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流れる

 コーヒーを二人分入れる。

 石井さんが言った。

「丸山さんモテるんだな」

「……はい?」

「この間別れた奴といい、さっきの奴といい……」

「モテるっていうのとは違います。都合のいい女なんです、多分」

 マグカップを両手で包み込む。

「付き合ってるとき、わたしはあの人の言いなりだったから」

「男にしてみれば、そういうのを……いい女って言うんだろ」

「そうでしょうか……」

「俺は、丸山さんみたいな……自分より優秀な女は嫌だけどな」

 優秀と言われたことに喜ぶ暇もなく、傷ついている自分に気づく。

「……優秀じゃないですよ。石井さんがしている仕事、わたしにはできません。比べられるものではありません」

 マグカップから湯気が上がる。

 石井さんは、一気にコーヒーを飲もうとして、でも熱かったのか、途中でやめた。

「君は優秀だよ。一人で生きていける、強い女だよ」

 もうどんな男性とも付き合うなという忠告にも聞こえた。

 石井さんの横顔を見る。

 その目は、遠くを見ていた。

 何もないわたしの部屋の壁とかではなく、ずっと遠いどこかだった。

「石井さん?」

「いや、ごめん……。優秀じゃない都合のいい女は、大変な目に遭うからね。丸山さんは優秀で良かったんだよ」

 彼はわたしの方を見て微笑んだ。そして今度こそコーヒーを飲み干した。

「じゃあ、俺、もう行くわ」

 そう言って立ち上がる。二十二時三十分を過ぎたところ。

 わたしも立ち上がって、玄関まで見送る。

「コーヒー、ごちそうさん」

 そう言って彼は扉を開ける。

 引き止めることは当然できなかった。


 その次の日からも、何でもないように日々は流れた。たいてい月に一度、わたしと石井さんは社用車に乗って取材に出かける。

 プライベートな話はなくなった。わたしは仕事一筋の女になっていた。


 また春が巡ってきた。

 澤口さんが結婚を機に退職することになり、わたしたちは小さな送別会を三月に開いた。

「相手の仕事が静岡でね、そっちに移ることにしたの」

「恋人がいらっしゃったとは……気がつきませんでした」

 石井さんが言った。

「まあ、話すことでもなかったからね。向こうは静岡にいて、あんまり会ってなかったし」

 そんなふうに、旦那さんになる人の話やこれからの仕事のことを聞いている間、瀬川さんはあまり元気がなかった。

 会の終わり際、澤口さんがわたしに声をかける。

「静岡、遊びに来てね。料理教えてほしいんだ」

 旦那さんに作ってあげたいのだろうと思ったら、澤口さんが眩しかった。


 澤口さんがいらっしゃらなくなる前に、引き継ぎのためにわたしより一つ下の大垣綾子という女の子が編集部に異動してきた。

 礼儀正しく、気が利く子で、仕事もすぐに覚えた。

 四月に入って二週間ほど経ち、上がる時間が大垣さんと被る。

 どうやら帰る方向が一緒らしく、なんとなく話をしながら一緒に帰る。

「丸山さんって、わたしが入社したとき、人事でしたよね?」

「うん、そうだよ」

「どうして編集部にいらしたんですか?」

「元々出版行きたかったからね。瀬川さんがわたしを引っ張っていってくれたんだよ。大垣さんは? 企画にいたのに」

「自分が思ってるように企画ができるわけじゃないんだなって、限界感じちゃって。やりたいことできないなら、どこでもいいかなって思っていたんです。そうしたら、タイミングよく、事務方が空くからどうかって声をかけてもらって。瀬川さんに」

「ああ、そう……」

 マイナスな動機に少し傷心する。編集部の事務方は、企画に比べたら少しは楽なのかもしれないが、わたしたちは少人数で働いている。瀬川さんと同じ方向を向けない人はついていけない。下を向いている人は、絶対についていけない。

 瀬川さんは何を考えているのだろう。

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