救い
クリスマスが近づいてきた頃、月曜日だったことだけは覚えている。
夕方取材に行って、スタジオからは会社よりも家の方が近かったから直帰していいと瀬川さんに言われていた日。
冬だから退勤時間はもう外は暗くて、なるべく街灯のある道を選んで歩いて帰る。
道の途中で、自分が石井さんのことを考えていることに気がついた。
まさか、そんなこと──。
もやもやとした思考に飲まれながら、マンションに帰りつく。
マンションの前には、誠が立っていた。
「久しぶりだな」
「……何か用?」
「そろそろ別れたかと思って」
「別れていたとしたら何? あんたとやり直す気はないよ」
そう言って、通り過ぎようとした。
が、手をつかまれてしまった。
「やめて」
「今日泊めてくれよ」
「嫌だよ。馬鹿じゃないの。ストーカー!」
手を振り解こうとしたが、できなかった。
「……電話が来たから放して」
とにかく今はこの状況をなんとかしなければならなかった。
誠はとりあえず手を放してくれた。
わたしはポケットからスマホを出す。
「……誰? 男?」
「切れちゃった。仕事の人。かけ直す」
わたしはすぐ、なぜかはわからないけれど、石井さんの番号にかけた。
『はい、石井です』
「……もしもし、すみません、お電話いただいたのに出られなくて」
『え、丸山さん、何言ってんの? 電話なんて──』
「あ、そうなんですか。すぐ戻りますね!」
電話を切って、誠に告げる。
「仕事に戻ることになったから。じゃあ」
「ここで待ってるからな」
「何時に戻るかわからないし、わたしはあんたと話す気はない」
「少しくらい聞けよ!」
「ねえ、緊急なの。もう行くから」
走ってまた来た道を戻る。
会社の最寄り駅に着く。会社に向かおうと思った。
でも、改札を出たら、石井さんが立っていた。
「一人か?」
「あ……あの、すみません、電話……」
目から温かいものがこぼれる。
「どうしたの?」
「あの、大学のときの、彼氏が……」
うまく話せない。
誠が怖かった。今日の彼はたぶん本気で、きっとずっとあそこで待っている。
でもだからといって、なぜわたしはまずこの人の番号に電話をしようと思ったのか。
何も説明できない。
とにかく、石井さんの顔を見たら、涙が止まらなくなっていた。
「……俺ももう上がってきたから、飲みに行こうぜ」
石井さんはそれ以上何も聞かず、そう言ってこの間のバーに連れていってくれた。
わたしはゆっくり、誠のことを話した。この数ヶ月の誠は本当に怖かったのだ。
家まで来る執着があるなら、なぜあの頃にわたしを大切にしてくれなかったのか。
「今日、帰ったら、たぶん、家の前にいるんです。待ってるって言ってたから」
「帰るのやめれば?」
「そうしたら一晩中いるかも……。こんな寒いのに」
「……嫌な奴なのに心配してんだな」
石井さんにそう言われて、はっとする。
なぜわたしは、彼が風邪をひくかもなんて、わたしには関係のないことを心配しているのだろう。
「まあ、丸山さんは優しいからな。じゃあ、俺と帰ろう。彼氏がいるって思ったら、諦めるだろ」
石井さんはなんでもないようにそう言った。
「え、でも──」
「言っただろ。あんたがいないと困るんだって、仕事的に。だから俺にはあんたを守るメリットがあるんだ」
わたしは、もう何も言えなくなって、彼について店を出た。
マンションの前には、まだ誠がいた。
「……遅かったな」
わたしは何も答えなかった。
「沙紀に何か用?」
石井さんが言った。演技とはいえ、名前を言われるのは恥ずかしい。
「別れたんじゃなかったのか? 男がいるなら用はないよ」
誠はそう言って鼻で笑うと、駅の方向に歩き出した。もっと執着しているのだと思っていた。
「もう来んなよ」
石井さんが誠の背中に向かって言った。
「……あの、石井さん」
小さい声で言う。
「しっ! とりあえず部屋に入ろう。戻ってくるかもしれない、まだ安心できない」
わたしは黙ってうなずいて、石井さんを自分の部屋へ案内した。
「ごめん、演技とはいえ女の子の部屋に入るなんてね」
玄関に立ったままで、彼は部屋の中には入らない。
「いえ、あの、すみません。巻き込んでしまって。わたしの問題なのに……。どうぞ上がってください。コーヒーでも出しますから……」
自分で言っておいて少しびっくりする。付き合ってもいない男の人を、部屋に上げようだなんて考えがわたしにあったとは。
「ほかの男にもそういうこと言うの?」
「……まさか。ここに男性が来るなんてこと、滅多にないんですから。石井さんが三人目です」
「さっきのと、このあいだ別れた奴と、俺か」
「そうです」
「……寒いから、コーヒー一杯だけもらってく」
そう言うと石井さんはようやく上がった。




