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悪魔殺しの猟犬  作者: 鮫トラ
第二章 見たのか? 見たんだろう?
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5ノック 第二の依頼




 アヴィスと別れ、二人は一番の目的でもある場所へとやって来た。

 ホルプスから近いということもあり、似たような街並みだ。落ち着いたレンガ調の建物が並び、コートを着た人がちらほらと歩いている。人の多さはホルプスの方が圧倒的に多いだろう。隣を歩くクティトはホルプスよりも静かなこの町の雰囲気が少し気に入ったのか、どことなく機嫌がよさそうに思えた。


「なに?」


 顔に出ていたらしい。わずかに瞳を細めたクティトはそう言って、一歩横に距離を取る。ミューリスはシュンとして、一歩横に距離を詰めた。冷たい視線がより冷たさを増した気がしたが、気にしない。そんな視線を向けつつも、彼女がこれ以上、距離を取るということはしないから。


 クティトはニコニコとしているミューリスを、暫く見つめていたが、次第に興味を失ったのか、前を向き歩き続ける。


 少し歩くと、露店が並ぶ道を二人は通る。果物を売るお店、魚を売るお店、アクセサリーのようなものを売る店など本当にたくさんのお店が並んでおり、果物屋さんの前を通れば、果物の香りが心地よい。ミューリスが横目でそれらを眺める。

 すると、それに気を取られていたせいで、石ころに躓いてしまう。


「――わっ」


 転ぶ。そう思った次の瞬間――ミューリスはグッと腰を引かれ、転ぶことはなかった。ふわりと甘い香りが一瞬、鼻を掠める。

 細くも力強い腰を支えてくれた腕がスルリと無くなれば、ミューリスは弾かれるように隣を向いた。

 誰が助けてくれたなんて、考えるまでもない。何しているんだという視線に晒されながらも、ミューリスは、パァッと感謝の眼差しで返す。


「クティトさん、ありがとうございます」

「ん。ちゃんと前向いてないと危ないよ」

「本当ですよね。すみません。……あれ? それ、いつの間に買ったんですか?」


 ミューリスが、クティトの持っている何かを指さす。甘い香りの正体はそれだった。もともと何個か刺さっていたのだろう。棒に丸いドーナツが一個刺さっており、それには、見ているだけで口の中が甘ったるくなりそうなほどの大量の砂糖がかけられている。それは、まるで雪玉のようにも見えてしまう。

 クティトは、「あぁ」と、最後の一個が刺さったソレを軽く振ってみせた。パラパラと、通り雪のように砂糖が落ちる。


「そこのお店で売ってたから買った」

「そ、そうなんですね。すごく甘そうですね」

「そうでもない」


 そう言ってパクリと、最後の一個を口の中へと放り込んだ彼女はどこか幸せそうだ。

 本当に甘いものが好きなのだろう。ミューリスは、そんな彼女の横顔に、ほんのりと温かい気持ちになった。


「なに?」


 口元を雑に拭ったクティトは、訝し気にミューリスを見る。また、顔に出てしまったのかと恥ずかしくなったが、へにゃりとミューリスは誤魔化す様に笑った。


「やっぱり、甘いもの好きなんですね」

「まぁね」


 そう答えた彼女はいつもより柔らかい空気を纏っている。表情はあまり変わらないが、ミューリスは彼女の纏う空気でなんとなく、彼女の今の気持ちがわかるようになってきていた。いつか、表情にもその感情を出してくれるだろうか。


「クティトさん。今度、教会近くのカフェにでも行きませんか?」


 ミューリスは「そこのスイーツがとても美味しんです」と付け加える。クティトは、もう何も刺さっていない串を初級魔法で燃やすと、その灰を払う。風に連れ去られあっという間に消えて見えなくなるそれを眺めながら――


「まぁ、考えとく」


 その返事に、ミューリスは元気よく「はいっ」と無邪気に返した。クティトの瞳に僅かに影が差していることも気付かずに。







 露店通りを抜け、協会へとたどり着いた二人。本部でもあるホルプスよりかはどうしても質素な感じに見える。だが、故郷の協会とどこか似た雰囲気のそれにミューリスは少し懐かしい気持ちになった。

 大きな扉に付いたノッカーで叩く。するとすぐに、デスクの女性が姿を現す。ミューリスがハンターであることを伝えると、中へと通されれば、すぐにこの教会で神父を務める男性が出迎えた。二人を見るなり、安心したような……だが、ほんの少し不安を帯びた雰囲気で足早に近づく。


「連絡は聞いています。わざわざありがとうございます。私は、ここの神父を任されている――チャイルといいます。ミューリスさんと、クティトさん、ですね?」


 目元に皺を作り、温厚そうな笑顔でいる彼は農場でのんびりと歩く羊を連想させる。ミューリスも口角を上げると、頭を下げる。


「はい。私がミューリスで、隣にいるのが」

「クティト」


 いつも通りぶっきらぼうにクティトは言う。そして、チャイルを一瞥した後、背後の女神像へと視線を向けた。チャイルは一瞬だけ、悲し気に眉尻を下げる。その様はまるで手のかかる孫でも見ているかのようにも思える。が、そう言った態度には慣れているらしい。すぐに元の温厚なものへと戻し、ゆっくりと頷く。

 チャイルは二人に長椅子へと座るように促すと、自分も向かいへと座り両手を組んだ。その様子はひどく疲れているように見えた。


「大丈夫ですか?」

「えぇ」


 眉尻を下げ、ミューリスはそっとチャイルの肩に触れる。すると、彼は軽く首を横に振って笑みを見せた後、ゆっくりと重々しく話し始めた。


「……最近、この町では()()が流行っているのです……」

「奇病……それは、依頼書に書いてあった“目の見えない子どもたち”と関係がある物ですね」

「えぇ、そうです」


 少し前のめりになってミューリスはそう聞き返す。クティトは背もたれに体を預けたまま、チャイルをじっと見つめている。

 チャイルはそんな、クティトの眼差しに居心地を悪そうにしながらも、力強く頷き、二人を見つめ返す。


「事の始まりは、つい先月辺りからです。ある日、何人もの子どもたちの――目が見えなくなったのです。なんの前触れもなく、突然」


 吐き出すような重たい声が床に落ち、消えていく。ミューリスは彼の纏う空気に、先ほどもより暗い影が射し込んだようにも思え、その表情を硬くした。クティトは変わらず、ジッと彼を見つめている。


「子どもの両親たちは、急いで医者へと連れて行きましたが、これといって異常は見つからず原因も不明……だが、目が見えなくなる子どもは増える一方」


 チャイルはグッと組んだ手に力を込め、噛みしめるように言葉を続ける。


「信者たちの間では悪魔の仕業ではないかという噂も流れており、現にこの教会にも訪れた方は多い。子どもたちから嫌な気配を感じた私は、悪魔ではなく()()に取り憑かれたのではと思い、色々な方法は試しましたが……意味はありませんでした」

「チャイルさん……」


 その言葉から彼の、苦しみとやり切れない思いが伝わって来る。助けたいのに、何もできなかった。そんな感情がまるで風に乗って来るかのように肌を撫で、ミューリスの心へと沈んでいく。ミューリスはそんな彼から伝わる苦しみを耐えるようにキュッと、小さく拳を作った。

 チャイルは、そんなミューリスの反応に気付くと、安心するように目元を細め、クティトとミューリスを見回す。


「こんな、力もない私ではもう手には負えない……お願いします。この町の子どもたちを……どうか、お救いください」


 彼の声は微かに震えていた。ミューリスは横へと顔を向ける。クティトは、ミューリスの視線に頷き応える。


「ホルプスのハンターとして全力を尽くします」


 ミューリスの力の篭った重い声に、チャイルは「お願いします」と返した。









 教会を後にした二人は、チャイルに教えてもらったとある家族の元へと向かっていた。悲しいことに、信者たちの子どもも盲目になった子が何人かいるらしく、そのうちの一人に会いに行ってはどうかというチャイルの勧めで二人は行くことにしたのだ。

 ミューリスは、少し前を歩くクティトを見ながら考える。もし、また悪魔の仕業だったら……と。もしそうだったら、自分は戦えるのか……そっと、コートのポケットに手を入れ、その中にあるソレにそっと指先を当てる。


――カチャリと、冷たい鉄の感触がちゃんとそこにはあった。


 大丈夫、戦う術はあるのだ。その為に訓練もした。まだ、足りないぐらいだがそれでも、以前のように何もできないということはないはずだ、抗う力は持っているんだ。どんな相手であろうと、人々を苦しめる存在を許してはならない。ミューリスは小さく深呼吸を繰り返す。大丈夫、怖くない。

 

「チャイルさんは悪霊と言っていましたが今回も……悪魔なのでしょうか」


 ミューリスは小さく呟くように聞く。クティトは振り向かず答える。


「さぁ、どうだろうね。ただ、私の経験からすると、多分彼の言う通り――悪霊だろうね」

「悪霊……ですか」


 悪霊――強い未練や恨みや怒りなどによってこの世に長く居続けた結果、人々に悪さをする魂のことを総称してそう呼んでいる。

 通常、この世の生き物は死ぬと魂は女神の導きによって天へと運ばれる。そして、そこでゆっくりと自分と向き合いながら次の生が来るまで待つ。だが、心残りがあったりすると魂が導きを断ることがある。そして、長い時間、未練を解消できず、ただ無意味に彷徨いこの世に居続けた魂は最終的に悪霊となってしまう。

 それが、ミューリスが知っている一般知識だ。学生時代にそれを聞いて、先生の話し方がとても怖かったことを思い出す。


「……悪霊だった場合、どうするのですか……?」

「悪魔同様にやるだけ」


 心臓を握りつぶしたクティトの姿が脳裏に浮かぶ。叫び声を上げる悪魔の声も同時に再生され、僅かに体が震えた。


「確か……救いよ(アーク)でしたっけ……」


 窺うようにそう訊くと、クティトは肩越しに振り向く。その茶色の瞳が“知っていたのか”と言いたげにも感じたミューリスは、合っていたと安心する。


「……アンタといた、あの女の人に聞いたの?」


 コクリと頷く。あの時、悪魔を倒した時に発したあの技。クティトの氷のような魔力とは全く質の異なるあれ――救いよ(アーク)と呼ばれる物だとサマンサに教えてもらっていた。

 一時的に女神の神聖な魔力を体に宿し、その魔力で悪魔の邪悪な魔力を浄化し消し去るものらしい。それを使うには、強い信仰心が必要と知ったミューリスは、彼女も女神の信徒なのだと知って嬉しくなった。


「女神が大好きなアンタはいつか使えるようになるかもね」

「私にも使えるのですか?」


 ミューリスはてっきり、使えないものだと思っていた。女神の魔力を借りるのだから。だが、クティトはなんでもないかのように頷く。


「使えるよ。まぁ、そのためにはもっと経験を積んで魔法という存在を知らないとダメだろうけど」


 父親に手を引かれながら、おぼつかない足取りで歩く子どもが二人の横を通り過ぎる。ミューリスは、気付けばひきつけられるように自然と目で追っていた。

 子どもの目には布が巻かれていた。疲れたような暗い表情でいながらも、父親は子どもが転ばないかとハラハラした様子で、子どもと前方を交互に見ながら歩いていく。

 ふと、前を見れば、クティトはその親子をじっと見つめていた。見えなくなるまでずっと。クティトを取り巻く空気がどこか寂しげに感じられたミューリス。


「なんか、違和感がある。おかしなニオイがする」


 だが、クティトのそんな一言によってミューリスは、気持ちを依頼へと戻す。


「おかしな……ニオイですか?」

「そう。薬品のニオイがするから病院帰りかなって思うんだけど……なんだろう」


 病院帰り。ミューリスは、瞳を伏せ、親子が歩いて行った道を見る。


「もしかして、例の子どもたちでしょうか……」

「かもね」


 よく周りを見れば、先ほどの子どもと同じような布を目元に巻いている子どもが、何人か歩いている。皆一様に、両親に手を引かれおぼつかない足取りで歩いている。

 シンとした悲しい空気が肌から心の中へと染み込んでくる。ミューリスは、そっと胸元に下げた十字架のペンダントをギュッと握った。


「行こうか」

「はい」


 ミューリスは、町からほのかに漂う悲しみの空気に押し出されるように、先を歩くクティトを追いかけた。




「ここだね」


 クティトは目的地である民家のドアの前で立ち止まると、振り返る。茶色の大きな瞳がじっとミューリスを見上げている。

 まだ沈む気配のない太陽がクティトを照らす。その眩しさにミューリスはわずかに眉を顰める。クティトは軽く顎をしゃくると、ミューリスは頷く。

 ドアの横にはかわいらしい花が咲き誇る植木鉢が置かれていた。そして、その隣には石でできた小さな女神像がコチラを見上げ微笑んでいる。

 ドアへと視線を戻す。少し古びた十字架の隣に掲げられた、真新しい銀色に輝く大きな十字架が、二人の顔を映し、太陽の光を反射し光の帯を宙に描いている。


 ミューリスは、小さく息を吐き出すと扉をノックした。


 

 


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