追う人
お笑いコンビ・じょーかーのインタビューの素案を瀬川さんに提出したのは、四月末だった。すぐに承認をもらえたが、
「丸山さんにしては遅かったね?」
と言われた。
山口翔太の名を見てから、すぐには彼らのプロフィールを開けなかった。
もちろん、その名の人はマネージャーで、彼らをテレビで見ても、その影は見えたことがなかったが。
「遅くなり申し訳ありませんでした」
「まだ先だからいいよ。そんな深刻な謝り方をしないで」
瀬川さんは笑っていた。
昼休みに、四人で食事をしながら、翌日からのゴールデンウィークの予定を話していた。
「丸山さんは?」
瀬川さんが振ってくれて、わたしも話に入る。
「実家に帰ります」
「どこだっけ」
と石井さんに聞かれ、
「茨城です」
と答える。
「ゆっくりしてきてね」
澤口さんがそう言って笑った。
「ありがとうございます」
たいしておもしろい話題を提供することもなく終わる昼休み。
みんなは旅に行って、連休が明けたらきっとそのお土産を持ってやって来るのだ。そして、沖縄の海がどうだったとか、話すのだ。
四人だけのこの部署で、わたしは一番年下で、一番大人しかった。
友達が少ないから話すことが得意ではない。話そうと思ったら、末っ子らしい生意気さが出てしまう。だから話さない。
連休明けの自分が困らない程度に仕事をして退勤した。
今日中に家の用事を済ませて、明日の朝には実家に向かおう──そんなことを考えながら電車を降りて一人暮らしの家に帰る。
「沙紀」
駅前で、確かにそう呼ばれ、立ち止まりかけた。
でも、一瞬の判断で、わたしは足を止めなかった。
今のは誠の声だ。相手にしてはいけない。
彼と別れた社会人一年目から引越しをしていない。連絡しても無視されると見込んだのか、こんなところまで来てしまった。
革靴の足音はわたしの後をついてくる。
「……沙紀?」
もう一度、呼ばれる。今では家族しかその名を呼ばない。何度呼ばれても振り向かなかった。
人通りもあり、誠も強引なことはできないはずだ。
マンションに着くまで、足音はわたしの後ろを離れなかった。
自動ドアを開けて中に入る。足音が入ってこようとしたところ、すかさず
「あなた、居住者じゃないでしょう」
と言って、わたしは階段を駆け上がる。
足音は止まっていた。
誠と付き合っている間、わたしは常に便利な女だった。
そのくせ、わたしがほかの男の子と話していると怒る。でも自分は女の子と喋る。デートは彼が行きたいと言えば行った。わたしが誘うときは何かにつけ断られた。
「東京に残るよね?」
と聞かれた、就活を始めた頃。
「誠がいるなら残ろうかな」
と言って、都内に絞って試験を受けた。
彼が内定が出たと言って、でも初めの配属はどこかだと言って、それまで積み重なったものが限界を越えた。
わたしはあのときから冷めていた。
それから便利な女をやめた。そうしたら向こうが変わるかと思った。でも変わらなかった。
そして社会人になって三ヶ月ほどで、誠の方から別れ話が出た。
便利な女ではないから必要とされなくなった。
夜、実家に帰る支度をしていると、何度か電話が鳴った。全部誠だったから出なかった。
別れる頃、彼には少しの期待も抱けなくなっていた。
お互い社会人一年目、わたしは東京にいて、彼は時々金曜に帰ってきて、わたしの部屋に来る。
週末には彼は大学の仲間と遊びに行ってしまう。先にあったわたしとの予定もキャンセルして、後から決まったほうに行く。わたしはいつも最後。夜だけ帰ってくるということでもなく、時々は友達の家でオールして、わたしのところに朝方戻って一日寝ている。夜には翌日の仕事のために戻ってしまう。
紅茶を入れて飲む。湯気が立つ。
一度気にしてしまうと、次に気になることができるまで、ずっと同じことを考えてしまう。
湯気はなぜ、白いんだっけ──つまらない考えでは、昔の誠は頭から離れてくれない。
実家の母の夕食のことを考えながら、ハンバーグと一緒にあいつの顔をナイフで切った。




