幻想におぼれて
一見、平和な日々が続いています。幸せなことです。
「ゆっくりでいいよね」
外を走る車たちも
凍えた空気を切り裂きながら
前へ前へ走っているんだって
心の中の誰かが呟いている
だって、そんなに走んなくたって
だって、そんなに急がなくたって
ちゃんと前へは進んでんだよって
寄り道しながら歩いたって
後ろ向きに立ったって
蒼穹を見ながら腰かけたって
草の上や花の傍らに寝転がったって
ちゃんと前には進んでんだよって
心がささやきかけている
凍えて張り詰めた空気の中でも
ほんのりとあったかい気持ちを
周りのすべての者たちに
分けてあげよう
ゆっくりと休み休み
心が求めるままに
歩いたり、振り返ったり
後戻りしたり、立ち止まったり
お隣さんとおしゃべりしたりして・・・
「寒いんだけど・・・あったかいかも」
いつもの年ならば
今頃寒さの中で
身を縮めているだろうに
少しでも、小っちゃくなっていれば
寒い寒い北風の中でも
耐えられそうだと
丸まった体の中で
ボソボソ呟いている
このまま土の中へ
ずんずん沈んでいったら
深く深く潜っていったら
北風なんぞ
ちっとも寒く無かろうにと
凍えた手足を
ますます縮めて丸くなっている
でも
なんだか今年は
なんだか心が
あったかくって
ほんのりとホホが赤くなって
手も足も、体もちょっとだけ
ちょっとだけ力が抜けているみたいだよ
そうね
サナギが冬の間に
体を創り変えて
春になったら
まっさきに飛ぶための
エネルギーを溜めているような
そんな
そんな気がするからね・・・
「一人歩く道は?」
先へ先へと走っている今
ふと見上げてみると
山の頂近くに黄色いガードレールが
スッと通り過ぎた
周りの山々は木々の錦を織っている
いつも走っている道なのに
気にも留めなかったそれは
ちょうど空へ登っていくようで
息を切らせて歩く人々の
鼓動を抱かえているようだ
あの道、どこへ続いているんだろうか
あの道、歩いてみたいな
あの道、歩ける日が来るのだろうか
時間に追われて走り続ける今
要らぬことを考えていると、きっと
また彷徨うことになるかと
気合を入れて前を見る
フロントガラスには
今見た蒼穹への道が映り
そこを息を切らして辿っている私・・・
幻想なのに
何故だか鼓動が早くなって
息まで早くなって
汗が流れてきて
泪もほほを伝ってきて
もう
もう、運転が続けられないよ
「秋に」
アスファルトでできた
車の流れる河に
切り離されたそこは
尾根からなだらかに流れる
小さな沢に
赤い実をたくさんつけた
柿の木が立っている
誰かにために
実をつけているわけではないけれど
おばあちゃんが暮らしてる
向こう岸の古いかやぶきの家を
いつも眺めている
もう何年になるのだろうか
ずっと変わらない風景に
お猿さんが来たり
イノシシさんが来たり
鹿の親子が来たり
熊の子供たちが来たり
でも
おばあちゃんは来ていない
ちょっと寂しい・・・
同じような毎日ほど平和で、幸せなことはないんですけど、ともすると、こころの奥深くでは、何かが溜まっていることがありますよね。おとなしくしていてねって、祈るばかりです。




