異世界への入口
本日2回目の更新になります。
ミケーレの家事が一段落したとき、恵は気になっていたことを実行に移すことにする。
もちろん彼女が来たという世界へ行ってみるということだ。
熊が出るという話を聞いていたので、準備が必要だった。
日本で持ち歩くことはできないが、恵が武器として自信をもって使えるものがある。
部屋に戻って壁に飾ってあった虎の子の最強クラスであるコンパウンドボウと、カミソリのような刃の形状を持つ、ブロードヘッドと呼ばれる鏃がついている殺傷能力の高い矢を入れた矢筒を背負って部屋から出てきた。
ジーンズとTシャツに着替えさせたミケーレに登山用品などや携帯食料の入ったリュックを背負わせる。
コンパウンドボウとは、ボクシングの映画で有名になったハリウッドの某肉体派俳優が、仲間を助けに行く映画で使った有名な弓であった。
普通の人の力では引くことのできない強力な剛弓を、滑車とケーブルとてこの原理を使って可能としたものだ。
アメリカあたりでは、二〇〇キロもある熊を一撃で仕留めることが可能だという。
恵も実際にネット上にある動画サイトで、コンパウンドボウを用いた熊を射抜くものを見たことがあった。
日本では弓を使っての狩猟は禁止されている。
恵はコレクションとして個人輸入しただけで、狩猟を行わなければ罰せられることはない。
購入当時は別荘の敷地内で試射をしたことはあったが、あまりの威力に驚いてしまった。
今は、たまに眺めてはニヤニヤしているだけ。
だが、今回は何があるか解らないということもあって、持っていくことに決めたのである。
茶系統の迷彩服を着こみ、ジャングルブーツを履いた恵。
ミケーレにはワンピースと膝丈のパンツに着替えてもらった。
メイド服はまだ一着しかないので、汚れると困ると思ったのだ。
庭に出て、生垣を目にした恵。
「ミケーレ、君が出てきたあたりはどこかな?」
「ここ辺りですにゃ」
ミケーレが指さしたところに腕を突っ込んでみた恵。
すると、生垣の感触はなく、まるでべつの何かに突っ込んでいるような気がする。
その大きさを確認すると、人一人が入れるくらい。
縦一五〇センチ、横一〇〇センチくらいの大きさであることが解かった。
「よし、入ってみようかミケーレ」
「はいですにゃ」
一度入ってみるとそこは入口よりも高い洞窟だった。
気になって戻ってみると、ちゃんと庭に戻れる。
それを確認した恵は、ミケーレの手を取って先へ進むことにした。
上り坂になっている洞窟の中。
恵はコンパウンドボウに矢を番えて準備し、LED式タクティカルライトを肩につけてを手に奥へ進んでいく。
「明るいですにゃね。松明と違って目にも優しいみたいですにゃ」
「うん。これくらいじゃないと先が見えないからね」
「ご主人様」
「ん?」
「それ、もしかして弓ですかにゃ?」
「そうだよ」
「なんていうか、強そうですにゃね」
「うん。これなら熊も一撃で倒せると言われてるものだからね」
「えっ」
「驚くのも無理はないかもね。まぁ僕は倒したことはないけど、弓は長年やってたから得意なんだよ」
そう笑っている恵だった。
「ご主人様は、弓の名手だったんですにゃね……」
「それ程のことじゃないよ」
褒められてちょっとだけ嬉しかった恵。
ゆっくりと警戒しながら進んでいく二人。
数分進んでいくと、やがて明るくなっていく。
出口が見えてきたようだ。
「あ、ここですにゃね。あたしが住んでいたところは」
「なるほど、空気が澄んでて気持ちいいところだね」
洞窟を出ると、そこは森の中だった。
不思議なことにこっちの世界では少しだけ身体が軽く感じる。
未知の体験をしていて気持ちが高ぶっているのだろうと恵は思った。
それくらい興奮していたのだ。
そう、ここは多分異世界。
小説や漫画で読んだ、憧れの世界だったのである。
恵はスマートフォンを出して確認する。
もちろん圏外で、GPSも作動しない。
スマートフォンをしまって、アナログのコンパスを出してみた。
これは正確に方位を示してくれた。
「なるほどね。こりゃ間違いないわ」
「なんですかにゃ?」
「あのね、ここはさっきまでいた俺の住んでる世界じゃないって確認とれたってことだよ」
「あ、そういうことですにゃね」
ミケーレにも恵と一緒にいる家のある場所は、自分が生まれ育ったところとは違うということは理解できていた。
恵は背負っていたリュックから、スケッチブックを出して簡単に方位と洞窟の位置を書き入れた。
「ミケーレ。君のいた村? 町はどっちの方かな?」
「えっとあっちだと思いますにゃ」
ミケーレが指さした方角にそれを書き込んでいく。
リュックにスケッチブックをしまい込んだあと、これからどうしようか考える。
そんなとき。
「ご主人様。気を付けてください。何か近づいてきます」
ミケーレが辺りを警戒し始めた。
恵も周りに何か音が聞こえてこないか確認する。
「ご主人様、右から何か来ます」
コンパウンドボウに矢を番え、右を向いたそのとき。
五〇メートルくらい先に、体高二メートルくらいの赤毛の何かが近づいてきたようだ。
「嘘っ、なんで赤グマがこんなところに……」
「それって、危険な動物?」
「はい、あたしたちをも襲って巣まで持ち帰って食べてしまうと言われてます……」
ミケーレの尻尾が少し立っていて、ぶわっと膨れ上がっていた。
あれは確か、驚きや恐怖を感じているときのサインじゃないか、と恵は思った。
赤グマという動物がこちらに気付いたようだ。
遠目から見る限り、赤茶けた毛をもつ熊のようだった。
恵は自分が思ったよりも冷静だったことに気付いた。
きっと異世界にいるということで、アドレナリンが出ていたのかもしれない。
ゆっくりと地面に鼻をつけて匂いを嗅いでいるかのような動きのあと、身体をゆすりながらこちらへ歩いてくる。
「ああああ……どうしましょう」
「大丈夫、落ち着いて」
恵は深呼吸をして、気持ちを落ち着けたあとに。
「距離はおおよそ五〇メートル、障害物はない。あの眉間に当てるにには……」
ぎりぎりとコンパウンドボウの弦を引き絞っていく。
「ご、ご主人様……」
恵は息を吸い、半分吐いたところで止める。
【次の問いに答えよ。目の前にいる熊の眉間に命中するか?】
頭の中で問題を組み立てる。
いつものように答えが浮かんくる。
【回答。命中しない】
熊の眉間を見ながら位置を微調整しながら、何度も問いを続ける。
すると。
【回答。命中しない……しない……しない……命中する】
「よし、ここが正解だ!」
弦の音だけが鳴った。
カンッ
その瞬間、遠く離れた赤グマがその場に倒れる。
「あっ、嘘ぉ……」
ミケーレの手を引きながら、警戒しつつ赤グマへ近づいていった。
見事に眉間の中央へ刺さった矢。
警戒しながら近づいていく二人。
番えた矢を向けながらよく観察する。
呼吸などで動いているようには見えないので矢の刺さっている額を見る。
やはり、赤グマは一撃で絶命していたようだ。
周りに何もいないことを確認すると、力を抜いた恵。
「ふぅ、初めて動物を撃ったけど。刺さってよかった」
刺さった矢を力任せに引き抜いて布で拭く。
体高二メートルはありそうな赤毛の熊だった。
ミケーレは熊をあちこち見ると。
「オスみたいですね。ご主人様、怖くなかったんですか?」
「そりゃ怖いよ。でもあれだけ距離あったら数発は撃てるし」
「この赤グマってあたしの村では追い払うこともできなかったんです。よく人里へ下りてきて畑を荒らしたり、ヤギや豚などの家畜を襲うんです。そんなときは家に隠れて震えているしかできませんでした。この赤グマのおかげであたし、奉公にでることになったようなものだったんです」
語尾に【にゃ】が付いていない。
かなり緊張していたのだろうか。
「そっか。なら、倒せてよかったんだね。それに、僕なら必ず当てられるから。心配だったのは、刺さってくれるかどうかくらい、かな」
オスだということは、まだ近くにメスがいるかもしれない。
それに、この熊はどうすることもできないから、その場に置いてさっさと帰ることにした。
まだ震えているミケーレを連れて洞窟を抜けて家へ戻ることにした恵。
家へ向かう洞窟の中で。
「すんすん。あれ? ご主人様、おしっこの匂いがしますけど」
「はい。熊を見た瞬間、怖くなって、ちびっていました。ごめんなさい」
「ご主人様そんな悲しい顔をしないでください。実はあたしもちびってます……」
こんな猫耳美少女がお漏らしだなんて、と恵は心の中で感謝するのだった。
薄い本の読み過ぎ。
読んでいただいてありがとうございます。
ブックマーク、及びご評価ありがとうございます。
これを糧にがんばりますので、よろしくお願いします。