3ノック 人間なら勝てるでしょ
瓦礫と死体が転がる廃村。ミューリスはその光景に強張った表情をより一層硬くし、クティトへと一歩近づく。アヴィスはただ、無言で瓦礫と死体を眺めている。
濃密な死のニオイが体を貫く。ミューリスはできるだけその匂いを嗅いでしまわないように、ゆっくりと呼吸を繰り返す。
「ここが……盗賊の根城……なのでしょうか。ですが、ここで亡くなっているのは……」
あまり手入れのされていない武器を握った男たちの死体。一様に彼らの顔や体には、刺青のような物が刻まれている。ミューリスは先ほどの二人の男たちにも、刺青が刻まれていたことを思い出しながら、そう言うと、クティトは頷く。
「こっちが来る前に誰かが盗賊退治しちゃったんだろうね」
「憲兵の方たちでしょうか」
「――それはありませんね」
アヴィスはそう言って、刺青男たちの死体の中から、一人の死体を指さす。真っ白なコートは血に濡れ、苦悶の表情を浮かべる憲兵の男性。
「この人は、まぁ戦える人だった。私に魔法をかけた人……」
「アヴィスさん……」
暗い声と表情。なのに、どこか作り物めいた感じのするそれにミューリスはそんな違和感を振り払い、アヴィスへと近づこうとしたその時――地面を揺らすような轟音が三人の耳に届いた。
ドォォンッ!
音の大きさからして、近い。おそらく、この廃村の奥だ。クティトとミューリスは顔を見合わせ頷きあう。
アヴィスを一瞥し、クティトが村の奥へと向かう。ミューリスもすぐ後に続こうとしたがふと、立ち止まり死体の横で立ち尽くす彼女へと顔を向ける。
「アヴィスさん」
「……先に行ってください。すぐに追いかけます」
ミューリスは一瞬だけ不安になったが、“彼女も憲兵だ”と言い聞かせ頷く。そして、ミューリスはクティトの元へと駆け出す。アヴィスは、瓦礫たちの奥へと消えていく二人を見た後、足元の死体へとしゃがんだ。
その表情は、少女とは思えないほど冷めきっていた。くすんだ赤色の瞳に光は感じられない。そんな表情のままアヴィスは、男の死体の胸に手を当てた。
「心臓を一突き。これじゃあ、意味ないね。……惨めな死に方。きっと、王様はそんな彼を“尊い犠牲”と呼ぶのでしょうね。本当にくだらない。あんな弱い奴の為に死ぬなんて……くだらない」
そう呟いたアヴィス。声、目つきは全てに対してうんざりしているようだ。
「ねぇ、貴方は最後に何を思ったの? 家族? 友達? 仲間? それとも、敬愛する王様?」
その問いに死体は答えない。当然のことだ、とアヴィスは鼻で笑う。問いかけなんて無駄な行動だ。死人の声を聞くなんて不可能なのだから。死人に会うことが不可能なように。
彼の握り締めた剣に視線を移す。よく手入れされたそれは、太陽の光をキラリと反射している。だが、このまま、ここにいてはこの剣が活躍するなんていう未来は来ず、朽ち果てていくのだろう。
「アナタも、持ち主さえ違ったらもっと武器としての役目を果たせたかもしれないのに。残念だね。こんな弱い人の手に渡ったがために……」
その時、まるで、“そんなことはない”と抗議するように剣がギラりと太陽の光を反射し、アヴィスの目が一瞬眩む。あまりにもタイミングの良すぎるそれに、思わず笑いそうになる。
「あぁ、くだらない。アナタも持ち主に似てしまったのね」
剣を手に取る。いつも使っているものよりほんの少し重い。よく使い込まれた柄は初めて持ったというのに意外と馴染む。アヴィスはそれを軽く振るう。
ヴゥンという音と共に風を切り裂く。剣が薄く赤みを帯び、纏わりつくような熱が辺りにうっすらと立ち込める。アヴィスは立ち上がり、死体を一瞥し歩き出す。
「貴方には借りがあるからね。これで、返すよ」
アヴィスはハァ、とため息を吐き出し二人の後を追った。
廃村の奥。協会だった物の前に一人の男がこちらに背を向け立っていた。白いコートを着ているということは、おそらく憲兵の一人だろう。
だが、彼の様子がおかしいことをすぐに二人は気付く。クティトが、“これ以上近づくな”と言うように、ミューリスの前に腕を出す。
「アンタ、憲兵だな。ここら辺の盗賊を殺したのはアンタ?」
男はこちらに背を向けたまま答えない。ミューリスは辺りに漂い始めた冷気が、空気を冷やしていくのを体で感じた。が、それに混ざるように言いようのないナニカが漂っているのも感じ取れた。
男は身の丈ほどもありそうな斧を握り締め、ただ壁を見つめている。クティトはその場から動かず、ジッと男を見つめる。さらりと吹いた風に乗って、生臭い鉄のニオイが鼻をつく。
男の足元には一人の男が横たわっていた。白かったであろうコートは血で真っ赤に染まっている。ピクリとも動かないソレに、ミューリスは立っている男を見た。
「お前らはハンターか」
静かな口調で立っている男は振り向かず言う。その声からは突き刺す程の敵意が満ちている。クティトはミューリスよりももう一歩、前へと出る。男の敵意がより一層濃くなった。と、同時に辺りに漂う空気も冷たくなった。
「貴様らに用は無い。立ち去れ」
「それはできない。私たちは盗賊退治に来たんだから」
「立ち去れ。もうここには盗賊はいない」
敵意が殺気へと変わりつつある。のしかかるような重たい声。クティトは足元の男と立っている男を交互に見て言い放つ。
「アンタが自分の仲間ごと盗賊も殺したから?」
その言葉に敵意が完全な殺気へと変わる。押しつぶすような圧力が男の体から吐き出されている。ミューリスはその光景を眺めながら、自分が一歩も動けないことに気付く。
怖い。威圧感に押しつぶされてしまいそうだ。ヘイカーを前にした時と似ているが、どこか違う。
「そうだ」
何拍も置いた後、男はそう一言。クティトは興味なさそうにため息を吐き出す。そして、サッと踵を返した。
「なら、ここに用は無いや。いこっか」
「えっ!?」
驚愕の表情でミューリスは振り返ったクティトを見る。すると、彼女は首を傾げる。
「あ、いや。放っておくのですか!?」
目の前の彼は明らかに正常ではない。振り返っていないためにどんな表情かはわからないが、それでも、彼の仲間だと思われる人間が死んでいて、「殺した」という問いかけに「そうだ」と返事をした。それを放っておくなんてできるわけがない。
「だ、だって! これ立派な殺人ですよ!?」
「だから? 依頼には憲兵を倒せなんて言われてないし。それに、私は別に誰が死のうと興味ない。それが、悪魔関連じゃない限り」
そう言って、クティトがミューリスの横を通り抜けていったその時――
「人々に手を差し伸べるなどと世迷言を言っている教会の連中だから見逃そうと思ったが……お前みたいな畜生もいたのだな」
そんな静かな声と共に男が振り向く。ミューリスよりも一回りは大きいであろう体。真っ白であったコートは返り血で赤く染まり、所々茶色く乾いていた。そして、なによりも目を引いたのは怒りに歪んだ笑顔だった。
憎しみ、後悔、怒り。そこに混じる愉悦。そんな感情が全て顔に出たような彼の顔は恐ろしく、大きく見開かれた血走った双眼は向けられただけで心臓が縮み上がってしまいそうだ。いや、実際にミューリスの心臓は縮み上がっていた。
「畜生ね。仲間殺して笑っているようなヤツも畜生じゃない?」
振り向き、クティトは挑発する。その姿はいつの間にか本来の姿となっている。ミューリスはそんな彼女を見ながらまた、呑気に“あぁ、やっぱり彼女は本当に美しい”だなんて考えてしまう。
だが、それが良くなかった。心を奪われたがために、周りが全く見えなかった。まさか、振り向くまで自分に斧が投げられていることに気付かないなんて……
「――ッ!」
空気を切り裂きながら斧が迫る。咄嗟のことで避けるなんて無理だ。ミューリスは訪れる“死”に思わず目を瞑る。が、その時、冷たい風が頬を撫でた。
「まったく、朝の威勢はどうしたのさ」
ザシュッ! そんな音が鼓膜ざわつかせる。だが、来るはずの痛みは全く来ない。なんでと思って目を開けば――
「クティトさん!」
ミューリスの前に立ち、斧を受け止めたクティトが肩越しに振り向く。濃い鉄の香りが鼻を突き刺していく。よく見れば、彼女の肩には深々と、斧が突き刺さっていて、あともう少し食い込んでしまえばそのまま肩から先は地面に落ちるだろう。
黒いコートのせいでうまく色はわからないが、彼女の傷口から流れた血が足元を赤く染めている。だが、クティトは至って平然とした様子であった。
「怪我はない?」
「え……?」
刺さった斧がうまく抜けないのか、クティトは斧の持ち手を両手で引っ張りながらそう訊く。ミューリスは、舌が張り付いたかのようにうまく言葉が出せなかった。
貴女の方が重症なのに、どうしてこっちの心配をするんですか。そう訊きたかった。彼女の方がずっと重症で痛いはずなのに……顔からそんなことを読み取ったかのように、クティトは鼻を軽く鳴らす。
「アンタに何かあったら困る」
勢いよく斧を引き抜き、投げ捨てたクティトは傷口に手をあてる。流れ出ていた血はもう止まっていた。
「で? 攻撃はそれで終わり? アンタ強そうな見た目してる割に――力ないんだね」
ニヤリと挑発的に笑ったクティト。その言葉に男の笑顔がピクリと、一瞬だけ歪んだように見えた。が、すぐに不気味な怒りに満ちた笑みで笑い声を上げる。怒号ともとれてしまいそうな、皮膚を震わせるような笑い声で。
「そうか! 少し手加減したんだがな。よしいいだろう」
男の死体に刺さっていた剣を引き抜いた男は、大柄な体格から想像出来ない速度でクティトへと迫る。そして、そのまま剣を横薙ぎに払う。
「そこの奴と共に真っ二つにしてやろう!」
見えない速度ではない。さすがに冷静さを取り戻したミューリスは、その剣が来る少し前に横へと飛んで避ける。風が頭上スレスレを通る。クティトはチラリとソレを見ながら、剣の腹部分を蹴り、軌道を逸らして躱す。
そして、そのままがら空きになった男の胸に蹴りを叩き込み吹っ飛ばす。ゴロゴロと、転がり瓦礫にぶつかって止まった男の呻き声が聞こえる。
「アンタは下がって……いや、少し手伝って貰おうか。アンタ、私と一緒に戦ってみる覚悟ある?」
ニヤリと挑発的で勝気な笑みが立ちあがったミューリスを見つめる。その青色の視線はまっすぐで、心臓がドキリと跳ねる。
きっと彼女の足を引っ張る。このまま守ってもらった方がきっと彼女も戦いやすいに決まっている。だが、ミューリスは戦うと決めた。そして、彼女の隣に本当に意味で立つと。
「あります! やらせてください!」
クティトはミューリスの隣に立ち、背中に手を当てる。その冷たいようで温かい感触にどうしようもなく胸が温かくなる。そして、フワリと悲しみのような、なにかが心臓を撫でていくような感じがした。
「アイツの武器はただの剣。さっきみたいなやつじゃないからまぁ、ギリギリで躱してもいいけど慣れないうちはあんまりやらない方がいい。安全な間隔で攻撃は避けた方がいい」
「はいっ!」
「アンタは別に相手を殺そうなんて考えなくていい。ただ、私が殺しやすいようにすることを考えればいい。相手の体勢を崩すとか、注意を逸らすとか。まぁ、そこは期待してないから思うようにやればいい」
「はい……あの、一つお願いがあるのですが、いいですか?」
不安げにクティトの瞳を見る。故郷の寒空を思い出させるほどに清々しい青色の瞳に吸い込まれてしまいそうだ。
「一応聞く、なに?」
「殺さずに気絶させる、ではダメでしょうか」
「……いいよ。アンタの指示に従おう」
数拍置いた後、クティトはそう答える。ほんの少しだけ不服そうにしながら。ミューリスはパァっと表情を咲かせると頭を下げた。
「ありがとうございます!」
ポンっと背中を軽く叩いたクティトが駆け出す。ミューリスも続くように駆け出す。
「ほぉ、そっちの方は相方だったか」
立ち上がった男は剣を構え、まず、距離を詰めるクティトへと振り下ろす。それを、半身となって躱すと、飛びあがり男の顔面に蹴りを入れる。
パシン、という乾いた音が響く。男は先ほどの蹴りと同様のものが飛んでくると予想していた。が、案外軽いそれにニヤリと笑う。
「なんだ、大したことの無い」
「それ、本気で言ってるの? やっぱ、大したことないんだね。まぁ、その方が練習台に丁度いいけどね」
「なんだと?」
男の頭に両手をつき、そのまま飛び越えるようにして背後へと着地したクティト。男は咄嗟に振り向こうとするその時、なにかの気配を感じ取りバッと視線を戻す。すると、そこにはナイフを手に持ち、突き刺さんとするミューリスの姿があった。
まだ、若干の不安が浮かんだその顔に、男は呆れたような、出来の悪い部下でも見るような眼差しでミューリスを見下ろす。
「はっ、やはり素人か!」
ナイフを叩き落とす目的で、男は軽く剣を振るう。ミューリスは何とか屈んでソレを躱すと、そのまま――男へと足払いを仕掛けた。
ミューリスと比べて一回り以上大きな男でも、完全に油断した状態で足払いを仕掛けられてしまえば体制は崩れてしまう。しかも、きれいに入ったミューリスの足は男の足を思いっきり掬い上げたために男は顔面からこけてしまう。
「ぬおっ!」
ミューリスは意外と綺麗に決まったことに喜びつつも、飛びあがるように起き上がった男を見て、即座にその喜びを消す。得意げに“どうですか”とミューリスはクティトへと言いたかったが、そんなことをする暇はないと男は咆哮を上げながら振り向きざまに剣を横薙ぎに払う。
「うわっ」
飛びあがって躱す。だが、それは悪手である。
「はぁっ!」
「――ッ!」
男の拳が迫る。剣を振るう際に捻った体を戻した勢いを乗せたソレは、当たれば吹っ飛ばされる。まぁ、その前にあたった時点でミューリスの体の骨が粉々に砕けてしまうだろう。
咄嗟に両腕をクロスさせてガードしようとする。だが、あまり意味はないだろう。ミューリスの太ももよりも太い腕から繰り出されたそれに、ミューリスの細腕など盾にすらならないのだから。
「アンタは弱いんだから、最後まで躱そうと頑張りなよ」
横からそんな声が聞こえると同時に、横からヌッと現れるは、白く小さなクティトの手だ。ミューリスが“あぶない”と思った瞬間、彼女の手と男の拳がぶつかる。
冷たい冷気がブワッと衝突したそこを起点に広がり、一瞬視界が白む。
震えてしまいそうな冷たさ。そんな霧の中で、パキリ、という音が聞こえる。そして、次に轟いたのは骨まで響くような男の咆哮だった。
「――グォォォォォォォオアアアアアアアアッ!」
その声から逃げるように霧が一気に晴れていく。そして、ミューリスは目の前の光景にくぎ付けとなってしまう。
突き出されていた筈の拳は地面を転がっていた。まるで、氷が砕けたかのように男の手首から先は無くなっている。真っ赤な手首部分の断面からは、ポロ、ポロ、と赤い破片が崩れるように落ち続けている。
転がった拳は薄く冷気を放っている。そして、その周りには骨や肉ららしき、赤や乳白色の破片が、冷気を放ちながら散らばっていた。
――凍らせて砕いたんだ。ミューリスは容易にそれが想像できた。初めての依頼の時も、クティトは魔獣を凍らせ砕いて倒している姿が脳裏に焼き付いていたからだ。
「予定変更しよっか。アンタ、コイツ倒してみなよ」
痛みに呻く男の体を蹴り飛ばし、クティトはニヤリと犬歯を見せびらかす様に笑うのだった。




