6ノック どうして、あの子だけ
ミューリスとクティトの二人は、家の中へと招かれ、真正面に座る夫婦へと事情を説明した。事前に、チャイルが話しておいてくれたおかげで、夫婦はすんなりとミューリスたちを信用した。
悲しい空気が部屋の中に満ちており、その中には恐怖も混じっているようにも感じられたミューリスは表情を暗くする。
「では、改めて教会からやってきましたミューリスと」
「クティト」
椅子へと座り二人が自己紹介する。夫婦は頷く。妻はミオル。夫の方はラークと名乗った。
「本日はありがとうございます。お話を聞いてもよろしいですか?」
「えぇ」
妻は見ているこちらが気の毒に思うほど、消沈した様子で頷く。夫の方も同様の面持ちで瞳を僅かに伏せている。二人を早く休ませるためにも、あまり長居はしない方がいいのかもしれないなとミューリスは考える。
「では、早速。お二人のお子さんの目が見えなくなってしまったのはいつ頃からでしょうか?」
早速本題から入ると、表情強張らせつつも二人はぽつりぽつりと、話し始めた。
「つい、三日前のことです。お友達とお泊り会をしていた次の日に……っ」
思い出すのもツラいようだ。両手で口を覆い始めた妻の言葉に続けるように、夫が口を開く。
「……朝になっても誰も起きてこないから不思議に思って部屋に行ったんです……そしたら……友達とベッドの上で抱きあって震えていて。どうしたんだと聞いたら――娘が“朝が来ないの”、と……!」
その時の衝撃を今起こったかのように思いだせるのだろう。言葉は悲痛に満ちて、ミューリスの心は痛みと苦しみを訴える。夫婦は互いの手をギュッと握り締めている。それは微かに震えていた。
「最近、噂になっている奇病だとすぐに思い、お医者様に見せました……でもやっぱり、他の子たち同様に原因は不明。悪霊かもしれないと神父様は色々と手を尽くしてくれたがやっぱりダメで……」
歯の隙間から吐き出すような言葉。
「娘さんのお友達が泊まりに来るというのはよくあることなのでしょうか?」
ミューリスが表情を和らめ、そう訊くと二人は頷く。
「えぇ、他の二人――トリンとキヤという子たちとは月一回程度、それぞれの家で泊まることがあります」
「いいですね。私も子どもの頃、仲のいい子とお泊りをしていました」
懐かしむように目を細めれば、二人は強張った表情をほんの少しだけ緩める。だが、それもほんの一瞬。すぐに、また表情に暗い影が射し込む。
「特に変わったことなどはありませんでしたか?」
二人は思い出すように顔を見合わせ、同時に横に振った。
「いえ、特には」
「いつも通りでした」
二人がそう答えたその時だ、ずっと黙っていたクティトが口を開く。
「友達もみんな目が見えなくなったの?」
その淡々とした口調に、夫の方は一瞬だけその視線を鋭くしたが、すぐに首を横に振った。
「いいえ、目が見えなくなったのは……うちの子だけです」
「そう。その子は?」
「……二階にあの子の部屋があるので、そこにいます。目が見えなくなってからは、部屋にずっと篭りっきりで……」
クティトはチラリと上へと続く階段を見た後、ミューリスへと視線だけ向ける。その視線が“会いに行け”と言っているのは明白。ミューリスは小さく頷くと、真剣な眼差しで夫婦を見つめた。
「……お子さんに話を聞いてもいいですか?」
二階へと通された二人。廊下の一番奥の扉には、レミラと書かれたピンクの札がかかっている。一応、先に両親たちに声をかけて貰ったが、残念ながら返事はなかった。そんな両親は心配そうに二人を見ており、クティトはドアの横の壁に背を預け、ジッとしている。
突然来た人間の言葉に答えてくれるだろうか。そんな不安を感じ、ミューリスは無意識にペンダントの十字架を軽く握ると、ドアをノックした。軽い音が響き、中から微かではあれど物音が聞こえた。
「だれ……?」
ドアの向こうからはか細く震えた少女の声が返って来る。彼女自身を見なくとも声だけで酷く怯えているとわかる。申し訳ない気持ちに包まれつつも、ミューリスはドアに手を当て、微笑みを浮かべる。
「こんにちは。私は教会からやって来たミューリスと言います。実はレミラさんとお話をしたいなと思ってここに来ました」
「は、話すことない……! か、帰って」
間髪入れずに帰ってくる答えと共に、怯えた空気がドアの隙間から流れ出し、ミューリスの体を包む。強い拒絶の中から這い出るように、怖くて怖くてたまらないというそんな空気。ミューリスはドアに額を当てて、そっと語り掛ける。
ここまで怯えるということはそれほどのことがあったのかもしれない。このままにしておいてあげた方がいいのでは……そんな考えが浮かぶ。
だがダメだ。心の奥底深くにいる自分が頭を振り、叱咤する。これ以上、彼女のような子どもたちや、それを見て悲しむ家族を増やすわけにはいかないのだから。
「何でもいいんです。どうか、知っていることを教えてはくれませんか? 大丈夫。貴女がどんな事を話そうと、私は全て信じます」
カタン、とドアの向こうで物音がする。だが、返事はなかった。ミューリスは暫くドアに額をつけ、彼女が話してくれるまで待ってみたが、やはり彼女が話す気配は無かった。近くにいる気配もない。もしかしたら、部屋の奥に引っ込んでしまったのかもしれない。
ミューリスはドアから離れる。その際に「また、来ます」とだけ添えて。
「ありがとうございました。なにかわかれば、すぐに連絡します」
両親の方へと振り向き、深々と頭を下げたミューリスは、ちらりとドアを一瞥すると、少し声を潜めて言葉を続けた。
「彼女……レミラさんはとても怯えています。ですので、できるだけ近くにいてあげてください。声もたくさんかけて、近くにちゃんといるということをちゃんと教えてあげてください」
ほのかに笑いかければ、二人は大きく頷いた。
家を後にし、二人は近くの公園へとやってきていた。高かった太陽はゆっくりと帰り支度を始めている。ベンチに腰掛け、ミューリスは、ただ沈もうとしている太陽と影が差し始める街並みを眺める。
なにもわからない。本当であれば、もっと話して少しでも情報を手に入れなければいけないのに……彼らの“悲しい、ツラい、聞かないで”という空気をビリビリと感じ取ってしまったせいで、うまく話せなかった。
「すみませんでした……私、もっと話をして情報を手に入れなければいけないのに……」
街並みから足元へと顔を動かしたミューリス。怖くて隣は見れなかった。
「別に、気にしなくていい」
暫くして帰ってきた言葉はそんな一言。ミューリスはゆるゆると顔を上げて、クティトを見る。彼女は変わらずの表情で町を眺めていた。その横顔から冷たさは感じられない。
「アンタのペースでいけばいい。早く解決するっていうのはとても大切だけど、ゆっくりやって確実に解決するっていうのも大切だから」
淡々としているが、ふわりと辺りの空気が柔らむ。ミューリスは自然と笑みを浮かべていた。
「ありがとうございます」
「ん」
僅かな静寂が二人を包む。ミューリスは今の空気がとても心地よかった。ミューリスはもう少しその空気に包まれたいなと思ったが、すぐに気を取り直して閉じた口を開く。
「……クティトさん。レミラさんの家ではなにかありましたか?」
「いや、特に何も。ただ、悪霊のニオイは微かだけどした」
「――! では、やはり」
「断言はできない」
ミューリスは、ギュッと拳を握る。クティトはそれをチラリと見る。
「明日、今日行った家に泊ってたっていう子どもたちの家に行ってみようか。聞いてあるんでしょ?」
そう言われ、ミューリスはポケットからメモ用紙を取り出す。そこには、三日前レミラの家へと泊まった二人の住所が書かれている。家を出る前に聞いておいたものだ。
「はい、聞いてあります」
「そう」
また、静寂が二人を包む。子どもたちの多くが、盲目となり外へ出るのも一苦労だという今、公園で遊ぼうなんて者はいない。加えて、もうすぐ幽刻がやってくる。特別な用事でもない限り、よい子はもう帰る時間である。
そろそろ、宿泊予定である宿へと向かおうか。ミューリスは沈み始めるソレを見ながらぼんやりと考える。
「クティトさん、そろそろ――っ!?」
声をかけたその時、クティトはミューリスの口を手で塞ぐ。ひんやりとした手に心臓がビクリと跳ねる。どうしたのかという視線を向ければ、クティトは耳元に口を寄せ「静かにしてて」と囁く。彼女の声が耳を震わせる。
「な、なにを……っ」
「顔はこのまま」
囁きと共に口を抑えた手が頬へと伸ばされ、そっと向きを変えられる。クティトと向き合うこととなったミューリスは自分の脈が速くなったのがわかった。端整な顔が間近にある。お互いの吐息だって届く。が、それに意識を取られている時間はほんの数秒も許されない。
「あそこにいるやつ見て」
見つめ合う姿勢のまま、視線だけ動かす。公園の外には誰もいないはずだった。が、それは間違いだった。
視線を向けたその先――公園の外に立ち並ぶ民家の影に隠れるようにして、人影がきょろきょろと辺りの様子をうかがっていた。
闇に紛れるようにして、模様すらない漆黒のローブを身に纏ったそれは、明らかに怪しい。ミューリスは目線を動かし、クティトを見る。夕日に照らされ、宝石のような輝きを放つ彼女の茶色の瞳にミューリスの顔が反射している。
困惑を浮かべた顔。クティトは、僅かに瞳を細めて、そんなミューリスの僅かに揺れる瞳を射抜く。心臓を撫でる冷たい風にミューリスはゴクリと息を呑む。
「すごく怪しくない? どうする?」
ギラりと彼女の宝石のような瞳が煌めく。獲物を見つけた狼を思い起こさせるほどの鋭さと力強さ。一見、気高くも見えるソレは、どこか恐ろしくも見えた。
ミューリスは視線だけ空に向けた。夕日はゆっくりと沈む。紅い月が我が物顔で姿を現し、世界を紅いベール包むのも時間の問題だ。ミューリスは逡巡することなく――
「動いたらこっそり後をつけましょう」
町の中であれば、幽刻が来ても町の外よりは平気だろう。それに自分たちはハンターだ。なんとかできる可能性もある。まぁ、それでもダメであれば教会へと逃げ込めばいいのだ。
その前に、恐ろしく強い彼女がどうにかしてしまうかもしれないが……ミューリスは心の片隅に浮かぶ“もしも”を警戒しなければと強く思った。
そして……思い違いであればいいなという思いを少しだけ、握り締めた。
視界の端で、民家の影からそれは身体を出し、歩き出す。クティトも気付いている。軽く瞳を細め、顎をしゃくる。
「行こうか」
「はい」
二人はソレの姿と足音が小さくなると、頷き合い忍び足で後を追うのだった。
幽刻を知らせる鐘が鳴っている。重たく響く音と共に、町がより一層の静けさに包まれていく。二人は前を歩く怪しい人物に気付かれないよう、十分距離を取り、足音を殺して後を追う。
キョロキョロと辺りをしきりに気にしていたが、鐘がなると同時にその人物は警戒するのをやめたかのように、軽い足取りで歩く。
ひゅう、ひゅう、と冷たい風が吹いている。夜がやって来るぞ、早く家に帰れ。そう世界に言われているようにも感じたミューリス。だが、まだ帰れない。オレンジ色がかった影は徐々に紅く色付いていき、夜が忍び寄ろうとしている。
どこまで行くのだろう。そう考えた時、それはとある家の前で立ち止まる。目的地に着いたのだろうか。二人は物陰に隠れ様子をうかがう。
その人物は、うろうろと家を伺うように歩き回っている。時折、窓から中を覗こうとしている様子もうかがえる。もちろん、カーテンは閉まっているために中は見えないだろう。
ミューリスは幽刻とはいえ、“まだ人々は起きているのに随分と大胆なことをするもんだと”、その人物の度胸に薄気味悪さを感じた。
「なにをしているのでしょうか」
「さぁ。でも、きっとろくな事じゃないね」
声を抑えて二人は会話する。その間も、その人物はウロウロと家の周りを見ている。だが、不意にドアの前でしゃがみ込む。背中をこちらに向けているために何をしているのかは不明だ。
すぐにその人物は立ち上がり、軽く辺りを見回したのち家から離れる。二人はそれが十分離れたのを確認すると、素早く何かをしていた家へと向かう。
「ここら辺で何かしていましたよね。一体何を……ク、クティトさん」
「なに」
クティトはミューリスの指さす方へと顔を向ける。そこには、乳白色の破片が転がっていた。バラバラに砕かれたそれは――女神像であった。




