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攻略対象公爵子息はため息をつく









 大陸でもそれなりに中規模な国として、農耕と貿易で栄えたアズルバンド王国。


 その3公爵の1つレイモンド公爵の長男として生を受けた僕は色々と制限を受けるのは同然だ。




 その為に国民からの血税をこの身に取り込んでいるのだから。




 政略結婚など当たり前だ。


 当たり前なの…だが。




「初めまして、私がウルリカの長兄のゼッダ・レーベンだ」


「初めまして、私はウルリカの次兄のドリアド・レーベンだ」


「初めまして、僕はウルリカの弟のアーベン・レーベンです」


「初めまして、私はウルリカの長姉マリア・レーベンです」


「初めまして、私はウルリカの次姉システィーナ・レーベンです」




 婚約者の前に婚約者の兄弟姉妹が挨拶に来たのだが…同じ人間なのか、聞きたい。


 こいつら、南の森にいる原始生物ゴリラというものであると言えば私は納得できる。




「はっはっは。いや、ウルリカの婚約者が来ると言ったら皆朝から一張羅で張り切ってしまってね。驚かせたかな?」


「ハハハハ…」




 兄弟姉妹達の後ろから現れた現レーベン公爵を見て納得した。こいつら父親そっくりだ。


 背丈と性別と髪型が違うだけで同じモノなのだから…と思い至り青ざめる。




 我が婚約者もコレか?!




 兄弟達と別れ、絶望に足を取られながらバルコニーに出ると普通の見目の少女が座っていた。




「初めまして、ウルリカ・レーベンです」


「…初めまして、サラヤ・レイモンドです」




 良かった。ゴリラではなかった。


 普通の背丈で茶色の髪と瞳を持つ少女であった。




 この時私は安心してはいけなかったのだ。この少女はあのゴリラの血を引くレーベン家の女。


 一説によると吊り橋効果というものがあるらしい。恐怖で身を竦ませたドキっを恋と勘違いすると。


 にっこり笑ったウルリカに見惚れた私の前で、彼女は右手を差し出した。




「ふん!!」




 淑女とは思えない掛け声と共に右腕が覆っていたドレスの袖がイヤな音を立ててはじけ飛ぶ。




「ヒ?!」




 思わず及び腰でのけぞった私の頭を、いつの間に近づいたのか左手でわしづかみしたウルリカが笑顔のまま顔を近づけてくる。




「わたくし、こんな細腕ですがレーベン公爵の血をひいておりますの。

我が家は武門のお家柄、恥と誉は徹底的に叩き込まれます。

もしわたくしを捨てるような、おかしな真似をしようものなら…」




 いつの間にか右手に持ったリンゴをスプラッタな音を立てて握りつぶされた。


 りんごの甘い香りと汁を浴び、私はウルリカの笑みに形づくられた唇を見る。




「潰します」




 瞳の中に本気を見たわたしは屈した。惚れた弱みだと思いたい。










 我が国には妙な教育制度がある。


 16歳から18歳位の貴族の男性は、国立学園に通うことが習慣化している。


 この学園は首都にあり、普通科・魔法科・騎士科があり庶民に開かれた学問の府。




 貴族である我らは何を学ぶのか?




 帝王学・歴史学・護身術等、物心つく前から家庭教師に学んだ我らに10歳前後から学び始めた庶民と混ざって学ぶ事など、どちらにとっても害悪でしかない。


 だがしかし、盲点があった。


 貴族達は生活魔法という物を学ばないのだ。




 ろうそくの種火はメイドが灯してくれる。


 重い荷物は執事が持ってくれる。


 


 その他色々、身の回りの召使達がやってくれるので貴族の子息は学んだ事がない。


 それは不味いというわけでこの学園に1年間在籍して学ぶ事となっている。




 というのは建前で、この1年で身分の差無く人脈を作れというのが裏の本音らしい。




 私が入った1年は下級貴族達には垂涎の年らしい。


 確かにわたしもすごいと思う。




 王族のルカ・フェルナル・アズルバンド。


 外交のトップ、モメント公爵の長男アレハイム・モメント。


 宰相の長男のわたし、サラヤ・レイモンド。




 ルカ殿下の婚約者で我が妹のミリアに言わせると「目がつぶれますわね」という程煌びやからしい。




 ミリアとウルリカは婚約者と一緒に学園に通いたかったとしきりに残念がっていたが、上級貴族子女はこの学園には通わない。


 わたしもルカ殿下も婚約者という柵がなくなった解放感は確かに感じていた。






「まぁ、ルカ様は種火の魔法を綺麗に使えるんですね、うらやましいです」


「いや、そんな事はないよ」




 わたしの前の席でルカ殿下と同じクラスとして学ぶ少女、ミント・サーシャン男爵令嬢が花の様に顔を綻ばせて褒めていた。




「私はちっともうまくいかないんです。今日は中庭で練習しなければ…」




 そういってミント嬢が肩を落として下を向く。憂い顔にルカ殿下が肩に手を置く。




「今日は1時間位時間が空いている。私もつきあおう」


「まぁ、ありがとうございます!」




 途端に明るい顔で殿下にお礼を言うミントに面白くない感情が芽生える。


 席を立って自分もつきあおうと言おうとし…




「潰されたいの?」


「!!」




 悲鳴を飲み込んで慌てて後ろを振り返る。


 そこにいたのは穏やかに微笑んでいるアレハイムだった。




 わたしが口を開いては閉じてを繰り返している間にミント嬢とルカ殿下は教室から出て行ってしまった。


 それを見送ってからアレハイムに向き直る。彼はもう興味をなくしたのか、教科書を鞄に仕舞い始めていた。




「おい、わたしに絡んで何がしたいんだ!」


「僕が君に絡んだ? 何のことだい?」




 鞄に重力魔法をかけて手に持つアレハイムに今日こそ文句を言う機会だと思う。




「わたしがミント嬢に話しかけようとすると、お前はいつも出鼻を挫く事を囁く!」


「おや、僕は君に親切を施してあげているだけだよ。それに見てごらんよ」 




 鞄を持ったアレハイムに窓際に誘われ、言われたままに中庭を見る。


 そこにはベンチに座り、楽しそうに話すミント嬢とルカ殿下がいた。




「2人の中に入って野暮な事はやめた方が良いよ、という僕の忠告だよ」


「嘘こけ!!」


「あの2人は置いておいて、周りも見てごらんよ」




 微笑みに嘲笑を感じたので、わたしは文句を一端脇に置き、中庭を見渡す。


 2人以外にいるのは殿下の乳兄弟で従者の暗い表情のレイと、木陰にいて2人を暗い目で睨んでいるのは…レイゼー子爵の所のローゼンだった。




「何だ、アイツら? 殿下を睨んでいるのか?」




 ゾッとして声を落としてアレハイムに訊くと、彼は冷たい笑みを見せながら答えてくれた。




「恋というのは人を愚かにする物だよね。そんなにサーシャン男爵令嬢は魅力的なのかな?」




 ビックリして中庭をもう一度見る。




 中庭で話している2人は、それこそ世界には己達しかいないといった甘い風情を醸し出している。


 笑顔のミント嬢とウルリカを改めて比べてみる。顔の作りはパンジーの似合うミントと百合の似合うウルリカ、体つきは圧倒的にウルリカが勝っており、公爵令嬢として優雅で綺麗な動きをするウルリカ。




「あれ? ウルリカの方がずっと…」


「僕もサーシャン男爵令嬢よりレーベン公爵令嬢とレイモンド公爵令嬢の方が美しいと感じるね」




 違和感に頭に手を当てていたが、妹の事が出てきてぎょっとしてアレハイムを見る。


 哀れな者を見る目で殿下を見た後、こちらを見たアレハイムはわたしの肩を軽く叩く。




「君がいつまでも正気でいることを願うよ」


「アレハイム…」




 わたしを案じてくれたのか、と何とも言えない感情で見ていると、アレハイムの表情がいつもの人を食ったような表情でニヤリと笑ったのでのけぞる。




「僕は君が潰される時の介添え人を頼まれているからねぇ」


「誰の依頼だよ?! いや、それは断れよ!」


「はっはっは。きっと一生に一度の光景だろうねぇ」




 形に置かれた手をひらひらさせて帰るアレハイムに、わたしも急ぎ鞄を手に教室を出る。




 それから1年間、何度かそういった事態をわたしは起こした。


 その度にアレハイムが諌めてくれたが、冷静になるとどうにも自分が自分でない感じがして鳥肌が立つ。


 そんな時はウルリカに手紙を書き、時間があれば会って話をするようにした。


 ウルリカにも正直に話したので心配してもらっている様だ。




「私が学園に行ければ、サラヤを誑かす化け狐退治をしてご覧に入れますのに」


「いや、そんな残念そうな顔をされても…気持ちだけ受け取るよ、ありがとう」




 いつの間にか握られた薙刀に、引きつりながら感謝を言うとウルリカが花の様に笑う。


 ミント嬢とは違う、透明な笑顔だ。




「それにあの化け狐、アレハイム様にも粉を振りかけていますわ」


「へぇ、知らなかったよ。あいつ、そんな事一言も…ウルリカ様、君はなんでそんな事知っているんだい?」




 思わず聞き流す所だったが、疑問箇所を指摘するとウルリカは先程とは違う笑顔を見せる。


 


 まぁ、そういう事だろう。学園は所詮安全な箱庭。どこにでも監視の目があり、将来国を支える貴族子息を選り分けているのだろう。




 学園に通うのはあと数日、という時になったある日、驚くべき事が起こった。




 昼の上級貴族のみ招かれたパーティで、ルカ殿下が妹のミリアを迎えに来なかったのだ。


 慌てて問い合わせに来た家令とパーティの間で会ったわたしは一緒に来てくれると言ってくれたウルリカを伴い、パーティの間を抜けて殿下の部屋に行こうとした時どよめきが起こった。




 慌てて覗き込むと、王族が出てくる扉からルカ殿下とミント・サーシャン男爵令嬢が現れていた。




 皆が固まっている中、2人はにこやかに話をしながら部屋を歩む。




 わたし達は出られない。物陰で伺うしかない。


 一人、二人と無表情でパーティの間を出ていく貴族がいる。


 今回三公爵は出席していない。その代理として私やウルリカ、アレハイム等の次世代が顔を出していたのだ。


 真っ先に出て行ったのはアレハイムとゴリラ顔のゼッダ・レーベル。

次いで軽蔑した顔のアシュカ王子と真っ青な顔をしたルーク王子。


 我らもそれを確認してから、王宮を後にした。


 馬車の中では、もうとんでもなかった。




「あの化け狐…っ 斬ります。誘い込みはアレハイム様」


「まかせなよ、男爵一家諸共なます切りしちゃいな。あとの始末は僕の一門が受けもとう」


「いや、ダメだからな?! 血生臭い事はダメだから! それにアレハイム! お前どうして同じ馬車に乗ってるんだ?!」


「「文通友達だから」」


「私もいるぞ!」




 なだめていると、走っていた馬車の扉が外から開かれ、中に入ってきた猛者がいた。


 アシュカ・ゼルモンド・アズルバンド。ひらりとアレハイムの横に座り、右手を握りウルリカに差し伸べた。




「あの不届きもの、成敗してくれる。ミリア義姉上は心臓、ウルリカ公爵令嬢は両目、サラヤ侯爵子息は右腕といった所か? 

私はあそこを潰させてもらう」


「まぁ、心強いですわ!」


「うむ。先鋒はアシュカ殿下決定ですねぇ」


「殿下もレーベン公爵一門なんですね?! もっと穏やかにいきましょうよ!


 一生ミント嬢を目の前にして指一本出せない立場にするとか!」




「「「…ナニソレ怖い」」」




 3人にドン引きされちゃったけど、きっと父上主導でそうなると思うんだ。




 こんな騒ぎになったけど、婚約者も友人も皆心配してきてくれる。だからわたしとミリアは大丈夫。笑いあう心温かき仲間を乗せ、馬車はレイモンド公爵邸へと消えて行った。





次話はルカ殿下の視点での話になります。

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