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悪魔殺しの猟犬  作者: 鮫トラ
第二章 見たのか? 見たんだろう?
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ノック 俺の顔を見たのか?


 今日はずっと楽しみだったお泊り会。みんなで持ち寄ったお菓子を、ベッドの下に隠して、おかあさんたちが寝たら、それを出してみんなでこっそり食べる。月に一度の大イベント。

 トリンが持ってきたマドレーヌはいつ食べても美味しかった。そこに、キヤの持って来てくれたジャムを塗ったら、思わず声が出てしまう。が、そこは夜中だ。三人は口を両手で押さえながらクスクスと笑って、声を潜める。


「レミラちゃん。声が大きいよ」

「ごめんごめん。だって、二人が持って来てくれたのがあまりにも美味しいんだもんっ」


 トリンがしぃーっと人差し指を立てて、口元に持っていく。レミラは恥ずかしそうに笑って、声を抑えてそう言った。すると、キヤは不意に指を伸ばし、レミラの口元に着いたジャムを掬う。そして、ペロリと舐めてから、クスクスと微笑んだ。


「もうっ、レミラちゃんってば、またおばさんに言われちゃうよ?」

「えへへ」


 三人は玩具のライトを頼りに、お菓子を食べつつ、いつものお絵かきを続ける。クレヨンが紙を走る音と三人の息遣いや、クスクスと言う笑い声が部屋を跳ねる。


「レミラちゃんは本当に絵が上手だね」


 トリンがレミラの描いた、鳥の絵を指さす。それは、少女にしてはとてもうまく描けている。リアルではなく、見たものが思わず可愛いというようなデフォルメされたものだ。褒められたレミラは「ありがとう」といって満面の笑みを浮かべた。


 ふと、絵を描いていたキヤが、顔を上げ窓を見る。釣られるように二人も窓を見る。闇が広がり、道しるべのような星が煌めく。そして、その星々に囲まれるようにして輝く紅い月。

 月明かりが紅いベールとなって辺りを照らしている。三人はそんな月をボーっと眺めていた。大人たちは“あまり見ない方がいい”と言うが、いつ見ても月は綺麗だった。


「なんで、あんなにキレイなのにずっと見ちゃいけないんだろう……」

「あれでしょ? あんまり見てると、悪い幽霊が来て連れてかれちゃうって」


 キヤの言葉に、トリンはそう言った。レミラも同意するように頷く。


――紅い月を見ていると、怖い幽霊が来るからあまり見てはいけないよ。


 そんな言いつけをいつものようにされていた。寝る前にカーテンだってお母さんが閉めに来る。いつもなら寝るだけだから、閉めたままでも気にならない。でも今日は悪い子になる日だ。

 カーテンだって開けてしまう。見てはダメだというものも、今日は見ていい日だ。紅い月を見ていたレミラは思い出したように声を上げた。


「あ! ねぇねぇ、二人は“ルックマン”って知ってる?」


 その言葉に二人は同時に「知らない」と返す。


「隣のクラスの子が教えてくれたんだけどね……夜中に、ドアをノックしてから、“ルックマン、お前の顔を見たぞ”って唱えると、その人の所に来てね……その人の目を取っちゃうんだって」


 怖がらせようとワザと囁くように言えば、二人は面白いほど震えあがった。ルックマンは最近はやり始めた噂だ。レミラは二人がまだ知らなく、怖がってくれたことに気を良くし……あることを思いつく。


「ねぇ、二人とも」


 レミラは顰めていた声をもう一段、顰め、二人に顔を近づける。そのワクワクとした顔つきに、レミラがなんとなく、なにを言いだすのか想像できたのようで、二人も似たような顔つきへと変える。

 レミラはいつも、楽しいことを思いついたり、誰かから聞いてくる。だから、今回そういったものだろうと二人はワクワクした。

 そーッと声を潜めて、レミラはニヤリと笑みを深めた。背後で煌めく星と紅い月の光が、レミラを妖しく照らしている。


「ルックマンを呼ばない?」


 その言葉に二つ返事で、トリンとキヤは頷いた。











 紅い月のベールが世界を照らしている。おそらく、天気が悪い地域以外は、どこもこんなベールがかかっているだろう。それを見ている者がはたして何人いるのはかわからないが。

 トリンとキヤはベッドの下へと隠れた。その表情は緊張が浮かんでいるものの、そわそわとしており、ドアの前に立っているレミラを見ている。


――呪文を唱える時は一人でいないといけない。


 ルックマンを呼ぶ条件の一つだ。が、こんな時間に二人が部屋を出るのは難しい。もし、起きていることがバレたら、怒られてしまうとわかっている。それに、夜中に一人と言うのは心細かったというのもあった。

 レミラは最後の確認をする。窓の鍵を閉めて、ドアの鍵も閉める。これは、呼んだルックマンが入ってこないようにするためだ。


「よしっ。じゃあ、二人とも、ちゃーんと隠れててよね」


 そう言うと、二人はかさかさと音を立てた。狭いができるだけ奥へと隠れてくれたということだ。レミラはスーッと息を吸い込み、ハーっと吐き出した。緊張と興奮で胸がドキドキとしている。


「……はぁ」


 意を決し、拳を作る。


――コン、コン。


 シンとした空間にノック音が響く。レミラは意外と大きいその音に、驚いた。それは、ルックマンと言うよりも、両親が起きてしまわないかという不安の為だった。

 二人が隠れているベッドからは物音一つしない。レミラはノックした手を下ろして――


「ルックマン、お前の顔を見たぞ」


 そう唱えた。


 シーンと、自分の声が床や壁に吸い込まれ消えていく。だが、それだけだった。

 物音ひとつ帰って来ない。レミラはつまらなそうに、ハァと息を吐き出した。だが、心のどこかでほんの少しだけ安心している自分がいた。

 ドキドキと心臓の音を聞きながら、ベッドの下に隠れる二人に声をかけようとレミラがそう思った時だった。


――どこからか、声が聞こえてくる。囁くような声が。


『ノックの回数が足りないよ。“四回”ノックしなきゃ』


 サッと声がした方を振り返れば、そこには窓があるだけだ。暗闇にはっきりと浮かぶ、紅い月と星々しか見えない。声の主はおろか、人影すらなかった。

 それに、今の声が聞こえたのは、レミラだけのようだ。ベッドの下から、不安げに顔を出している二人の顔は、“なにをしているの?”と言いたげだ。声が聞こえていたのなら、もっと違う反応をするはずだ。


『ほら、やらないの? ルックマンに会ってみたいだろう?』


 また、声が聞こえる。レミラはその声に不安を覚えつつも、導かれるように再び拳を作り、ドアへと向かっていた。いつも見る扉が何だか怖く見える。どこかから入って来た冷たい風が、体を撫でる。

 急かす様に、冷たいなにかが……レミラは大きく息を吸い込むと、再び扉をノックした。


――コン、コン、コン、コン。


 その時、辺りの空気が変わったような気がした。背後から注ぐ、紅い光も心なしか、赤みを増したようにも感じる。

 やめたほうがいいよ。自分の中にいる自分がそう言った。泣きそうな顔だ。きっと、現実の自分もそんな顔をしているかもれない。だが、やめられない。

 勝手に口が開き、呼んではならない、その名を口に出していたから。


「ルックマン、お前の顔を見たぞ」


 シーンとした空間に、三人の息遣いと、レミラの声が跳ねた。握った拳が震える。ベッドの下から、息を呑む声が聞こえた。それだけで、体は異常にビクビクと反応する。


 遠くの方で、ナニカ音が聞こえた。それは、大きくなっていく。


 遠くの方で、ナニカの声が聞こえた。まだ、はっきりと聞こえないほど、遠くから聞こえている筈なのに、内臓にまで響く低い声。


――あぁ、本当に来ちゃった。


 レミラはそう呟いたつもりで、口から掠れた息を出した。息が苦しい。


 ダダダダダダダダダッ!

 それは、走る音だ。それも、猛スピードで、こちらに向かってくる。そして、それは、レミラの部屋の前で、ピタリと、立ち止まり――


『お前は、俺の、顔を』


 扉を叩く音が部屋に響く。扉が壊れてしまいそうなほどの音だ。レミラは扉の前から動けない。


『みたのかぁぁぁぁああああ!』


 扉の前からというのに、その声は耳元で叫ばれたかのようだった。




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