誠
植村誠は、わたしの最初の恋人だ。
大学の吹奏楽団の先輩で、ホルンパートのリーダーだった。
付き合い始めたのは、わたしが二年、彼が四年のときだった。
誠は大学院に進んだので、最終的に社会に出たのは同じ年だった。初めは、茨城の実家に戻るつもりだったが、彼に言われて東京に残った。東京に残れるように仕事を探した。
にもかかわらず、彼は転勤のある仕事に就いた。そして最初の勤務地は当然のように東京ではないどこかだった。
「誠が言ったから東京に残ったのに、なんで誠は転勤のある仕事に就くの?」
「なんでって、お前が東京にいれば会いに来られるだろ」
「別に休みの日になれば出てくるよ。選択肢を減らされたわたしの身にもなってよ」
「決まったんだからいいだろ。都内の方が給料もいいだろうし」
「そういう問題じゃない!」
誠の就職が決まったと聞かされた日、家の近くの定食屋さん。わたしは初めて、少し声を荒らげた。
しばらくして、わたしたちは別れた。いつか別れるだろうと、付き合い始めたときから思っていた。
それからも時々、誠は連絡を寄越したが、わたしは短い言葉を返すだけだった。
実家の近くでのんびり働いて、家で絵を描いたり、詩を書いたりする生活を夢見ていた。両親の近くにいたかった。
一度所属したところから、簡単には抜け出せない。日本人らしい性格だから、わたしはずっとこの会社にいる。
四月十五日、都内某スタジオで、初めての取材。
黒崎まどかさんはわたしと同い年で、大阪府出身。
歌手になった経緯、学生時代のこと、新曲の話などを聞いてから、弊社の店舗を利用しているか聞く。
「よく使ってますよ! 安いのに、便利なものが多いからね。月に一回は絶対行く。昨日も行きました」
「昨日は何か買われたんですか?」
「歌手だから喉が大事でしょ。ペーパー加湿器? 可愛くて、買っちゃいました。リビングに置いておいてもインテリアぽくていい感じ」
それから、新商品を試してもらって、終わり。今日は新しく出た化粧品を試してもらった。
「化粧品ってなんだかんだ高いですからね。三百円で出してもらったら助かるよね。まあ百均にもあるけど。このシャドウは多色あるし、これだけで使えるからいいですね」
「ありがとうございます! では本日のインタビューはこれで終わりです。ありがとうございました」
機材をすべてまとめて、車で会社に帰る。石井さんの運転だ。
「丸山さん、話すのうまいね」
運転しながら石井さんが言う。
「いえ、そんなこと」
「いや、うまいよ。台本通りじゃなくて、ちゃんと相手の話に合わせて、でも聞くべきこと全部聞いて。偉いわ」
こうやって後輩のことを褒めるのは、会社の文化だ。上に立つ人は皆、人の良いところを見つけるのが上手だ。石井さんもいずれ、昇進していくだろう。
「……ありがとうございます」
「そのままいい記事書けよ」
「はい!」
わたしは褒められることが好きだ。人に必要とされることが好きだ。誰でもそうだろうとは思う。でも、わたしは人一倍その気持ちが強かった。
誠はわたしを必要としていなかったな、と思う。わたしも彼を必要としてはいなかったけれど。
この日はよく、誠のことを考えた。
この間の電話のあと、結局連絡先は消さないままだ。
また連絡が来るかもしれないという恐怖か、期待か。
よくわからない。でも構えているわたしがいた。




