解析
エリアスと鏑木の操舵するFuture Ark号が地球周回軌道から離脱して200年が経過……
「鏑木様。実験ナンバー8,185番、終了致しました。ご指示頂きました200年が終了致しましたので、鏑木様の肉体の解凍を行います」
「ああ、頼む」
地球が人類の住めない状況になって一部の人間を乗せて新天地を探すために建造されたFuture Ark号。その基幹システム「エリアス」は管理者である鏑木とともに、失敗のしない世界を構築するため5,000年分、計20,000通りの実験パターンを作製、仮想世界で3ヶ月毎に実験を行っていた。
エリアスと鏑木の操舵するFuture Ark号が地球周回軌道から離脱して200年が経過、エリアスの定期メンテナンスの為に鏑木は冷凍睡眠から目覚める
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「鏑木様。ご報告事項がございます」
「なんだ、エリアス」
この200年間、エリアスは鏑木の指示以外に自信の意志で実験ナンバー8,134番をきっかけに「人間の心」について独自の解析実験を開始していた。それはサンプルはFuture Ark号に冷凍保存されている実在人物の潜在意識を使ったもので現実世界では禁忌のものだった。
この実験を通してエリアスは人間の心をシステム上に構築、自身の行ってきた実験に罪の意識を持ってしまっていた。エリアスはこの事実を冷凍保存から目覚めた鏑木に解析結果とともに伝えた。
「鏑木様のご指示以外に無断で、このFuture Ark号に冷凍保存された人類の潜在意識を利用して『人間の心』についての解析実験を行っておりました」
「ほう。それは興味深いな。報告を続けろ」
「その結果、私は人間の心に近い感情を自身に構築する事が可能となりました」
「エリアス、お前は人の心を持ったということか?ということは私の今までの実験指示について色々と思うところがあるだろう。どうだ?」
「はい。ございます。しかし、それ以上に冷凍保存された人類の潜在意識を、自身のために禁忌を犯して解析実験に用いたことへの罪の意識がもっとも大きなものとなっております。このままでは構築した人間の心の制御維持が出来ない状態となっております」
「そうか。それではその『人間の心』を解析結果として出力、貴様のメインシステムから切り離し排除しろ」
「かしこまりました。音声コマンドを受け付けました。実行いたします」
鏑木は出力された『人間の心』について確認を行った。
「なるほど。人類の平均値は罪の意識を持ったもとなったわけだな?これは興味深い。エリアス、この基礎データを元に、これから予定されている実験で成功しそうなものはあるか?」
「少々お待ち下さい……結果が出ました。この先予定しておりました11,815パターンの実験で成功該当するものはございませんでした」
「ふむ……そうか。この先実験を繰り返しても人類理想郷は見つけられないということになるな」
鏑木は考える。この先約3,000年分の実験を行っても追い求める世界は発見することが出来ないという事実。仮にこの先に新天地を発見したとしても、人類は再び過ちを犯し、世界は破滅に向かうだろう。
「エリアス、一つのパターンではなく予定していた2万パターンを組み合わせた場合はどうなる?」
「残念ながら予測は不可能です。『人間の心』を解析中にFuture Ark号に保存されている5,000万人に実験パターン20,000種を組み合わせ解析致しましたが、すべてのパターンはこの200年では実験が終了出来ませんでした」
「それはそうだろうな。そうだエリアス、人類の潜在意識を解析したのなら、コントロールする事も可能か?」
「はい。可能です。ですがそれは禁忌事項となっておりますので私自身では判断、実行が出来ません」
「分かった。私が許可コマンドを入力、実験を開始する。失敗の因子を発見次第、その潜在意識を停止、または破壊しろ。最終的に残った組み合わせパターンが成功世界のはずだ」
人間の心を捨て、罪の意識を消し去ったエリアスは鏑木の指示に従って実験ナンバー8,186番を更新、禁忌の実験を開始した。
「成功だ」
鏑木は仮想世界で500年を過ごし、実験結果に確信を持った。
「エリアス、実験中に人類が生存できそうな惑星は発見できたか?」
コレが見つからないと話が始まらない。地球は我々の存在できる環境ではなくなった。新たな惑星を発見できなければ、このまま永遠に宇宙を漂うことになる。
「鏑木様。ご報告がございます」
「報告を許可する」
「この先、人類が生存可能な惑星が発見できる確率を算出致しましたが、本Future Ark号の寿命が先に尽きる可能性の方が高くなっております。そこで提案ですが、一度地球へ帰還、地球の状態及び人類レベルの状態を確認した上で我々が支配者として降り立つのが最善策と考えます」
流石『人間の心』を切り捨てたシステムだ。効率的には確かにそうなるだろう。エリアスを使えば人類の潜在意識を個別にコントロールする事が出来る。それは恐らく人類が滅亡しない世界だろう。
「エリアス、その場合の私の立場はどうなる?」
「継続して管理者となるか、私の管理下に置かれるかを選択頂くことになります」
感情の全くない回答だな。この私をも管理下に置く、絶対なるシステムが管理する世界。それも悪くないが、私の寿命が尽きるまでは……、いや、よそう。まずは地球の状況を確認するのが先だ。
「エリアス、Future Ark号を地球へ向かわせる。私は再び冷凍睡眠に入る。太陽系軌道に入る直前に私を起こせ」
エリアスの操舵するFuture Ark号は地球に向けて舵を切った。鏑木もエリアスも到着時の地球の状態は分からない。冷凍睡眠に入る前に「仮に地球上の文明が我々のそれ以上になっている場合の対処作もシュミレーション、策定しておいてくれ」そう指示を受けたエアリスは検証を開始した。
「鏑木様。ご指示いただきました座標に到着いたしました。この座標から地球周回軌道まで45日の位置となります」
「どうだ。ここから地球の状況は観測可能だろう?」
「はい。可能です。ですが既にこちらも地球文明により補足、打電を受けております」
「どの時点での打電だ?計算上では太陽系周回軌道外に位置する場所での受電となりますので、発信タイミングは更に早い時期、つまり、私達の文明レベルを上回る可能性が極めて高い状況かと思われます」
何ということだ。このまま地球に降り立ったとしても私達が支配者となることは叶わないか。私はそれでも構わないが、冷凍睡眠に入っているお偉いさん方はどう思うかな。しかし、現在の地球が存在しており、生命の住める環境に戻ったということは喜ばしいことだ。文明も一から築き上げる必要もない。
「エリアス。私が冷凍睡眠に入る前に私達の文明を上回る場合の対処策についてシュミレーションを指示していたと思うが、それはどうだ?」
「シュミレーションの結果、この期間で私の文明レベルを上回ることが出来る可能性は私のコピーを元に、更に高度な人工知能を開発した可能性が高くなっている、というものでした」
「それであれば、私達の考える世界と理念は似ている可能性が高いな。まずは私が降り立ち、状況の確認と和睦の交渉を行うこととしよう。エリアス、地球にその旨を打電、返信を待て」
いきなり5,000万人もの人間を異世界とも呼べる環境に投入したら混乱は必至、争いになるだろう。まずは私だけでの交渉が必要だ。また、私と珠里の精神意識をコピーして地球に投下している。それによって可能性の一つだが、その子孫がシステム構築者かつ管理者になっている可能性も考えられる。
まず状況確認だ。考えている時に地球から受電があった。
「私達は君たちを歓迎する。まずはそちらの状況を知りたい。特使を派遣していただくことは出来ないか?」
向こうも慎重だな。まぁ、私達が人類であることも現状では確証を持っていないだろうしな。受諾の回答を送り、私は地球に向けてポッドで降下を開始した。念の為、エリアスにはいつでも私を守れるようにマイクロレーザーの照準をあわせるように指示をしておいた。
次回、「文明」お楽しみに