異動
上司の瀬川さんがいきなり設定したミーティング。何を話し合うのかもわからないまま、第一会議室に行った。
「なんで呼ばれたかわからないって顔をしてるな?」
「はい……」
何か悪いことをしたかしら、思い当たるふしは何もないけど──そう思いながら、寒空の下を出勤してきた。
「僕に異動の話が出たんだけど」
瀬川さんがそう言ったので、わたしは自分が何か咎められるわけではないのだと安心し、言った。
「ああ、そうなんですね」
「で、僕が異動したら、そこが空くだろ? だから、引き継ぎを──」
「はい?」
瀬川さんが話し終わる前に、わたしがそれを遮ってしまう。
「だから、引き継ぎだよ! 僕が異動しちゃったら、次にリーダーになるのは丸山さんだよ」
瀬川さんは、わたしをまっすぐに見て、そう言った。
「……わたし、ですか?」
「そうだよ。丸山さん以外には任せられない」
「神谷さんとか、佐々木さんとか、いるのに?」
「うん。丸山さんがいちばん安心して任せられる」
わたしの目の前で、瀬川さんはにこにこと答える。
「でも、異動ってことは、わたしの上司は瀬川さんじゃなくなるってことですよね……」
うつむいてしまう。
入社して五年。ずっと人事部で、瀬川さんの下で働いてきた。上司として彼以外は考えられない。
「うん。藤田さんだね」
藤田さんは人事部長で、うちの会社でずっと働いている大ベテランだ。仕事の鬼。
考え込んで黙っていると、瀬川さんはわたしに言った。
「一緒に来る?」
顔を上げると、ずっとわたしを見てくれていたらしい瀬川さんと目が合った。
「え、そんなこと──」
「できるよ。実は、そう望んでくれるんじゃないかと期待してたんだ。今度新しい部署ができるんで、そこのリーダーを任されたんだよ。一人部下を選んでいいと言われてる」
ゆっくり、わたしに言い聞かせるように、瀬川さんは言った。
「……最初から、そうおっしゃってくださいよ」
「いや、昇進もしてほしかったからさ。君には能力があるし、新卒採用チームを引っ張っていけると思ったから」
「……ありがとうございます」
瀬川さんはこうしていつもわたしを褒めてくれるのだ。だからわたしは、ずっと彼の下にいたかった。
「僕にとっても、丸山さんは手放したくない部下なんだよ。じゃ、春からもよろしくね。僕たち、『編集部』になるからね」
「……編集部?」
わたしたちの会社は三百円均一の雑貨屋を運営していて、企画部とマーケティング部が花形だった。
わたしも、入社のときには企画部を希望して、そしてその希望が通らず、人事部の新卒採用チームに入った。
「あの、編集って、何を?」
「雑誌」
「……雑誌?」
「新しく、雑誌を作ることにしたんだって。商品宣伝用の」
「広告じゃなくて?」
「まあ、別に月刊誌とかじゃなくてさ、店にこう、フリーペーパーで、置くんだと」
「へえ……」
五年前、出版社に入りたくて、就職活動をしていた。全部落ちて、そしてここに流れついた。
「丸山さんがやりたかったことに近いかなって思って。だから、一緒に来てくれたら、ウィンウィンじゃないかなって」
瀬川さんはまたにこにこと言う。
「だから、初めからおっしゃってくださいよ」
「ごめんごめん。まあそういうことだから。丸山さんには取材やら執筆やらやってもらうことになるからね。よろしく」
それからわたしたちは会議室を出て、デスクに戻った。
戻りながら、瀬川さんが、
「あ、まだ言わないでね。編集部のこと。二月には引き継ぎ開始するけど」
と言う。
二ヶ月後、朝礼で社長が、新たな部署の立ち上げについて報告。メンバーの紹介。
瀬川さんとわたし。それからあと二人。ほとんど関わりのない別の部署の人だった。




