ショートコメディ『時分くん』
いや。私は、別に、昔のことを振り返って後悔とか、そういうことはするような人間ではないし、そもそも、後悔するほど挑戦してこなかったし、常に、生存することだけを第一目標にしていたから、彼のように、過去のことを思い出して「自分、ああしてたらよかったのに」と嘆くことはしない。
彼の名前は時分くん。彼は自分のことを『自分』と言うし『時分』とも言う。自分と時分では意味が異なるので、ややこしいことこの上ない。
「自分が小学生の時分は、自分のことばかりで、周りが見えてなかったでござる」
しかも、語尾がおかしい。教室の隣の席で、話を聞いているだけのつもりが、つい返事をしてしまう。脈絡もなく、自分の過去を振り返るやつの話を、返事する必要なんてないのに……。
「さ。左様か」
「あれは、日暮れの遅い夏。クマゼミの鳴き声が、五月蝿かった時分の話なのじゃ」
「そ、そうじゃったか」
まずい。語尾がうつる。従順すぎる私の悪い癖が。
「自分が、夏休みの時分じゃったか。夏の休みに、ある友人に蝉を捕まえにいこうと誘ったのじゃ。じゃが、その友人は、あまり外に出たがない内向的なやつでのう。だから、自分は、その友人に言い捨てたのじゃ。そんな人付き合い悪いんじゃ、友達をなくすぞってな。しかし、その言葉がなんらかのトリガーになったのか、夏休み後から学校に来んようになってな。自分は、あの時分から結構口調が荒いところがあって、怒気を強めて言ってしまうことがあるんじゃ。今は、昔よりかは、マシになったがのう。アイツを、不登校にしたのは、自分の相手の心中を慮らない言葉のせいじゃったのかもなあ」
「へ、へえええええ」
長い。長文くん並みに長い。自分語りが長いよ!!
長過ぎて、語尾がうつらなかった!!
とりあえず、時分くんは、自分語りをする人だってわかったから!! とりあえず、今日のところは、赦して!! 従順な私に、返事をさせないで!!
しかも、なんで隣の席の黒髪美少女に、こうもナイーブな人間の内面を、大っぴらにするかな!!
周りの人の視線!! 気にしてくれ!!
私は、従順で、清楚で、慎ましい美少女なんだから、もっと丁重に扱えな!! 自分のあの時分だけじゃなく、私のことを慮れな!!
なんて、そんな言葉を、彼に言えるはずもなく、私は泣く泣く、彼の過去の後悔、体験を聞いて、頷いてあげるのだった。「へ、へえええええ」って。
自分の昔の時分語り。隣で、センチメンタルに浸っている人物。彼に、私は、ただ返事をする。従順で、可愛い、美少女な私は「へ、へええええ」って返事をする。合いの手を打ちまくる。