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Love and words of a monopoly  作者: 空色 鈴
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想い重い、愛。

どんな形であろうと、愛。

受け取らなければならない、愛。

*グロテスクな描写があります。ご注意ください*


「今日もいい天気だね」

「そう、だな」

「安いお肉、あるといいね」

「あ、ああ」

 二人は手を繋いで、公園の広い一本道を歩いていた。

 右側には大きな池。太陽の光で水面が反射し、汚れ、緑色をしている水さえ綺麗に見せている。

 池の上には数席のボートが浮かんでいた。ボートの上には仲の良さそうな恋人たちがいる。赤ん坊を真ん中に乗せて写真を取っている、親子の微笑ましい光景もあった。

 左側には芝生がある。木陰の下ではレジャーシートを敷いて弁当を食べる家族や、木陰で昼寝をしている老人など、多くの人がいた。

 休日の公園だ。当然、子どもが多い。兄弟らしき二人の男の子が、ボールを奪い合いながら戯れながら朱嗚と真葵の前を通り過ぎていった。

 そんな和やかな公園で、朱嗚だけが一人、恐怖で身体を震わせていた。

 人が傍を通る度に、びくりと反応してしまう身体。鏡など見ずとも分かる、自身の堅い表情。

 それらを隠すように、朱嗚は空を見上げた。頭上に広がる空は、朱嗚の心とは正反対の晴天だ。雲がチラともなく、眩しすぎる太陽は地にある物を全てに光りを突き刺している。

「ふふ、楽しい」

 日を受けて、綺麗に梳かれた漆黒の髪がきらりと光る。スキップで進めば白いレースつきの黒いワンピースが大きく靡く。スカートの揺れが、真葵の機嫌の良さを表していた。

 スキップに合わせ、腕も激しく上下する。繋がっている朱嗚の身体とカッターシャツ、真葵がセットした薄茶の髪をも大きく揺れた。

 若い男女が手を繋いで歩く光景は、何とも和やかだろう。傍から見れば、仲のよい恋人同士が楽しくデートをしているようにしか見えない。それを決定付けるように、老夫婦が優しい瞳で二人を見つめていた。

 しかし、そんな期待に沿えるような心境は、今の朱嗚にはない。朱嗚は内心凍るような思いで歩みを進めていた。

 繋ぐ手には大量の汗が滲んでいる。早々と進んでしまいそうな足を何とか押さえてながら、真葵の足の小幅に合わせて歩みを進める。

 早く、早く終らせて、帰らなければならない。そればかりが、朱嗚の脳裏を埋めていた。

 他のことなど考えている余裕はない。額に滲んだ汗が、ゆっくりと米神から鼻筋へと伝った。


 日常は、崩れだしていた。

 真葵が第一の事件を起こしたその日から、平凡な生活は終わりを告げたのだ。

 血に塗れた惨劇は、風邪のせいでも熱に浮かされたわけでもなかった。その時の真葵は正常だったのだと、日々が語っていた。

 二人は一週間に一回、必ず外に出るようになった。買い物や散歩、ただ人通りの多い道を歩くだけの日もあった。

 いつ外出するかは真葵の気分次第で決まる。雨の日。風の強い日。台風の時でさえ、真葵が外に出たい気分になれば外出となる。公園、無料の遊園地、デパートなど。行く所は決まって、人気の多い場所だった。

 そこで、真葵は試しているのだ。朱嗚の愛を。

 僅かしかない欠片のような不安を、拭うために。


「あ、安い洋服あったら買ってもいーい?」

「あ、ああ」

 話しかけられ、自分の世界に入っていた朱嗚は我へと返る。よそ事を考えたせいで真葵を不機嫌にさせたかと焦った朱嗚だったが、当の本人は機嫌の良い満面の笑みを浮べていた。

「朱嗚の服も、ちゃーんと安くてカッコイイの選んであげるから」

「あ、うん。ありがとう」

 返す言葉は少し戸惑いで濁っていたが、笑顔は忘れずに返した。そうすれば、つられるように真葵も微笑んだ。

 早く、早く。

 笑顔とは裏腹に、朱嗚の心は今にも風船のようにはちきれそうだった。早く、一刻も早く買い物を済ませ家に帰らなければいけない。

 そう、真葵が機嫌を損ねないうちに。

 真葵が、嫉妬に慄く前に。


 買い物が終わり、後は帰路へ着くだけとなった。

 食料も服も安く手に入った真葵はとてもご満悦で、ビニールの袋を振り回しながらスキップで前進していく。

「よかった、買いたい物全部揃って」

「そうだな」

 繋がれる腕も機嫌に合わせて上下され、それに逆らうことなく朱嗚も腕を振る。今の朱嗚に硬い笑顔はなく、本当の微笑で会話を交わしていた。

 青かった空は赤く色づき出した。次第に青色は姿を消して完全な赤となり、赤は黒に追いやられて消えていった。

 空は黒となった。

 帰り道にはもう人も疎らで、神経を使わなくとも人にぶつかることはない。

 真葵には聞こえないよう、朱嗚は密かに溜息を吐いた。外に出ている間中抜けることのなかった肩の力が、家に近づくにつれて弛緩されていく。

 そんな朱嗚とは裏腹に、真葵はにこにこと機嫌よく話し続ける。今日の夕食。服のコーディネート。新 発売のジュースの話。それに朱嗚も相槌を打ち、話を盛り上げていく。

 今日、二人が他人から話しかけられることはなかった。挨拶をされることも、他人と手や身体が触れることもなかった。

 平和のままに、試練の一日が終ろうとしていた。

 話している間に、家まで数分の距離となっていた。車も走らない狭い道。家の明かりが遠くに見えるだけで、人の気配は一つもない。

 もう、大丈夫。

 完全に安心しきった朱嗚は、散歩と会話を心から楽しんでいた。

「あ、結局サラダしか決まってないわ。夕食の主食は何にしよっか」

「ん、そうだな……真葵は何がいい?」

「えと、やっぱお肉! でも、野菜も食べないと」

 行きとは違い、ゆっくりとした足取りで二人の足は動く。会話も弾み、夕食の献立を決めながら、前方すら忘れ視界に相手だけを映す。

 だが、そんな気の緩みが、幸福を一気に地獄に変えることとなってしまった。

「あっ」

 どんと、朱嗚の身体に何かがぶつかった。それと同時に二人の耳に届いたのは、弱々しい声だった。

 朱嗚の目に飛び込んできたのは、一人の老婆だった。角から出てきた老婆は二人の存在に気付かず、朱嗚と正面衝突してしまったのだ。

 体格の差とぶつかった反動で、老婆は地面に尻餅を付いていた。カランカランと、老婆の杖が道路に転がっていく。

「す、すいませ……」

 反射的に出た言葉と、伸びる手。

 だが、それは。

「……朱嗚」

 真葵への、裏切り。

 突き刺さるような視線に気付いた朱嗚の手は、老婆に触れる前に止まったしまった。

 してはいけないことをしてしまった。ぶつかった上に自ら話しかける。それは朱嗚とって、自殺行為だ。

 朱嗚は機械のように首を動かし、視線を真葵に向けた。

 焦茶色の双眸を占めるのは、にっこりと張り付いた笑顔で朱嗚を見る真葵の顔だった。笑っているはず だというのに瞳だけは氷のように冷たく、氷点下そのものだ。

 夕日に真っ赤に染められる身体全体は、まるで鬼のようにすら見えて。

 朱嗚の背筋が、凍りつく。

「ふふっ」

 笑いが、声になる。

「あはは!」

 笑い出したかと思えば、真葵は疾風の如く走り出した。

 朱嗚に向けられた背中は、酷く楽しそうに、揺れていた。

「真葵!」

 真葵の行動は、朱嗚に地面に倒れた老婆のことなど失念させた。朱嗚は血相を変えて、逃げる影を追いかける。

 道に吸い込まれるように真葵は走っていく。

 スカートが舞い上がり、髪が乱れる。顔に髪が掛かっても息が切れても、真葵は無我夢中で道路を駆け抜けていく。魔法にでも掛かったかのように俊敏に動く足は、人間の域を超えているようにも思わせる。

 今、真葵の脳を占めるのは、一つだけだ。

 早すぎる速さに、朱嗚は追いつけない。呼び止める暇もなく、真葵の姿は深い闇の彼方へと消えてしまった。

「は……はぁ、はっ……」

 突然走り出したせいで、朱嗚の息はすぐに切れた。しかし、止まるわけにはいかなかった。苦しさに耐え、吸いすぎた酸素を何とか外に出す。

 朱嗚は一つしかない場所を目指して、走り続けた。


 朱嗚が他人と一言でも会話を交わす。人に肩をぶつける。指先を少し他人に当ててしまえば、終わり。

たったそれだけで、真葵の中の嫉妬と独占欲の炎は着火する。

 感情がぷつんと爆ぜ、瞳の光を消す。買い物の途中でも家を出て数分でも、赤信号で車にぶつかりそうになっても関係なしに、真葵は走り出す。

 真葵は部屋へと戻り、そして、儀式を開始するのだ。

 そう、あの忌々しいほどに強烈な、儀式を。




 バタン。

 呼吸困難寸前の朱嗚がドアを開けた。

 出かける前には綺麗だった廊下は、物が散乱し悲惨なこととなっていた。花瓶、靴、置物。全てが裏や横を向いている。

 そして、散らかる物達を服従させるように廊下の真中に付着するのは、赤い足跡だ。部屋に一歩踏み入れれば嫌でも感じ取れる、充満した鉄の匂い。

 それは、走っている途中に捕らえたと思われる生き物を、亡き者とした後だった。

 どれだけ早く走って、真葵はこの家についたのだろう。部屋に入るなり手当たり次第に物を壊し、散らかした様子から見れば五分は早くついていたはずだ。

 朱嗚はそんなどうでもいいことを考ながら、動きたくないと訴える足を叱咤する。黒い思考は逃げろと頭に叫び続ける。だが、白い思考はそれを無視して、身体さえそれに応じない。

 ゆっくりと廊下を歩き、無意識下に近い状態で、朱嗚はリビングのノブを回した。

「オカエリ」

 リビングが、朱嗚の視界一杯に広がる。

 ドアの先には笑顔の真葵があった。走って荒い息は朱嗚と変わらないのだが、表情はまるで別物だ。

 カーテンを閉めきった闇の部屋。壊れた物だらけの部屋の真ん中にちょこん座と座って、真葵が朱嗚を見上げる。

 細い腕の中には少し大きめの肉の塊があった。当然ながら、紅色だ。

 ソファの上には捥ぎ取られた三角の耳が飾られていた。削がれた毛は部屋全体にふわふわと浮き、漂っている。爪、髭、尻尾はまとめて、几帳面に床の上に並べられていた。

 これで、三回目だ。

 一回目は鼠。二回目は兎。今回は、辛うじて猫。

 初めて真葵が狂気を振るわせたあの日から、数週間ごとに死の儀式は行われている。

「……ただいま」

 感情と表情さえ押し殺して、朱嗚は部屋の中心まで足を進める。

 真葵の前で止まり、二人はしばらく見詰め合う。

 あれは偶然で。あのおばあさんが悪いんだ。色々な言い訳が朱嗚の頭を巡回するが、喉を通ることなく消えていく。

 言い訳などできない。

 そんなことをしようものなら行為は酷く、過激なものとなっていく。前の二回で学習していた。

「ねぇ」

 真葵は満面の笑みで朱嗚に問う。頬に付いている血が流れ、唇に赤い線を引いた。

「アタシ達、コイビトよね」

「ああ」

 間髪いれずに朱嗚は答える。

「ずっと一緒?」

「ああ」

「いつまでも、ナニがあっても?」

「あぁ」

「死ぬまで、アイしてくれるよね」

「……ああ、勿論、だよ」

 最後だけは少し言葉を濁して、それでも拒否の言葉は表さず、朱嗚は答えた。

 まだ、朱嗚の心は真葵を愛している。どんなに真葵が酷い行いをしようとも、独占欲が強かろうと、嫉妬の念に狂い出しても真葵を愛していると、口に出すことができる。

 もう醜い姿と化した動物を、可哀想と思う気力さえなくなっていた。自分も狂い出しているのかもしれない。そう思うことで、朱嗚は色々なことを、諦めきっていた。

「真葵」

 朱嗚の掌がゆっくり真葵に伸びる。頬へ付いている新しい血痕を、指が拭き取った。

 血は全て朱嗚の手に移り、白く肌理の細かい頬が少しだけ露になった。ピンク色の頬には生きている暖かさがあり、それだけが朱嗚の心を落ち着けていく。

「はい、朱嗚」

 いつものように、朱嗚の目の前に肉の塊が差し出された。塊から血が流れ、液体は真葵の腕を伝い、服と床に新しい染みを作っていく。

 受け取れと言わんばかりに、漆黒の瞳は大きく、瞳孔までが開いている。それを取るまではずっと、その体勢が続く。

 少し間を置いてから、朱嗚はゆっくりとその塊にて伸ばした。三回目ともなれば、慣れるはずのない異様な赤にも抗体ができている。

 朱嗚は猫の成れの果てを受け取った。

 血が朱嗚を染めていく。腕も服も肌も。全てが、真葵と同じになっていく。

「嬉しい。またアタシを受け入れてくれた」

 殺した物を受け取れば、朱嗚が真葵を受け入れたことになる。真葵は朱嗚の腕に移動した塊を再確認すると、満面の微笑を零した。

 だが、その表情はすぐに元に戻る。口元だけが微笑んで、眼睛は鋭い眼差しを放つ悪魔の表情に。

 そして、いつもの言葉が朱嗚に付き付けられるのだ。

「アタシには、朱嗚しかイナイから」

 重い言葉が、朱嗚の肩にどっと圧し掛かる。手には見えない手錠、足には透明な足枷。身体を覆うのは、空想で作られた拘束具。

 真葵は静かに立ち上がり、目の前にいる朱嗚の肩に手を掛けた。指は一本一本が肩に食い込み、腕は蛇のように背中へと絡み付く。

 真葵は満面の笑みのまま、朱嗚を捕らえて離さない。


「 ニガサナイヨ 」


その言葉さえ、愛。



ご観覧ありがとうございました。

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