第2話 不当なる者が奴隷を買う
「あった……!」
俺、御剣 響夜。
半日走り回って、ついに奴隷の売買を行っているという場所にたどり着く。
奴隷を売っている場所はサーカステントのようで、中世な世界観から少々逸脱しており、ここだけ浮いている印象を受ける。
まあ、店舗に多少難があろうと、売ってるものさえちゃんとしていれば文句はない。
それこそ、店が古くて狭くても人気の飯屋があるように。
「ドキドキするぜ」
半信半疑。ってか、ダメもとで探したが。案外探せばあるもんだと、ほっと一息。
走り回って乱れた呼吸を整えて。いざ来店。
「お客さん、入る店を間違えてませんか?」
入って早々、ゴリラみたいにむさっ苦しい大男が俺を睨み付ける。
そいつは灰色のサラリーマンカットヘアーに、深緑色のマントを羽織り、仮装用マスクを付けてた。
とても奇抜な恰好だ。腰が引けそうになる
「奴隷が欲しいんだが」
けれども俺は怯まない。
凛とした態度で、「奴隷が欲しい」とはっきり示す。
「!?」
そうすると、奴隷商は少し驚いてみせたが。
「なにやらお困りのご様子ですかな?」
「まあな」
不敵な笑みを浮かべて俺に擦り寄ってくる。
どうやら客として扱ってくれるようだ。
「それで、ご予算はいかほどで?」
「これだけだ」
ズボンのポケットから、城を追い出される時に貰った硬貨三枚を全部出した。
「たったの1500アクア!? 帰れ! 貧乏人が」
この世界の金銭感覚はイマイチ分からんが。どうやら相当に少ないらしい。
王もケチなヤローだな。
てか、この世界での通貨単位、アクアなのか。
アクシズ教徒が知ったら喜びそうだな。
だが、今は王に怒ってる場合ではない。
奴隷商に右腕掴まれて、テントから追い出されようになってるのだ。
ここで追い出されれたなら、もう二度と奴隷を手に入れることはできないだろう。
なんとかせねば。
「ちょっと待てよ。世の中、物を手に入れる手段はお金だけじゃない。物々交換って手段があるだろ?」
とか言ってみる。
そうすると奴隷商は口を閉じて反論しない。
この世界では珍しい身なりの俺の持ち物に興味を示したのだろう。
なにせ、ジーパン、ポロシャツ姿のヤツなど城下町で一人もいなかった。
うまいこと交渉の流れを作れたぞ。
だが、問題はここからだ。
さっきのはハッタリで、実際に価値ある物など待っていない。
なんかないものかと肩掛け鞄をごそごそと漁るが、ろくなもんがない。
どうしよう。
「!」
諦めムードになってきたその時だ。唯一価値がありそうな物を発見。
鞄から抜き出して見せつける。
「これぞ、相応しい性能を誇る神器『スマートフォン』だ!」
いつだったか、『小説家になろう』で、主人公が携帯電話を物々交換に使った小説を思い出す。
一か八かそいつを自分でも試してみることに。
「――なんだこれ。初めて見るな」
黒のスマートフォン。初めて見るそれにポカンとする奴隷商。
どれ。ちょっと驚かしてやるか。
「パシャリ」
「なにをした!」
「見てみな」
スマホのカメラで奴隷商の顔を撮影。
何をされた分からない奴隷商は声を荒げたが。俺は冷静に今しがた撮影した写真を見せる。
「この色男は、だれであろう私の顔! 鏡も使ってないのにどうやったんだ?」
「どうだ、面白いだろ。でも、スマートフォンの使い道はこれだけじゃないんだぜ」
「なんと! あれ以外にも!?」
奴隷商はマッチョで男らしいとは思うが。色男とは言い難い。
ま、奴隷商が色男かどうかはさておき。
俺はあの手この手とスマホの魅力を売り込む。
「素晴らしい! 是非とも売ってください」
「俺が今欲しいのは金じゃないんだ。俺好みの奴隷を見繕ってくれ」
結果、奴隷商はスマホが欲しくて欲しくてたまらなくなる。
しめしめうまくいった。
こうなればこっちのもんだ。
高価な奴隷でも喜んで出すだろう。
「お客様はどのような奴隷がお好みで?」
「見てくれがよくて強えの」
「性別は?」
「当然女!」
重要なところなので、強調しておく。
こういうのは美少女に限る。
「ふむ……」
奴隷商はポリポリと頬を掻く。
どうやら条件に合う奴隷がないらしい。
「心当たりがないのなら、自分で探して決める」
「これはしてやられましたな」
クックックと奴隷商は何やら笑いを堪えている。
「御託はいい。案内せい」
「ではこちらです」
――サーカステントの中で厳重に区切られた扉が開かれる。
店内の照明は薄暗く、獣臭い。
あまり環境が良くなとは想像してたものの。予想以上に不衛生。
思わず鼻をつまみそうになった。
ま、それはともかく。
案内されるがままに、檻に入れられた様々な奴隷を見せてもらう。
結構な数だ。
奴隷は様々な種族がいるようで、普通の人間もいるれば亜人もいる。
年齢も、子供から老人までいる。
品揃えは悪くない。
「探してみると、俺の理想の奴隷は中々ないもんだなあ」
主な原因は自分の理想の高さ。
美少女以外認めないものだから、選択の幅はうんと狭まる。
だが、ここで妥協しては今までの苦労が無になる気がした。
——だから鋭い眼光で、品定めを続ける。
「これだ!」
探すこと1時間。
ついにめぼしい奴隷を発見。
左目に眼帯をつけた10歳くらいの女の子。
紅い瞳をした、黒髪のロングヘヤー。
毛色が石灰色に近い白で、瞳が黒ずんだ琥珀色の俺とは印象が大きく異なる。
そいつは汚れてて、かなり痩せていたが。光るものを感じた。
いわゆる『磨けば綺麗になるんじゃね?』系の女だ。
こいつを選ぶべきだと、本能が告げる。
根拠はなかったが。直感がそうさせた。
こういうのは思い切りが大切なのだ。
「ほう。この奴隷は、かつて魔法の研究者が、魔力を増幅する改造手術を施された改造人間の末裔ですな」
ボソッと言ってきたが。凄い情報。
こいつはもしかすると凄い掘り出し物かもしれん。
喜びのあっまりグッと握り拳を作った。
「しかしながら、こいつは左目も失っております。レベルが低いですぞ」
だから眼帯してたわけか。
「何レベだ?」
「1ですね」
これは低い。
戦力としては使えないな。
即戦力になる別の奴隷も用意した方いいかも。
「それに長い年月の間に他種族の血が混じっておりまして。正直……」
「早い話が、交雑し過ぎて純血種より弱体化してると?」
「……よくお分かりで」
チラリと奥のほうに顔を逸らす奴隷商。
商人のプライドから、粗悪品を売るのに心が痛むのか?
それとも、こいつを手放したくないのか?
どっちにせよ、マスクを付けれるせいでどうにも表情が読み取れん。
「構わん。こいつを頂く」
しかし俺の意思は変わらない。
見た目が良ければレベルが低くても、ステータスが平均以下でも、目をつぶれる。
「さようでございますか」
俺の鉄の意思を察したのか、奴隷商はそれ以上追及されることはなかった。
「だが、不良在庫の処分をしてやるんだ。1番強い奴隷もおまけに付けろ」
だが、弱みを見せたのは、こちらちしてはふんだくるチャンス。
貰えるなら貰っておくのが俺のモットー。
強気に吹っかける。
「それは致しかねます。価値が釣り合いません」
しかし奴隷商、これには渋る。
ものが高額だからか。
「あっそぉ。じゃあ、スマートフォンは渡せねえな」
「!」
切り札であるスマートフォンをダシに使う。
そうすると奴隷商は動揺する。
「やっはし貴族連中に売ろうかしら。奴らなら奴隷2人分以上の金も喜んで出すに違いないしな」
「なんと!」
なんて言って、店から出る素振りを見せるが。
もちろんハッタリ。
俺に貴族との繋がりはないので、交渉などできない。
だが、奴隷商はスマートフォンを貴族に売れば、もっと儲かると悟ったのだろう。
「お客様、お待ちを!」
「グエッ!」
そんなこととは露知るぬ奴隷商は「逃がすものか!」と言わんばかりに、いきなり抱き着いてくる。
奴隷商はボディビルダー並みにマッチョ。
そんな太い腕で抱きしめられたらたまらん。
凄い力で抱き着くもんだから、あばら骨がきしむ。
「わかったから! 他のヤツには売らんから放せ!」
奴隷商の背中をバンバン叩きながらなだめると、一応落ち着いて開放してくれる。
でも、またされるのではないかちょっと心配。
なので、また何かされてもいいように、ちょいと距離を置く。
「すぐにお望みの代物を用意します!」
幸いなことに、心配したようなことはなにもしなかった。
ちょっとごねると、奴隷商は快く俺の条件を飲む。
チョロいぜ。
「こちらが当店で最も強い奴隷です」
で、奴隷商は奥に行くと、鎖で繋がれた奴隷を1人を連れて戻ってくる。
見た感じ、獣人のようだ。
そいつは皮膚に獣の毛皮を貼り付けて鋭い牙や爪を生やした様な生物……簡単に表現するなら狼男だ。
ちょっと見では狼男のようだが。図鑑で見たことのある狼とは所々異なる部分がある。
「こいつはなんの亜人だ?」
「ハイエナ種の獣人ですよ。見た目が些か悪い種族ですが、強さは折り紙付きですよ」
「最も強いと豪語するだけあって、見るからに強そうだ。それに、男らしい面構えが気に入った」
「こいつは女ですよ」
「……そうか。こいつのレベルは何レベルだ?」
実は女だったことに軽く驚くも。素で性別間違えたことのが恥ずかしかった。
さっさと話しを切り替える。
「レベルは75でございますよ」
凄い数値だ。
レベルの水準がわからないが。高レベルなのだろう。
おそらく、太子よりも現時点では強いだろう。
こんな奴が配下に居たら楽に戦えるのは確実。
転落して早々に、勝ち組に返り咲いた気がした。
「ニヤリ」
確信を持てると、不敵な笑みを浮かべてしまう。
「なんとも邪悪な笑み。いいお顔です。ぞくぞくしてきましたよ」
俺の不敵な笑みに奴隷商は不気味に笑い返してくる。
こいつ、俺をどんな目で見てるんだ?
「最後の仕上げに、少量の血をお分けください。そうすれば奴隷登録は終了し、この奴隷はあなた様の物です」
「そうか」
奴隷商は人を呼び、インクの入った壷を持ってこさせる。
そして小皿にインクを移したかと思うと俺に向けて差し出す。
俺は作業用のナイフを自分の人差し指に軽く突き立てる。
「イデッ!」
痛みで、つい声を上げてしまう。
必要なこととはいえ。自分で自分を傷つけるのは、自傷行為みたいで気持ちのいいものではない。
自傷行為するなんて、バカではないかと思っていた。
けれども自分がそのバカみたいなことするとは。人生わからないものである。
まあ、それはともかく。
血が滲むのを待ち、小皿にあるインクに数滴落とす。
奴隷商はインクを筆で吸い取り、女の子が羽織っていた布を部下に引き剥がさせて、2人の胸に刻まれている奴隷の文様に塗りたくる。
「「キャ、キャアアアアアアアアア……!」」
奴隷の文様は光り輝き、2人は悲鳴を上げる。
どうやら、結構な痛みを伴うらしいな。
「はい。これでこの奴隷はあなた様の物です」
「ああ。あんがと」
なんやかんやで奴隷契約完了。
お礼も程々に、俺は奴隷商にスマートフォンを渡す。
「ほっほぉ♪」
奴隷商はスマートフォンを大事そうに持つと、しばらく眺めた後に、ニタニタした顔で頬擦りし始める。
ちょっとキモいな。
「じゃあ、俺はこの辺で帰らせてもらうわ。お前ら、行くぞ」
手に入れるものを手に入れたら長居は無用。
不衛生な場所にとどまる理由は何もない。
「ではまたのご来店をお楽しみにしています」
「ああ。見てくれの良い女が入荷したら教えてくれ。買いに行くから」
帰り際に奴隷商が笑うので俺は笑い返してやった。
俺はよろよろと歩く奴隷に来るように命令し、さっさとサーカステントを後にする。
2人は俺の後を着いて来る。
なお、行先はギルドだ。
◇
「さて、お前の名前を聞いておこうか」
俺、御剣 響夜。
路地裏を進む最中、2人の名前を聞く。
今更ながら名前を聞くのを忘れてたのだ。
いくら奴隷といえど、名前がわからないの不便だからだ。
「コウマ」
「ファスト・フープといいます」
人造人間の方がコウマで。獣人がファスト・フープか。
名前は、まあ普通かな。
かくして俺は2人の奴隷を手に入れた。
太子共への復讐が大きく前進したのだ。
「クックックッ……アーハッハッ!!」
喜びから、無意識に大笑いしていた。
コウマのプロフィール
・性別:女
・種族:魔力を増幅する改造手術を施された改造人間の末裔
・年齢:10歳
・身長:140センチ
・体重:31キロ
・一人称 :私
・好きな食べ物:お粥
・嫌いな食べ物:特になし
・趣味:特になし(無趣味)
・性格:基本無気力でトラブルが起こるとさっさと逃げ出そうとする薄情者。
・人物:魔力を増幅する改造手術を施された改造人間の末裔ではあるが、血が薄まり過ぎてオリジナルとは比べものにならない程低い。だが、才能を開花できればオリジナルに及ばないものの、魔法使いとしての高い適性を見せるだろう。薄情者であるが、力・能力を認めた相手には従順。