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リオナルド・カストネル 1

 馬車の中、正面に座る婚約者ヴィアンカは窓の外に視線を向けたまま、ちらりとも此方をみない。

 顔を隠したいからと流されたままの珍しくも美しいストロベリーブロンドの髪。物憂げに伏せられた長い睫毛の下には、これもまた珍しい菫色の潤んだ大きな瞳。五ヶ月見ないうちにまた綺麗になった。

『馬鹿な子ほど可愛い』とは良く言ったものだ。俺は婚約者が可愛くて堪らない。はっきり訂正しておくが、彼女は知能的には馬鹿ではない。父親譲りか聡明で、いずれ公爵婦人になるのだからと課した勉強は全てクリアしている。

 ただ、なんというか『阿呆』だ。

 俺の言った事を何でも鵜呑みにする。幼い頃に俺の言った『可愛くない』という一言を未だに信じているのがいい例だ。因みに『可愛いくない』が『不細工ではない』とも言ったからか、自分の容姿を十人並みと思っているらしい。彼女の瞳には彼女自身の姿がどう映っているのだろうか。鏡を見ても気付かないのだから不思議でたまらない。

 そんなところも可愛いのだが。

 しかし、分からない。何が彼女をここまで変えた? 五ヶ月前までは俺と視線を交わしては嬉しそうに微笑んでいたのに。

 異変は三ヶ月前。王子の付き添いで隣国に外交(一ヶ月という話が五ヶ月もいたら外交ではなく留学だろう!)に出ていた俺は、こまめにヴィアンカに手紙を書いていた。ヴィアンカのほうも間を置かず返事をくれていたのだが、ぴたりと止まったのが三ヶ月前だ。何があったのかと、彼女に護衛として付けている者達に確かめても変わった様子はないと。この変わった様子というのは『男の気配』の事だ。だが、全くそんな素振りも気配もないらしい。

 多少引きこもりがちな彼女だ。この五ヶ月の間も女友達に誘われたお茶会に出たのも三回ほどで、夜会には彼女の父の付き合いで一度出ただけという報告。それも彼女を溺愛する父にエスコートされていたし、社交界には俺が圧力をかけているので進んで彼女に言い寄る者は余程の命知らずで、つまりはいないはずだ。

 社交界では『シャクヤク姫』などと妙な二つ名を付けられている彼女。芍薬の由来『綽約:姿がしなやかで優しいさま、たおやかなさま』と花言葉の『恥じらい』『はにかみ』『謙遜』からきているらしいが、本当にそんな名で呼ぶやつがいるかは甚だ疑問だ。まあ、それくらい清楚で可憐だという意味らしい。

 要するに『高嶺の花』だ。

 それは彼女の美しさとともに、俺の婚約者であることも由来している。

 俺の生家は公爵家だから当然王家の流れをくんでいて、更に俺の母は現王の妹である。ついでに現王には王子が一人と王女が二人いるが、我が国には王位継承権は男にしか認められていないため、俺は継承権二位の地位にある。そんな男の婚約者に手を出すのは自殺行為だろう。というか殺す。

 このことはヴィアンカの『可愛くない』意識に拍車をかけている。年頃の娘に誰一人言い寄って来ないのだから、そう思っても仕方がない。実際は夜会に出席した彼女を見た男達は喉をならし、ひそひそと話をしているのだが。あからさまなものには後で誰からとは明言しないが報復が待っているが妥当だろう。


 まあ、そんなわけで男の影はない。

 ならばなぜ、突然態度を変えたのか。

 手紙に失礼な事を書いたか ―――― 俺がそんな失策をするか。あり得ない

 五ヶ月会えなかったことに怒っているか ――― だとしたらあのアホ王子をしめる

 単に気持ちが冷めたか ――― 許すか!そんなこと!!


 五ヶ月ぶりで俺の箍も多少外れているのだろう。人気のない店とはいえ、耳を食んだりしてしまった。

 しかしヴィアンカは反応がいい。

 名前を耳元で低く呼んだ時のあの反応は煽るものがあった。ヴィアンカも直に十六。結婚の許される歳になる。彼女の父、伯爵とはそろそろ本格的に話を詰めなくてはならないな。

 ……伯爵か……考えただけで心が沈む。

 あんな男から良くぞヴィアンカの様な純真な娘が生まれたものだ。


 おっと心が荒んでいく。此処は癒しを求めなければと目前の彼女の姿を見る。

 窓の外をみる彼女はとても居心地が悪そうだ。何故目が潤んでいる? 泣くのを堪えているのか?


「ヴィアンカ」

 不意に名を呼ぶと、びくりと肩を跳ねさせた。

「……な、なんですか?」

 怯える顔で庇護欲と嗜虐心を擽る。

 優しくするか、追い詰めるか。


「逃げられると思うなよ?」


 まずは周りを囲ってしまえ。

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