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悪魔殺しの猟犬  作者: 鮫トラ
第一章 命の首輪
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三匹目 信用はしない。期待もしない。



 あれから三日後。ミューリスとクティトの二人は馬車に揺られ、とある村へと向かっていた。ガタガタとあまりいいとは言えない乗り心地に、お尻が痛みを訴え始めていた。

 ミューリスは窓から外を眺めているクティトに視線を向ける。三日前と今日とでまだ二回しか彼女を見ていないが、普段からあの無表情なのだろうか。馬車に乗る前から、ずーっと同じ表情の彼女を見て思う。


 感情も読み取れないほど、彼女は“無”だった。何を思い、考えているのか全く分からない。だが、何となくだが、初めて見た時より、瞳は鋭くはないように思える。ただ単にそう思いたいだけかもしれないが。

 ガタン、と馬車が小石を踏んづけて揺れる。ミューリスはおずおずと、彼女に声をかけた。


「あ、あの……クティトさん」


 クティトはチラリと視線を動かす。だが、すぐに興味なさげに外へと向けられてしまう。

 どんな理由とはいえ、せっかくパートナーになったのだ。ぜひ、彼女のことを知ってみたいと思っているミューリス。だが、当の本人はその気は全くなさそうだ。

 表情こそ変わらないものの、クティトの体からは“話しかけるな”と言いたげなオーラが何となく漂っているような気がする。いや、気がするのではなく、漂っているのだと思う。


 だが、ミューリスはめげなかった。


「あの……」


 もう一度、声をかけた。すると、再びクティトは視線を動かしミューリスを射抜く。若干細められたそれからは、なんとなく不快感が漂っている。


「……なに」

「え、あ、その……少し、クティトさんとお話しできたらいいなと思いまして。……せっかく、パートナーになったので……」

「別に、アンタと話すことは無い」


 ぴしゃりと言うと、クティトの視線は再び外へと向いてしまう。ミューリスはガックリと項垂れた。これでは、会話はおろか、彼女はこちらの顔すら見てくれないかもしれない。


「……そんなに話したいなら、アンタが私に質問でもすればいい。答える気があったら、答える」


 短く重たく気まずい沈黙が少しの間流れた後、クティトは呟くように言葉を落とした。ちゃんと聞いていなければ聞き逃すようなその声が聞こえたミューリスは、ガバリと顔を上げ、パッと表情を明るくした。


「では、早速聞いてもいいですか?」

「いいよ」

「クティトさんは、いつからハンターをやっているのですか?」

「だいたい三年ぐらい」


 淡々と答える。クティトは依然として外を見たままだ。


「三年……ではやはり、クティトさんは私の先輩ということですね」


 明るくそう言うと、クティトはチラリと横目でミューリスを一瞥した。だが、ミューリスは気付かなかった。


「では、やはりいくつもの依頼をこなしてきたのでしょうか」

「知らない。覚えてない」

「えっ」


 ハンターとはそういうものなのだろうか。自分がこなした依頼は一々覚えないものなのだろうか。いや、もしかしたら、覚えきれないぐらいの依頼をこなしてきたのかもしれない。ミューリスは若干顔を顰め、話題を変える。

 本当であれば、先輩である彼女から色々聞いてみたかったが。これ以上、ハンター関連の話題には答えてくれないような気がしたからだ。


「クティトさんは、好きな食べ物とかありますか? 私は教会近くにあるパン屋さんのサンドイッチが大好物なんです」


 ガラっと変わってミューリスがそう問いかけると、外を眺めたまま、クティトはゆっくりと瞬きをした。

 ワクワクしながら答えを待つ。見た目から想像するのは少し申し訳ないが、辛い物とかが好きそうだなと予想するが、返ってきた言葉は彼女の予想の斜め上をいくものだった。


「砂糖」

「……へ?」


 間の抜けた声を漏らす。そして、頭の中で彼女が答えた“砂糖”という言葉が跳ねまわる。砂糖と言えば、あれだ……お菓子を作る時などに使うものだ。単体で食べるものではないと思うが。ミューリスは首傾げる。


「えっと、砂糖、ですか? 砂糖を使った食べ物とかではなく?」

「……? 砂糖だけど」


 初めて、クティトの口調に疑問符が付く。そんな僅かとはいえ、その反応に気付くことのできたミューリスはちょっぴり嬉しくなった。


「ちなみに、お気に入りの砂糖などはあるのですか? 地方によっては砂糖の種類が違うと聞きますし」

「別に、甘ければなんでもいい」


 もう、会話は終わりだというようにクティトは口を閉ざしてしまう。そして、暫くなにか思案するように外を眺めていたが、不意に口を開く。


「ねぇ」

「――はいっ! どうしましたか?」


 声をかけられたミューリスは下がりかけていた顔を弾かれるように上げる。その明るい声と表情にクティトは軽く瞳を細める。


「その、敬語……どうにかならないの」

「え? 敬語ですか? なにか、変でしたか?」


 首を傾げる。基本的に誰に対してもこの話し方のせいで疑問に思ったことなどないからだ。


「だって、おかしい。私はアンタより年下だ。それに、今は――アンタの()()だ。自分よりも立場が下の奴に敬語を使うのも、さん付けするのもおかしい」

「えっ」


 言葉を失う。そして、ミューリスはどうしようもなく悲しくなった。確かにハンターになったのは本意ではない。だが、それでも頑張ろう、パートナーと共に頑張っていけたらと思っていた矢先にこう言われてしまった……ギュッと拳を握り締める。それは微かに震えていた。


「アンタは私に指示をする、そして、私がそれを実行する。アンタはただ首輪としての役目を――」

「嫌です。そんな関係、嫌です」

「……」


 変わらない表情だが、その視線は槍のような鋭さを持っており、酷く冷たい。


「私は、貴女と対等になりたいんです。私はまだ新人で、初級魔法しか使えません。クティトさんから見たらただの足手まといだと思います。ですが」


 ギュッとクティトの手を両手で握ったミューリスはまっすぐ彼女の茶色の瞳を見つめる。


「今すぐは無理でも、必ずあなたの最高のパートナーになってみせます! だから、そんな私を首輪としてではなく、一人の新人ハンターとして見てはいただけないでしょうか」

「……」


 変わらない表情でジッとミューリスを見つめるクティト。その視線には先ほどのような冷たさは感じられない。

 ガタン、ガタン、と馬車の揺れる音と風が草原を撫でる音が二人の耳を撫でていく。ギュッと握り締めた手をクティトは振り払う。その行為にミューリスの心がチクリと痛んだ。


「……アンタが変な奴だっていうのはわかったよ」


 諦めたような溜息を吐き出す。ミューリスが恐る恐る顔を上げれば、そこには左手を差し出すクティトの姿があった。

 何も考えず握る。握った後に、また悪戯されるのではと考えた。だが、そんなことは無くて、軽く握り返してくれた手は陽射しのような温かさを持っていて、思わず笑みが零れた。


「アンタの好きなようにやればいい。アンタが首輪じゃなく、ハンターとしてやりたいのなら、私は経験からアンタに助言をするかもしれないし、やることに対して止めることもある。でも、遠慮せずにどんどん、いろいろやればいい。それで何かあってもアンタの命だけは――守る」

「クティトさん……っ」


 優しさと頼もしさを感じさせるその言葉にミューリスはやはり、年下と言えど彼女は先輩ハンターなのだと心に刻みつけた。

 無意識に尊敬の眼差しを向けているミューリス。本人が気づいてなくとも、向けられた本人は気付いている。クティトは握られた手を離すと、スっと瞳を細める。


「アンタは私の心臓でもあるんだから」


 温度を感じさせない茶色の瞳。声色と合わさったそれは、まるで冷え切った紅茶のような寂しさも感じた。ミューリスは喉の奥が冷たくなった。

 彼女は自分の命を守るために手を貸してくれる。それだけだ。ミューリスは、“まだ、出会ったばかりなのだから仕方ない。これから信頼を勝ち取るんだ”と自分に言い聞かせると、彼女の顔を見つめた。


 同年代と比べてやはり彼女はとても顔が整っている。だから、ほとんど動かない表情に見た人は彼女を人形か何かと思ってしまうだろう。

 ガタン、と車輪が小石を踏んづけたようだ。大きく揺れる車体。


「クティトさん、私は貴女を信頼しているということ、忘れないでください」


 力強い言葉にクティトは眉を顰めた。無理もない、あの時と今を合わせても出会って数時間しか経っていないのだ。そんなお互いのこともわかっていないようなときに“信頼している”という言葉はあまりにも軽薄で滑稽だ。

 でも、そう言うことに意味がある気がした。言葉という形に出さなければと思った。


「出会って数時間の私を信用するだなんて、アンタは変な奴だ。だけど」


 わずかにクティトは口角を上げた。だが、それは勘違いとも思えるほど些細なものだった。もしかしたら、ミューリスの脳が勝手に見せた錯覚かもしれない。でも、嬉しかった。


「その信頼は絶対に裏切らないと約束するよ。私は猟犬であり、女神の兵器(アルム)だから」


 そう告げた彼女は今度こそ話は終わりだというように、再びを外を眺めるのだった。








 出入り口にそびえ立つ女神像に見守られながら、馬車が止まる。降りた二人は軽く辺りを見回した。村というだけあって、民家はあまり多くない。平和だなと思うほど穏やかな風が吹いていた。

 だが、この時、ミューリスはこの村に教会らしき建物がないことに、少し違和感を覚えた。が、無い場所もあるのかと考えた。だからきっと、協会がない代わりとして女神像が立てられているのだろう。


「確か、依頼人は赤い屋根の……ああ、あれですかね?」


 ミューリスの視線の先には一軒の民家がある。緑と茶色の屋根の民家の間にあるそれは、雨風でくすんではいるものの屋根は赤色だ。周りを見ても、赤い屋根はその民家のみなので、おそらくそこが依頼人の家だろう。

 クティトは興味ないのか、「そうだね」とだけ言って先を歩き始める。


「あの、依頼人と会う際に注意することはありますか?」


 デスクとして多くの人と関わってきたが、ハンターとしては初めてだ。ミューリスはそんな不安を少しでも拭おうと、クティトへと早速助言を求めてみた。


「別にない。普通に依頼を確認して、依頼を達成して報告するだけ。だから、そういう依頼人との会話はアンタに任せた。デスクだったんだし、できるでしょ?」


 返ってきた助言は、少しヒンヤリしていた。が、彼女の“任せた”という言葉に、ミューリスは張り切り、ビシッと背筋を伸ばした。

 ここで、失敗はできない。なんたって、自分のハンターとしての第一歩でもあるのだから。そして、彼女から信頼を得るための一歩でもある。フンフンと張り切るミューリスは小さく拳を作り――


「はいっ! 任せていただけるのなら精一杯頑張ります!」


 クティトのほんの少し後ろを歩きながらミューリスが元気よく答える。


「ん。じゃあ、行こうか」

「はいっ!」


 扉から一歩離れたとこに立つクティト。目線で“行け”と言われたような気がしたミューリスは、緊張した面持ちで扉をノックする。

 扉から出てきたのは若い女性だった。おそらく、年はミューリスと同い年か少し上ぐらいだろうか。訝しむ女性にミューリスは深々とお辞儀をした。


「私、ホルプス教会からやってきましミューリス・イーデンと言います。そして、こちらにいるのはパートナーの」

「クティト」


 柔らかな笑みを浮かべるミューリスと、無表情のクティトが名乗る。が、女性は二人を怪しむように表情を険しくさせたままだ。

 すると、クティトが背後からミューリスの背中を軽くつついた。驚いて振り返れば、彼女は首にかけてある十字架のネックレスをプラプラと振って見せた。


 銀色に輝き、裏に個人の名前が刻まれたそれは、自分が教会の人間であると証明するためのものだ。ハッとして、ミューリスはクティトと同じように首にペンダントとして下げている十字架を女性へと見せる。

 女性は十字架を確認すると、やっと表情を緩めた。その様子にミューリスはホッと胸を撫で下ろす。


「ごめんなさい、最近は物騒だからつい疑ってしまって」

「いえ! 私の方こそ、すぐに十字架を見せなければいけないのにすっかり失念しておりました。申し訳ありません」


 疲れたような声でそう言った女性は小さく微笑む。ミューリスはブンブンと首を横に振って申し訳なさそうに答える。すると、女性はそんな必死さが面白かったらしく、また少し、笑った。



 二人は女性に招かれ、家へと入る。そして、テーブル近くの写真縦に自然とミューリスの視線が向く。そこには、二人の男女が眩いほどの笑顔で写っている。

 女性のほうは無論、彼女だろう。男性の方はおそらく、依頼書に書かれていた行方不明となってしまった主人だろうか。


「私の主人です」


 ミューリスが見ているのに気が付いた女性はそう言った。噛みしめるようにそう言った彼女の瞳が僅かに潤んでいることに気付いたミューリスは、「すみません」と謝った。

 椅子に座るように促され、ミューリスは腰を下ろす。クティトは座る気がないようで、部屋のドア付近でジッと立っている。


 女性は僅かに訝しむようにクティトを見たが。子どもだから緊張しているのかもしれないと考えたようだ。すぐに優しい眼差しで棚からクッキーを取り出すと、それをクティトへと手渡し、女性もミューリスの向かいの椅子へと腰を下ろす。


「仲がよろしいんですね」

「ええ、先月結婚式を挙げたばかりなの」


 写真に視線を向けながらそう言うと、彼女はその時を思い出したかのように、一層、優しい顔つきとなって、言葉を返した。が、すぐに切なそうに顔を歪め、まるで、悲しみでも噛み砕き吐きだすような息を吐く。

 その変化にどうしようもなく、申し訳なくなった。そして、胸が僅かに痛んだ。


「貴女たちは彼を見つけてくれるのでしょう?」


 ゆっくりと息を吐き出し終えた彼女はそう言って、力なく笑みを浮かべる。

 重みのある言葉にミューリスはキュッと胸が締め付けられる。ミューリスには彼女のような人はいない。強いて言うのなら、故郷にいる家族だ。それを自分の家族だったらと置き換え、必ず見つけなければ、と胸に刻む。


「はい、全力を尽くします」


 ミューリスがそう力強く答えたその時だった――


「生きてるなんて希望は持たない方がいい」

「え……?」


 淡々とした声が響くと同時にミューリスは振り向く。クティトは写真と部屋を見回す様に首を動かしてから、感情など感じさせない視線を女性へとぶつけた。


「クティトさん、そんな言い方……っ」

「だって、そうしないとアンタ、悪魔にでも頼りそうなぐらい酷い顔してる」

「――ッ!」


 女性の表情がみるみると怒りに染まっていくのがわかる。だが、すぐにその熱を冷ましたようだ。そして、何度かの深呼吸音が響いた後、女性はゆっくりと吐き出す様に口を開く。


「えぇ、確かに……私は貴女たちが主人を見つけてくれなかったら悪魔にでも頼んでしまおうかと思っていました。……だけど、貴女の言葉で少し考えが変わりました」


 女性は深々と頭を下げる。そして、顔を上げた彼女からは確かな決意が浮かんでいた。


「私はどんな状態でもいいい。あの人がこの家に帰って来てくれれば。だから、どうか、私の主人を……ラッシュバルトを見つけてください」


 後半は声が震えていた。ミューリスもそんな彼女に釣られるようにギュッと唇を噛みしめる。彼女の悲しみや決意がに心臓でも撃ち抜かれ様な気分だ。

 目を潤ませるミューリスをよそに、クティトは一歩前へと出る。その表情が変化したようには見えないが、なぜかとても頼もしく見える。


「任せて、必ず見つける」

「え、ちょっ、クティトさん!?」


 そう言って踵を返し、家を出ていってしまうクティト。ミューリスは急いで立ち上がると、何度も、頭を下げた。


「す、すみませんっ! 何か進展があれば、報告に来ますので!」

「わかったわ。私は基本的に家にいるから」

「はい、承知しました。では、失礼します」


 急ぎ足で家を後にするミューリスを見送った女性こと―ギィテは小さく呟く。


「お願いします」


 その声は悲愴に満ちていた。









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