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悪魔殺しの猟犬  作者: 鮫トラ
第二章 見たのか? 見たんだろう?
21/21

7ノック 女神の顔に唾を吐きかけてやろう


 微笑みを浮かべていた女神像の顔は真っ二つに割れ、体は粉々だ。ミューリスはその場に屈み、その女神像に指を伸ばす。


「ひどい……どうしてこんなことを……」


 ミューリスは今の時代では珍しい、敬虔な女神の信徒だ。そんな言葉が出てしまうのは必然。だが、彼女が信徒でなくとも同じ言葉を呟いていただろう。

 沈痛な面持ちで、砕けた破片を集めどうにか直らないかとしてみる。だが、やはり粉々に砕けたそれは直らない。ミューリスはそっとそれを端へと寄せて、クティトを見上げた。


「クティトさん……追いかけましょう」

「追いかける必要はない」


 きっと、こんなことができるのは女神に対して信仰心なんて持っていないからだ。ミューリスは不安げにそう言った。が、ピシャリと返されてしまう。

 彼女なら追いかけるのではと思っていた。クティトは落ち着いた様子で砕けた女神像から、目の前の家を見上げる。その横顔からは何もわからない。何を感じ、何を考えているのか……まったくわからない。


「女神像ってのは、どんな意味があるか知っているよね」


 クティトの言葉に、ミューリスは静かにうなづき答える。


「主には女神の信者であるという印でもありますが、悪しき物を阻むためという意味もあります」


 そう答えたとき、冷たい風が頬を撫でる。風が目を乾かし、ミューリスが目を何度かぱちぱちさせる。すると、視界に白くてふさふさしたものが横切る。何かと思えば、それは彼女の尻尾であった。

 誰も知らない、訪れたことなどない池を思わせる、落ち着いた雰囲気の青い瞳がミューリスを見下ろしている。


「じゃあどうして今の奴は女神像を壊したか、なんとなく想像つくよね」

「え? えっと……」


 そう言われたミューリスは顎に手を当てて考える。女神像は女神を慕うものと証明するものでもある。壊すということは女神に対して少なからずよくない思いを抱いているというのはすぐに想像がつく。


 だが、それが目的ならもっと粉々に砕くはずではないのか、とミューリスは考える。女神像を置いてある家なんてたくさんある。

 なのに、わざわざここを狙ったような挙動を思い出したところでミューリスは「あっ」と声を漏らす。


「まさか――女神像を壊したのはこの家に何かが入り込めるようにするため」


 そう言うと、クティトはほんの少しだけ口の端を上げ、頷く。


「奴は多分、この街で起きていることについて何か知っているのかもね」


 なら一層追いかけたほうが。そんな言葉が一瞬だけ浮かび上がり、はらりと雪が解けるように消えていく。なぜなら、それよりも大事なことがあるからだ。

 ミューリスは顔を上げ、家を見る。一見して普通の家。ポストを見る。そこには、この家に住む者たちの名前が書かれている。


――テトル・ライツ。シーナ・ライツ……名前の書かれたそれを読み上げ、最後の一人を読み上げる。


「キヤ……ライツ……まさかここは……!」


 急いでコートのポケットからメモ用紙を取り出す。それは、レミラの家から出る前に彼女の両親から聞いた、あの日泊りに来ていた友達の名前と住所だ。

 そこには、しっかりと――キヤ・ライツと名前が書かれている。住所も確認すれば、ここで間違いない。ミューリスは立ち上がり、クティトを見る。


「まだ、完全な幽刻まで時間がある。アンタは事情を説明して子どもと両親を守れ」


 そういうが早いか、クティトはどこかへと行こうとする。ミューリスは咄嗟に彼女の腕を取った。魔力をうっすらと纏ったそれはヒンヤリとしていた。が、どこか暖かいような感じもした。


――く……い……る……し。


 ひどい雑音のかかった音が聞こえた。ミューリスは一瞬だけそれに顔を顰めながらも、すぐに“今考えることではない”とそれを頭の片隅に押し込める。


「クティトさんはどこに行くのですか?」

「別に遠くに行こうってわけじゃない。アンタの近くにはいるよ」


 クティトはそう言ってミューリスにつかまれた腕を軽く振るう。大して強く握ったわけではないので、ミューリスの手からスルリと彼女の腕は逃げてしまう。


「ほら、早く行って」


 トンッと地面を蹴り上げ、屋根へと上ったクティトはそう告げると深まる闇の中へと消えていってしまう。ミューリスは伸ばしたままの手をそっと下げると、振り向き扉をノックした。















 闇が世界を包みこでやろうと手を伸ばす。そして、その闇の後を追うようにゆっくりと、赤いベールが姿を現す。風が不気味な空気を帯びていく。


 もうすぐ、ヤツラの時間がやってくる。


 クティトはキヤの家から数件離れた家の屋根に降り立つと、スゥ、と息を吐きだした。魔力で冷やされたと息は白く、ふわふわと漂い消えていく。


「……」


 ミューリスが家の中へと入っていく。クティトはそれを見つめながらゆっくりと、尻尾を揺らす。月光という名のベールすら意に介さないといいたげにきらめく純白の毛並み。それは神々しく、畏敬の念すら抱かせる独特な雰囲気がある。

 町に人気はない。当然だ。こんな時間に外を歩こうなんて奴は単なるバカだ。たとえ、女神を信じていなくとも、幼いころから周りの大人たちに言われれば出歩こうなんて気は起きない。


 誰もいないと思ってしまいそうなほど、静寂に包まれた町。だが、そんな静寂を汚すように、民家の陰に隠れるようにして何人かの人間がコソコソと不審な動きをしている。

 誰も見てないと思っているのか。周りの様子をうかがっているようにはしていても、軽くとりあえず見ているという感じだ。


 バカな奴らめ。クティトは心の中でほくそ笑む。体が疼く。


――悪魔を殺せ。殺せ。殺して殺し尽くせ。それがお前の役目だ。


 心臓の奥底からそんな自分の声が低く響く。返事がわりに息を吐きだす。あぁわかっているとも。クティトは青色の瞳を細めると、屋根を軽く蹴った。









 物陰から街の様子を伺う。やはり、もうすぐ自分たちの時間が来るとだけあって、人の気配は全くない。明かりのついた家々からは、話し声や笑い声といったものはかすかに聞こえるが、それだけだ。

 思わず笑みがこぼれそうになって即座に口元を抑える。やっと、だ。ずっと憧れていた世界。男は、子どものように走り出したい気分だった。


「おい、楽しくなるのはわかるがあんまりはしゃぐなよ」

「そうだぞ」


 その声に振り向く。二人の男は目深に被ったローブの奥で男を咎めるような、鋭い視線を向けていた。が、男は知っている。その瞳の奥に“自分たちも同じような気持ちだ”と言っていることを。


「あぁ、すまない」


 にやけ面は直らない。男は少しだけ申し訳なく思いつつも、念願の幽刻を全体で感じ取るように腕を大きく広げた。今はまだ、こうしてコソコソと行動することもあるだろう。だが、いつの日か、大手を振って歩いてやる。


 ひゅう、と冷たい風が頬を撫で背中を押す。世界までもが祝福してくれているのだ。この一歩を。男はにやりと笑ったその時――


「随分と楽しそうじゃん」


 この場では場違いなほどに幼い声が聞こえた。男はびくりと肩を跳ねさせ振り向いて――自分の行動に酷く後悔することとなった。

 なぜなら、そこには先ほどまで喋っていたはずの仲間が血まみれで倒れていたからだ。地面を真っ赤に染めるほどの血液が暗がりでもはっきり見て取れる。あの二人が生きていないことは明白だ。


「お、お前は……誰だ……っ!」


 突き刺すような冷気と血の匂いのせいか、鼻の奥が酷く痛い。ズキズキとするそれに男は顔を歪め、二人の死体のちょうど間に立つ人影へと、懐から取り出したナイフの先を向ける。

 赤いベールがナイフを淡い赤色へと煌めかせる。暗がりの人影は、男の息を呑む声に反応したかのように、ゆっくりと振り返った。


「――ひっ」


 暗闇すら跳ね返すほどの純白の毛並み。ゆらりと頭部に生えている三角の耳がピクリと動き、背中から見えている尻尾が揺れれば冷気がふわりとこちらに流れてくる。

 赤いベールを避けるように、陰に佇んだそれの両手は何かを持っているらしく、ポタリ、ポタリ、と血が滴っていた。男はそれを見た瞬間、小さく悲鳴を上げる。


 あいつが持っているのは、人間の心臓だ。


 なぜそう理解できたのか。それは、薄い月明かりに照らされたその手の中では、ドクン、ドクン、とソレが動き続けていたからだ。

 まだ、自分が死んだことを理解できていないのか、脈打ち、血を外へと送り出し、もう戻ってこない血を受け入れようとしている。


「お、お前……! な、なんなんだ! ハンターか! お、俺らを殺しに来たのか……!」


 やっと出た声は極度の緊張で掠れ震えていた。が、静かすぎる空間では十分すぎる声量だ。少女――クティトは青い瞳をわずかに細めると、手に持っていた心臓を投げ捨てる。

 放物線を描き地面へと落ちたそれは、パリン、とガラス細工でも落としたかのように粉々に砕け散り、跡形もなく消え去ってしまう。


 男は自然とその光景を目で追ってしまう。だが、それはこの状況において間違いである。


 ハッと男が目線を上げたその時、男の後頭部に強い衝撃が走る。


「――がっ」


 意識が飛ばない程度に加減されたそれに、男は思わずその場に両ひざをつく。そこを狙ったようにいつの間にか、背後に立っていたクティトは背中を蹴り飛ばし、地面へと転がった男の背中に氷でできた槍を突き刺した。

 男は口を大きく開き、その痛みに叫び声を上げようとする。が、それは許されない。


「叫んでいいなんて誰が言った?」


 後頭部にかかとを落とされ、その衝撃で男の顔が地面へとめり込む。くぐもった叫び声が地面に吸い込まれていく。クティトはそれを見下ろしながら足を退かし、男の髪をつかみ上げた。


「お前らはどこから来た?」


 突き刺すような冷気が言葉となって鼓膜を凍り付かせる。男は痛みに顔を歪めながら、ペッと口の中にたまった血を唾液と共に吐き出す。


「言う、わけ、ねぇだろ……協会の犬ごときに……!」


 歯を剥き出しにそう言った男。クティトは無表情にその男を見ながら――男の右肩から先を()()()()()

 ブチリ、という音が響き、男の右肩から先をクティトは男の目の前へと見せつけるように落とす。血も出ず地面へと当たると同時にそれは先ほどの心臓同様に、パリン、と軽い音を立てて砕け散り、破片一つ残さず消えていく。

 噴き出した血飛沫は、あたりの冷気で凍り付き深紅の雪が降る。それは、はらり、はらりと舞って跡形もなく消えていく。


「え、あ、なにが……」


 男は状況が理解できず、困惑の声を漏らす。だが、すぐに痛みに悲鳴を上げる。その前に、また、クティトは男の顔を地面へと押し込め悲鳴が響かないようにする。


「で、お前らはどこから来た?」


 もう一度、髪をつかみ上げ質問をする。痛みから意識を戻した男は口を引き締め首を横に振る。どうやら答える気はないようだ。

 健気なものだ。その口の堅さは褒めるに値する。が、クティトを不快にする以外に意味はない。ため息を吐き、仕方なく、男の左肩から先を引き抜き地面へと投げ捨てる。そして、痛みに叫ぶ前に後頭部をつかみ、再び地面へと叩き付ける。

 パラパラと折れた歯が転がり、額の骨にヒビが入った男の口からは泣き声交じりのうめき声と血が吐き出された。クティトはもう一度、男の髪をつかみ上げた。


「お前はどこから来た」


 男はゾッとした表情でクティトを見る。ゴポっと口から血混じった唾液が零れる。痛みが意識を飛ばす代わりに涙を流せと指示しているのか、ぼろぼろと涙が流れ、視界がかすんでいた。


「はっ、ぜってぇ……言わねぇよ!」


 男は痛みと反撃のできない自分への情けなさに支配されながらも、憎悪の篭った眼光で光のない冷たい青い瞳を睨む。感情なんて宿っていないと思わせる無表情はただ男を見ている。

 どうせ殺されるのだから、最後に唾の一つでも吐き掛けてやる。男はそう考えやすぐに掠れ声で、“最後の言葉”を紡ぐ。


「俺たちをどうにかしたところで、運命は変わらないぞ。あのお方が必ず、お前ら協会の犬共を殺してくださるのだからなぁッ!」


 血混じった唾をクティトの顔をへと吐き掛ける。侮辱と怒りに染められたそれは、彼女の顔へと張り付く前に凍り付き砕け散ってしまう。と、同時に男は自分の体に違和感を感じる。


 冷たい何かが体の中に入り込んだような。そんな気持ちの悪い感覚。


 男はその感覚を最後に意識を永遠の暗闇へと落としてしまうのだった。




 パラパラと凍り付き、砕けていく男たちの死体。クティトは引き抜いた心臓を握り潰すと、キラキラと消えていくそれも振り払うように捨てる。周りに流れていた血や体についた血も消せば、彼らの痕跡はもう何もない。

 クティトはグッとこぶしを握り締め、フッと力を抜く。


「やっぱり、いつもより魔力の流れが悪い」


 心臓に手を当てて空を見る。紅い月がこちらを……世界を睨んでいる。クティトは睨み返すように瞳を細める。


「……一応聞いてみるか」


 そう小さくつぶやいたクティトは屋根へと飛び乗り、ミューリスの元へと二戸飛ばしで向かうのだった。

 




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