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ざわざわ

 異動して最初の仕事は、六月の店頭設置に間に合わせなければならなかった。

 最初のミーティングで、部長の瀬川さんは、わたしたちに適切に役割を当てた。

 わたしは主に取材と執筆、一つ先輩の石井亮平さんは撮影やレイアウトなど。そして、三つ先輩の澤口晴美さんがアポ取りや印刷所とのやり取りなどを引き受けた。

 瀬川さんは、出稿前のチェックをすべて行うと言い、また、企画部やマーケティング部との連携は彼が取った。


「六月号には歌手の黒崎まどかさん、七月号にはお笑いコンビ『じょーかー』のインタビュー記事を載せる。澤口がすでにアポをとってくれて、四月十五日に黒崎さん、五月十日にじょーかーの二人にインタビュー」

 うなずきながら、メモを取る。でも、その手が一瞬止まる。

「この件、スケジュール登録はしておくので、石井くんにはスタジオの予約をお願いしたい。丸山さんは、インタビューの素案を僕に提出ね。ちゃんと相手のこと調べて、面白い話が引き出せるように」

「は、はい」

「よし、じゃあ、すぐに仕事にかかろう」

 その声を合図にわたしたちはそれぞれのパソコンに向かい、それぞれの仕事を始める。編集部に与えられた小さな部屋で、わたしたちは四つ机をくっつけて仕事をする。

 わたしの前には石井さん、隣には澤口さん。

 澤口さんの前に瀬川さんがいることに、なぜか心がざわつく。

 なぜ? ──彼が彼女を呼び捨てたから。


 瀬川さんにとってわたしは、一人の部下に過ぎないのだから、何を期待することがあるのだろう──そう言い聞かせ、仕事に没頭しようとする。ざわつきは心の隅に追いやって、黒崎さんやじょーかーさんを調べながら、インタビュー案を書き始める。


 昼前。

「あ、澤口、アポ取りのメール、今までのやり取り全員に転送しといてくれるか? あと今後のやりとりはCCにみんな入れて。実際にインタビュー行くのは石井くんと丸山さんだし」

と瀬川さんが言う。

「ああ、はい。わかりました」

と澤口さんが答え、すぐに送られてきたメールの署名。


──お笑いコンビじょーかー マネージャー 山口翔太──


 わたしはこの名前を知っていた。

 心に、特大のざわざわがやってきた。


 珍しい名前ではない。同姓同名かもしれない。

 わたしは「山口翔太」をざわざわに包んで心の片隅に置き、黒崎まどかさんのプロフィールを開いた。

 芸能には疎い。テレビをあまり見ないからだ。黒崎さんは最近売れているらしい。ネットで検索して写真を見る。二重まぶたでぱっちりした目。黒くて真っ直ぐな髪の毛。名前は思い出せない、昔仲が悪かったあの子に似ている──。

 

 インタビューの素案を作るのは、思ったより楽しい作業だった。でも、マネージャーの名を知ってからは、じょーかーのプロフィールはなんとなく、開くことができなかった。だから、黒崎さんの分だけ作って、それを瀬川さんに提出してから退社した。

 家に帰りながらもざわざわが続く。

 インタビューの日が来れば、マネージャーさんも一緒に見えるのだろう。その日になれば、わたしの考えすぎだとわかるはずだ。

 ざわざわをどこかに吹き飛ばしたくて、カラオケに寄って声を出した。

 でも、中学生の頃に流行った曲しかレパートリーがなくて、結局ざわざわを大きくしてしまっただけだった。

 一時間歌って、大きいざわざわを抱えて家に帰りついたとき、鞄の中でスマートフォンが震える。取り出して画面を見る。

 ──植村誠──

 今日はどうしても、「昔の人」の名前を見なければならない日らしい。

 やたらと本だけは積んであるが、女の子らしいものはほとんどないワンルーム。ベッドに座って電話を取った。

「……もしもし」

『あ、沙紀? 誠だけど』

「知ってる。登録してあるから」

『もう連絡先消されてるかと思ったよ』

「そうね、消すべきだった。消してあれば出なかったのに」

『なんだ、冷たいな』

「で、何の用?」

 冷たいと言われて、もっと冷たくわたしは聞いた。

『転勤になってさ、戻ってきたんだけど』

 一瞬考える。彼が今までどこに行っていたかもすぐには思い出せない。

「……で?」

『え、久しぶりに会おうよ』

 当たり前でしょ、というふうに彼は言う。

「なんで?」

『俺が会いたいから』

「わたしは会いたくない。仕事が忙しいの。切るよ」

 どんどん冷たくなる自分の声が、誰もいない部屋に響く。

『あ、待って』

「何」

『仕事が落ち着いたら会える?』

「嫌よ。じゃあね」

 彼はたぶんまだ何か言いたかったのだろうと思う。でも、わたしはそこで通話終了のボタンを押した。

 夕食を簡単に作り、一人静かに食べながら、これからの仕事のために、今夜はなんとなくテレビをつけた。

 すると、「じょーかー」の二人が街ゆく人に声をかけている映像が流れた。街の人も、「あ、じょーかーだ!」と嬉しそうだ。こうやって売れている人のことを、わたしは知らないで生きてきた。日向にいる人間を、陰からも見ずに、うつむいている。

 じょーかーの二人が明るいから、マネージャーもきっと明るい人だろうと思った。だから、あの人ではないと、そう思い込んでざわざわを小さくして、眠りについた。

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