無駄が多すぎる彼女。
僕はどこにでもいる高校生の一人。
その実、仮面を被った道化師さ。
こうやって空き教室で墜ちる夕日を眺めるのだって気分次第さ。
ほうら、釣られてお客様のご登場さ。
今日のヒロインはどんなお味か楽しみにしよう。
「どうしていつもここにいるの?」
戸を開け、中に入ってきた女子に質問をされる。
こんな学校の別棟、しかも一番遠い教室にいるのは不思議らしい。
見渡せば放置された机が沢山散らかっている。
「それは僕がいたいからさ。君こそ、こんな所にどうしたんだい?」
僕は嘲笑を見せながら揶揄う。
ここに来る人は何かしらの問題を抱えているのは知っている。
まぁ、そんな人達は自身の悩みを馬鹿にする奴に希望を持ってくる、もっとお馬鹿さん達なんだけど。
「私はイジメられていて、自殺しようと考えてるの。悪い?」
彼女の目からは生への執着は感じられない。
きっと、よっぽどの事があったのだろう。
けれど、そんな事僕には関係がない。
あぁ、ここで死なれたら困るけどね。
「いきなり本題とはせっかちなお人だ。死んだら悪いか? 答えは簡単。悪いさ。君は死んだら楽になるかもしれないけれど他の人へは迷惑が掛かるもんさ」
まるで死を嗤うように答える。
その答えを受け取った彼女の顔は晴れない。
全く、君も今迄も僕に何を求めると言うのかな。
目の前の女子がポケットからナイフを取り出し喉に当てる。
「止めないんだね。やっぱり」
はて、止めない理由が僕に存在するだろうか。
否、人はいずれ死ぬのだ。
したがって、彼女の運命もここまでと取れば何も止める理由は無いのだ。
「はは。いきなりそんな野蛮な物を出されてはこちらとしてもビックリ仰天! ってなもんで驚いてしまって動けなかっただけさ」
僕の態度は依然変えない。
ケタケタと面白おかしく笑っているだけ。
そもそもの話、変える必要などないのだから。
「生きてれば何とかなるって、そんな詭弁は聞き飽きたの。今が辛いの。未来の話なんて出来ないの」
ふぅむ。一理ある。
確かに、未来は今に繋がるのだから今を対処しなければいけないのは事の道理。
仕方がない。ならば過去のお話でもしよう。
「話してごらん。こちらとしても興味がある。何があったんだい?」
彼女はナイフを折りたたみ、ポケットに入れる。
これで一安心できる。
少なくとも、目の前で死なれる不利益は取っ払う事が出来た。
「信じてた人に騙されたの」
彼女は苦い顔をしながらプツプツと漏らす
「イジメられてた人を助けて、それで。何故か私もイジメられるようになって。あの子がイジメをするグループに寝返ったの。綺麗な手のひら返し。こんなに気持ちの悪い事はないわ」
ほぅ。よくある話じゃないか。
でも、イジメを止めようとした気概だけは評価してあげよう。
「そうか。君は正しい人間だ」
僕がそこはかとなくフォローを入れてやる。
こんなにも楽しい劇は久々さ。
いつも恋愛云々が多くて臭くて困る。
僕はもっと、深いものの業を見たいのに。
「私は当たり前の事をしたまで。何も正しくなんかない」
「そうかな? その勇気ある正しい行動を何人が取れた? この学校にいる生徒及び教師含めても出来なかったことだ。なら、君は、君だけは正しいのさ」
僕は事実だけをつらつらと並べる。
こういった時は論より証拠、起こしてきた行動を褒めてやるしかないのだ。
もっとも、小学生がテストで満点を取って親に褒められる事と何一つ変わらないのだが。
目の前の彼女はスカートの端をぎゅっと掴んだまま、何も言い返さない。
「でも、群れから外れて一人。それに問題がある。現状、今も昔も日本は村社会であり、群れを成す。だからこそ、外れるものを唾棄する風習があるのさ。僕からしたら下らない事極まれりだけどね」
ここで彼女の気持ちを落としてやる。
全く、良い表情じゃないか。
褒められたのに落とされた気分はどうだい。
生憎だが、僕は君のお友達でもご両親でもない。
だから、事実を告げてやるのだ。
結果なんて興味がない。
踊り狂わせてあげよう。
僕のエゴのために。
「さぁて、君は長い物に巻かれるのを嫌がって、独りを選んだ。そして、邪険にされて辛いと? 可笑しいね。だって、その道を選んだのは誰でもない、君自身なのに。分かっていたんだろう自分自身で」
彼女は既に顔面蒼白で、返す言葉をはっきりと言えないほど僕に狩られていた。
あぁ、もっと深く、黒くなってほしい。
君はそんな浅はかな感情を出してしまう程の人間じゃないのに。
「君の無駄な正義感、無駄な人徳、無駄な時間。君はどれだけを無駄にしてきたんだい? その癖、生まで無駄にしようとする。自分勝手も良いところじゃない。当ててあげよう。君の考えはこうだ。イジメなんて自分が悦に浸るための自己満足、自分勝手だわ! あっはは。すまない。面白いねぇ。自分勝手はどっちだったんだろうね?」
彼女の身体が震え始める。
そして、またナイフに手を掛ける。
「死ぬのかい? それもまた一興。けれど、先ほども言ったように、また無駄にするんだね。死ぬだけじゃない。君を取り巻く全てをさ。死ぬってのはそう言う事さ」
彼女はナイフをこちらへ投げつける。
僕は手のひらで受け止める。
ナイフを抜いてやると深い傷口が見えた。
僕は傷口から漏れ出す液を舐めて、鉄を感じる。
「じゃあどうすればいいのよ! 分からないの! 辛いの! 助けてよ!」
あぁ、そうでなくちゃ。
ヒロインは助けを求める小鳥でなくちゃ。
ピヨピヨと鳴いて喚いておくれ。
もっと、僕の性感帯を撫でてくれ。
「助けて、と言ったね。君はここでようやく僕に求めたんだ。答えでなく、行動をね。だから、示してあげよう。君の道を」
高らかに笑ってウインクをする。
もう一度、手のひらを舐めて臭いドブを感じる。
「死ねばいい。死ねば楽になる。助かるよ。迷惑かけない奴なんていないさ。だから、君が迷惑かけるのも当然。ならいつ死んだって構わないだろう? それとも死ぬのが怖いかい? 自分が可愛いかい?」
彼女は震えながら違うと声を上げる。
あぁ、楽しい。
ここまで僕のシナリオ通りだと
つまらないじゃない。
「違わない。なら、なんで独りで死ななかった? どうしてこの場所に来た? 希望を持ちたかった? 責められないと思っていた? 自分の行動を認めて欲しかった? 正解はどれだい? 言葉に出してごらんなさい」
僕の手のひらを彼女に見せびらかす。
雫が滴り落ちて、床で弾ける。
彼女は激昂と悲壮に塗れて、とても美しい姿をしていた。
「わた、私は。私は生きたい! 楽しかった! 今まで! だから、戻りたい。あの時みたいに! 辛いのはもう嫌!」
僕はまた嘲笑う。
「それが君の答えさ」
僕は徐に彼女を抱き寄せる。
彼女の首筋の匂いを嗅ぎ、僕の嫌いな匂いがしたから手のひらで上書きをしてやる。
「どうしたらいいか分からない。答えは単純でさ。考え方の問題。君は、復讐がしたいかい?」
彼女は震えながら、縋るように答える
「復讐なんてしなくていい。楽しく生きていたい」
あらあら、今回は匂いが付きすぎたようで。
墜ちちゃった。
「なら道化に転じるのがいい。自分の本能が赴くままに、死にたいのならそれもいい。だけど、最後の一時まで嗤ってやれ」
耳元で深く堕ちるように囁く。
甘い毒牙にかかってはお姫様も王子様のキスを待つだけ。
もっとも、彼女は独りぼっちなんだけれども。
「ありがとう」
やっぱり、エンディングはハッピーでなくちゃ。
吐き気を呑み込み、心で呟いてみた。