時点で存在しているゼノがどれほどいようと最終的には各個体の寿命はいずれが尽き、ゼノは消滅します」
「ジャンプドライブを搭載した探査機はいつ頃できそうですか?」
「探査機の機体は既に六十機分用意していますので、ジャンプドライブの製造、搭載、調整を含め十日以内に最初の探査機にジャンプドライブを搭載できます。その後、順次搭載していきます」
「ゼノが発生したと思われる天体が特定できたとして、それは中性子星または、それに準じた星なんですよね。そんなものを破壊できるんですか?」
「今のところ、中性子星の破壊方法は模索中です。何か方法はあるはずですし必ず見つけます」
「そうだ、先日の会議で複数の重力スラスターを使った重力井戸の話が有りましたが、この重力スラスターを応用して、ブラックホールになるまで中性子星を潰せませんか? 中性子星はブラックホールになり切れなかった星なんですよね」
「おっしゃる通り、可能性は十分あります。中性子星の中心部に新たに重力井戸を作り出し、圧壊するまで重力を高めてやれば、中性子星は中心部から崩壊してブラックホールになり、周りの物質はそのままブラックホールに飲み込まれて行きます。
ただ、ブラックホール用の重力スラスターを積んだ宇宙船は中性子星から距離を取る必要がありますから、重力井戸の発生位置がかなり離れます。重力井戸の深さも相当なものが必要でしょうから、ブラックホール用の重力スラスターは大型高出力ものが必要になると思われます。
それと、破壊しようとする中性子星と、重力井戸による引力を相殺するため、反対方向に同程度の重力井戸を別の重力スラスターで作る必要もありますから、それらを一式詰め込んだ上、中性子星に接近できる宇宙船も必要になります」
「相当大がかりで大きなものになりそうですね」
「中性子星の質量に依存する部分もありますから何とも言えませんが、最悪でもアギラカナにジャンプドライブと中性子星の圧壊装置を一緒に実装してしまえば何とでもなります。次の報告を期待しててください。今回の報告は以上です。失礼します」
「ドーラ少将、ご苦労様でした」
「先輩、ジャンプドライブってなんですか?」
俺と、ドーラ少将とのスクリーン越しの会話を、隣の席にいつの間にか座っていた一条が聞いていたようだ。
「一条。お前、いつからそこにいたんだ? 気付かなかった」
「さっきからです。居ちゃ悪いんですか?」
「いや、そういう訳じゃない。そうだな、ジャンプドライブの前にハイパーレーンゲートから説明するか。
アギラカナの普通の宇宙船だと、だいたい光の速さの三割程度まで速度が出るんだが、その速さでも、地球からアギラカナまで行くには片道で七年近くかかる。それだと大変だろ。いまは木星の近くに、ハイパーレーンゲートって言う特別な施設を作って置いてあるんだ。そこを通り抜けると一瞬で、アギラカナの近くにある対になったハイパーレーンゲートに到着することが出来る。それだと、アギラカナと地球を無理をすれば一日で往復できるんだ。
それでジャンプドライブってのはな、そんなハイパーレーンゲートを使わなくても好きなところへ跳んでいける代物なんだ」
「すごそうということだけ分かりました。それ以外は全然わかりません。何だかわかりませんがいいことなんでしょ。良かったですね」
「ありがとさん」
「今の話の中の木星の近くのハイパーレーンゲートは、大きいんですか? ASUCAでそんなものを見たって話を聞いてませんから」
「全然わかんないと言ってたくせに、よく覚えてるじゃないか。
木星の近くのゲートは直径で3キロほどの円盤だ。木星に比べたら芥子粒にもならない大きさだからわかんないんじゃないか? それより、お前のいる七階もずいぶ人が増えたようだな。いまいるのが八十人くらいか?」
「正確には八十五人です」
「まあ、面倒をよく見てやってくれ」
一条に部下の面倒をよく見ろと言って、一条との面倒になりそうな会話を打ち切った。
ゼノの発生元の中性子星を見つけ出す手段を得た探査部では、ジャンプドライブ搭載の探査機が完成次第、ゼノの発生元の可能性のある対象天体近傍に、完成した探査機を送り込んでいった。
そしてドーラ少将の報告から四カ月経過した。
「艦長、探査部のドーラ少将より通信が入っています」
「つないでくれ」
机の上のモニターにドーラ少将が映る。
「司令長官閣下。おはようございます」
「おはようございます。ドーラ少将、何かありましたか?」前回と同じやり取り。
「ゼノの主星が特定できました。太陽系から12000光年先にある4U 0142+61という中性子星です。送り込んだ探査機が中性子星から生まれるゼノの映像を送ってきました」
机の上のモニターにドーラ少将のかわりにその中性子星の映像が映された。
送られた映像の中心に青白く眩しく輝く星が映っていた。それが中性子星なのだろう。その中性子星を取り巻くプラズマガスが星に引き寄せられ徐々に凝縮していき一つの形が作られてく。ゼノだ。生まれたばかりのゼノは中性子線と思われる白光を発しながら、ゆっくりと中性子星から離れていき前方に待つゼノの集団に溶け込んでいった。
そのようなゼノが中性子星からの光に照らされ青白く輝きながら数秒に一体の割合で湧き出てきている。五秒に一体としても、一年で六百万以上だ。前回、二年半の準備をして斃したゼノの数が三百万。放っておいたらだめだ。いくらゼノに寿命があると言っても、この速さでゼノが生まれていたのではどうにもならない。しかも星系内には先ほどのゼノの集団だけでなく複数のゼノの集団が見える。
映像は三分ほどで中断した。
「この映像を送ってきた探査機は、ゼノに破壊されたようです。現在複数の探査機を4U 0142+61に送っています」
「中性子星を破壊する手段の方はどうでしたか?」
「閣下の案を検討させていただいた結果、技術的問題は全くなく、中性子星をブラックホールに崩壊させることは十分可能であることが分かりました。対象を4U 0142+61として計算した結果ですが、今の技術では装置単体の大きさで直径1キロ程度の重力スラスターとカウンター用の重力スラスターを全部で二十四基必要とします。周辺装置も搭載する訳ですから、作戦中、周辺のゼノを排除しつつ中性子星に接近することも考えますと、アギラカナ以外に装備艦は考えられません」
「アギラカナがジャンプドライブを実装して4U 0142+61まで行くことになる訳ですね」
「そうなります。いったん超空間内にジャンプインしますと、12000光年先でジャンプアウトするまで内部空間および実空間で十二年が経過します。超空間内では、外部情報を得る手段が一切ありませんので、われわれから見た超空間は何も存在しない無の世界と考えることもできます」
往復二十四年。さらば地球よ。そうなるわけか。
【補足説明】
ジャンプドライブ
超空間に遷移し、質量のくび木から解放され超光速で目的地まで移動し、通常空間に復帰する。超空間内での主観的経過時間相当、通常空間で時間が経過する。理論的には超空間移動中の主観的経過時間は本来ゼロになるのだが、移動距離に比例し誤差が発生する。今回の実験では誤差が0.1パーセントだった。これは、時間の伸長がなく光速の一千倍の速度で移動することに等しい。生命活動の継続を無視できる無人機の場合は、光速の四万倍と考えられる。




