最後の選択
週末、メールをくれた人に会いに行った。実家から電車で二時間弱。久しぶりの遠出だった。
駅前にその人はいた。
「……お待たせしました」
白のパーカーにジーンズ。少し痩せたように見えた。
「よう、久しぶり。元気そうだな」
「……石井さんは、痩せました」
「ん? そうかな。お酒控えてるからかな」
「そうなんですか」
「田舎で、バーとかないからなあ。じゃ、行こっか」
わたしは帰りの時間があるし、石井さんも家のことがあり、今回はランチだった。ちょっとした和食のレストラン。
「今何やってんの?」
「……家事手伝い、ですかね。ちょっとだけバイトもしてますけど」
「ふうん、楽しそうじゃん」
「気楽ですよ、とても。石井さんは?」
「地元の小さい会社でのんびり働いてるよ」
わたしたちはそんなふうに近況を報告し合った。共通の話題がないから、すぐに沈黙が訪れる。
「……あの」
先に沈黙に耐えられなくなったのはわたしだった。
「ん? 何?」
石井さんは、お寿司を口に運びながら、涼しい顔で答える。
「今日は……なんでご飯に誘ってくださったんですか?」
「理由がなきゃ誘っちゃだめ?」
「そうじゃないですけど、もう会社の先輩後輩でもないのに……」
わたしがそう言うと、石井さんは、それまで見たことのない笑顔を見せて、大きな声で笑って、それから言った。
「あんた鈍感だなあ!」
「どっ?」
「俺は遊び人じゃない。気になる女の子じゃないと飲みやご飯には誘わない」
「冗談……ですよね? だって、石井さんは昔、わたしみたいな女は嫌だって言いました」
すると石井さんは短く息を吐いて、微笑んだ。
「同僚なら嫌だね。でも、今は違う。それに、あんた俺にはずいぶん本音を言ってくれた気がしたから」
「え?」
「いつも別の男の影があったけどね。俺の前では泣きもした」
「……そんなこともありましたね」
「いつも強そうで、一人で生きていけそうな丸山さんが、俺に弱いところを見せてくれたのが、俺は嬉しかったんだよ」
何も答えられない。
食事をしてごまかすこともできない。
「今回も、瀬川さんのことがなきゃメールなんかしなかったんだろうけど。でも、いつも連絡したいと思ってた」
「……なぜ?」
「何度も言わせるな」
「だっておかしいじゃないですか、わたしみたいな女は嫌だって言ってたくせに!」
少し大きな声を出してしまって、目の前にいる男の人は唖然としている。
「……え、ごめん」
「あ……すみません」
わたしのほうが驚いていたのかもしれない。会社の先輩に、こんなふうに大きい声で、感情を爆発させていること。
「俺はさ、そういうところが……」
「え?」
「いや、やめとこう」
「なんで……」
続きを聞きたかったのだと思う。
予想通りだったら、きちんと返事をしたのだと思う。
「今までの彼氏のこと、ちゃんと好きだったことないだろ。自分で選んだこともない。押されてなんとなく付き合っただけ。俺その中の一人になるの嫌だもん。あんたが自分で選べよ」
自分の意見を聞いてくれる人。
苦しむことなく一緒にいられる人。
そんな人を選ばなければならなかった。
三月二十日。久しぶりにパーティードレスを着た。東京に行くのも久々。
瀬川さんが、わたしが憧れていた日々よりもずっと格好よく見えた。
編集部の面々。一人を除き、みんな久しぶりだった。
澤口さんが言う。
「丸山さん、会社辞めちゃったんでしょう? 今どうしてるの?」
「えっと、福島に……」
「実家は茨城だったよね?」
「実は……嫁ぎまして」
テーブルにいた澤口さん、そして今の編集部のメンバーが皆、それを聞いて目を丸くする。
「丸山さんがお嫁に行く日が来るなんて……」
澤口さんは感動して、それ以上何も言えないという雰囲気。
「まさか、寿退社だったんですか」
大垣さんはあからさまにショックを受けた様子。
「結婚式呼べよ?」
退職してすぐに結婚式に参列させてもらった大野くんは楽しそうに言う。
「結婚式は、たぶん──」
わたしが言いかけると、それまで黙っていた人が言う。
「式は挙げません。籍だけ入れて静かに暮らすから」
彼がそう言って、沸いていたテーブルは一瞬にして静かになる。が、すぐにまた騒がしくなって
「嘘……。まさかお相手? なんで早く言ってくれないのよ」
「二人して寿退社なんて……」
とみんな勝手に盛り上がる。
「すみません……」
わたしはこれまで黙っていたことを謝るばかりだった。当事者のくせに隣に座っていた人はその様子を微笑みながら眺めていた。
披露宴が終わり、瀬川さんの見送りを受ける。そのとき、初めて瀬川さんに伝えた。
「お似合いじゃん。良かったよ、丸山さんが幸せになってくれそうで」
瀬川さんは笑った。
「俺の幸せも願ってくださいよ」
「丸山さんは入社してきたときからずっと僕の部下だったんだぞ。君とは思い入れが違う。丸山沙紀をよろしく頼んだ」
「へい」
彼は笑ってそう返事した。
東京から、彼が運転する車で帰る。
彼が聞く。
「今日さ、瀬川さんのこと、やっぱり好きだったと思わなかった?」
「好きとはちょっと違ったんだよ。憧れ。あの人は部下のわたしを大事にしてくれたから」
「俺でよかった?」
「あなたのことは、自分で選んだから。後悔してないよ、何も」
窓を開けたら、少し肌寒かった。夕方。
「初めて、ちゃんと、自分で選んだ人だと思うの」
「そっか、それならいいや」
わたしが選んだのは、美しい花嫁になることではなく、自分を大切にして生きることだった。




