告白
わたしは、すぐに電話を取らなかった。
この電話が、山口くんからである保証はない。そもそも、彼だったとして、いったい何を話すのか。わたしたちは中学の同級生だっただけで、卒業してから一度も連絡を取っていなかった。
そう思ったのに、気付けばわたしは「応答」のボタンを押して、スマートフォンを耳に当てていた。
「……はい」
『山口です。じょーかーのマネージャーの……』
「……丸山です。今日はどうも」
沈黙。
昔もそうだった。
二人きりになっても、何を話すわけでもないのだ。
『丸山さん』
と、彼が沈黙を破る。
「ん?」
『ずっと会いたかったんだ。だから、今日会えて、嬉しかった』
彼の顔が浮かぶ。微笑み。中学生の頃よりは少し大人びている。
「久しぶりだったね。でも、もうじょーかーにはインタビューしないから」
冷たい声になる。
過去の一切を切り捨てながら生きてきた。山口くんでさえ。
『仕事ではもう会わないだろうね。プライベートなら?』
「……会わない」
『なんで?』
「会いたくないから」
そのまま電話を切ることもできた。でも、わたしはそうしなかった。
『僕のこと、嫌い?』
わたしがイエスと言えないのを知っていて、彼はこう聞くのだ。
「……好きとか嫌いとかいう感情は、ないわ」
『じゃあ、なんで会ってくれないの?』
「……思い出すから」
『え?』
「あなたと会うといろいろ思い出すと思う、だから会わない、山口くんのために」
ひと息で言ってしまった。
そうだ、会わないのは山口くんのためだ。
『僕は何も気にしちゃいないよ。謝りたいんだ、ちゃんと。あのときのこと。だから会いたい。お願い』
寂しい声だった。
「わかった。一回だけね」
彼に頼まれて、断れたことはない。
『ありがとう。土曜日、空いてる?』
「うん。大丈夫」
『じゃあ夕方六時、上野にしよう』
「夕方? お昼じゃだめなの?」
『収録があるんだ。ごめん。昼はあまり空いてない』
「わかった。じゃあ、土曜の六時ね」
『ありがとう。じゃあね』
電話が切れる。
土曜日、彼と二人で会う。
心臓の音が聞こえそうだ。
最後に二人で会ったのは、中学二年の夏休みだった。十四年ぶりだ。
さっきまで電話をしていた相手の番号を『山口くん』の名前で登録する。
土曜日、待ち合わせより十分ほど前に、上野駅に着く。
駅構内にある雑貨屋を少し見てから改札に向かうことにした。
雑貨屋でパスケースを見ていたら、後ろから肩を叩かれた。驚いて振り返ると、山口くんが立っていた。
「ごめん、待った?」
「ううん。よく後ろ姿でわかったね」
休日にこうして出かけることがほとんどなくて、着る服を迷ったのだ。長い丈のワンピースを着てみたら、髪型も変えてみたくなって、三つ編みをしている。仕事の時のわたしとも、中学の時のわたしとも、まったく違う後ろ姿だったはずなのに。
「丸山さんを間違えるはずない」
と彼は言った。
その日、山口くんは、イタリアンレストランに連れていってくれた。
「好きなもの、頼んで。今日は僕が出す」
「いいよ、自分で出すよ」
少しでも借りを作ると、またずるずると関係を続けてしまう気がした。
「でも、今日は、僕が誘ったのに」
「関係ないよ、そんなの」
わたしが少し強く言ったら、彼は何も言わなくなった。
料理を注文すると、彼が話し始める。
「今日はね、あの頃のこと、謝りたくて」
「山口くんは何も悪いことしてないでしょ」
「丸山さん、あのとき僕に、『あんたのせいでいじめられてる』って怒鳴ったよ」
「憶えてないな。昔の話は、今度にしようよ」
その「今度」を、わたしはまったく作る気がないけれど。
「丸山さん、一回だけって言ったじゃん。だからだめだよ。今日、どうしても話したい」
わたしは反論しようとしたが、彼は聞かずに続けた。
「あのとき、僕は、丸山さんのことが好きだった」
ためらうこともなく、山口くんはそう言ったのだ。




