魔王軍幹部の会議光景
ここは魔王城の会議室。
この部屋で、魔王軍四天王である俺ら『三人』は作戦会議をしていた。
「フレアがやられたか……」
「奴は四天王の中でももっとも最弱……」
他の四天王の二人がお決まりなセリフを言ってきた。
おっと、自己紹介がまだだった。
俺の名前はフウ。魔王軍四天王の一人にして、魔王軍屈指の風の魔法使いだ。
風の魔法が得意という以外、大して特徴はないが、強いて挙げれば緑色の髪色をしている。
今この部屋では勇者殲滅に向けて、厳正な話し合いが行われる……はずだった。
「ちょっと二人とも! 何言ってんの! フレア、俺たち四天王の中でも最強だったじゃん! 分かってる?」
俺がそうツッコむと、同じく紅一点魔王軍四天王の一人にして、魔王軍屈指の水の魔法使いであるスイが「やれやれ」とでも言いたげに首を振った。長い水色の髪がサラッと揺れた。
「やれやれ、分かってないわね」
訂正。実際に言ってきた。
「いい、フウ? 四天王が倒されたらとりあえず、『奴は四天王の中でももっとも最弱……』って言うのが世界の常識なのよ」
どんな常識だ。
「そうだな。全くもってスイの言う通りだ」
スイに賛同したのは同じく魔王軍四天王にして、魔王軍屈指の雷の魔法使いのライだった。
金髪と筋肉隆々の身体がトレードマークであり、実はスイに淡い恋心を抱いている。
「まぁ、いいけどさ。とりあえず、次に誰が勇者と戦うかってことなんだが……」
「そう、そこよ! フウ!」
ビシッとスイが俺を呼びさし、勢いよく立ち上がった。
「四天王最強のフレアが負けちゃったのに、魔王様ったら私たち三人掛かりじゃなくて誰か一人だけで勇者を倒しに行けって……そんなの横暴だと思わない!?」
「うんうん、全くもってスイの言う通りだ」
「ま、まぁ確かにな。俺たちの実力ってぶっちゃけ、フレアよりはるかに劣ってるからな。三人がかりでようやくフレアと互角ぐらいの力だし……」
実際のところ、フレアはとても強かった。その気になれば一瞬で街を薙ぎ払えるほどの火の魔法。
魔法だけではなく格闘術にも秀でており、十人以上の冒険者に囲まれても、体術だけで凌いだこともあった。
名実ともに時期魔王と言われており、俺たち三人もフレアのことをとても慕っていた。
そんなフレアを倒したという勇者に俺たちが束になっても敵うか分からないのに、俺ら三人のうち一人だけで倒しにいけだなんて、無茶苦茶もいいところだ。
「そう! 魔王様は私たちに死にに行けって言ってるようなもんよ! 事情を説明しても、『やればできる!』だの、『タイマンで勝利こそ魔王軍の誇り』だの訳の分からないことばかり! 本当嫌になっちゃうわ!」
「そうだな、全くもってスイの言う通りだ」
ライよ。
さっきからお前、『全くもってスイの言う通りだ』しか言ってないぞ。
今度からお前のことを心の中で『全くもってスイの言う通りだ』って呼ぶからな。
「けど、魔王様の命令だしな……俺たち魔族はこの世界じゃ魔王軍以外では生きられない。それはスイにも分かるだろう?」
仮にここを抜け出し、どこかでほっそりと生きておこうとしても冒険者達に魔族ということがバレて迫害されてしまうだろう。
「いえ、私に提案があるわ!」
「提案?」
「ええ、私今まで何度か『日本』っていう異世界に遊びに行ったことがあるの。みんなでそこに行きましょう!」
「うんうん、全くもってスイの言う……」
「おいおい、待てよ。どうやって暮らしていくんだ? 仕事は? それにもしも魔族だってことがバレたら……」
ライの決め台詞を無理やり遮り、どうやって暮らしていく気なのかスイに訊いた。
すると、スイは「ふふん」と得意げに笑い焦げた。
「仕事なら私にアテがあるから心配いらないわ。それに日本には冒険者や魔法を使える者が誰もいないから私たちが魔族であることもバレることないわ。魔族の証である腕の紋章もコスプレって言っておけばごまかせるしね!」
「俺はスイについていくよ!」
ライはスイに付いていくことにあっさりと賛同した。
ようやくこいつ、『全くもってスイの言う通りだ』以外のセリフを喋ったな。
あ、待てよ。そういえば最初、『フレアがやられたか……』っていうセリフも言ってるか。
てか、そんなことよりも。
「それじゃ、スイ……今までお世話してくれた魔王様を見捨てるってことか?」
「当然でしょ? 思い出してよ、フウ。魔王様のこれまでの無茶な作戦を。自分は安全な城にこもってるくせに、私たちには凄腕冒険者達が住む街を攻めろだの、伝説の勇者を倒してこいだの無茶振りばかり。あいつ、ぶっちゃけ私たちより弱いでしょ? 本当……『ほならね、自分がやってみれば』って話よね。上に立つべき存在ではないわ」
すっげぇ魔王様をディスってやがるな。
「ああ、全くもってスイの言う通りだ」
どうやらスイも『全くもってスイの言う通りだ』も魔王様を裏切る気満々である。
俺はどうしようかな……魔王様に恩義がないわけではない。
「けど……さ、魔王様だって俺たちによくしてくれたことだってあっただろ?」
すると、スイは「チッチッチッ」と指を振った。
「甘いわよ、スイ。あれは日本でいう『ブラック企業』の経営者がよく使う手段よ。過激な任務を与えて、たまにしょぼい飴を渡す。私たちの功績が果たして報酬に見合ってると言えるかしら? 命がけの任務をこなしても報酬はたったの五万ペルス。日本ならバイトレベルよ」
例えがよく分からないが少なくてもスイは今の待遇に満足していないようだ。
「だな。全くもってスイの……」
「失礼するぞ」
突然、魔王様が部屋に入ってきた。
白髪混じりの老人のような風貌で手には杖を持ってヨタヨタと歩く姿からはかつて国一つ滅ぼした『最恐の魔術師』と言われたかつての風格を感じさせることはない。
「それで、誰が勇者を倒しに行くか決まったか?」
「魔王様。お願いがあります」
スイが深々と頭を下げた。
「なんだ?」
「勇者は相当の手練れ……フレアが倒せないとなると私たち三人掛かりで戦うしかございません。どうか、その許可をください」
スイがそう告げると、魔王様は「ふん」と鼻で笑った。
「駄目だと言ったろ。タイマンで倒さねば我が軍の価値が下がる。三人で倒せないなら、自爆する気で行くがよい。相打ちにできれば魔王軍に英雄として語り継いでやろう」
全くもって部下を思いやる気ゼロな発言にさすがに俺はイラっとした。
スイとライと目を合わせ、頷く。
「魔王様……私たちは決めました」
俺が魔王様に話しかけると、魔王様は訝しんだ様子で俺のことを睨んだ。
「決めた? 何をだ?」
「私たち三人は魔王軍から出ていくと。任務よりも命が大事ですから……私も含め、この二人も」
スイもライも雑兵時代から苦楽を共にしてきた仲だ。死んで欲しくはない。
フレアも俺にとっては頼れるお兄さんのようで死んで欲しくはなかった。
「愚か者めが! お前達……一体、何を言っているのか分かっているのか? 我ら魔族は普通に暮らせないのだぞ!」
「承知しています。ですから我らは日本という異世界で細々と生きていきます」
俺がそう返すと、魔王様は怒りからか顔を赤くし、プルプルと震えだした。
「ふん! うちで通用しないやつが他の場所に言って通用するわけがないだろう! ワシなどまだ甘い方だぞ!」
するとスイはゆっくりと杖を魔王様に向けた。それに合わせ、俺もライも魔王様に杖を向ける。
「日本のブラック企業の上司が言いそうなセリフね」
「ああ。全くもってスイの言う通りだ」
「行くぞ、二人とも」
今まさに部下に裏切られた魔王様はとても狼狽していた。
「や、やめろ! お前ら、考え直せ! うん、そう! 三人で勇者を倒しに行ってもいいぞ! なんせお前らはワシの大切な部下……」
おせぇよ、この老害が。勇者に代わって俺たちが魔王を倒してやる。喰らえ、俺ら三人の最強魔法――
「「「トライアングルマジック!」」」
※※※
「ちょっとフウ! 2ページの指定箇所、ベタ塗り終わった?」
「ああ、ちょうど今終わった!」
「了解。なら次は4ページの二コマめに三番のトーン貼りお願い!」
「分かった!」
魔王を倒してから一ヶ月が経過した。
俺たちは現在、神保町にアパートを借りて、漫画制作に励んでいる。
なんでもスイは前からちょくちょく週刊少年ジョークに漫画の持ち込みをしていたようで、編集に目が止まり、魔王を倒した日の三日前に連載が決まっていたらしい。
そんなわけで、俺とライはアシスタントとして働いている。
「ちょっと! ライ! ここはみ出ているんだけど! さっきはみ出さないように気をつけてって言ったでしょ!?」
「ああ……全くもってスイのいう通りだ」
「それじゃ、ホワイトで直して! さぁ、みんな。もう一踏ん張り行くわよ!」
三人で始めた異世界生活。
元の世界にいた頃よりも苦労があるだろうが、魔法のないこの世界で俺たち三人は今日も懸命に生きていく。