表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Love and words of a monopoly  作者: 空色 鈴
1/7

プロローグ

アナタはアタシを、スキと言ってくれた

アナタはアタシを、アイシテルと言った

アタシが何をしても、イツマデモ、イツマデモ


アタシを愛シテくれマスカ?


プロローグ



――どうして、こんなことになってしまったのだろう――


 青年は荒い息を整え、開けたドアの前でいつものように考える。

 青年の目の前は、赤。全ての物が赤黒く染まっていた。

 電気も付けられていない狭い世界は、一見黒にしか見えない。それでも、漆黒に慣れた瞳は、しっかりと他の色を認識していた。

 元の色はある。白、茶、黄色。しかし、壁も窓も床もソファも机も、全てが黒に近い、赤となっていた。

 血で、汚されていた。

 血色で染められた部屋の中央には人がいた。大きな血の水溜りの中にちょこんと座っているのは、赤い女だった。

 黒真珠のように輝く長い髪に顔が隠れているせいで、表情は見えない。だが青年には、女がどんな顔をしているかなど、安易に想像することができた。

 純白だったはずのドレスは、もはや元の色を忘れてしまっている。白という存在自体を忘れさせるほどの、赤。女の手も、足も、顔も、全てが赤。血の色だった。

 赤い女の手の中には歪な形の固形が収まっていた。やはり赤く、黒い。すっぽりと二つの掌に収まる大きさの何かを、女は大事そうに抱えていた。

 物の正体は、床に落ちている残骸を辿っていけば嫌でも何か分かるだろう。

 裂かれた絨毯の上に転がる丸い固形は、ボールなどではない。眼孔から抉り出された目玉だ。崩壊した丸机の上には削がれた肉片。毟られた長い髪。獣のように皮膚を剥ぎ取られた男女とも判断しがたい顔の皮は、綿の出ているソファの一部となっていた。

 赤黒く広がる液の中に浮くカッターナイフの刃は、身体から引き離された肋骨に突き刺さっていた。人肉を切ったそれは、もう二度と使われることはないだろう。

 足、腕。痙攣している心臓に、蛇のように長い小腸、様々な体内のパーツ。床に転がっていないものは、一つだけ。

 残されるものは、そう。女の腕の中に抱えられている、人間の頭蓋骨だ。

 赤い部屋。血まみれの女。腕には血肉の欠片がこびり付いている、頭蓋骨。

 そんな地獄絵図にも勝る部屋にも関わらず、青年の表情に驚きはなかった。恐怖も悲壮もない。あるのは、無だ。

 青年は躊躇わず、しかしゆっくりと、血生臭い部屋の中に足を踏み入れた。

 血の水溜りを踏み、ズボンに血を付けて。ぱしゃん、ぱしゃんと音を立てながら足が進む。部屋の、中央へ。

「ふふ」

 青年が女の前へと辿り着いた。

 水音が近づいてきたことで、女は青年の存在に気付いた。頭蓋骨を見つめていた顔が上を向く。

「おかえり」

 優しい言葉は、笑顔と共に青年へと向けられた。目の前の髪を払い、露となった闇夜のような瞳が青年だけを映す。

「ただいま」

 青年が女に答える。言葉は勿論、女だけに向けられている。焦茶色の瞳も女だけを映す。満面な笑みを蓄える、女だけを。

 女は笑顔で、重たくなった服の裾を持ち立ち上がる。ぽたり、ぽたりと赤い水が滴った。

「見て」

 微笑む女は、青年の目の前に手の中の頭蓋骨を差し出した。

 青年の目線に合わせて高く上げた二の腕に血が伝っていく。女の袖に、新しい赤の染みができた。指先に付いていた血が、床にぽちゃんと落ちた。

「今日は、人を殺したの」

 挨拶と変わらない声色で女は言った。子供のような笑顔だった。

 頭蓋骨を細長い指が優しく撫ぜる。爪の間に肉の欠片が入り込んでも気にする様子もなく、なだらかな後頭部をなぞっていく。血に染まる服はそれ以上色の変化を成さない。

「このヒトはね、アナタに電話をかけてきたでしょう? だから、その時から、殺すならコイツって決めてたの」

 女は迷いなく、少し硬くなった言葉を放つ。

「だって、アナタと話していいのは、アタシだけでしょう」

 頭蓋骨を差し出す手に、力が篭る。言葉で言わずとも、受け取れという意思が青年に突き刺さる。

 闇の瞳は目一杯に見開き、青年の意志も思考も、吸い取っていく。

 少しだけ間を置いてから、青年は両手を伸ばした。頭蓋骨を、受け取った。

 頭蓋骨は生温かく、青年の体温に馴染んでいく。血は青年の指を染める。指紋の中にも浸透していくように、濃い赤が青年を穢す。

 完全に青年の掌に骸骨が包まれると、女は嬉しそうに手を合わせた。喜びを隠しきれず、細い身体が軽く飛び上がる。床にできた血の水溜りが飛沫を上げた。

「嬉しい。またアタシを受け入れてくれたんだね」

 女は頬を赤らめ、恍惚とした表情で青年を見つめる。

「ネェ」

 赤い手が青年の髪に触れた。死んだ人間のよりも冷たい氷の指先に、青年の身体が反射的に震えた。

 指は、ぐしゃぐしゃと青年の髪を乱す。手入れをしていない茶の髪は、赤黒い色で染め上げられた。

「スキよ」

 女は背伸びをし、青年の顔に自分の顔を近づけた。お互いの瞳に、相手の瞳だけが映される。

 そして女は、笑顔でお決まりの言葉で問うのだ。

「まだ、アタシをアイしてる?」


その言葉に、青年は何も言わずに、頷いた。



次の話からはスプラッター度が減ります。

最終に近づいていくにつれまた増えていきますが。

重い愛の女の話、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ