4. 黄泉路を歩く
おっさんが女子プロレスラーみたいな女神(?)様と黄泉路を歩き始めます。
おっさんの荒れた心がほぐれていくと…どうなるでしょうか?
アキコに促されて部屋を出て歩き始める。ほぼ暗闇の中に、よくガーデニングなんかやってる家にある地面にぶっ刺して車庫入れの目印だかに使うやつ。ガーデンライトっていうの?あんな感じの明かりがあって、軽い上り下りと緩やかな曲線を描く道が果てしなく続いて見える。
「どう?遠い道のりでしょ?」
ジジイとやりあっていた時の眠気と不機嫌さはいつの間にか過ぎ去っていた。これならDQNモードのスイッチは入れなくて済みそうだ。
「うへえ。472kmの遠さってのはは知っていたけど」
「なんで知ってるの?」
「親が死んだときにさ、やっぱりきちんと送り出したいからいろいろ調べたんだよね」
「感心なことだねえ」
「感心というか、そういうことはきちんとやらなきゃ送り出される人が最後に恥をかくからね」
親を送り出した時のことを思い出して少ししんみりして心が無防備になったところで
「ますます感心な子だね」
こんなふうに子供を褒めるように褒められたのなんていつ以来だろうな。ますます心が無防備になっていく感覚だ。普段の生活で心の表面を鎧のように覆っているものが少しづつはがされていくような感覚といえばいいのだろうか。
「ほめても笑顔ぐらいしか出ねぇよ」
つい照れ隠しでそんなことを言ってしまう。これじゃ飲み屋のネーチャンとの会話みたいだ。
「で、これを歩いていくの?っていうか、普通に歩いているつもりなんだけど妙に早くない?」
「だからすぐ着くって言ったでしょう?ここってね、シャバとは時間の流れが違うから地球の49日が体感で7時間で着いちゃうの。あなた時計してたわよね?ちょっと時間を見てもらえればわかるわよ」
左腕を見るとなぜか時計をしていた。秒針が狂ったような勢いで回転している。じっくり見てると目が回りそうだ。仕事をしていて工期が迫っているときにはやたらと時間が過ぎるのが早い気がしていたものだが、こうして時間が刻一刻と過ぎていくのが一目瞭然な状況というのはなかなか見れるもんじゃない。
つい仕事の癖で脳内計算を始める。電卓が手元にない時によくやる因数分解して計算する方法だ。学生のときには『因数分解なんてどこで役に立つんだよ』なんて思っていたものだけど、現場では意外と重宝してた。
49日を7時間だから、えーと、49日×24時間で、
49×24
=(50-1)(20+4)
=1000+200-20-4
=1200-24
=1176時間!
で、 1176÷7は、えーと。
100の位が1で 700 だろ、
で、残りが 476 だから
10の位が6で 420 そして
で、さらに残るのが 56 だから
1の位が8で 56
おお、余りがない!美しい算数だ!
ん?168倍の時間?てことは体感1秒でだいたい3分経過てことか。早いな。
そこで時計をしていることに不思議を感じて自分の格好を確認してみると服も寝るときのままだった。部屋着でだれに見せることもないからと面白がって買って着ていたプリント柄のステテコにチンピラが着るような龍と虎がプリントされたTシャツ。
この格好で家にいるときにN〇Kが来たときはおもしろかったな。断りなく部屋に上がり込む気マンマンだったのが
「なんだ?、家宅捜索令状でも持っているのか?持ってなかったら不法侵入って分かってんだろうな、あ゛?」
ってやったらスタコラと逃げていって、それっきりNH〇は来なかったな。アパートの表札のはじっこに「Y B]なんて落書きされたけどシラネw
「ねえケイちゃんいきなり黙っちゃってどうしたの?」
ああ、計算していたのと思い出を思い出したので沈黙していた。
「ああ、ごめんごめん。ざっくり計算してみたけど170倍の時間ってすごいね。てか、さっきから道の下のほうの川みたいなところで俺の母親が若いころにそっくりな人が赤ん坊を抱いているんだけど」
「ああ、あれケイちゃんよ。もう走馬燈に気が付くとはさすがねー」
なにが流石なのかよくわからないが。
「普通の人はね、体感時間で49日かけてこの下の道を歩いていくからじっくりと見ることができるんだけどケイちゃんは特急扱いだからね。ボケっとしてると思い出を見逃しちゃうわよ」
「そういう大事なことは早めに言ってよ、大した人生でもなかったけどそれなりに思い出深い出来事はいろいろあったんだから」
なんて会話をしていると自分の中の最古の記憶。こたつの角に頭をぶつけてピーピー泣いている。なぜか転ぶときってこたつとかテーブルのカドにあたまをぶつけるんだよな。
お、次は幼稚園の入学式だ。父親も母親もニコニコ笑ってる。俺も真新しい幼稚園の制服を着てご満悦だ。あの頃は自分でいうのもなんだけど可愛い子供で、よく女の子に間違われたっけな。今はゴツくてムサいオッサン。どうしてこうなったw
ん、妹が生まれてうちに来た日だ。家族が増えてとてもうれしかったな。お兄ちゃんなんだから妹を守らなくちゃって幼稚園児ながらに考えていたよな。あ、まだ赤ん坊の妹に俺がおもちゃにされてる、自然と怒りはなかったな。ただただ楽しかった日々だった。
あ……親父が自宅から救急搬送されていく。母親がいくらビンタしても起きなかったんだよな。後から聞いたら睡眠薬で自殺未遂だったって。
それからの大人の事情から母親の実家で暮してるところだ。じいちゃんばあちゃんがまだまだ元気で子供の立場としてはたのしい毎日だったな。
小学生の俺の景色が流れていく。家族が元に戻ってとてもうれしかった。狂ったBBAが担任になって目をつけられてひどい目にあわされたり、吹奏楽部でソロの曲をもらったり。部活がない時は父方のじーちゃんの後をついて歩いて自然学習というなのお邪魔虫。
「おい、圭一。この木はお前の木だからジーちゃんが死んだらお前にやるからな」
「わ!ありがとう!で、おじーちゃんこの木はなんていう木なの」
「ああ、これは木瓜の木だ」
「木瓜?なんて読むの?」
「ボケだ。お前にぴったりだろう」
祖父はニヤニヤするばかりである。
「ムキーッ!もう、おじいちゃんってば!」
「カッカッカッ」
記憶は忘れていくものだけど、その中でも残っている印象的なものが走馬燈に出てくるんだな。
中学3年では好きな娘ができて、運動がイマイチな俺はいいところを見せたくて狂ったように勉強してた。結果400人以上いる学年でひとケタの順位。周りの見る目が変わった。扱いも変わった。けど、恋には敗れたw
高校では今でいうリア充。あっちこっちの男も女のことも仲良くなって楽しい生活。ただ、受験期には鬼気迫る勢いで勉強して、見事第一志望の難関国立に合格!親戚の見る目が変わった。顔も見たことのない親戚がワラワラ出てきた。
大学は毎日がエブリデイみたいな過ごし方だったので当然のように中退してた。きちんと勉強しろよ、昔の俺!バカ!まあ、赤く染まらなかっただけまだマシか。
そんなこんなで建設業にはいったんだな。職業安定所で初任給が一番高いからっていう安直な理由で。仕事でひどい目に合わせてくれた人の顔は濁流に流れていく。だけども、仕事を教えてもらった人や人を紹介してもらって仕事がうまく進むように助けてくれた人の顔が鮮烈に浮かんでは消えていく、
「〇〇さん!」って声をかけようとするともうすでに流れに沈んで次の顔が浮かんでくる。
お礼もたくさん言いたいし、あなたの指導のおかげでいっぱしの土木屋になれましたって挨拶もしたいんだけどそんな隙はない。歯噛みして流れを見ているとアキちゃんが声をかけてくる。
「ねえ、ケイちゃん。あなたの様子を少し見させてもらったんだけどね」
「ああ、アキちゃん。いまそれどころじゃない走馬燈なんだけど」
「その走馬燈なんだけどね、ケイちゃんの思い出を映し出す鏡みたいなものなのよ」
「……そうなんだ。俺の心の中のことじゃ手を伸ばしても声をかけても届かない。ってわけか」
「そうなの。最初きちんと説明しないでごめんね」
ん?アキちゃん普通の女の子になってる?何故?口調も普通の女の子だ。
アキちゃんがぺこりと頭を下げる。横では俺の結婚式が流れているが、最悪の結婚で思い出すのも腹が立つ出来事だったからどうでもいい、なんて思っていたら途端に景色がモノクロになってしまった。
そのあとは4年にわたるアルコール依存症生活の映像だ。これはひどい。精神病院に4回も入院しても治らずそ挙句の果てに飲酒運転で事故を起こして逮捕されて留置場生活。この頃の記憶はずーっとモノクロセピア色、5回目の退院でやっと色が戻った。
住む場所も変えて優良経営者に拾ってもらって、能力を生かして働き出して…そこで景色が薄れてきた。
次に実家で買っていた猫が現れた。とても頭が良くて猫の身体の中に小さなネーチャンが入っているんじゃないかってくらいだったやつ、彼女は俺の足に頭をすりつけてちいさくニャッと鳴くと暗闇の中に消えていった。
最後に妹の姿が現れてきた。言っておきたいことはそれほど山のようにある。事故に気をつけろよとか、うつ病はいつかよくなるからとか、子供たちは育っていくし見守ってるから大丈夫だとか、食事には気をつけろよとか、健康と安全が第一でお金がないのは何とかなるとか…
「ねえケイちゃん」
「なに?」
俺は流れ続ける景色から目を離すことができず、アキちゃんのほうをほとんど見ていなかった。なにやらアキちゃんのほうが明るい。つーかまぶしい。おかしいと思ってアキちゃんのほうを振り向くと
絶世の美女。男が1000人いたら999人は振り返るような美女がいた。残りの1はスマホ依存症かホモだろう。
「ケイちゃん、さっきのどんちゃんは虫の知らせも飛ばせないなんて言っていたけど、あれはあいつに力がないから。私だったら虫の知らせぐらいなら届けられるから妹さんに伝えたい思いを一つだけ強く、とても強く念じてみて」
そんな、一つだけなんて…決まってる! 大きく息を吸って声の限りに呼びかける。
「おい!人はいずれ寿命で死ぬからな!鬱がひどいからって自殺するなよ!何とかなるから!上から見てるから!」
「ふう、つたわったかな?」
「多分ね、あなたにはもう見えないけど私の千里眼では妹さんキョロキョロして携帯取り出してるわよ」
「なんだよアキちゃんってすげー神様だったんじゃん。アキちゃんとか呼んでバチがあたったりしない?」
「ないない、いままで歩いてきた黄泉路っていうのは転生対象者に素質があるか、魂が芯から汚れてないかを審査するところなの」
「そうなのか。自分が子供のころの映像を見ていたらなんだか心が丸裸にされた気分だよ」
「うん。それがね、解脱とか悟りとかいわれているものなの」
「えぇ~っ!俺、そんなに立派な人間じゃないってば」
「でもここの基準では合格ラインを軽く超えてるわよ。ここまで来ればゴールはもう少し。ほら、次元の間にある建物が見えてこない?」
「なんだか閻魔庁っぽい建物があるよな」
「あれはね、見る者が信仰するものによって見え方が変わってくる建物なの。ケイちゃんは日本人だから閻魔庁に見えるし、ほかの宗教だとねぼすけさんが集まってくる審判の門とか、それこそいろいろ見えるみたいよ」
「ほ~っ、死後の世界ってのは不思議なことだらけだなや。それでさあ、アキちゃん」
「なあに、ケイちゃん」
「あの建物が見えて来たらそろそろアキちゃんとはお別れなんだよね」
「そうね。あなたみたいに死んでまで過去を振り返って自分を掘り下げるような人って滅多にいないからおもしろかったわ。転移の制約がなければ私たちの世界で働いてほしいぐらいよ」
「でもそれは冥界の規則とやらで実現不可能なんでしょ?」
「そうなの。原則はあるけど例外がない規則でね。私はこの辺一帯の人事権は持っているんだけどその規則ばかりはひっくりかえせないの」
「だろうなあ、大宇宙の摂理みたいなものなんでしょ?」
「そうなの。あとね、私、ケイちゃんに一つだけ本当のことを話していなかったの」
「何をいまさら、何を言われてもたまげたりしないよ」
「私の名前ね、本当はサクヤっていうの」
「!!!!な、なな、なんで?」
「最初の有為の奥山のときさ、ケイちゃんすごく荒れてたじゃない。9割がたどんちゃんのせいなんだけど」
「まあ、ねえ。相手があれじゃスイッチも入るよ」
「だからね、ひとまず落ち着いてもらうために某北斗さんの姿を借りたわけなの。途中で私のことをチラチラ見てたから変化していってるのは気がついたでしょう?」
「まあ気が付いていたけど、それよりも走馬燈のほうに目が行ってたよ。現世で最後になるわけだし」
「うふふ、そうよね。途中で私のことを口説こうなんてしたらその時点で審査は失格で昆虫かなんかに転生だったのよ」
「なにそれ怖い」
「だからケイちゃんは文句なく合格なの!おめでとう!」
アキちゃん改めサクヤが抱き着いてくる。
……ああ、いい香りがするし、柔らかいし、古代日本の衣装ってのもあって。むらむr
「それ以上はダメよ。欲情したら失格になっちゃうからね」
「生殺しじゃんよー。といってもこの幽体?はおなか空かないし性欲もないからいろいろ執着しないで済むよね」
「幽体…魂ってものはそういうものなの。いかに現世の人間が肉体にとらわれているかってことよね」
「そうだな、肉体があるからこその生老病死の四大苦が生きている限りつきまとうものだしね」
「そうそう、だいたいそんなところ。ケイちゃんも悟りの境地になってきたじゃないの」
アキちゃん改めサクヤが魅力的な笑顔で笑いかけてくれる。
「よせやい、自分じゃ全然悟ったなんて思っちゃいないさ」
サクヤに笑いかけられるとつい、照れてしまう。これが女神マジックか。
「あ、もう門の前まで来ちゃったね」
サクヤも少し残念そうに見える。
「俺としては時間圧縮しないで49日の間アキちゃんと旅をしたかったけどね」
これは本音だった。サクヤじゃなくてもアキちゃんでも楽しめたと思う。
「こっちの規則だから」
「じゃあ、しゃーない」
俺はあきらめて笑顔で別れることにした。
「それじゃ、あっちに行っても頑張ってね」
「おう、ほどほどに頑張るよ」
「じゃあね、さよなら」
「うん、ありがとう」
サクヤは係員用の窓口で門番と何やら話をしたり書類をやり取りしていたが、それはすぐに済んで俺に大きく手を振って元来た道を戻っていった。絶世の美女と過ごした時間を名残惜しく思いながら俺は閻魔庁の門を開けた。
中は市役所の窓口に鬼が座っているというなかなかにシュールな光景だった。
リアルタイムで考えて書いている物語なので更新が遅くなっています。楽しみにしてくださる方には申し訳ございません。
自分が楽しめない文章で他人様に楽しんでいただくことはできないという考えで書いているので遅筆ですがよろしくお願いします。
今回も読んでくれたすべての人に、ありがとう。