6話 お姉ちゃんはスイーパー
「お姉ちゃん、パレードもうすぐ始まるね」
「そうね、いいあたしから絶対離れないでよ。じゃないと迷子になるから」
あたしは馬那斗に気づかれないように、そう忠告する。馬那斗は笑いながら、あたしの手をしっかり握り頷く。
ナイトパレードが始まる少し前、あたし達はそろって最前列にいる。天気はいつの間にか良い天気に変わっている。
知世と彰君は、知世の気分が悪いと言う口実を作り車の中で待機をしている。もちろんこれから起こる事件のためである。
あたしもコンタクトをなくしたという嘘をつき、特殊の眼鏡をつけて準備は万端。
神さん達も予想をしているのか、真剣な表情を見せて辺りをさっきから警戒をしていた。
『深沙。これからの作戦を言うから良く聞いてよ』
知世の真剣な声が聞こえる。
「うん、分かった」
あたしは小型マイクが付いている指輪を不自然がないように口元に近づけ答えた。
『おそらく奴は、深沙達を別の場所に連れ出して神をおびき寄せると思う』
「あたしもそう思う」
いくらなんでもこんな所であたし達を殺すまねはしないと思うし、そもそもあいつが一番憎くて殺したい相手は何を隠そう神さんだ。
『だから、深沙達はわざとあいつの計画にのってくれない?』
何を思ったのか、とんでもない提案を知世はあたしに告げた。
「え、冗談言わないで。これ以上馬那斗に危険な思いをさせろって言うの?」
『それはそうかも知れない。でもこんな所で銃撃戦を始めたら沢山の一般人が巻き込まれることのなるのよ。私の言っている意味分かるわよね』
馬那斗のことだけしか考えていないあたしとは違い、知世は冷静に一般客の安全を考えていた。いつものあたしなら検討がつくはずなのに、今回は馬那斗のことしか考えていない。判断力が鈍っている。
「そうだよね。あたし何考えてるんだろう?」
『深沙の気持ちはよく分かるわ。でも馬那斗の側には深沙がいるじゃない?』
「そうだね。じゃぁ作戦を教えて」
あたしは覚悟を決め、知世の作戦を実行することにした。
知世の作戦とはまずこの混雑を利用し神さん達をまき、わざと人並みの少ないとこをうろつくことだった。そうすればあたし達を見張っているあいつは、あたし達をどこか別の場所に連れ出すはずだと言っていた。確かにそれが一番策で被害も最小限ですむ。
神さん達には騙すことになるけどあたしはもうすでに二人を騙しているのだから、今更ためらうことはない。ただ真実を知ってしまったら、きっと神さん達はあたしを軽蔑するだろう。、もうあの家には居られなくなり、もう二度と神さん達とは会えなくなる。
騙した罰だって分かっているけど、寂しくて辛い。だってあたしは神さんがいるから、スイーパーになった。頑張って来れて、今のあたしがある。
目標を失ったあたしは、これからなんのためにスイーパーを続ければいいのだろうか? だけどそれで馬那斗が守れるんなら、あたしは後悔しない。これを機会に、この世界から足を洗うのもいいかも知れない。
あたしがまさか逃げるとは思っていなかったのか、神さん達を巻くのは思ってた以上に簡単だった。
神さん達をうまく巻いたあたしと馬那斗は、知世の言われた通り人通りが少ない場所を意味もなく歩いている。事情の知らない馬那斗は不安げにあたしの顔を見上げているが、なぜか何も聞かず黙って付いてくるだけだった。あたしも何を言って良いのか分からず黙っていた。
その時今まで感じていた殺気が、あたし達に近づいて来る。
そして、
「何も言わず、オレの言うことを聞け」
奴はあたしの耳元で囁いた。背中に拳銃を当てられている。
「わ、わかった」
あたしは抵抗せず奴の指示に従うことにした。
計画通りにコマは進んでいる。
気がつくとそこは鉄格子の小さな窓があるだけの、薄暗い小さな部屋だった。
監禁されたんだあたし達。
あたし達は奴に言われ駐車場に行き車に乗り込もうとした矢先、おそらくショックガンらしき物で気絶させられてしまったのだ。手と足は頑丈に縛られていたがあたしは意図も容易くほどき、隣で横たわっている馬那斗のロープもほどく。
ただ気を失っているだけで異常はないので、あたしの上着をそっと掛けた。
奴はすっかり油断しているらしく、バッグを没収されただけで隠し持っている武器はすべて無事である。
あたしは革手袋をはめ髪を一つにまとめる。
これからが正念場だ。
『深沙、聞こえる?』
知世から通信が入る。
「うん。これから行動を始める所」
『そう。神達もようやくそこの居場所を知ったから、後三十分もあれば着くと思うわ』
「了解。でもその前になんとかするよ」
とあたしは言って、隠し持っていた銃を手にする。
三十分もここにいるわけにはいかない。あたしが奴を始末するって、ようやく今決心がついたから。
『それって?』
「あたしが奴を始末する。復讐とかじゃないけど、馬那斗を守るためだから」
ここで奴を始末しなければ、あたしは大切な馬那斗を失うことになる。
そんなこと絶対させない。今度こそあたし自身の手で守って見せるから。
『それが深沙の答えならば、きっとそれが正解よ。じゃぁ三十分後合流しましょう』
と知世は言って、通信が切れた。
本当はこんなこと正解じゃないって私も知世も知っているけど、そう言われたことが嬉しかった。
「お姉ちゃん?」
そんな時馬那斗が目を覚まし、あたしを不思議そうに見つめる。出来ることならすべてが終わるまで、目を覚まして欲しくなかったのにな。
「馬那斗………。ごめん、お姉ちゃんがすぐに終わらしてあげるからね」
と言ってあたしは鉄格子を開け外に出ようとしたが、馬那斗に抱きつかれ身動きが取れなくなってしまった。
一人でここに残るのが怖いのだろう。気持ちは経験者のあたしにはよく分かるけど、だからと言って馬那斗を一緒に連れては行けない。ここから先は生死をかけた戦いなのだから。
だけど
「お姉ちゃん、復讐なんかしたら駄目だよ。そんなことしてもママとパパは喜ばないよ」
「え………」
予想外の言葉に、真剣な馬那斗をマジマジと見つめてしまった。
復讐って………まさか?
「僕知ってるんだ。お姉ちゃんは本当のお姉ちゃんで、本当のママとパパは僕が産まれてすぐに、悪い人に殺されたこと。僕達を狙っているのは、その人なんでしょう?」
懸命になって私を止めている。
馬那斗は全部知っているんだ。だから馬那斗の様子がずーとおかしかったのか。
「そうよ。だけどこれは復讐じゃないの。あいつを始末しないとあたし達は生きていけないの」
馬那斗を抱きしめ、あたしは静かにそう言った。だけど馬那斗の揺るぎない瞳を見ることは出来ずにいる。
この子はどんな人であっても殺したらいけないと言っているんだ。私とは違って、本当の正義。けして交わってはいけない穢れなき存在。
「でも殺しは駄目だよ」
「そうね。でもお姉ちゃんはもう………」
自分がスイーパーであることを言おうとした瞬間、私はまたあの殺気を感じた。
あいつが来た?
「美しい姉弟愛……。まさかお嬢ちゃんがオレらの世界の人間になっていたとは、とんだ誤算だったよ」
そう言うわりには声は楽しんでいる。
あたしは震いだした馬那斗を抱きしめたまま、拳銃を向け後を振り向く。
大好きだった父さんと同じ顔。反吐がでるほどの汚らわしい。
「それともあの小僧に教えてもらっただけか?」
「え?」
もしかしてこいつはあたしの正体を知らないんじゃ?ただの復讐に燃える女だと思っている?
だったらそれを使って油断させた方が楽に仕留められる。
「違うのか?」
「ええ、そうよ。あなたに狙われていると聞かされて、神さんに手ほどきを習ったわ。筋が良いんだってあたし」
早速会話を合わせると、あいつはあたしをあざ笑う。
「おいおい。オレはこっちの世界ではトップクラスなんだぜ?いくら十年のブランクがあるからって、数日で習得したお嬢ちゃんに負けるほど落ちぶれちゃいないよ」
思った通りあたしのことを素人扱いして、すっかり油断をしている。
確かに数日なら勝てるとは思わないけど、あたしはおじいちゃんにみっちり仕込んでもらっているの。それに経験だってそれなりに積んでいる。
「
なら試してみる?」
「威勢の良いお嬢ちゃんだぜ。でもだからと言ってオレは容赦はしない。お嬢ちゃんのせいでオレのプライドに泥が付いたんだからな」
まるで私が悪いかのように堂々とそう言いきり、私に狙いを定める。
良くそんなこと言える。そんなプライドない方が良い。
私も狙いを定めトリガネを引こうとしたけれど、馬那斗に拳銃を握りしめられてしまう。
「駄目だよ、お姉ちゃん。あの人を殺したらお姉ちゃんも、あの人と同じになるんだよ」
今の会話でどんな状況なのかちゃんと分かっているはずなのに、まだあたしを懸命になって止めようとしている。
優しいんだね。
「……ごめん、馬那斗」
再び私は馬那斗に謝り、隠し持っていた睡眠針を首筋に刺し眠らせた。
あたしのすべてを知った馬那斗は、あたしを軽蔑するだろう。だけどそれでも良い。あなたを守ることが出来るなら。
「お嬢ちゃんも弟の言う通り大人しくしていれば、あの男が助けに来てくれるだろう? それなのにさっきだってなぜ」
「それはあなたの作戦をわざと乗ったからに、決まっているでしょう?」
そう私もバカにした素振りで良いながら立ち上がり、両手で持っていた拳銃を右手に持ち替える。偽っていることが馬鹿らしくなった。
「なんだと?」
「良いこと教えてあげる。あたしって裏では結構名の知られたスイーパーなの。『聖狩人』って言えば分かるかしら」
「な」
自分の名を名乗った瞬間、男の顔に初めて変化が見られた。
やっぱりもう裏の情報は知っているんだ。でもだからと言ってあたしが優勢になった訳じゃない。
情報を知ってそれでも神さんに挑もうとした奴なんだから、それなりの自信があるってこと。
「それ本当なのか?」
なぜかあいつではなく神さんの声が聞こえ、振り向くと唖然と立ちつくしている神さんの姿があった。
一番知られたくない神さんにも知られてしまった。
「本当よ」
動揺を隠しながら頷く。
神さんも『聖狩人』の情報ぐらい知っているよね。
「なんだお前も知らなかったんだな。まぁいい。お前ら二人を葬れば、オレの信用がまた回復するだけだ」
パァーン
あいつは再び不気味に笑いトリガネを抜いた。それは油断していた神さんの腕に貫通し、神さんは銃を落とし跪いてしまった。
真っ赤な血があふれ出す。
あたしはまた大切な人を失うの?
そう思った瞬間今まで感じたことがない憎しみが込み上げる。
父さん母さん達の時は恐怖に負けて何も出来なかったけど、今はあの時のあたしとは違うんだ。あたしをここまで追いつめたことを、あの世で後悔すればいい。
「あなただけは許せない。あたしの大切な人達をこれ以上奪わせはしない」
男を見ずにあたしは銃だけ狙いを定めゆっくりとトリガネを
パァーン
ほぼ同時に銃声は鳴り響く。
そして額から血を流したあいつがその場に倒れ動かなくなったのを確認してから、あたしもその場に倒れ意識をなくした。
あいつが発砲した銃弾は、あたしの胸を突き抜けたのだ。
相討ちだった。
だけどそれでもあたしは馬那斗と神さんを守れたのだから、これはあたしの勝ちなんだ。




