17. 対日国交交渉3 日本政府
17. 対日国交交渉3 日本政府
S2級巡洋艦LC-0001を旗艦とする0001雷撃戦隊を護衛として伴なったH3級強襲揚陸艦AA-0001だが、火星の公転軌道手前で雷撃戦隊を周囲に展開し、地球への接近は単艦のみで行うことにした。雷撃戦隊は分離時点で、ステルスモードに移行している。
降下部隊による惑星制圧作戦時には広範囲に部隊を支援するため母艦である揚陸艦は惑星周回軌道を採る場合が多いそうだが、今回の場合は、日本国に対する示威的意味もあり、あえて東京上空100.00キロメートルに滞空することとした。
太陽光を浴び青白く輝くH3型船殻を地上から見上げると、その高度だと視野角で月の三倍ほどの長さを持つ白くて長い板が頭の上に浮かんでいるように見えるだろう。
「閣下、本艦は予定通り日本国の首都東京上空100キロメートルで停止、滞空しています」。ブリュース艦長に告げられる。
「ご苦労さま。それでは、この状態を維持してください。そのうち何らかのアプローチが地上からあると思いますが全て無視しましょう。万が一攻撃等があった場合は迎撃のみにとどめ反撃はしないようお願いします」
あすの午前七時に日本国政府、国民に対し、所定の放送を行う予定だ。メッセージの録画も終え、放送に向けたそのほかの準備もできているのでまず問題はないだろう。
その日、世界は大揺れに揺れた。
信じがたい速度で太陽系を横断する未確認天体がNASAの観測衛星で観測された。その天体を継続して観測を続けたところ、火星の公転軌道近傍でその天体が分裂し、最も大きな破片が地球に向け直進を続けており地球への直撃は避けられないことが分かった。また分裂した破片はその後観測不能となり、何らかの理由で消失したものと判断された。
合衆国政府より同盟各国首脳に緊急通信でその内容が知らされた。これを受けて各国は大型天体望遠鏡をはじめ各種の観測機器でその天体を観測したが、地球への衝突はもはや避けられないことが確認されただけだ。
天体の大きさは長径約3.5キロ、短径約1キロと推定されて、その構成物質が鉄などの金属であった場合の質量は、推定200億トン、氷とした場合でも、25億トンと推定された。
この天体が、今の速度を保ったまま、地球に衝突した場合、人類が過去の恐竜のごとく絶滅する可能性も高いと合衆国政府は情報の最後に付け加えている。推定衝突時刻はグリニッジ標準時で午前六時五十五分。あと一時間で人類が絶滅せずともその文明は滅ぶと各国首脳は考えていた。一時間後の確定した死に対しそれを避ける手段がなければ、静かにその時を待つよりほかはない。
その、悪魔の天体が急速に速度を落とし、地球のごく近傍、大気圏と宇宙との境目ともいわれる高度100キロメートルに停止したのだ。しかも、それは日本の首都東京の真上、時刻はグリニッジ標準時で午前七時ちょうどだった。
その天体は肉眼でもはっきりと、人工物であることが分かる形状をしていた。未確認天体は未確認飛行物体、いや宇宙船となったのだ。地球外生命体がいるいないの議論は先方が地球に訪れることによりあっけなく終了した。わざわざ地球までやってくる生命体が地球よりはるかに進んだ科学力を持つことは明白である。
合衆国をはじめ各国の首脳は、人類絶滅の危機が取りあえず去ったことに安堵したが、今度は未知の知的生命体との接触に備える必要がありさらに頭を悩ますことになる。
その巨大宇宙船は衛星軌道を周回するでもなく不気味に、東京上空に停止していた。地上からでも肉眼ではっきり見えるその姿は人々の不安をあおり、東京証券取引所の時間内取引は既に終了していたが、為替市場は大荒れに荒れ、一気に円が売られたかと思うと、買い戻され、更にそれを上回る勢いで円が売られ、前日比、実に三十パーセントの暴落となりなおも乱高下を繰り返している。
市場がすでに開いていたフランクフルト市場は早々《はやばや》と取引を停止。ロンドン市場は、当日の取引を開始しなかった。ニューヨーク市場はそれでも開かれたが、軍需銘柄が一時買われる展開もあったが、そもそも今の兵器が高度な技術を持つであろうエイリアンに通用するのかという疑念がささやかれ、結局全面安の展開となり、午前中で取引が停止された。その他の金融市場も軒並み大暴落し、多くのファンドが巨大な含み損を抱えることとなった。
日本政府の首脳も状況は各国と同じだったが、合衆国政府より伝えられた人類滅亡の危機の回避に喜ぶ間もなく、自国の首都の真上にエイリアンの宇宙船が居座っている状況に他国の首脳以上に頭を抱えていた。
頭を悩ませる道連れは多いに越したことはないと、日本国総理大臣、跡辺真治は先ほど終わったばかりの非公式会議を再度招集した。跡辺はこのあと国民に状況を説明するための国営放送を使った緊急放送を一時間後に予定している。跡辺真治は会議まえ官邸のトイレでちゃんと用をたしていることは言うまでもない。
招集されたのは、次の四名。
内閣官房長官、井出義久。
防衛大臣、山野次郎。
財務大臣、朝尾一郎。
外務大臣、五木恒造
まず総理大臣の跡辺が話を切り出した。
「いやー、一難去ってまた一難。最初のは、何もできませんでしたからノーカンかもしれませんけどね。マーケットの方も世界的にめちゃめちゃになっているようですね。朝尾先生いかがですか?」
旧派閥の先輩でもあり、総理経験者でもある朝尾に対し跡辺が話を振ると、
「そーだねー。頭の上に宇宙船。こんなの誰も想定してない状況だからな。だからといって想定外ですみませんじゃ国民のみなさまにすませられないからなー。明日は土曜でマーケットがお休みなのが救いだよ。とりあえず、宇宙船の方は何とか意思の疎通をはかるしかないんじゃないですか。山野さん、自衛隊の方はどう?」
防衛大臣の山野がそれを受け、眼鏡を外して日の丸の染め抜かれたハンカチで拭きながら、
「いま出している指示は、情報収集だけです。レーダーなどを照射した場合敵対行為とみなされる可能性もありますから、光学的な観測のみに留めさせています。今のところ分かっているのは、特殊な電磁波はあの宇宙船から照射されていないことと、表面に幾何学的な模様があること。正確に国会議事堂の真上に滞空しており、宇宙船の底面の位置がきっかり海抜100.00キロであることですか」
「国会議事堂の上空であるということは偶然なのでしょうか?」
「そちらは、大きさが大きさですので何とも言えませんが、何らかの意図がありそうです」と、山野防衛大臣。
「きっかり100キロということは、その宇宙船の中の存在は、地球のキロメートルを理解しているということでしょうか?」
跡辺の言葉を肯定する山野。
「おそらくそうなのでしょう。そういった意味では、先方との意思疎通の可能性は低くはないと思います。しかも、その100キロという数字は、カーマン・ラインと呼ばれて、宇宙空間と大気圏を分ける仮想のラインの高さで、領空の上限とされています。宇宙船の底面が海抜100キロと言うことは、あの宇宙船はわが国の領空を犯していないことになります」
「それもまたすごいですね」誰からともなく、驚きの声が漏れた。
井出官房長官が、「そこまで、われわれのことを理解しているような存在でしたら、何か平和的な文言で通信を試してみてはどうでしょう。そういった文言は五木さんの外務省で作っていただければいいでしょう」。と提案する。
「それでは、五木さん、外務省で妥当かつ穏便な通信文の作成をお願いします。それを日本語、英語、フランス語で放送しましょう。確かキロメートルはフランスが起源でしたよね?
山野さん、彼らといっていいのかわかりませんが、あの宇宙船は地球を侵略するような物騒な連中じゃありませんよね?」
「おそらく総理のおっしゃる通りだと私も思います。もし好戦的な存在ならば、上空に留まらず、有無を言わさず攻撃したでしょうから」
「山野さん、もしあの宇宙船から宇宙人がわれわれを攻めてきたら自衛隊はわが国を防ぎきれますか?」
「おそらく、鎧袖一触にもならないと思いますが、最善の努力はします」
「分かりました。とにかく平和的接触を試みる以外手はないようですね」
最後に井出官房長官が会議をしめくくり、
「まとめますと、外務省の方で先方に伝えるメッセージを日、英、仏三カ国語で作成すること。メッセージの内容は、日本国は平和的な話し合を希望するということでよろしいですね。それができ次第、国営放送の電波に乗せて先方に送りましょう。
そういえば、総理、自衛隊の防衛出動等の展開はいかがしますか?」
「先方に敵対意思があると取られてもいけませんから、別命あるまで待機ということにしましょう。自衛隊のほうは山野さんよろしくお願いします」
「了解しました」
「あと、山野さん、在日米軍の動きはどうですか?」
「われわれと同じく待機中と思われます。横須賀の第7艦隊は一度は出港準備に入ったようですが現在は中止したようです。その後目立った動きはありません。われわれ同様、空の上のあれを刺激したくないでしょうし、動きようがないというところでしょう」
「念のため、米軍には積極的な行動は控えるよう申し入れしてください」
「承知しました」
「それでは総理、よろしいですね。非公式会議を閉会します。皆さんお疲れさまでした」
発言のなかった外務大臣の五木だが、頭の中では、大臣になるのはもう一期後の方が良かったなあと思っていた。
「国民のみなさん、総理大臣の跡辺真治です。今も皆さんの頭上に浮かんでいる巨大な建造物、あえて宇宙船と呼びましょう。
その宇宙船に対し、政府は情報収集を急ぎつつ、平和的話し合いを行うよう呼びかける準備をただいま行っています。準備ができ次第国営放送を通じ呼びかけを実施します。現在宇宙船は静止したままで何の動きもありませんが、もし侵略的意図があるならば、すでに行動を開始しているはずであります。先方がわれわれと平和的接触を望んでいるものと考えてもいいでしょう。
私はわが国の陸、海、空三自衛隊に対し待機を命じておりますが、万が一問題が発生した場合、速やかに対応する予定です。政府は全力で皆様の生命と財産をお守りすることをお約束いたします。国民のみなさん、政府よりの新たな発表があるまで不要不急の外出は避け、自宅で待機していただくようお願いします。それでは短いですが私からのお知らせを終らせていただきます」
「これで、内閣総理大臣跡辺真治による緊急放送を終ります。
日本国営放送、NKHでした」
俺は、自分に与えられた、艦内の仮執務室にあるモニターでテレビ放送を見ている。日本政府の出方は予想通りで平和的接触をこちらの方からもちかければ飛びついて来るだろう。これで、九割がた交渉は成功したようなものだ。まさに大砲でおどす砲艦外交だ。ただ違うのは、日本国と俺たちはWIN-WINの関係をこれから作っていくということだ。 あまりじらしてパニックが起こってはいけないが、夜間、明日の朝までは国民に目立った動きはないだろう。




