1ノック ちょっとそこまで
初めての依頼から数週間。ミューリスはサマンサの指導のもと、少しでも“足手まといにならないための術”を学んでいた。
主に学ぶのは、簡単な格闘術や初心者でも覚えやすい中級魔法などだ。もともと、運動神経は悪くないミューリスはすぐに格闘術を覚えていった。だが、魔法の方に関してはからっきしであった。
魔力には“色”と呼ばれる、いわゆる属性というものが一人一人にある。
主なのは、火や水などと言ったものだ。が、ミューリスの色は“透明”と呼ばれる特殊な色らしく、そのせいで基本的な魔法に対しての適正がなく、使えなかったのだ。
魔法が使えなきゃ、意味がないじゃないか。ミューリスはそう考えながら、迫りくるサマンサの拳をしゃがんで躱し、そのまま足払いを仕掛ける。が、サマンサは足を振り上げ、それを思い切り蹴飛ばした。
今までの経験から飛びあがって躱すと思っていたミューリスは、驚く間もなかった。
「――っ!」
魔力で強化されたサマンサの足がミューリスの脛に直撃し、体が宙へと浮く。痺れるような衝撃に続いて突き刺すような痛みが脛を起点に広がっていく。だが、痛がる暇を彼女は与えない。
「奴らは待ってくれないわよ」
吹っ飛ばされていくミューリスへと距離を詰めたサマンサは、腹部目掛けて手に持った木製のナイフの先を突き出した。先が丸い木製といえど、刺さればひとたまりもない。彼女のことだから、“訓練だからと言って”、寸でのところで止めてくれるだろう。
だが、ミューリスはそんな優しさなど受け取る気はない。突き出されたサマンサのナイフを持つ手首を掴み、横に軌道を逸らすことでソレを回避する。
トンっと若干よろめきつつも、距離を取り着地したミューリスは、再び突き出されたナイフを半身になって躱し、彼女からナイフを捨てさせるためにその手首へと手刀を振り下ろした。
サマンサはあっさりと、その手刀を逆にはじき返す。ミューリスの体勢が大きく崩れる。背中に冷や汗が流れる。
「訓練とはいえ、考えことはあまり感心できないわね」
ナイフを首筋へと突きつけたサマンサはそう言って、ため息を吐く。たった数分の攻防といえ、汗だくで息も絶え絶えのミューリスに対して、サマンサは最初と変わらず、呼吸一つ乱れていなかった。
一歩下がったミューリスは、痛む脛を労わるように、深く頭を下げる。その様子にサマンサはナイフをしまう。その困ったような表情にミューリスは、申し訳なさでいっぱいになる。
「すみません……せっかく、忙しい中、私に時間を割いていただいているのに……」
「いいのよ。……魔法のことでしょ?」
「……はい」
ミューリスが暗い声で答える。
「あまり、気にしすぎない方がいいと思うんだけど、貴女じゃ無理よね……別に魔法が使えなくても、平気よ?」
優しい声が痛い。ミューリスは握り締めた拳を見て、小さく首を横に振る。
「魔法が使えなければ……クティトさんにとって私が足手まといに変わりはありません」
「そんなことないわよ。幽霊とか、悪霊には条件がそろわないと難しいけど。悪魔信者や悪魔になら、魔法が使えなくても十分戦うことはできるわ」
「そう……なんですか?」
気まずげに顔を上げれば、サマンサはニコリと笑う。その笑みに釣られて、ぎこちなく笑えい返せば、嬉しそうにまた彼女は笑った。
その笑みにフワリと温かい気持ちに包まれる。ずっとクールで、それを現すかのような笑い方をしてきたサマンサも好きだが、こうしてたまに見せる少し無邪気さの混じった笑みも好きだからだ。
「そうよ。前にね、いたのよ。貴女みたいに自分に適性のある魔法が見つからなかったハンターが」
トンっと、つま先で地面を叩くサマンサ。すると、二人の目の前にはいつの間にか、木でできたベンチが鎮座していた。ミューリスはサマンサを見ながら「すごいです」と呟く。
サマンサは嬉しそうに、ベンチへと座ると、隣を叩く。ミューリスはおそるおそる彼女の隣に腰を下ろす。が、あまり近いのも失礼なので、拳三つ分は開けて。
そんなミューリスに、サマンサは一瞬だけ眉を八の字にする。
「そのハンターはね、貴女と同じで魔法色が透明で、協会で教えてもらえる魔法はどれも適性がなかったの。でも、運動神経が良かった。貴女とそっくりでしょ? まぁ、そのハンターは自分の意志でハンターになったから、そこだけ違うわね」
懐かしそうに目を細め、真っ青な雲一つない空を仰ぐ。楽しそうでいて、どこか悲し気な、そんな曖昧なその横顔に思わずドキリとしてしまう。
「魔法が使えなくて、ハンターなんてやめた方がいいとも言われていた。でも、彼女はやめなかった。自分の魔法が見つかるその日まで、ひたすら今できる戦い方を磨き、多くの悪魔や信者、魔獣をも倒していったわ。それはもう、みんなが“お前に魔法はいらないな”って言われちゃうぐらい」
「そんな、凄い方がいたんですね。……その方は、自分の魔法を見つけたのでしょうか」
空を見上げていたサマンサはクスリと笑う。
「見つけたわ。でも、それはそのハンターが望んだものではなかったけどね」
その言葉に首を傾げる。サマンサは、懐かしむような表情から一変して、真剣な眼差しでミューリスを見つめた。まっすぐ見つめてくる彼女の青い瞳から、なんとなく悲しみが伝わって来る。
どうして、そんなことを思っているのか。どうして、そんなことがわかったのか。そんな疑問が浮かぶ。
「貴女もいつか、自分が使える魔法に出会うときがくる。それが、もしかしたら自分が想像していた魔法と違う物かもしれない。そして、“使いたくない”と思う魔法かもしれない。だけどね」
ギュッと、ミューリスの手をサマンサは握る。咄嗟の出来事に、思わず頬が赤く染まる。
「それは紛れもなく貴女の力。どんなに辛くても、自分の守りたいものの為なら使うことをためらってはダメよ」
その声はズシン、と胸の奥に落ちていった気がした。ミューリスは返す言葉が見つからず、固まっていたその時、背後から名前を呼ばれた。振り向けば、そこには、ヘイカーとクティトの二人が立っていた。
「依頼だ」
ヘイカーはそう言って、依頼書をぺらぺらと見せた。隣に立つクティトは内容を読んだのか、どこかつまらなそうにしたまま、ミューリスへと顔を向けた。
「あら、もう新しい依頼が来たのね」
立ち上がったサマンサは、ミューリスにニコリと微笑んだ後、顔を寄せた。近づく彼女の顔に、引きかけていた熱がまた顔に集まる。
「サ、サマンサさん……!?」
フワリと鼻をかすめていく、優しくて甘い香り。花のようでいてお菓子のようなそんな香り。ミューリスが慌てているのが面白かったサマンサは、カラカラと笑ってミューリスの頭を撫でた。
「生きて帰ってきなさい。それだけの技術を貴女には教えたわ。まぁ、完全とまではいかなかったけど……そこはまた教えてあげる」
ポンポンと頭を叩き、ミューリスを立ちあがらせたサマンサは正面から、じっと顔を見つめた。そんな彼女の背後で、クティトもミューリスを見つめていた。視線でクティトを見ていることに気付いた彼女は、チラリと視線を動かし言葉を続けた。
「彼女、何でもできるから時間があれば彼女と手合わせでもするといいわ。きっと、貴女の成長に繋がるから。それに、彼女と仲良くなるにはいいきっかけでしょ?」
最後の方は声を潜めてそう言った彼女は、パチリとウィンクをした。ミューリスの不安に染まっていた顔がパッと明るくなる。
「――! はいっ!」
依頼者がいる町は、ホルプスの隣なので、二人は歩いて向かうことになった。
太陽はいつも通りさんさんと輝き、サラ、サラ、と草原は風に吹かれ、小さな歌を奏でている。草の心地よい香りが鼻を撫でていく。
だけど、ミューリスはその心地よさを素直に堪能することはできなかった。理由は簡単、今向かっている場所が原因だ。
――依頼に向う前に、一つ頼まれてくれるか?
全力で頑張ろうと意気込み、二人に見送られ町を出ようとした時、ヘイカーはいつもの不敵な笑みを浮かべて二人にとある紙を一枚渡したのだ。
ミューリスはコートのポケットからそれを取り出し、内容をもう一度確認した。そこには、ちょうど依頼に向う町とホルプスの真ん中らへんに赤丸がしてあり、その横には“盗賊を殲滅しておいてくれ”と力強くも綺麗な文字で書かれている。
「……ハンターは盗賊退治もするのですね。てっきり、憲兵の仕事だと思っていました」
そう呟き紙をしまう。
盗賊と言えば、私利私欲のために人からものを奪い、時には人の命をも奪う者たち。ミューリスも、故郷の近くに盗賊の根城があり、付近の村が襲われたことをよく覚えていた。そして、そんなときに盗賊を捕らえたのは、協会のハンターではなく憲兵だったことも。
「まぁ、憲兵の仕事ってのは間違ってないね。でも、ハンターの仕事でもある。協会は困っている人を助けるのものだから」
「そうでしたね。なら、やはり憲兵とハンターが協力する、ということも多いのですか?」
デスクにいると憲兵と関わるということは殆どない。というよりも、普通に生活していて憲兵を見かけると言ことは殆どない。なぜなら、彼らは王国の所属であり、とくに何かあるとき以外は、そのほとんどが王家の護衛についているからだ。
だから、“きっとハンターは関わる機会が多いんだろうな”、と思い聞くと、クティトは肩越しに振り向く。その視線が何だか笑っているように見える気がした。
「それは、ないね。アンタは……デスクのやつらは知らないと思うけど、ハンターと憲兵ってものすごく仲が悪いんだよ」
「えっ、そうなんですか!?」
意外な事実に驚けば、クティトは軽く肩を竦めた。
「私はあまりかかわったことが無いから知らないけど、よくヘイカーが“この前は憲兵に依頼を取られてしまった”って言ってものすごく悔しがってた」
「へ、へぇ……ヘイカーさんが……なんか意外ですね」
「だよね。私も笑い話かなって思ったら、本当に悔しそうだから。多分、本当に仲が悪いんだと思うよ」
話していると自然と笑顔が浮かんでくる。ミューリスは初日よりも彼女と会話が続くことが嬉しかった。少し前を歩く小さな背中、いつか、その隣を歩けるだろうか。そのためにもやはり、早く強くならなければ。
コートの内ポケットに入れてある、サマンサから貰った“ナイフ”にそっと手を当てて、ミューリスが強く思ったその時だ。
「ストップ」
クティトがミューリスに聞こえるような小さな声で、そう言って立ち止まる。ミューリスも大人しく立ち止まると、気付く。
「クティトさん」
クティトに近寄り、できるだけ小さな声で呼ぶと、クティトは小さく頷いた。
「そこの岩の影に二人いる。多分盗賊だ」
「ど、どうしましょう。捕えますか?」
そう聞いて内心、心臓がドキドキと緊張を示していた。盗賊が相手となれば、ミューリスもクティトと共に戦うつもりだ。たとえ、邪魔だと言われてもこれだけは絶対にするつもりだ。が、ミューリスの問いかけに帰ってきた答えは――
「捕まえるなんて面倒なことしない。出てきたら“殺す”、それだけだよ。ハンターはね。アンタもハンターになっちゃったんなら、そうしたほうがいい」
そうクティトが言ったと同時に――岩の影から二人の男が飛び出した。
「おい! そこの姉ちゃんたちよぉ、こんなに天気がいいと散歩したくなるよなぁ! だが、残念だがここいらは俺らの縄張りだ! 通行料払ってもらおうか!」
「そうだぜぇ、持ってるもん全部出しなぁ!」
いかにも力が強そうな強面でガタイのいい男と、その子分だと思われる男の二人がそう言って、手に持っている武器をチラつかせた。
ガタイがいい男の武器は、見た目に相反して小ぶりな曲刀であった。子分の方も似たような、もう一回り小さい短刀だ。人を殺すには十分すぎる凶器だ。が、あまり手入れはされていないのか、所々汚れて鈍く光っている。
ミューリスが冷静に武器を見ていると、黙っているクティトと合わせて、二人は武器を見て怖がっていると思ったようだ。ニヤリと下品な笑みを浮かべるその様は、似ていなくてもまるで兄弟のようだ。
子分と思われる方が、一歩踏み出しこれ見よがしに武器を振る。その手慣れた動きに、ミューリスは眉を顰めた。
「ほれほれ、出すもんだしな。俺たちは優しいからよぉ、アンタのような美人にはおまけして金と体だけでいいぜぇ?」
汚い笑い声を上げて男がもう一歩ミューリスへと近づく。どうやら、子どものクティトには微塵も興味がないらしい。ミューリスはサマンサから習ったことを思い出しつつ、まず武器を取り上げようと動こうとしたその時――
ボキッ。
そんな音がミューリスの目の前から響く。
それは、目の前の男の首がクティトによって、思いっきりへし折られる音だった。あり得ない方向に男の首が曲がり、男は声も出す間もなく白目を剥き、ゆっくりと倒れていく。
誰も声が出なかった。大男とミューリスは時間が止まったかのようにその光景をただ目で追うしかない。が、止まっていたのはその二人だけ。クティトは倒れていく男を蹴り飛ばす。
ゴロゴロと転がり、男たちが出てきた岩に当たった音が響く。そこで、大男とミューリスの二人は、ハッと時間が動き出したように、同時にクティトを見た。
「クティトさん!?」
「このやろっ!」
ミューリスが驚きの声を上げると同時に、大男が弾かれるように武器を振りかぶり――一番近くにいるミューリスへと駆け寄った。
男は冷静だった。仲間を殺された怒りもあるが、自分の強さをわかっているのだ。故に、未知の強さを持っているクティトよりも、自分同様に呆気に取られ明らかに弱そうなミューリスを狙う。
「あっ」
気付き、男へと視線を戻した時にはもう遅い。見た目よりも素早い動きで迫った男の刃が、ミューリスの顔を切り裂くまで数センチ。切れ味は悪そうに見えても、男の太い腕から繰り出されたそれはミューリスの顔など容易く真っ二つにできるだろう。
どうする。冷静になりすぎた頭がそんなことを考える。迎撃はもう間に合わない。腕を動かす前に顔が真っ二つになって死ぬ。なら避けるか……そうしよう。
一番早く手最小限の動きで……動くのが少し遅かったか、刃が掠りそうだ。そんなことを思える自身の余裕に驚きながらも、ミューリスはサッと足を引き、半身になってソレを躱すために動いた時、隣から声が聞こえた。
「見ない間に練習したんだね」
ブゥンッ、と風が吹く。
「――ぐぁぁァァァッ!?」
男が悲鳴を上げ、後ずさる。続くようにカラン、という音が聞こえる。それは、男が武器を落とした音だ。見れば、男の武器を握っていた右腕は真ん中から横に折れていた。
関節なんてない、まっすぐな骨であるそれは折れ、その衝撃で腕の肉を突き破り、いくつもの白い牙のように骨が飛び出している。ダラダラと、血が流れ、草原を赤くしていく。
「こ……のっ……やろう……ッ!」
痛みに耐えているのだろう、歯を食いしばり、絞り出すような息を吐き出した男はクティトを睨む。その覇気は盗賊とは思えないほどだ。
だが、向けられた本人であるクティトは、まるで男なんて視界に入っていないかのようにミューリスを見上げている。その視線の動きは何かを探しているようにも見える。
「アンタ、もっと相手の武器とか見た方がいいよ」
「えっ」
落ちた武器を拾い上げ、クティトはミューリスに見せる。男の方も気になるが、痛みで動けないように見える。それに、“早く見ろ”と言うように武器を動かすので、ミューリスは武器へと視線を戻す。
「……あ」
その曲刀は見ただけで分かるほどに表面がザラザラとしていた。ツルツルとしていると思っていたが、それはまるで砕けたレンガのように凶悪的なザラつきを帯びていた。
それを見て、ミューリスはまた、「あっ」と声を上げる。もし、あのまま掠るだろうなと思いながら躱していたら、確実にあのザラザラとした表面で鼻が削げ落ちていただろう。
青ざめるミューリスの反応を見て、クティトは満足したのか、持っていた曲刀を男へと投げた。
ザシュッ! ガキン! という音の後、男が短く声を漏らす。見れば、男の顔には先ほどクティトが投げた曲刀はその刃で頭蓋骨を砕く。そしてそれは、そのまま刃は岩へと突き刺さり、男を岩へと磔にする。
真っ赤な血が男の頭を起点に広がっている。
まるで、花が咲き誇り、その花弁を散らしたかのように、辺りは血に染まり鉄と草のニオイが鼻につく。だが、それを気にしているのはきっと、この空間ではミューリスだけだろう。
「武器を持っている相手に素手で挑むとき、今のアンタが最小限で躱すのはやめた方がいい」
クティトは静かにそう言って、大男へと近づき、曲刀を引き抜く。血が噴き出すかと思ったが、そうなる前に辺りに漂う彼女の魔力が男の死体を凍り付かせる。霜がうっすらと付き、ひんやりとした空気が漂い、最初にやられた子分の体も凍てつかせた。
そのまま、大男と子分の足を片方ずつ掴んだクティトは、ミューリスの方へと向く。その茶色の瞳はほんのりと青みがかっているように見え、思わず心臓がドキリと跳ねた。
「さて、行こうか。コイツらの親玉を殺しに」
ザリザリと男二人を引きずり歩き出すクティトを、ミューリスはとにかく追いかけるのだった。




