表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔殺しの猟犬  作者: 鮫トラ
第一章 命の首輪
2/21

一匹目 花占い

 

 ケウラル大陸と呼ばれる三つ並んだ大陸の真ん中に位置するここは、三大陸の中で二番目に大きい。そして、そのケウラルのちょうど真ん中であり、一番大きな町――ホルプス。

 町の中心ともあり、いつもお祭りなのかと勘違いするほど、人々で溢れかえっていた。


 その町の中でも一際大きな建物。ホルプス教会またはケウラル協会本部と呼ばれるここでは、多くの信徒や市民たちが、今日はいつもより多くやってきていた。

 それは、協会で行われる“女神のお言葉”を聞くとためである。世界を導き温かく見守る彼女の言葉を、一言でも聞くために長蛇の列ができており、いつもより騒がしい。

 そんな、長い、長い列の最後尾で誘導する一人の女性――ミューリス・イーデンはあまりの忙しさに目が回ってしまいそうだった。


「もうすぐ、扉が開きます。こちらから指示を出しますので、どうぞ止まってお待ちください! 前の人のことを押さないようにお願いします!」


 普段張り上げない声を頑張って張り上げても、人々にはあまり聞こえていないようだ。まぁ、今日ばかりは仕方ないとしか言えない。

 ミューリスは人々を誘導しながら、ふぅと小さく息を吐き出す。それにしても、今回はいつもより人が多い。務める協会は大陸中にある街や村にはだいたい一つずつあり、女神の言葉はそういった支部の方でも聞くことはできる。

 だから、無理にここに来る必要はないが、やはり、ここ本部で聞くことに意味がある、という人は多い。ミューリスも実はそう言う人間だったりするので、気持ちはわかる。


「……やっぱり、聞くなら本部ですよね。……でも、凄いな……前日に教会から“花占い”があると突然告知したのにも関わらず、こんなにたくさんの人が集まるんですから。やはり、女神の言葉をみんな待ち望んでいるということですよね」


 そう言って額に浮かんだ汗をハンカチで拭う。ミューリスはこんなに女神を信じる人たちがいて嬉しかった。

 今日は教会のイベントの中でも一番重要でもある女神の言葉が発表される日――花占いが行われる日だ。


 花占いとは、女神を崇拝する人間たちにとってとても大事な日だ。女神がこの大陸全ての協会にいる聖女や神父へとお告げをする。そして、それを聞いた聖職者たちは信者たちへとその言葉を一言一句たがわずに伝える。

 まぁ、言われることは大抵毎回同じようなものが多く、大雨に気を付けろだのといった天災に関しての事柄が多い。だが、そのお告げは必ず当たるので、信者のみだけではなく、天候に左右される職に就いている農夫や漁師なども聞きに来る。


「今回のお告げはどういったものなのでしょうか」


 ミューリスは来ている人たちが全員、お告げの行われる部屋へと入ったのを確認すると、音を立てないように静かに扉を閉める。少しガタが来ている扉は予想以上に大きな音がして思わず心臓が跳ねる。が、それを気にしたのは彼女だけだったようだ。


 ミューリスはふぅ、ともう一度息を吐き出して水分補給でもしようかなと考えたその時。


「ミューリス、お疲れ様」

「あ、サマンサさん! お、お疲れ様です!」


 自分の上司でもあるサマンサに背後から声をかけられたミューリスは弾かれるように振り返り、頭を下げる。その素早い動きにサマンサはクスリと呆れ交じりに苦笑を浮かべた。


「いつも言っているけれど、そんなに毎回畏まらなくていいわよ。私は貴女の上司だけれど、そこまでされるほど偉くないし、同じ協会で働く仲間なんだから」


 その言葉にミューリスは恐る恐るといった感じに頭を上げる。だが、その表情はまるで肉食獣を目の前にしている草食動物のようだ。憧れの存在から“仲間”と言われて天にも昇れそうな気分だが、相手はミューリスが存在する所属する事務員ことデスクでは一番地位が高く、次の聖女候補とも言われている人物である。

 そんな人を目の前にして堂々としているというのは、一年前に教会へと入った新人デスクのミューリスには無理な話だった。

 いつもと変わらないやり取り。サマンサは軽く肩を竦める。


「まぁ、それはそのうち慣れてくれればいいわ。……ミューリス、貴女に大事な話があるの」

「え、は、話……ですか……?」


 上司から大事な話。嫌な予感が思わず浮かんでしまったミューリスの表情が曇る。すると、サマンサは目元を細め、ミューリスの肩に手を置く。


「別にクビとかじゃないわよ。全く、心当たりがないのにビクビクするのは良くないわ。そんなんじゃ、意味もなく疑われてしまうんだから」

「は、はい……すみません」


 ポンポン、と肩を優しく叩くサマンサに、謝るミューリス。そんな彼女にサマンサは、困ったように眉尻を下げる。だが、ミューリスの曇った表情が直ることは無い。


「貴女の真面目さは評価しているけど、その弱気は困ったものね……っと、危ない危ない、お説教を始めちゃうところだったわ。ミューリス」

「は、はいっ」


 優し気な表情から一変、見たこともないほど真剣なサマンサの表情と声色にミューリスは下がりかかっていた顔を上げ、ピシッと背筋を伸ばす。


「少し、場所を移動しましょうか。そこで紹介したい人もいるから」

「は、はい……」


 背中を軽く押され、ミューリスは不思議と不安を顔に浮かべながら、サマンサの後へと着いてくのだった。













 会議室へとやった来た二人。あまり使われていないからなのか、少し埃っぽいニオイと寂しげな空気が漂う。サマンサは不快そうに眉を顰めると、軽く手を動かし漂う埃を払うような仕草を見せ、振り向く。


「ごめんなさいね、埃っぽくて。でも、ここなら、人もあまり寄り付かないから」


 そう言うと、サマンサは会議室の中央に鎮座する大きな机へと顔を向ける。何の変哲もない机にはなにも無く、ただうっすらと埃が溜まっているだけだ。

 ミューリスが首を傾げた時、サマンサは鋭い声を飛ばした。


「言われた通り連れて来たわよ。だから、早く出てきなさい」


 ミューリスは自分が言われたわけではないとわかっていつつも、ビクリとその声に驚き肩を跳ねさせる。それを知ってか知らずか、サマンサは横目でミューリスをチラリと一瞥した後、机へと視線を戻す。


 ミューリスも横目で彼女を見てから、倣うように視線を戻す。すると、いつの間にか、机の前には一人の女性が立っていた。

 ミューリスは大きく目を見開き、その女性を注視する。先ほどまではいなかったはずだ。こっそり入って来たにしても、ミューリスたちは入口に立っているのでそれは不可能だ。

 なのに、女性はまるでさっきからここにいたと言うように堂々と立っており、その口元には不敵な笑みが浮かんでいる。


 燃えるような真っ赤な長い髪に、同じく真っ赤に燃えるような鋭い瞳。軍服のような黒いコートを身に纏った女性にミューリスは見覚えがあった。だが、まるでライオンでも目の前にしているかのような、彼女から発せられる威圧感に委縮してしまい、うまく思い出せなかった。

 誰だったか、と考えていると、サマンサが呆れ顔で口を開く。


()()()()、いつも言っているでしょう。早めに来て待つのはいいけど、()()()に隠れるのはやめてって。私はともかく、彼女がビックリして固まってるじゃない」


 サマンサは顎をしゃくる。すると、赤髪の女性は一瞬呆気に取られた様な表情から、やがて口を開けて笑った。その豪快な笑い声に一気に現実へと引き戻されたミューリスは、意味もわからず再び固まってしまう。


「はっはっはっ! いやぁ、すまない。だが、こればっかりは直せないな。……さて、君がミューリスだな?」


 笑顔からスっと真剣な眼差しでミューリスを射抜くヘイカーと呼ばれた女性。その鋭い眼差しにドクンと心臓が跳ね、背中に冷たい汗が流れる。まるで、蛇に睨まれた蛙にでもなってしまったような気分だ。

 すると、サマンサが鋭い視線をヘイカーへと飛ばす。


「ヘイカー、顔が怖い」

「む、すまない。では、まずは自己紹介からいこうか。私はヘイカー。服装を見たら何となく想像できるかもしれんが、この教会所属の()()()()だ」

「ハンター……」


 ハンター――それは、この世界にいると言われている“悪魔”という存在を見つけ出し討伐する人たちのことを言う。まぁ、幽霊や悪魔と言った存在を信じない人間からしたら、なんとも怪しい職業ではある。

 それは、同じ協会に努めるデスクの人間もハンターに対して同じことを思っている者は多い。ハンターたちが来る前に依頼ボードへと依頼を張るので、殆どの職員がハンターとの交流は無い。その張る人間たちだって、新人ではなくベテランの職員ばかりなのだから余計に。

 加えて、協会に所属しているからと言って皆が皆、そういった超常的な存在を信じているかと言われたら違う。まぁ、普通に生きていたら、幽霊はともかく、悪魔なんてものに出会うことなんてないだろう。

 だが、何故か女神は信じられているわけだが。まぁ、そこは人間……自分に益のあるものだけを信じたいということだ。


 ミューリスは目の前にいるヘイカーをジッと見つめる。ハンターに階級があるというのは聞いたことがないが、上司であるサマンサと親しげな様子や、あのただならぬ雰囲気を見るかぎり、彼女はそれなりにすごい人なのだろう。

 ずっと、黙ったままでいるミューリスを不思議に思ったのか、ヘイカーが彼女の顔の前で軽く手を振る。ハッと気が付くと、ヘイカーは若干、心配そうな表情を見せた。


「もう一度、確認する。君が、ミューリス・イーデン。で、間違いないんだな?」


 真剣な突き刺すような眼差しにミューリスはコクンと頷く。隣を見れば、サマンサは気まずそうに瞳を伏せていた。いつも、凛とした表情でいる彼女しか見たことなかったミューリスは、その面持ちに自分はこれから何を言われるのだろうと不安になった。


「不安になるな、とは言わない。だが、これは決定事項であり、君は拒否できないということだけは伝えておく。まぁ、君のことは敬虔な信徒だと聞いているから無いとは思うが、もし、拒否するのなら――君にはこの教会を去ってもらう」

「えっ」


 ガツンと心臓を叩かれたような衝撃がミューリスの体を走り抜ける。“教会を去る”、それはせっかく手に入れた憧れの職を失うということ。

 家族は全員敬虔な女神の信徒で、今時珍しく、悪魔や幽霊といった超常的なものを信じている。そこに生まれたミューリスもまた、必然的に女神を信じ超常的なものも信じている。まぁ、見たことは無いが。

 そんな彼女だからこそ、協会で働きたいと願い、その為に努力もした。そして、一年前やっとそれが叶ったのに……ミューリスはギュッと唇を噛みしめ、下を向く。


「……ミューリス、そんな顔しない。とにかく、ヘイカーの話を聞いてからすべてを決めなさい」

「……はい」


 サマンサの優しい声にミューリスは顔を上げ、頷く。

 そうだ、よく考えてみれば、ヘイカーは決定事項を伝えに来ただけに過ぎない。ミューリスは後半の“去る”という言葉に意識を持って行かれてしまっていた。

 今にも泣きそうな顔でいるミューリスに、ヘイカーはスっと瞳を鋭くさせる。その視線はまるで鷹のような鋭さと気高さを持っていた。


「では、話してもいいか?」


 ミューリスが頷く。


「まず、今朝、女神のお告げである花占いが発表されたことはデスクである君なら知っているだろう。まぁ、いつもどおり色々とありがたいお告げがあったがそこは省く。そして、いくつもあるお告げの最後……とある二人の名前が出たんだ」


 ヘイカーは訝し気に口元を歪めると、ミューリスを見つめたまま言葉を続ける。


「その一人が、ミューリス、君だ」

「はい……?」


 ポカンと口を開けたミューリス。無理もない、地位の高いサマンサや他の上司たちの名前が呼ばれるならまだしも、ミューリスはまだ新人である。そんな彼女が女神のお告げに出てくるなど普通のことではない。絶対に考えられないことだ。

 目の前のヘイカーも少なからずミューリスと同じようなことを考えているのだろう。小さくため息を吐き出し、難しい顔のままだ。


「君が驚くのも無理は無い。聖女も何度も女神に確認したが、やはり、君の名前で間違いなかった。ミューリス、女神は君に――ハンターになれと告げた」

「……な、なぜ……私が……だって、私……戦えません。魔法なんか、初級魔法しか使えません! なのに、なぜ……っ」


 ミューリスは恐怖の混じった声色でそう言って俯く。無理もない。初級魔法とは、別名、“生活必需魔法”と呼ばれている。生きるためには絶対的に必要であり、誰でも使えるように改良された技術だ。もちろん、戦いなんかではてんで役に立たないものである。

 ミューリスはそれしかできない。剣術などと言った、戦う術と言うもの知らない。ずっと平和という日常で暮らしていたのだから。ヘイカーは小さく頷くと安心させるように、暗い表情で俯く彼女の肩へと手を置く。

 安心させるためにという配慮からきているとわかっていても、ミューリスはまったく安心できない。むしろ、不安が増した。


「ああ、それなら平気だ」

「え?」

「君は戦えなくてもいい。といったよりも、()()()()()()()()()


 再び、ポカンとした表情で顔上げたミューリス。ヘイカーの方が身長が高いので自然と見上げる形になり、見下ろすその威圧感が怖かった。ヘイカーはそんな彼女に少し不安を感じたのか、誤魔化すような苦笑を浮かべる。

 そして、ミューリスは気付かない。隣にいるサマンサが表情を強張らせたままでいることを。


「さっきも言ったな。君ともう一人が花占いに名前が出たと。君はそのもう一人と、一緒に指定された依頼をこなせばいい。君は戦わず、ただ、そのもう一人に守られ、戦う様子を見守るだけでいい」


 ミューリスは無言で頷くしかない。どう頑張っても、ハンターになるということは確定だ。せっかく手に入れた教会の一員という証を失いたくないミューリスは不安に押しつぶされそうになりながらも、グッと拳を握り締め、半ば睨むようにヘイカーを見つめる。

 きっと、もう不安で頭が可笑しくなってしまったのかもしれない。ヘイカーの顔を見ながら、“なんて、美人なんだろう”と考えてしまう。高めの身長に、視線は見た者を射殺してしまいそうなほどの迫力はあるが、その奥は焚き火のような温かさえ感じさせ、思わず魅入ってしまう。


「ヘイカーさん、私、ハンターになります」


 自分でも驚くくらいしっかりとした口調でそう言ったミューリス。その真剣で真っ直ぐな眼差しにヘイカーとサマンサの二人は驚いたように目を見張る。


「いいのか? 決定事項で、君が断れないとはわかっているが、ハンターというのは危険が付きものだ。正直言って、依頼によっては命がいくつあっても足りないないぞ?」


 サマンサも同意見だろう。不安げな視線をミューリスへと向けている。が、ミューリスは小さく息を吸い込む。


「平気……とは言えません。私に戦う力はありませんし、とても怖いです。ですが、それが女神の思し召しであれば、私は信徒の一人として従うだけですから」

「……そうか、わかった。私もできるだけサポートはするから、なにかあったらすぐに相談するようにしてくれ」

「ヘイカーに言うのが怖かったら私に言ってもいいからね」


 ヘイカーとサマンサの二人はそう言って優しい笑みを浮かべた。














 ミューリスはヘイカーに連れられ、暗い廊下を歩いてた。冷たく寂しい空気に満たされ少し息苦しく感じるここは、罪人などを裁判の間だけ預かる地下牢獄だ。どこからともなく冷たい風が流れ込んでいる。

 あることは知っていたが、来たことの無いミューリスはすっかりその雰囲気に飲まれかけてしまい、その表情は険しい。


「来たことないだろう。こんなじめじめとした場所など」

「は、はい……」

「まぁ、今日は罪人はいないらしいからのんびりとした気分で歩いてくれ」


 ミューリスは内心で“無理です、こんな恐ろしい場所”と答えた。


「君は、ハンターがどんなことをするか知っているか?」


 ミューリスは頷き、答える。


「は、はい。一応ですが……ハンターは悪魔を退治し、人々の悩みを解決する……と、聞きました」

「そうだな、まぁ一番はそれだ。私たちは悪魔や悪霊、人々に害をなすそれらを駆逐し、自分たちで解決できそうであれば、どんな人に対しても手を差し伸べる。……じゃあ、君は悪魔という存在を知っているか?」


 コツン、コツン、という足音が耳をすり抜けていく。


「……悪魔は、この世にいる物や人に取り憑き、悪さをする存在だと聞いています。そして、人々の魂を集め、この世と地獄を繋ぎ、世界を混沌へと陥れようとしていると……」

「そうだ、悪魔は人々を騙し傷つけ、時には操り、そうして魂を刈り取る。では、私たちが一番相手にするのは何だと思う?」


 ミューリスは質問の意味がイマイチ分からず首を傾げる。


「悪魔……では、ないのですか?」


 ハンターは悪魔を退治する。なら、悪魔を一番相手にするのが普通だろう。どうしてそんなことを聞くのかと考えていると、目の前から鼻で笑うような音が聞こえた。


「私も新人の頃そう思っていた。だが、実際は違う。私たちが一番相手にするのは悪魔や幽霊ではなく――悪魔信者と呼ばれる()()だ」


 温度を感じさせない声に小さく息を呑む。ヘイカーが前を歩いているせいで背中しか見えないため、どんな表情でいるのかはわからない。だが、彼女の体が強い怒りを体現していることはわかった。


「……君は、初めてそれと対峙した時、戸惑い疑問に思うだろう。だが、今から会うやつはソレラを見た瞬間、即座に殺すという選択肢を取る。彼女はそれに対して迷うこともなければ戸惑うこともない。そして、君はそれを止めてはならない」


 ヘイカーがとある扉の前で立ち止まる。鉄格子の部屋が並ぶ中で一つだけ頑丈そうな、窓もない鉄扉のあるそれは異様な雰囲気を放っている。

 他の牢屋よりも厳重に管理されているのか、いくつものカギと、誰も入れないというように鎖で封鎖されている。そして、ヘイカーはポケットから取り出した鍵束で、それを一つ一つ取り除いていく。

 ミューリスはこの部屋に一体どんな人物がいるのかとても不安になった。地下牢獄にいるということは罪人なのだろうか。だが、彼女は罪人はいないと言っていた。


「……ここにいるのはとある事情で、ここに入れられただけで、別に罪人というわけではない」


 ミューリスの心情を読み取ったようにヘイカーは呟く。


「だが、常人……とは言えない。……君はいわば……()()みたいなもんだ」

「く、くびわ……?」


 ガチャン、と最後の鎖が外され床に落ちる。ヘイカーがドアノブに手をかけたところで振り返る。その表情は形容しがたいものであった。悲しんでいるような、怒っているような、悔しがっているような、様々なものが入り混じっているようにミューリスには見えた。

 だが、そう見えたのは一瞬、見間違いと一蹴できてしまうぐらいだ。


「君は、この奥にいる猟犬……いや、()()を裏切ってはならないし、失望させてもいけない。もしそうなれば、君は死ぬだろう」


 ギィ、と重たい鉄扉が開く。うっすらと部屋から光が漏れだし、同時にヒンヤリとした冷たい風がミューリスの体を撫でる。うっすらと肌が粟立つ。

 ゴクリと生唾を飲み込む。扉が開かれ、ヘイカーがその中へと入って行く。続くようにミューリスも重たい足を引き上げ中へと入り――言葉を失った。


「久しぶりだな、クティト」


 ヘイカーがそう言って呼びかけたその視線の先には――一人の少女が無表情で椅子へと腰かけていた。

 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ