別れ
よく晴れた土曜だった。
空気は冷たく、よく澄んでいるような気がした。
昼のうちに家事を片付けて、夕方になって出かける。
おしゃれをしようという気はなかった。寒かったからというだけではない。
食事のとき、彼はいつものように、会わない間に何をあったか話してくれた。
「丸山さんは?」
少しお酒を飲んで、気分が良くなっている彼が聞く。
その良い気分を壊すことに、一瞬のためらいがあった。でも、今日を逃すわけにはいかなかった。
「特に何も」
「そうなの?」
「……わたし、今日は大事な話をしに来たの」
ふっと、彼がまた笑う。
「深刻な話?」
もう彼は、すべてわかったようにそう聞いた。
「深刻にしないでほしい。でも、もう別れたいの」
「……どうして?」
「山口くんのこと、昔は確かに好きだった。でも、将来のことを考えたら、一緒にいるのは……もう、限界かなって」
彼はしばらく黙っていた。黙ってわたしを見ていた。わたしも彼をきちんと見ていた。目を逸らしたら負けだと思った。
「……僕は、長い間、丸山さんのことばかり考えてきたんだよ」
「知ってるよ。だから、もう、それも終わりにしていいんだよ。山口くんが好きだった丸山沙紀はもういないの。あなたが守ろうとしなくても、わたしはちゃんと生きてるよ」
山口くんは、そこで初めて目を逸らした。それから、またわたしを見て、言った。
「君の言う通りだな。僕の時間は、中学のときから止まったままだったのかもしれない。でも、これから──」
「ううん、別れよう」
彼は将来のことを言おうとしたのだと思う。でもわたしはそれを遮って言った。
「どうしても?」
「うん、どうしても」
「……わかった」
お金を置いて、わたしは先に出た。
電車に乗って、石井さんにメッセージを送る。
数分後に返事が来た。
『会社の近くで飲んでるから来るか?』
石井さんは、バーで一人で飲んでいた。
「よう、すっきりした顔してんな」
相当酔っている様子だ。
「……はい、別れてきたので」
「奢るよ」
「じゃあ、一杯だけ」
石井さんは特に何を聞くでもなく、隣で飲んでいるだけだった。
「あの、よく一人で飲みに来られるんですか?」
「……そうだなあ。土曜はだいたいここにいるかな。一人でな」
「なんで今日、わたしを呼んでくださったんです?」
「なんとなく。別れたあとの顔が見たくなって」
「ひどい人ですね」
「これで仕事一筋の女になれるな」
「そうですね」
楽しくて悲しい気分だった。
恋に振り回されないで生きていける。そして、花嫁になる夢は遠ざかった。
「彼氏のこと、好きだったの?」
「え?」
「さっき別れた奴。好きだったのかって」
「ああ……。そうですね。ずーっと昔、子どもの頃に」
わたしは中学校の昇降口を思い出していた。
──あの頃もし、付き合っていたら?
無意味な疑問が浮かぶ。答えを考えることなく、その疑問は押し込んだ。
「もう大人なんだから、ちゃんと今の自分がいいと思った人と付き合えよ」
「わかってますよ。なんでアドバイスしてくださるんですか?」
わたしが聞いたら、石井さんはわたしを見たまま一瞬黙って、それから言った。
「丸山さんが精神を病みでもしたら、うちの部署は潰れちまうだろうが。誰が取材するんだよ。だから自分のことを大事にしろって言ってんの」
飲んでいるせいでいつもよりずっと口が悪かったが、わたしはその言葉を素直に受け取った。




