第5話 主導権を握るのは生き残った勝者のみ
この回から主人公が獣娘になります。
「《ヒール》!」
茂みの中。
俺、御剣響夜は回復魔法を唱えてフープの傷を癒す。
太子の魔の手からフープを救出し、茂みにテレポートしたまでは良かった。
しかし、肝心のフープは致命傷を負い、危険な状態。
それもこれもテレポートが使えないフープを置き去りにしてしまったのが原因。
俺の軽率な行動が招いたこと。
こんな俺でも一応は反省してるんだぜ。
できる限りの事をして、償うつもり。
それがせめてもの罪滅ぼしだ。
とはいえ、テレポートの使い過ぎで魔力は殆ど残ってない。
回復魔法を1回使うのがやっと。
この程度で回復できるのは微々たるもの。
傷の深さからみても、助かる見込みは限りなくゼロに近いだろう。
こんなことなら魔力回復ポーションを買っておけばよかった。
ケチって消耗品を買わなかった自分が恨めしい。
「どうだ!」
けれども、できる限りの事はしたのだ。
やらずして後悔するぐらいなら、やって後悔する。
そういう性分でね。
「回復したかな?」
回復魔法により、フープの傷が若干小さくなった気がする。
今できることはやった。
果たして息を吹き返してくれるだろうか?
「……ウ……ウウッ」
「おお! 生き返った」
信じがたいことだが、フープは奇跡的に息を吹き返す。
凄い生命力だ。
獣人は肉体的な身体能力が高いらしいが。野生の力ってやつか?
「すぐに病院に連れてってやるからな!」
けれども、それは最悪の状態を抜け出しただけ。
まだまだ危険な状態である事に変わりない。
医者に任さるのがベストだろう。
「……ご主人様。……私は……もうダメです」
「何を言うか! 意識をしっかり持て」
フープはかすれた弱々しい声で、自らの命運が尽きそうなのを悟る。
ここで意識を強く持たねば、即座に死に繋がりかねん。
俺は活を入れ、彼女の意識を保たせる。
戦力であるフープを失いたくないからだ
「……ご主人様。……私の……最後の願いを聞いてく……ださい……」
「なんだ、言ってみろ」
「私と《一体化》……して……ください。そうすれば……ご主人様の……強さは格段に……上がります」
これはあれだ。
肉体とエネルギーとを同化させることによって2つの個体が結合するってやつ。
要するに融合ね。
「一体化するとか言っても、俺はスキルなどもっとらんぞ」
様々なスキルが存在するが。
その様なスキルは所有してないし。聞いたこともない。
持たないスキルを使えなんて、無理な話だ。
「……スキルなら……私……が持っています」
「そうなの!?」
そんなスキル覚えさせた記憶はないのだが。
俺と出会う前に習得したのだろうか?
「申し出は嬉しいが、俺は俺でいたい。精神までお前と一緒くたになりたくはない」
この手の融合でお決まりなのが、『精神の一体化』だ。
そうなると、俺とフープの精神が混ざり合った全く新しい自我が生まれる。
俺という存在が消滅してしまう。
そんなのは絶対に嫌だ!
それに俺は今の肉体が気に入っているんだ。
余計な要素によって、それを壊したくない。
パワーアップは魅力的ではあったが。
そういった理由から、融合は嫌いだ。
涙を呑んで申し出を断る。
「……心配しない……でください。私はじきに……死にます。人格は……ご主人様だけのもの……です」
「マジか!? それを先に言ってくれよ」
前言撤回。
融合最高!
今度こそ太子と互角に戦えるかもしれない。
「それで、どうすればいい?」
そうと分かれば善は急げ。
行動開始だ。
「私の体に……ご主人様の……手を……おいてください」
「こうか?」
指示に従い、彼女の腹の上に手をおく。
「……《一体化》!」
「うおっ!?」
スキルが発動すると、俺の体が徐々にフープに吸い込まれていく。
……おかしいぞ。
これ、吸収されてなくねぇ?
「なあ、フープ……」
「かかったなアホが!」
「なっ!?」
質問しようとした矢先。
突如、フープが豹変。
普段の丁寧な言葉遣いから打って変わって、乱暴で下品な口調に。
「奴隷契約が無くなった今、お前に従うぎりはない!」
フープの胸元を見てみると。確かに奴隷紋が消えている。
心当たりはあった。
少女と融合した時だ。
あの時に契約がリセットされたのだろう。
「これで貴様も終わりだ。一体化は精神力の強い方が生き残るのからな」
弱い方の人格は消滅するのか!?
抗うにしても、レベルの差は歴然。
レベル76のフープは精神力も強いのは確実。
レベル2の俺に勝ち目はないだろう。
「滅びゆく肉体も、お前を取り込むことで甦る!」
俺の命を奪うことに一切の躊躇いがない。
忠誠を誓ったのは演技だったのか。
だとすればなんと恐ろしくしたたかな女。
「さあ来い! 私の体の一部となれええええええ!!」
「ああ、段々意識が遠のいていく……」
取り込まれてゆく中で、睡魔にも似た感覚に襲われる。
意識は停止寸前。
もはやこれまで。
人間諦めが肝心よ――
「なんて言ってられるか! この野郎ぉ!!」
――潔く諦めるなんて、まっぴらごめん。
「負けたくない! 生き残りたい! 復讐を果たしたい!!」
心の闇を全開にし、意識を強く持つ。
そして、自分の精神を信じて抗う。
最後の最後まで悪あがきだ!
「フープ、俺は貴様に負ける訳にはいかんのだ!!」
「小癪な!!」
フープの強靭な精神と俺の心の闇の戦い。
邪心全開の互いの魂がぶつかり合う。
「「グアアアアアアアア!!」」
そして1つが消滅。
生き残ったのはどちらか?
「勝ったぞおおおおおおおおおお!」
――勝利したのは俺、御剣 響夜。
不屈の精神で助かった。
「フープよ、あの世で懺悔するがよい」
なんて言ってみたが。
生き残れるなんて思ってもみなかった。
自分の精神力ながら、自分でも驚き。
凄かったのね、俺。
「……」
融合した自らの肉体を見回す。
1つになった肉体は――俺をベースにフープの耳と尻尾がついた感じ。
早い話が獣娘。
亜人化してしまった。
「力が漲る……! これが野生の力ってやつか」
一体化してみると今までに感じた事のない、野性味あふれる力をビンビン感じる。
感情が高ぶり、遠吠えでもしてしまいそうになる。
「マジで太子に勝てるかもしれない!」
レベルこそ上がらなかったものの。基礎スペックは大幅にパワーアップ。
見違えるほど向上している。
おまけに魔力も回復してるときた。
「クックックッ……アーハッハッ!!」
喜びから、大笑い。
裏切られた事もあり。仲間を失った悲しみは皆無。
戦利品の耳をヒクヒク。尻尾をフリフリ。
「ホントは恐竜とかのが好きなんだが。ブチハイエナも悪くないな♪」
尻尾と耳をモフり、はっちゃけていた。
「《バインド》!」
「にょわっ!?」
はっちゃけていると、どこからともなく飛んできた縄で捕縛される。
ぐるぐる巻きにされて、足がもつれて転ぶ。
そしてそのまま横倒し。
「バカ騒ぎしてる声が聞こえたが。やはりオマエだったか」
「太子!?」
突如、太子が現れる。
どうやらバインドのスキルを発動させたのはヤツらしい。
「ちょこまかと逃げ回ってくれたが。ようやく追い詰めたよ」
指をポキポキ鳴らし、じり寄る。
表情は笑ってたが、目がこれっぽっちも笑ってねえ。
内から凄い怒りを放っている。
ヤバい、やられる。
逃げなくちゃ!
「《テレポート》!」
テレポートで逃げようとするが。
「ムダだよ。《スキル・バインド》!」
「なっ!?」
太子の発動したスキルにより、テレポートを封じられる。
ヤバい、逃げられん。
おまけに後ろには4人の仲間が控えている。
こりゃあ、マジで積んでるぞおい!
「これで終わらせる」
「髪を引っ張るな」
俺の前髪を掴み、立ち上がらせると。拳を構える。
変だな?
俺、パワーアップしたのに追い詰められてるぞ。
「《能力透視》!」
スキルを使って、ステータスを探ってみる。
「なんじゃこりゃ!?」
レベル5にもかかわらず、とんでもないスペックのステータス。
すげーよ! レベル76のフープの4倍以上のパワーがある!
今の俺ではどうすることもできない。
「待て! 俺が憎いなら、理由を聞かせてくれ」
パワーアップして強くなった自信はどこへやら。
恐怖から弱腰になり、「話せば分かる」と諭してる有り様。
情けないよ、俺。
「なにもない。ただ気に食わんから潰すだけさ」
「なっ!?」
この時に俺は悟った。
太子の行動原理は、『思想・根拠・動機が伴わない思い込みによる不条理な蔑む』なのだと。
ヤツはエゴイストだ。
確信を持って言い切れる。
「フンッ!」
「ゴッ!!」
脳内で分析していると、みぞおちに強烈な右ストレートを食らう。
痛みで目の前が真っ黒になり。そのまま気絶。
その後、何をされたのかは知らない。
御剣響夜のプロフィール(第5部分以降)
・性別:女→女
・種族:人間→特殊なブチハイエナの亜人
・身長:140センチ→140センチ
・体重:70キロ→70キロ
響夜がフープとスキル一体化にて一つになった姿。フープの性質を受け継ぎ、ブチハイエナの亜人となる。フープの戦闘力がすべてプラスされたので戦闘力は大幅に強化される。また、ブチハイエナの能力も一部使えるようになる。純粋な亜人でないので、性質が純粋な亜人と若干異なる。